落語の金原亭馬生は、古今亭志ん生の長男でありながら、何故金原亭で、次男の志ん朝が古今亭なのでしょうか?

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回答(5件)

id:rabbit23 No.1

rabbit23回答回数812ベストアンサー獲得回数172005/11/28 00:16:10

ポイント1pt

この金原亭馬生は11代目なのですが、この方は若い頃、古今亭ではなく当時の10代目金原亭馬生に弟子入りして、そのまま11代目を襲名したからみたいです。

id:asamesi

11代目ではなく、10代目の馬生のことなんですが、、、。

2005/11/28 00:23:49
id:NON_NON No.2

NON_NON回答回数197ベストアンサー獲得回数162005/11/28 00:22:44

ポイント19pt

http://www.kakaa.or.jp/~fukasawa/bashou.htm

金原亭 馬生 師匠編 

このサイトでは志ん生師匠は馬生師匠をあまり芸風としては好んでいなかったと書いてあります。また、馬生師匠は志ん生を意識しすぎてそれを乗り越える(あるいは違う芸だと納得するのに)時間がかかったけど、志ん朝師匠は志ん生師匠に可愛がられていて、コンプレックスを感じたり、変に意識する事がなかったとも聞いたことがあります。(小林信彦さんの著書で書いてあったと記憶します)

 もちろん、ちょうどいいタイミングで大きな名跡を継ぐチャンスがあったため(馬生では10代目に当たります)勧められた(末広亭の席主にだったかと。「聞書き・寄席末広亭」に書かれていたかと思います)

 志ん朝師匠は志ん生師匠の名を継ぐはずだったのに前になくなられたともいえますね。

id:asamesi

質問の趣旨は、なぜ金原亭だったかということなのですが、、、

2005/11/28 00:36:47
id:Catnip No.3

Catnip回答回数45ベストアンサー獲得回数02005/11/28 01:12:32

ポイント20pt

古今亭一門イコール金原亭一門だからです。

五代目古今亭志ん生師匠はずいぶん改名を重ねた方で、金原亭馬生を襲名してやっと売れ出し、その後に志ん生を襲名しています。

ですから先代の馬生師匠は実父の使っていた名前をいただいた、ということになります。

これに対して志ん朝師匠は前座名では実父の使っていた朝太をいただいていますが、真打ちとしては別の名跡を継いだことになります。

id:asamesi

ありがとうございます。

ずっとひっかかっていたのです。

2005/11/28 01:47:29
id:adlib No.4

adlib回答回数1984ベストアンサー獲得回数1232005/11/28 01:26:55

ポイント20pt

 

 古今亭志ん生5代目は、生涯に16回も改名したそうです。

 44歳で金原亭馬生7代目を襲名したとき、長男(金原亭馬生10代)

は6歳でした。

 

 5年後に志ん生5代目を名乗ったとき、次男(志ん朝3代)満一才、

おそらく当時の格付けでは、馬生7>志ん生5だったのでしょう。

 そして、次男が大名跡となった志ん朝6代目を継ぐはずだったのです。

 

http://d.hatena.ne.jp/adlib/19730921

Awa Library Report -  すれちがった人々 〜 美濃部家の人々 〜

(↑)《与太郎文庫》より

id:asamesi

ありがとうございます。

2005/11/28 01:48:24
id:chieponpon No.5

chieponpon回答回数41ベストアンサー獲得回数02005/11/28 02:05:39

ポイント20pt

↑このURLは参考程度で。


落語の世界では通常、苗字名前を1セットとして受け継ぐ事になります。

ばらばらで受け継ぐことはありません。

この場合、古今亭馬生とはならないということです。

「古今亭志ん生」という名も、「金原亭馬生」という名も

ご存知の通り七代・十一代と続いている由緒ある名前ですし、

戸籍上、または師匠弟子の関係だからといって、

苗字を残して下の名前を受け継ぐということはありません。

だから、六代目金原亭馬生が四代目古今亭志ん生、七代目金原亭馬生が五代目古今亭志ん生というように、

襲名すると苗字ごと変わるわけです。

id:asamesi

だんだん、わかってきました。

2005/11/28 02:49:17
  • id:adlib
     訂正=志ん朝6代目→志ん生6代目

     
     5年後に志ん生5代目を名乗ったとき、次男(志ん朝3代)満一才、
    おそらく当時の格付けでは、馬生7>志ん生5だったのでしょう。
     そして、次男が大名跡となった志ん朝6代目を継ぐはずだったのです。
     

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