近代の国家間戦争において、なぜ敵将の首を取らないのでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/hikidasi/20050609
歴史、戦史、国際法にお詳しい方、よろしくお願いいたします。

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回答(14件)

id:enamel No.1

enamel回答回数104ベストアンサー獲得回数22005/06/09 11:26:41

ポイント13pt

http://www.hatena.ne.jp/1118282940#

人力検索はてな - 近代の国家間戦争において、なぜ敵将の首を取らないのでしょうか? http://d.hatena.ne.jp/hikidasi/20050609 歴史、戦史、国際法にお詳しい方、よろしくお願いいたします..

URLはダミーです。


逆になぜ昔の戦争は首をとったかを考えればわかると思いますが、それこそ戦国時代の戦争における大将てのは「おれについてくれば食わせてやる」という人なわけで、それに付き従う人は大将の将来に賭けているわけです。だから大将の死亡はよほどしっかりした体制でない限りは即体制崩壊につながります。

これに対して今の時代は一部例外的に独裁制のところもありますが、基本的には国家(勢力)における大将の重要性が軽くなっています。要は司令官が討たれたら代えればいいわけですから。

法とかしきたりじゃなくて、個人の重みということになるかと思います。

id:hikidasi

ありがとうございます。

「アメリカについてくれば食わせてやる」

2005/06/09 11:58:32
id:DOK No.2

DOK回答回数360ベストアンサー獲得回数142005/06/09 11:39:15

ポイント13pt

結論から言うと、近代国家の搾取層の形式によるものだと思います。

金正日のような、個人で独裁を強いている状態が珍しいからじゃないんでしょうか。


旧制度の頂点は幕府で言うと将軍、国で言うと君主であり、その人のために国全体があるような感じでした。が。たとえば今、小泉が死んだとしても誰も困らないんですよね。替えが効くし。それが民主主義の選挙政治です。

昔は「この政治は誰が執っている。だからこいつがわるい」とされたもんですが、今の首相制度は「官僚」とか「政治家」という、決して個人を指さないものが政治を動かしてますから、その結果「誰が何をやってるのか良く分からない」わけで。

アメリカの大統領も権限こそ他国のそれより強大ですが、人選というと今すぐブッシュが死んでもケリーさんあたりで替えられますし。


うまいことリスクヘッジしたなーと思いますよ。

ペイオフ解禁とかで、いくつモノ金融機関に1000万円ずつ振り分けるわれわれと、大して違いはなかったりします。

id:hikidasi

ありがとうございます。

民主政治が戦争を長引かせる。

2005/06/09 12:00:07
id:gio No.3

gio回答回数236ベストアンサー獲得回数02005/06/09 11:48:40

ポイント12pt

単純に、独裁国家がほとんどなくなり、法治国家が多くなったからではないでしょうか。


例えば、かつての個人による独裁国家の場合は、戦争(例えば侵略)自体の判断も個人によるものであり、その裁量権をもつ個人がいなくなれば、そこで戦争は終わったわけです。

いまは、国の動向を決めるのは個人ではなくなっているので、首をとっても仕方がない(戦争は終わらない)ということではないでしょうか。

id:hikidasi

ありがとうございます。

法治国家が戦争を長引かせる。

2005/06/09 12:00:47
id:Baku7770 No.4

Baku7770回答回数2832ベストアンサー獲得回数1812005/06/09 11:49:59

ポイント12pt

http://www.sky.sannet.ne.jp/kyoshio/SH/Sekigahara.htm

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 国際法の観念からいうと敵兵の捕虜はその身分に応じて待遇を与えなければなりませんし、東京裁判のようにちゃんとした裁判を行わない限り死刑にはできません。

 歴史的に見ると戦争の目的が違います。

 古代の戦争は相手の領土が狭く、人口も少ないので相手の全領土が目的でした。だから相手の領主が復活して再度独立戦争になることを恐れて、相手領主の首をはねる必要があったわけです。

 最近の戦争の目的は主に国家間のイデオロギーの相違か一部領土の争いです。相手の国の領土や国民を完全に破壊・占領してしまうと、復興にもの凄いお金が必要だということで、相手国の政治組織そのものは壊さないで復興も自分たちでやれという考えになっています。

 もう一つは政治と軍事が分かれてしまったこともあげられます。例えば関ケ原の戦いで石田三成は政治家でもありましたが、一軍の将でもあったわけで、軍人なら殺す必要があります。薩長連合と幕府軍との戦いでも、近藤勇は死刑でしたが、徳川慶喜は明治以後1902年まで生きています。五稜郭で戦った榎本武揚も政治手腕を買われて明治政府の大臣にまでなっています。東京裁判でも東条英機以下陸軍だけが死刑になったのは(海軍は死刑になっていない)諸説ありますが、少なくとも文官で死刑になったのは一人もいません。

id:hikidasi

ありがとうございます。

政治家と軍人の中の戦争をしたい人が居なくなれば、戦争は開始しない。

2005/06/09 12:07:00
id:tomo_k No.5

tomo_k回答回数426ベストアンサー獲得回数262005/06/09 12:46:45

ポイント12pt

URLはダミーです。


近代戦において敵の首を取ることは余り意味がなくなってきたからです。

近代の軍隊は組織化され大将を討ち取ったからといって戦争が終わるわけではないです。

戦国時代などにおいては大将とその部下というのは個人的な取り決めにおいて動いていましたが近代ではすべてが国家に基づいて動いているという考え方をするようです。近代以前では大将の死亡に伴い各種の約定はすべてなくなるために元部下がどのような行動をしようともかってでしたが、近代においては政府が存続する限り、国民が存在する限りは組織的な行動をし続けます。いい例としては第二次世界大戦におけるイギリスでしょう。


