ジョー・ミークがトーネードズ以外にプロデュースで関わっているCDがあったら教えてください(もちろんミーク自身のソロ以外)。

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回答(6件)

id:Junco_junko No.1

Junco_junko回答回数225ベストアンサー獲得回数42005/01/23 07:28:13

ポイント19pt

女性ドラマーが在籍したことで人気を博した、奇才ジョー・ミーク・プロデュースのハニーカムズのHave I The Right

だそうです。

(2番目のURLのvol1より抜粋)

id:gotanda6

ありがとうございます。これは廃盤なのかな? それとも未CD化?

2005/01/25 00:56:39
id:Penny No.2

Penny回答回数281ベストアンサー獲得回数12005/01/23 07:58:48

ポイント19pt

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005YUGB/hatena-q-22

Amazon.co.jp: Have I the Right: The Very Best of the Honeycombs: The Honeycombs: 音楽

TSUTAYAで見つからなかったので、AMAZONで探しました。

The Honeycombs -ジョー・ミークがプロデュースしたバンドです。

id:gotanda6

あ、ありましたね。ありごとうございました。

2005/01/25 00:58:07
id:shizukka No.3

shizukka回答回数51ベストアンサー獲得回数02005/01/23 08:03:47

ポイント18pt

Joe Meekがプロデュースした人たちです。

Lonnie Donegan

The Outlaws

Buddy Holly

The Honeycombs

TSUTAYAで見つけられませんでした。(^-^;

id:gotanda6

バディ・ホリーは直接てがけたわけではないですよねえ。

2005/01/25 01:00:13
id:komasafarina No.4

1500曲を突破♪回答回数1662ベストアンサー獲得回数42005/01/23 15:01:57

ポイント18pt

(以下の文中の曲はいずれもTSUTAYAには登録されていませんでした)

ブリティッシュ最初のインディペンド・プロデューサー、本名ロバート・ジョージ・ミークは、50年代にロンドンに2つあったインディペンデント¥スタジオのひとつIBCでエンジニアとして業界スタート。

そこでフランキー・ヴォーンの「グリーン・ドア」を皮切りに、シャーリー・バッシー(後にビッグスター)、デニス・ローティス、リタ・ローザアン・シェルトン、ハリー・セイコム、ペトゥラ・ウラーク(のちにスター)らのシングルを制作。1956年以降はランズダウン・スタジオに移り、ロニー・ドネガンの初期のヒット「カムバーランド・ギャップ」や[鈍チュー・ロック・ミー・ダディ・オー」など数曲のほか、イギリス・ジャズ界の人気楽団、クリス・バーバーやハンフリー・ライエットン楽団をプロデュース。同時に作詞作曲もはじめ、当時のトップスター、トミー・スティールの「プット・ア・リング・オン・ハー・フィンガー」を書き、1960年に自分のスタジオを設立。北ロンドンのホロウェーに当時の金で3000ポンド分の中古機材を配備したトライデント・スタジオだ。当時のイギリスのポップス界はEMIとデッカとパイの3大メジャーの完全支配下にあった。ミークの作品は初年度はわずかにアメリカのヒット曲をカバーしたマイケル・コックスの「アンジェラ・ジョーンズ」が6月にようやくトップ10入りしただけだったが、翌年、ジョン・レイトンの「ジョニー・リメンバー・ミー」が大ヒット、この曲は日本でも「霧の中のジョニー」の題名でヒット、日本語のカバーも出たほどだという。レイトンは他に「ワイルド・マインド」がヒット、マイク・ベリーの「トリビュート・トゥ・バディ・ホリー」もヒットしたが、このベリーのバックバンド、アウトローズにいたのが、のちのディープ・パープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアでありました。アウトローズはミークのプロダクションで多くのアーチストのスタジオ・ミュージシャンを務めている。

そうしたミークのセッション・ミュージシャンで作ったインストルメンタル・ナンバー「テルスター」がトウネードーズの名前で発表され、大ヒット、イギリス、アメリカでチャートのナンバーワンとなる。トーネードーズはほかに「ロボット」「グロバートロッター」「アイスクリームマン」もヒットしたが、時代はやがてビートルズなどマージー・ビートの時代になり、ミークは1963年にマイク・ベリーの「ドンチュー・シンク・イッツ・タイム」をヒット、さらに1965年には女性ドラマで話題になったハニーカムズの「ハヴ・アイ・ザ・ライト」「ザッツ・ザ・ウェー」「アイ・キャント・ストップ」などを手がけヒットさせている。このハニーカムズは来日もしている。以後、1966年はミークの作品はまるでヒットがなく、1967年2月3日に私生活上の悩みから猟銃で自殺。生きてたら、ことし90歳です。

