85年のスーパーマリオブラザーズって何であんなにヒットしたの?家庭用ゲームで出した意味とか、アーケードゲームではいけなかったのか?とか。よろしくです。

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  • 登録:2005/01/11 23:32:16
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回答(7件)

id:arugha_satoru No.1

有我悟回答回数234ベストアンサー獲得回数82005/01/11 23:41:39

ポイント80pt

http://www.hatena.ne.jp/1105453936#

人力検索はてな - 85年のスーパーマリオブラザーズって何であんなにヒットしたの?家庭用ゲームで出した意味とか、アーケードゲームではいけなかったのか?とか。よろしくです。..

urlダミーです。

 当時、ゲームセンターはイコール不良の行くところ、と言うのが未だ根強かったことがあります。当時小学生でしたが、ゲーセンに行くのは怖かったですし、少なくとも私は親には内緒でした。

 ファミコンブームが徐々に浸透しつつあったところの起爆剤として、当時では比較的長時間プレイできるゲームであったこともあげられるかも知れません。

 あの当時、あれほどの規模の(今にして思えばそんなに大きくはないでしょうが)ゲームはコンシューマー機にはありませんでしたから、ゆっくり、家で取り組めるタイプのゲームの走りであったと言えるでしょう。む、ゼビウスみたいなシューティングもあったかな? ただ、マリオはそのグラフィックなどからしても、シューティングゲームなどに比べて、特定の層に取っつきやすかったと考える事も出来ます。

 ゲーム性の奥深さ、クウォリティ、そして様々なバグ技など「何度でも遊べる」「秘密要素の多さで引っ張れる」という点が強かったんじゃないかと思います。今みたいに発売後直ぐに攻略本が発売されるという状況ではありませんでしたし。

id:sana0122

なるほど!!

子どもがゲーセンに行きにくかったってのは、考えつかなかったですね。

参考になります。

2005/01/11 23:47:36
id:astral_box No.2

astral_box回答回数372ベストアンサー獲得回数02005/01/11 23:42:32

ポイント10pt

1983年にファミコンが発売され、ちょうど家庭に浸透してきたところに発売されたのもヒットに繋がったのではないでしょうか?

【 ディスクシステム 】

ファミコン発売から2年−1985年の半ば−任天堂は、ソフト容量の増大化と半導体価格の上昇からカートリッジの値段が上昇してしまうことに危機感を抱いていた。

の辺りに書いてあるようなこと、時代背景も関係しているのかもしれません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%B...

スーパーマリオブラザーズ - Wikipedia

id:sana0122

浸透してきたところに、イイ感じのソフトが現れたってんで、飛びついた?

2005/01/11 23:49:31
id:morningrain No.3

morningrain回答回数824ベストアンサー獲得回数22005/01/11 23:44:02

ポイント20pt

http://www2s.biglobe.ne.jp/~fc-kawa/t-kawa.htm

スーパーマリオ特殊研究

ちょうどスーパーマリオがでたとき小学生でしたけど、URLのページなんかにあるように、とにかくいろんな技とか、隠れステージとか(土管の中に入れる)とか、秘密のワープゾーンとかに夢中になりました。そのへんのいろいろな遊び方を許容する深さ、みたいのものが今までのゲームとは違っていたと思います。

http://www.nintendo.co.jp/

任天堂ホームページ

なぜ、アーケードではなかったかという点については、スーパーマリオをつくったのがファミコンをつくっていた任天堂だからですよね。

アーケードゲームからは1985年に撤退しているようです。

id:sana0122

え、任天堂撤退してたんだ。

やっぱり隠れ要素って大切ですよね。

2005/01/11 23:50:30
id:AROA2005 No.4

AROA2005回答回数399ベストアンサー獲得回数02005/01/11 23:45:41

ポイント30pt

http://www.nintendo.co.jp/ngc/sms/history/sm1/

スーパーマリオブラザーズ

当時のゲーム業界は「任天堂の一人勝ち」だったような記憶があります。

アーケードゲームと言っても「インベーダー」とか「四人打ち麻雀」などが普通に置いてあった時代だった気もします。

(記憶違いだったらすみません)

特徴としては「マリオがジャンプする」というのが当時は画期的な動きだったようで、その真新しさと操作の難しさから子供達がのめりこんだようです。

自分もその一人ですが。

そしてドラクエなどでお馴染みの「お姫様を助け出す」という設定がこのスーパーマリオから始まったとのことです。

当時の子供達には上記のような斬新かつ画期的な要素がふんだんに盛り込まれていたというのが爆発的なヒットを生み、当時の任天堂が喜び組になった要因ではないでしょうか?