例外的に司令官個人の命をねらった作戦としてはアメリカ軍による山本五十六連合艦隊長官搭乗機を撃墜した作戦が知られていますが、山本五十六が戦死したからと言って日本が降伏するわけではないです。彼は特別にカリスマ性のある人間でしたから大きな影響を及ぼしたと考えられていますがそれでも、対局には影響ないですね。


通常、指揮官が戦死したとしても次の地位にある者が指揮を引き継ぐようになっているので組織的な戦闘を継続できるというようなことが大きいと思います。


戦艦大和においても(他の戦艦でも操舵と思いますが)艦長は防空指揮所や比較的装甲の薄い第一艦橋、第二艦橋で指揮を執ることが多いが艦長が戦死したときは副長は分厚い装甲が張り巡らされている司令塔で指揮を執ることになっています。

このように、指揮を執るべき者全員が戦死などと言うことにならないような措置もとられています。

id:hikidasi

>>敵の首を取ることは余り意味が無い

のに戦争をする。

すると、戦争の目的は?

2005/06/09 12:51:08
id:Baku7770 No.6

Baku7770回答回数2832ベストアンサー獲得回数1812005/06/09 13:56:25

ポイント12pt

http://tanakanews.com/e0907oil.htm

石油利権とイラク戦争

 4で回答した者です。一つ忘れていました。最近の戦争の原因に資源と経済を忘れていました。相手国の政治家を利用して安く(特に労働力)相手国の資源(大体が石油です)を入手するとそのためには生かしてこき使おうという考えですね。

 5の回答の一部に反論します。

 山本五十六搭乗機撃墜事件はむしろ優秀な軍人であればいつ戦時中いつ殺されても不思議ではない、むしろ殺される可能性が高いことの証明です。

 日本は日露戦争以後参照URLにある、情報や情報資料を極度におろそかにし始めます。(現在もその傾向が強い)

 対する米国は戦前から積極的に情報資料を収集していました。五十六が米国に駐在していた間もパーティでどんな会話をしたとか、ポーカーでどんな手を打ってきたのかといった私生活に近い情報を含めてです。

 戦争が始まって、五十六が前線に慰問で出てくるというのが暗号解読で判明した時にすぐ本国に問合せをしています。検討された項目は色々あるのでしょうが私が知っているのは

 五十六より優秀な司令長官の候補者はいるか?

 山口多聞がいたが彼は既に戦死した。

 五十六を殺すことでデメリットはあるか?

 彼より優秀な指揮官がいない限り戦略・戦術面でより不利になるとは考えられない。むしろ彼がいなくなることで海軍が混乱するものと判断される。

 じゃぁやってしまえとなりました。事実五十六の死後後継争いまで起こっています。

 戦争を有利に遂行するためだけだったらイスラエルなんかは今でもやっています。

 もう一つ忘れていましたが、昔は報償を得るために耳とか鼻を削いで、手柄を上げた証拠にしていました。特に有名な武将を殺した時には報償の単価が上がるので首を取る必要があったのです。

id:hikidasi

ありがとうございます。

資源はほしいけど、国はいらない。

2005/06/09 14:13:04
id:Randa No.7

Randa回答回数156ベストアンサー獲得回数02005/06/09 15:14:18

ポイント12pt

取らなくなったのは、狙わなくなったというより取れなくなったからだと思います。

近代戦では、最前線に将が立つことがなくなったから。


鉄砲が普及する前は、つわものの将が先頭になって戦えば大きなプラスであった。しかし鉄砲が普及すると前線にいるつわものも簡単に殺されてしまうので、最前線で戦うメリットがなくなった。

また将は威嚇などの為に派手な鎧を着ていたが、鉄砲の的になるからやめた。だから敵の一般の兵と将との区別がしにくくなった。


また近代において戦争は大規模になった。それまでは一つの前線=戦争の全体であったので前線で全体の指揮をとれる。しかし近代の戦争では複数の前線があり、前線にいても戦争全体が分からない。前線より後方の各前線と連絡取りやすい所の方が戦争全体が分かりやすく指揮しやすい。上級将校が後方で指揮をするようになったから敵将の首は取りにくくなった。

