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http://www.time.com/time/asia/features/japan_view/books.html
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id:osamu666 No.1

osamu666回答回数79ベストアンサー獲得回数62006/01/11 04:53:09

ポイント800pt

活花にさようなら

By JAY MCINERNEY

日本:日本の作家たちが見つけた自分たちのテーマ


日本は新たなものを発明するよりも、いろいろなものを取り込んで自分たちに合わせてゆくことにかけては天才的である-つまりはクリエイターの国ではなく、コピーキャットの国である-これは私たちの持つ日本についての古臭いステレオタイプな見方の一つだ。しかし、日本は小説を発明したという優れた証拠を持っている。それは紫式部の源氏物語だ。この小説はドンキホーテよりも600年ほど前に書かれ、異常なまでのめくるめく性と宮廷における陰謀を描いている。西洋の読者にとっては、この小説は日本についての、三島由紀夫の言うところの「活花師たちの国」というイメージを強めることになる。


源氏物語はこの後に続くもののもなく、唯一的なものであった。近代の日本の小説は多かれ少なかれ、日本が西洋に対して開国してすぐの1867年に生まれた夏目漱石によって始まった。20世紀の日本の文学はしばしば形式的にも主題においても西洋の影響を受け入れるための痛々しい試みに心を奪われていた。西洋の読者は時折自分たちに向けられた望遠鏡を覗き込んでいるような感覚を覚えるかもしれない。


私が1970年代の後半に京都に住んでいたころ、外国の影響を受けていない純粋な日本を捜し求めていた日本在住のアメリカ人の間で最も人気があった作家は川端康成だった。川端の貴族的な美学、茶道の達人と芸者達は「活花の国」の典型であり、彼の小説の典型でもあった。西洋人たちの目には彼の小説は小説というよりむしろ美しい絵画の連続であり、(美しい絵画の部分が)半分と考えるのももったいないくらいだった。彼の最も優れた作品「雪国」「眠れる美女」は人をとりこにする。他のどの日本の作家よりも川端はわれわれの求めている違和感やエキゾティクさを満たしてくれるのだ。川端自身が「雪国」に主人公に文化の交錯に関する衝撃的な比喩を与えている、主人公は西洋のバレーの研究をしているのだが、彼自身一度も実演に接したことがないのだ。


三島由紀夫ほど現代日本の痛々しい矛盾を完全に描き出した作家はいないだろう。彼は日本の男らしくないイメージを嘆いたホモセクシュアルだった。病的なまでの美学により、彼は自分を現代の侍になぞらえ、1970年にクーデータを起こすことに失敗し、ついには古来の侍の儀式的な自殺である切腹を行った。三島は西洋文学の伝統に完全に影響を受けており、彼の初期の作品はオスカーワイルドの影響が見て取れるし、「暁の寺」に関しては完全にドストエフスキー的だ。しかし、彼は国家を純粋化して、明治以前の日本に回帰するという考えに取り付かれていた。三島に関しておそらく最も驚くべきことは彼の政治的熱狂の高まりがほとんど彼の芸術的な観点や判断を損なわなかったことである。彼の自害はエキゾチズムや妄想、一般的な異常さについてのわれわれのステレオタイプな見方を強めるのだが、豊饒の海4部作の最後の小説(彼の最高の作品であることは賭けてもいい)は彼が自分の腹を刀で切り裂く前の週に完成されている。


クリスチャンの遠藤周作はまさに日本と西洋の価値観の間にとらわれた人間だ。彼の初期の小説はひどく象徴的になる傾向があった-火山はいつでも不正に対する審判を下す準備をしている。しかし、後期の「沈黙」や「侍」は西洋に出会い損なった東洋のすばらしい表現である。彼がキリスト教徒であることによって、遠藤は海外において最も知られた日本の作家になった。もっとも西洋で評価の低い近代日本の作家は谷崎潤一郎である。彼の戦前の大阪の家族を描いた「細雪(The makioka sisters)」は20世紀文学の一つのランドマークである。彼が西洋で評価されていないのは、私は、彼の作品が50年以上の時代を扱っており、把握することが難しく、ファンタジーから家庭内の現実までを扱っているというのがその理由の一部だと思う。


現代の作家である吉本ばななや村上春樹に関して私たちが驚かされるのは彼らの描く世界については比較的親近感を感じることである-彼らは日本の世界における位置などという疑問によって苦しめられていないようである。吉本の「キッチン」におけるヒロインが、日本料理とフランス料理を組み合わせて彼女のメニューを作るとき、彼女は文化的な混合について語ってはいない。吉本は無表情に単に東京で人々がどんな食事をしているかについて書いたに過ぎない。