2月3日にはわたしの個人ページで追悼特集をしましょう。

http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/

komasafarina’s ☆ Somethin’ Celebration Is Goin’ On

id:gotanda6

これはとても助かります。

2005/01/25 01:03:24
id:komasafarina No.5

1500曲を突破♪回答回数1662ベストアンサー獲得回数42005/01/23 19:38:26

ポイント18pt

ジョー・ミークがダメになった最初の兆候はゴードン・ミルズが発見して連れてきたあるロックンロール・シンガーを却下してしまったあたりからでしょうか。その年、このミークに却下されたシンガーはデッカから「イッツ・ノット・アンユージュアル」の大ヒットで華々しくデビュー、その後も大西洋の両岸で大ヒットを連発し、トム・ジョーンズとして広く世界に知られるようになりました。(それからこれはイギリスで言われていることでぼく自身はまだ未確認なのですが、さっき紹介したURL先のBBCのページにもあったので書いておきますが、スクリーミング・ロード・サッチの最初のバンド、サヴェージェズの1961年発表の最初のシングル「ティル・ザ・フォロイング・ナイトc/wグッド・ゴーリー・ミスモーリー」をプロデュースしたのがジョー・ミークだということです。

ミークが活躍した時代は、まだシングル盤文化の時代でしたので、なかなかCDアルバムとしてはコンピレーションに頼む以外は難しいですね。マージー・ビート時代のハニーカムズの2枚のアルバムはかつて日本盤もでているのですが、このあたりがいちばん入手しやすいかもしれません。また、サウンド的にも、いちばんもろミークという音にできあがっています。

Honeycombs 「Honeycomb」と「All Systems Go」の2枚。

ミークの死については、たしかに自殺ではあるのですが、実は殺人の後の自殺なんですね。借りていたフラットの大家の女性を射殺して後の自殺なのでした。

ほかにトーネードーズやアウトローズのベースだったハインツのソロ・シンガーとしてのデビュー曲「ドリームズ・ドゥー・カメ・トゥルー」

トーネードスがバックをつとめたビリー・デービスの「メリー・ゴー・ラウンド」

また、ジョー・ミークのエピソードとしてよく知られているのは、デーヴ・クラーク・ファイヴのサウンドを特徴づけているあのバスドラの使用法がミークのアドバイスによるものだったということです。

以上、こんなにまとめてジョー・ミークのことが書いてあるのは、あなたの質問に答えて書いたわたしのこの回答が(いまのところは)世界でいちばん詳しいネット上のジョー・ミークについてのものでしょう!!! 日本語がわからない人たちはかわいそうですね(笑い)

id:gotanda6

いや、ホントそう思います。ありがとうございます。

2005/01/25 01:05:04
id:nksktksh No.6

nksktksh回答回数1ベストアンサー獲得回数02005/01/24 11:17:52

ポイント18pt

|MEEK&uid=CAWEB0501232113&samples=1&sql=11:kz6gtr59kl7x~T4

1955 1955 London Sessions Big Bill Broonzy Assistant Producer

1964 Here Are the Honeycombs The Honeycombs Producer

1987 Best of John Leyton John Leyton Producer

1991 I Hear a New World: An Outer Space Music Fantasy Joe Meek & the Blue Men Producer, Liner Notes

1992 Ventures Play Telstar/Ventures in Space The Ventures Composer

1994 Telstar: The Original Sixties Hits of the Tornados The Tornados Original Album Producer

1996 EP Collection The Tornados Producer

1996 Last Train to San Fernando Johnny Duncan Producer

1997 Guitars on Mars Various Artists Producer

1997 Joe Meek’s Fabulous Flee-Rekkers Joe Meek Producer

1997 Very Best of the Tornadoes The Tornados Producer

1998 Telstar: The Complete Tornados The Tornados Arranger

2000 Two Sides of John Leyton/Always Yours John Leyton Producer

2000 World in Winter: El Christmas Various Artists Producer

2001 Complete Conway: Live 1957 Lonnie Donegan Engineer

2001 Dream Babes, Vol. 3: Backcomb ’N’ Beat Various Artists Producer

2001 Nuggets, Vol. 2: Original Artyfacts From the British Various Artists Producer

2002 25 Hits From the British Invasion Various Artists Producer

2002 Alchemist of Pop: Home Made Hits and Rarities 1959-19 Joe Meek DJ, Mixing

2002 Delight to Do Gods Will Stephen Newby Tenor (Vocal)

2002 From Tennessee to Taree Johnny Duncan & the Blue Grass Boys Engineer

2002 Listen Learn Read On Deep Purple Producer

2002 Rough Trade Shops: Electronic 01 Various Artists Producer

2002 Trepidante Ritimo The Milestones Recompilation

2003 American Folk-Blues Train: Alan Lomax Field and Studi Various Artists Engineer, Balance Engineer

2003 Blues Legends in London Various Artists Engineer, Balance Engineer

2003 Definitive Tom Jones 1964-2002 [Boxed Set] Tom Jones Producer

2003 El Psychedelic Various Artists Producer

2004 British Invasion Box Various Artists Producer

2004 British Invasion: 1963-1967 Various Artists Producer

2004 Rubble Collection, Vols. 11-20 Various Artists Producer

id:gotanda6

ありがとうございます。

2005/01/25 01:06:04

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