id:hikidasi

ありがとうございます。

取りにくいから市民が巻き添え。

2005/06/09 16:22:57
id:sokyo No.8

sokyo回答回数1372ベストアンサー獲得回数952005/06/09 16:02:08

ポイント12pt

http://www.unic.or.jp/

国連広報センター

URLはダミーです。


・近代では、頭的な要素の強い人は、前線にあまり出てこなくなったから。

・国際的な反感が怖いから。

この2点を挙げられると思います。

id:hikidasi

私が将なら本陣を一気に攻める。

2005/06/09 16:25:40
id:offt825 No.9

offt825回答回数43ベストアンサー獲得回数02005/06/09 17:25:02

ポイント12pt

占領政策上有効であることもあるからです。

例えば、GHQが天皇陛下を利用することにより、統治をしやすくしました。


敵将を降伏させることにより、その敵将を通じて占領を行うということは、戦国時代でも行われていたことです。

id:hikidasi

ありがとうございます。

占領政策上有効。

2005/06/09 17:43:41
id:yoyan No.10

yoyan回答回数178ベストアンサー獲得回数02005/06/09 22:27:30

ポイント12pt

目には目を。

これはハンムラビ法典の言葉ですが

同害復讐の原則が認められると、敵将の首を取った自分もいつか人に寝首をかかれるかも知れません。

自分の世が長く続くことを考えると、平和的に占領するのが領民の反感も少なくていいのかと思います。

id:hikidasi

平和的にイラク兵とアメリカ兵を戦わせる。

2005/06/10 08:19:11
id:akilanoikinuki No.11

akila回答回数775ベストアンサー獲得回数92005/06/10 00:14:06

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http://www.hatena.ne.jp/1118282940

人力検索はてな - 近代の国家間戦争において、なぜ敵将の首を取らないのでしょうか? http://d.hatena.ne.jp/hikidasi/20050609 歴史、戦史、国際法にお詳しい方、よろしくお願いいたします..

近代では一人の首をとってもしかたないし、それよりも政治犯として衆目にさらして、自分達(政治家)の評価をあげたいからです。

id:hikidasi

政治家のために殺される下級兵士。。

2005/06/10 08:22:05
id:fifi No.12

fifi回答回数4ベストアンサー獲得回数02005/06/10 02:44:07

ポイント12pt

やはり裁判で裁く、ということが法治国家として最重要なことだからではないでしょうか?

id:hikidasi

下級兵士に裁判は不要。

2005/06/10 08:22:23
id:petronius_7 No.13

petronius_7回答回数10ベストアンサー獲得回数02005/06/11 00:57:23

ポイント12pt

まず単純にいってしまえば、敵の将軍の首をわざわざ切るというのは、戦争犯罪と見なされ、残虐行為を行っている軍隊と見なされることになります。全世界にそれが発表されれば、非常にその軍隊に対して不利益となることは明白です。

ただ、それは一面であって、実際のところは、首の価値が中世と近代では全く違うということが原因だと思われます。敵将の首を取るという行為は、武勲の象徴としての意味合いをもちます。中世までは戦争が組織としての戦いではなく、個人の集団同士の戦いであったため、戦闘に参加する各人が武勲を得る必要があり、先陣争いや、首を取るということにつながったと思います。

これに対し近代戦では、効率を追求した結果、個人の集団ではなく組織として戦うために、組織に対して与えられた課題を解決するという形式になりました。この場合は誰が敵の将軍を殺したかというのはさほど重要ではなくなり、それに伴い敵の首の必要性がなくなったといえます。

id:hikidasi

ありがとうございます。

組織戦においては、全滅しても課題は残る。

2005/06/11 21:47:49
id:Brightmoon No.14

Brightmoon回答回数336ベストアンサー獲得回数22005/06/12 02:08:36

ポイント12pt

1864年にジュネーブ法、1968年にハーグ法ができてから戦争の仕方がかわりました。


また敵将が投降した場合は、戦争捕虜となりますから、

ジュネーブ条約によって保護されます。

また、首を取るのは人道上的見地からいって感心されません。

国際世論の批判の矢面に立たされるのは、

イラクのアブグレイブ刑務所の虐待事件が

記憶に新しいと思います。

id:hikidasi

下級兵士にさんざん戦わせた挙句、自分の身が怪しくなると投降。

終了します。

あまり納得がいく回答がなかったので、自分なりに考えました。

1.現代の民主主義国家同士が戦争となった場合においては、両国とも民主的手続きにおいて相手国と戦争を行うと決めた。よって、その執行機関である行政府を攻撃し政権転覆(殺害)を図ることは民主的ではない。相手国民全員を消す必要が出てくる。旧ユーゴとかか?

2.自国が民主国家で敵国が軍事もしくは独裁国家(と認定している)の場合、敵国の民主国家樹立を図るためにも敵国政府(個人)を相手国独自に民主的に裁く必要があるため、政権転覆(殺害)を図ることが出来ない。

3.どちらの場合にせよ国家には戦争を行う権利自体は有るので、戦争を遂行する機関(軍)同士を戦わせることに問題は無い。従って、軍トップまではいつでも殺害可能である。

4.上記はあくまでも表向きである。実は、納品業者(武器商人、軍産複合体)との契約の中で、Userや民間人に対しては使用可であるが、Customerに対しては使用してはならない、と言う一文があるため。(これが真実かも)

もし何かあればいわしにどうぞ。

2005/06/15 00:04:29

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