id:sana0122

王道パターンをつくった上に画期的なシステムか・・・。

子どもに受けたのが最大の勝因なんでしょうか。

2005/01/11 23:51:54
id:TomCat No.5

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152005/01/11 23:51:33

ポイント10pt

どうも歴史の真実は、

なぜアーケードではいけなかったのかではなく、

小学生をターゲットとした家庭用ゲーム機だったからヒットした、

ということのようです。

大胆なコストダウンで

小学生がねだって買ってもらえる上限の

一万円という価格ラインを設定して作られたハード。

ここに乗せるゲームだったからこそヒットした、

ということでしょう。

当時小学生だった人はみな、

小銭の減るのを心配せずに

思う存分楽しいゲームがプレイできる。

ここに憧れたはずです。

当時の任天堂は、そのターゲットたる

小学生に対するアピールも上手でした。

テレビ番組などを上手に使ってブームを盛り上げ、

「楽しいファミコンの音楽」と銘打ってCDまで出していました。

マリオ。売れたわけです。

乾いた土に水が染み込むように

市場がそれを求めていたのですから。

id:sana0122

小学生がターゲットとして作られた・・・。

人口とかそんな問題も含まれているんでしょうか?

2005/01/11 23:53:35
id:marinba No.6

マリンバ回答回数6ベストアンサー獲得回数02005/01/11 23:54:47

ポイント30pt

http://www.hatena.ne.jp/user?userid=marinba

マリンバさんのプロフィール - はてな

(URLダミーです)

やはり時代だったと思います。他の方もおっしゃられていますが、当時は「ゲームセンター=不良の溜まり場」と言われており、事実でもありました(私もカツアゲされたことあり)。ですので、アーケードと言う選択肢は最初からなかったと思います。

ヒットした要因は、マリオの存在もあったでしょうけど、なによりもそのゲーム性が秀逸だったことが最大の原因と思います。アクションとかシューティングが元気な時代でもありましたし、当時はまだ「難しいゲーム=やりがいのあるゲーム」と認識されることも多かったですし。

(もちろん、問答無用で糞ゲ認定されたものも多々ありました。…今ではネタにすらなってますけど)

id:sana0122

ゲーム性ですか・・・。

どうもありがとうございました!!!!

2005/01/11 23:57:31
id:murdoch No.7

murdoch回答回数154ベストアンサー獲得回数02005/01/11 23:55:08

ポイント20pt

http://www.intara.net/og/smb.shtml

クッパはなぜ溶岩の海に落ちて行くのか スーパーマリオブラザーズ

このURLはマリオのヒットに関する考察です。

>徹底した「右に進む」というゲームデザインに例外はない。

シンプルで迷わなくてよい世界。しかし同時に世界は深く、無数の発見がある。

シンプルさの中の多彩さ。これが『スーパーマリオブラザーズ』が多くのプレイヤーを魅了できた理由ではないのだろうか。

id:sana0122

ゲーム性ですか・・・。

どうもありがとうございました!!!!

2005/01/11 23:57:43
  • id:pmakino
    素晴らしい操作性

    回答しようと思ったら終了してしまったのでこちらに。

    私も当時マリオやりたさに親にファミコンをねだった一人です。

    なぜ自分が当時そんなに欲しかったのかはよく思い出せませんが、振り返ってみるとひとつのポイントとして操作性の素晴らしさがあったと思います。
    当時あんなに滑らかに思い通りに気持ちよくキャラクターを動かせるゲームって他になかったんじゃないでしょうか?

    当時の他のファミコンのアクションゲーム (たとえばスパルタンXとかドラゴンボールとか) と比較すると、マリオは圧倒的に滑らかで自由に動けますよね。そういうことが気持ちよかったんだと思います。

    それは、空中でも姿勢制御ができたり、頭上にブロックがかすっていてもジャンプすると自動的に微妙にスライドしてよけられたり (1ピクセルかぶってるだけで頭をぶつけてジャンプできないゲームって多いですよね)、走りすぎて足場を踏み外しても踏み外した直後にジャンプすれば大丈夫だったり、そういう細かい配慮の積み重ねの結果だったと思います。

    Bダッシュで走りっぱなしでゴールにたどり着く気持ちよさは、他のゲームにはない衝撃でした。

    そういう点では、後のソニックのヒットにも通じるものがありますね。

    操作性以外の点としては、あちこちにある隠しコインブロックとか、それを登ってたどり着ける隠しコースとか、そういうのを探すのが楽しかったですね。
  • id:yuh-suke
    ヒットする要素を兼ね備えたゲーム

    私も回答しようと思ったら終了してしまったのでこちらに
    79年のゲームウォッチの時代からドンキーコング・ファミコンのマリオブラザースを通してマリオと言うキャラクターの周知性を任天堂は高めていったことがまず一つ。
    スーパーマリオがでた時にはスクロールアクションゲームのジャンルはほぼないに等しく、ドット単位まで計算されたゲーム性も数少ない物だったというのが二つ目。
    以上二つによりファミコンでやるタイトルとしてのスーパーマリオが確立されました。
    アーケードは不良の溜まり場としての評価が一番高まった頃で小学生はなかなか入れない場所だったしで任天堂の頭には無かったのではないでしょうか。
  • id:Yuny
    ソニックは

