人が人を攻撃する時人の失敗があれば自分の過失が許されると考えるような子供の頃(僕も子供の頃そうでした)の心理を説明して下さい。

回答の条件
  • URL必須
  • 1人2回まで
  • 登録:2005/01/11 07:42:24
  • 終了:--

回答(3件)

id:bouzu_gokaku No.1

bouzu_gokaku回答回数54ベストアンサー獲得回数02005/01/11 18:00:15

ポイント5pt

人が生活していく中で避けるべき義務がある。

例えば子供であれば宿題を忘れてはいけない、忘れ物をしないなどかな。

しかしその義務がほとんどの人にできないような義務であれば自分にだってできない、そんなできないものを自分に期待するな、勝手に期待しておいて非難するのは間違っていると。

id:TomCat No.2

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152005/01/11 20:19:38

ポイント25pt

http://www.hatena.ne.jp/1

人力検索はてな

子供と言っても幼児では、多くの場合、

他者の失敗に遭遇すると、

まるで自分がやってしまった一大事のように、

何の関係もないのに相手にシンクロして、

一緒に泣いてしまったりするものです。

何の打算もない子供というのは、そういうものです。

ところがここに「差別意識」が後天的に植え付けられてくると

話が変わってきます。

自分より立場の悪い者を規定すると、

それによって相対的に自分の立場が上がる、

という考え方が生まれてくるわけです。

そこで、対立相手の失敗を期待したりする心が芽生えていきます。

ケンカ両成敗の状態でも、相手の立場が悪くなれば

自分は悪くないと思いこめる、言い張れる。

そんな考えです。

これがエスカレートしてくると、

自分の優位性を主張する手段として、

自分のことは棚に上げても相手の劣位性を指摘する、

という行動がはじまってきます。

さらに裏で陰口を流布して

対立相手の立場を悪くしていくといった行動もはじまりますが、

こうしたものはみな、自分より劣位の者を規定して

相対的に自分の優位性を確認する、といった

「差別意識」から発生しているものと思われます。

id:takay

いつもどうも有難うございます。

2005/01/11 20:44:35
id:Masatetsu0105 No.3

Masatetsu0105回答回数13ベストアンサー獲得回数02005/01/11 21:11:30

ポイント30pt

心理学でいう「防衛機制」のなかの「合理化」によるもの思われます。

自分の失敗など、受け入れられないことが生じた場合に人間は、いくつかの行動をとると考えられています、この行動を「防衛機制」とよび精神の安定のために行っているものです。

この、防衛機制には何種類かの行動があり、質問に該当する行動は「合理化」が近いと思われます。(合理化とは責任転嫁のことです)

つまり自分の過失を他人の失敗のせいだと合理化して、さらに他人を攻撃することでこの合理化を強化していると考えられます。こうすることで、自分の過失というショックを和らげようとしていると考えられます。

id:takay

こういう類いの回答を以後お願い致します。

2005/01/13 18:56:57

コメントはまだありません

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません