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遺伝的要素が関係しているのであれば、心が汚れているから病気になったわけではないということになると思いますが・・、その占い師はそういった方々に不快感を与える為に言っているわけではないでしょう。あまりあげ足をとるのはよくないのではないでしょうか
回答ありがとうございます。
こちらのサイトからの引用です。
ここんとこ愚痴が多かった。・・・
負けてなるものかと思う。他の人にではなく、自分の弱い心に。あと、「清らかな心」という視点を忘れていた。・・・
心が汚れるというのは、自己中心ということ。人間は心が汚れると、身体も病気になるんだよ。
心の問題が病気に発展するのでしょうけど、病気になる原因はそれだけではないです。清らかな人だって、他の要素で病気になる事はいくらでもありますよね。
回答ありがとうございます。
私も、そう思います。
病気というのは、それは様々な原因によって起こります。
心が汚いから病気になる、と言われてしまったら、
それこそ健康な体を公害や薬害などで蝕まれてしまった人達は
いったいどうなってしまうのでしょうか。
京都府医師会会長の油谷桂朗先生は、
「これからの社会が求める医師像とは、
単に、医学知識が豊富であることや
医療技術が優れていることだけでなく、
病める者の心を本当に分かろうとする人間愛や、
一般社会の規範にも謙虚に従う社会性が強く求められています。」
と述べておられます。
病める者の心を本当に分かろうとする人間愛。
これが「美しい心」であることは論を待たないでしょう。
したがって、心が汚いから病気になるという考え方は、
最も人間愛から遠い、汚い心から発していると言うことが出来ます。
つまり、そういう占い師こそ、心が病んでいるんですね。
悩む人に希望を与え、社会に貢献していくという、
占いを志した初心に立ち返っていただきたいものだと思います。
回答ありがとうございます。
回答ありがとうございます。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4777102440/
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心が汚れると病気になる、の逆は、病気の人は心が汚れたのが原因だ、ではない、という論理学的問題。まずそれはおかしいでしょう。論理性を磨くことをまずおすすめします。
しかし、だとしても、これは失礼ではなく、論理的に合っていると思います。
遺伝的要素が関係する病気を持った人は、心の汚れがあったがゆえにそのように生まれてきたのです。そのように考えることは可能だし、いわゆる仏陀釈迦牟尼の説かれた業論はそのように解釈できます。
ところがですね、業論は固定ではなく、変化させることができるわけです。あるいは、現在の状態は過去の結果でしかなく、未来は現在何をなすかによって変わってくるわけです。とすれば、「あいつは病気だ。心が汚れたからだ」と批判するために使うような人こそ病気になるわけで(笑)、病気になった人はもう清算をすませたのだからそれ以上責められる必要はないということです。いや、考えるべきことは、自分に心の汚れがないかどうか内省し、もしあれば改めていく、これ以上病気の原因を作らないという前向きな考え方でしょう。
失礼とか失礼でないとかいう次元にいつまでもとどまっているのは、あまりにもばかげています。まあ、ある占い師さんもきちんとその辺を説明するべきだと思いますね。それが先祖供養とかのばかげた風習に結びつかないことを祈ります。
以上、昨年夏に入院した私の回答です。
回答ありがとうございます。
同じような議論で、
「『健全な体に、健全な心が宿る。』というのは、ハンディキャップがある人のことを考えていない!」
というような反応を見聞きすることがあります(特に、ジンケンあたりに過敏な方々)。
受け取り方次第でどうにでも聞こえるといえばそうかもしれませんが、「健全な体」が「身体的な障害が何も無い体」のことを指している訳ではないと、私は思っています。逆に、(一見?)健康体でも邪悪な人、いっぱい居ますし。
その占い師は(うさんくささの度合いに関係なくw)、遺伝学的なこと云々まで言及している確かな知識があるようには思えませんから、さらりとスルーしていいんじゃないでしょうか。
ただ、「心が汚れると病気になる」ということは、ある部分真実のような気がします。人間の身に起こることですし。「病気になると心が汚れる」とも言えるかもしれません。
回答ありがとうございます。
http://www.msn.co.jp/home.armx
MSN Japan
ダミーです。
その占い師の発言を聞いた事がないので、質問文からのみでの個人的な意見になりますが、「病気の人は心が汚れている」とはいっていないと思うのですが、いかがでしょうか。
「心が汚れると病気になる」というのは心的ストレスがあれば体の調子を崩すという意味だったり、「心が汚れる」ということが「邪な考えを持つ」というような意味でそれを戒める意味合いを持つような気がします。
きっと「病は気から」ということを言いたかったのではないでしょうか。
もしも「病気の人の心は汚れている」といった言い回しをしたのだとしたら、それは病気を患ったことのある人すべてに対して失礼だとは思います。
回答ありがとうございます。
それはロジックを間違って解釈していると思います。
例えば単純に説明すると
ウィルスに感染すると病気になりますよね。
でも病気の人が皆ウィルスに感染しているわけではありません。
A→BであってもB→Aであるとは限らないのです。
もしもその占い師の人が
「病気の人は皆心が汚れている」と言ったなら別ですが、そうではありませんよね?
人の言葉を間違って捉えるのはよくないと思いますよ?
回答ありがとうございます。
http://www.mibyou.gr.jp/jyoho.htm
日本未病システム学会/Japan Mibyou System Association
恥ずかしながら身内にプロの占い師を持つ者として推測することを書かせて頂きます。
このようなことを言われるとすれば、東洋系の占い師ではないかと思うのですが、東洋系の病気の考え方には「未病」という状態があります。これは、病気として表に出てくるには至っていないが、病気になる可能性がある状態のことです。現在ではこの未病の考えが医学会にも認知され、日本未病システム学会が発足しています。
そして、未病から発病するにあたっては、占い師の技の範疇ではなく、心の持ちよう、つまり普段の生活をどのように送るかという範疇の問題である、ということを仰りたかったのではないかと思います。
このように考えると、ご指摘の占い師は、この未病の状態から発症する人のことを指しておられるのだと思います。しかしながら、TVや紙面では限られた時間や分量でしか意見を述べることができず、未病について詳しく述べるチャンスが無いまま誤解を受けられることになったのではないかと推測します。
http://www.alles.or.jp/~kenroku/
星占い ホラリー西洋占星術 Kuni. Kawachi
(↑URLはダミーです)
反対に、遺伝的要素の関係する病気がいつ発現するかは、その病気を受け継がれたこと自体がその方の責に負わない問題、つまり運命であり、それは占い師の技の範疇であります。従いまして、それについては私に聞いていらっしゃい、その他の不摂生による発病は占いではわからないわよ、ということをその占い師は仰りたかったのだと思います。
決して、差別的発言で仰ったのではなく、占いでわかる事とわからない事の区別を、占い師の仲間内でならよくわかる話し方でうっかり話されただけだと思います。
以上、かつて身内と議論した内容と同じ質問を見かけましたので、その折の身内の意見を受け売りでお伝え致す次第です。何かのお役に立てれば光栄です。
回答ありがとうございます。
http://www.hatena.ne.jp/list?c=y#
人力検索はてな - 生活
失礼だと思います。
そういう占い師の方は前世での行いがわるいから今こういう病気を持って生まれてきたんだよとかいうかもしれません。
それに程度の差はあれ誰でも人間心は汚れてます。
回答ありがとうございます。
Yahoo!
「心が汚れると病気になる」と言った後で、この占い師がどのような発言をしたのか気になりますね。
これを買うと心の汚れがなくなるので病気にならないと何かを売りつけようとしたのではないかと想像してしまいます。
要するに、失礼もなにもなく、この占い師は占いにすがりたいと思っている人の心の隙間に入り込み商売をしようとしているだけなのではないかな?
でないと心がとっても汚れているとしか思えない人々(ブッシュ大統領とか小泉や北朝鮮の首相とか)などは、あまりの汚れぶりにICU行きくらいの重症になっていないとおかしいですもの。
回答ありがとうございます。
細木さんでしょうか。
昨日のテレビで小さい子供たちに、
「心が汚いと死ぬ」みたいなことを言っているのを聞きました。
私はそれを聞いて違うと思いました。
先天性の病気だったり、不慮の事故で亡くなった方イコール、心が汚いと言っているようなものですよね。
最悪だなと思いました。
あなたと同感です。
回答ありがとうございます。
皆様に感謝します。
その占い師は確かに、病気の人の全てが心が汚れているとは言っていません。
でも、世の中には様々な人がいるので、そのように捉えてしまう人もいるとに気を付けてほしいです。
回答ありがとうございます。