    >そういう点では、後のソニックのヒットにも通じるものがありますね。

    ソニックはマリオを徹底研究した末の傑作だということです。
    URLの書籍で、ソニックのプログラマの中裕司さんが語っています。
    マリオにないものは、徹底したスピード感。Bダッシュしてても途中でいったん止まって、敵をやり過ごしたりする必要があったりしましたよね、マリオって。そこで、ハリネズミの主人公で、転がっていけば敵なんかなんのそので、どこまでもダッシュしていくキャラを考案したらしい。
    たしかに、当時のソニックのCMのゲーム画面はかなり印象的でした。すごいスピードでしたから。欧米でヒットするとのもくろみ通り、日本よりも海外でウケたそうです。
    http://d.hatena.ne.jp/asin/4872338030
  • id:exedexes
    当時のファミコン

     当時を思い出して書きますが、発売当時からそのなめらかに動くマリオブラザーズなど、インパクトが強かったことや、ファミリーベーシックのようにパソコンのようにも利用できる宣伝(当時は家庭用ゲームと言えばゲームマシンもありましたがパソコンのようなプログラミング機能も重要視されていました)など、値段も含め隙が少ないマシンであったことが牽引力になりました。
     すでに1984年の時点で市場を席巻していることは確定していました。よくとどめと言われるゼビウスですが、その時点ではゼビウスが出るから買うと言うよりはゼビウスも出るから買うしかないだろ状態でした。
     スーパーマリオがでたのはそのほぼ1年後。
     発売当初から爆発的な人気!!・・・があったわけではありませんでした。当時のリストアップを見ればいかにこの頃のファミコンが神懸かり的であったかわかるのですが、
    1984.11、パックマン&ゼビウス&マッピー、エキサイトバイク
    1985.2 バンゲリングベイ
    1985.4 チャンピオンシップロードランナー
    1985.6 フラッピー、ハイパーオリンピック、スターフォース、スパルタンX、エレベーターアクション、レッキングクルー
    1985.7 フィールドコンバット、ロードファイター
    1985.8 アストロロボ・ササ 本将棋(現在売り上げ数トップの将棋ソフトにして抜くことができない巨大な壁)、ドルアーガの塔
    1985.9 バトルシティ、シティコネクション
    1985.10 チャレンジャー
    1985.11 キン肉マンマッスルタッグマッチ
    1985.12 ルナーボール
    ・・・これらのソフト、全て伝説に残りうる名作であったと思います。(リストアップはしませんでしたが他にもいっぱいあります)
     当時に感覚で言えば、これらのどれか一つでおなかいっぱいといえるほどの・・・しかし一ヶ月もすると次のソフトに流行が移っていく、という市場的にも望ましい感じでありました。
     スーパーマリオブラザーズの人気。雑誌を見ていれば嫌でも目に入るこのゲーム発売日買いした者も多かったでしょう。しかしこの発売の2ヶ月後にはキン肉マンで対戦をやるというのがファミコンをやる主な時間でした。
     そうですねぇ、当時スーパーマリオは楽しくできるソフトだとは思いましたよ。でもね、これほどのメガヒットだとは思いませんでしたし、少なくとも発売当初はそんな気配は全くありませんでした。
     10月発売のチャレンジャーをしこしこやっていた時間の方が長かったんじゃないかと(汗)

     それが様相がおかしくなり始めたのが1986.1下旬から1986.2頃。
     子供のおもちゃでしかないと思っていたのが、東京の方では品薄になり、大人がはまっているなどのニュースが流れ始める。
     やがて親戚の大人が「ファミコンを買った」だの言い始めた。スーパーマリオをやっているのを見たらBダッシュをしていないのを指摘、ダッシュで1面をクリアしてやったら拍手が起きるという(汗)
     マスコミに「大人もはまれるゲーム」と流し始めたが最後、一気に子供だけのおもちゃではなくなってましたね。

     一般のマスコミが扱えば。。。思えばドラクエもそうでした。
     ドラクエ1はほりいゆうじ(当時からしてパソコン業界で有名なライター)、鳥山明(当時からして大人気の漫画家)、すぎやまこういち(著名な作曲家)というゲームに詳しい者、則ちパソコン愛好者(反ファミコンユーザー)他を一気に取り込もうとする非常に戦略的なゲームでしたが爆発的、と言うほどの売れ方ではありません。
     むしろドラクエ2、そして社会現象として発売日実況をしたドラクエ3とマスコミが報道したことが大きかったと思います。

     当時のゲームを比較して、確かにスーパーマリオは操作性に富み、自由度が飛んだ頭が一つぬきんでたゲームであるとは言えますが、当時リアルタイムで遊んでいた自分たちは、例えばスパルタンXのようなゲームやスターフォースのような目的一辺倒な悪く言えば自由度の少ないゲームでも自分たちなりの制約や遊び方を工夫して楽しんでいたものです。
     だから、ことさらスーパーマリオがどうして?というのが率直な感想でしたね。

     ま今やってみれば確かに今やってもおもしろいわけで、その意味では自分はゲームの見る目がなかったわけですが汗
     駄文失礼しました
  • id:exedexes
    スーパーマリオは1985.9発売です

    書き忘れました_| ̄|○

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