村上の感覚は彼が羊に精神をのっとられるというような、どちらかといえば幻想的なことを書いているときにおいても、懐疑的な現実主義者のものである。彼の語り手は不可避的にどこにでもいる、現代の東京の人間である-30代の男性で、落ち着いた、ホワイトカラーの職業で、いくらか受身的で、人生に多くのことを期待しておらず、来るものはうんざりとしながらも平静に受け入れる。レイモンド・カーバーの語り手のように-村上はカーバーの翻訳者である-、彼らは目立たなく、倫理によって動かず、多くの日本人ほど家族や仕事、社会の強力な網の目に絡まってはいなく、大学を卒業してずいぶんたっても大学生のような生活をしている。ここに、村上の作品が日本や西洋の読者に対して人気のある理由があるかもしれないと私は思う。


村上の主人公は伝統的にそのメンバーに対して完全な参加を要求する社会から少しはなれたところにいる。しかし主人公自身も自分を反逆者としてはみていない。三島はこのような人間を嫌悪しただろう。エキゾティックさの鑑定人は彼の小説にエキゾティックさをほとんど見つけられないだろう。アメリカやヨーロッパの読者たちはもしこれらのキャラクターたちが完全な親近感を持てるようであれば誤解していることになる。しかし、これは世界でももっとも孤立した伝統的な社会においてもグローバリゼーションが進行していることを、彼らなりの静かなやり方で象徴しているのだ。


----------

リンクはJAY MCINERNEYの作品。

直訳と意訳が入り混じっています。文法はどこがわかりにくいのかわからないので質問してもらえればわかる範囲でお答えします。

id:akapeace

こんなに長いのに素早いありがとうございました。

質問もさせていただくかもしれません。

2006/01/11 09:56:25
  • id:kokezaru753
    (投稿者削除)

  • id:kokezaru753
    おまけでも、ご参考にしていただければ幸いです。

    残念、締め切られてしまいました。
    回答者osamu666 さまの訳文で充分かもしれませんが、
    書き上げてしまいましたので
    ご参考に。文法など、おまけつきです。

    *********************

    こんにちは。

    「文法など説明していただけると・・」
    逐一全部の説明は無理としても一般的に理解の困難・間違いやすいところを書いていきたいと
    思います。*マークつけておきます。

    (ちなみに文法などで特に困難なところのない素直な文章でありました。)

    Sayonara Flower Arranging
    さよなら、フラワー・アレンジメント(生け花)。
    (お分かりになると思いますが、これは例えですね。
    これでも今なら意味は通ると思うのですが、
    以下文章をお読みになって適当な日本語をお考えになってください。タイトルは重要だ!)

    Japanese writers have found their subject: Japan
    日本の作家たちが見つけたおのおのの主題。
    By JAY MCINERNEY
    ジェイ・マッキンレイ

    One of our hoariest stereotypes of Japan is that the national genius is one of adaptation
    rather than invention—that it is a nation of copycats rather than creators.
    (日本についてよく言われることのひとつがいきなり冒頭からです)
    日本についての我々(=西洋人)の昔からのイメージ(ステレオ・タイプ)は、
    発明(すると)いうよりは適応・同化(すること)である。
    * of はabout のつもりで考えるとうまくいくことが多いです。
    それは創造(者)というよりは、さるまね(ねこまね?)する国ということである。

    としておいてここから↓本題でした。(全訳して気がつきました)

    However, the Japanese have a good claim to having invented the novel.
    しかしながら、日本は、小説(文学)を発明してきたことには評価を得ている。
    * the 英語において定冠詞は重要です。ここでは(明らかですが)日本をさしています。
    大変重要なこともあるので少しばかり気をつけてみましょう。
    have+xxx ed = (過去から今に続いてきている)現在完了形。

    Lady Murasaki’s Tale of Genji (Genji Monogatari),
    紫式部の源氏物語

    written some 600 years before Don Quixote, is a weirdly fascinating narrative of erotic and court intrigue.
    ドン・キホーテ(お店ではありません(笑))よりさかのぼること600年
    エロティックな文体と興味深い宮廷の魅惑的な(説)話である。
    *weirdly=weirdは会話で頻出です。意味は怪奇・奇怪・不気味・変なの〜〜(かなり強意)
    ここでは凄いという副詞で、かなり強い意味になっています。
    *intrigue=interetingと同意ながら、かなりかなり強い興味深いです。
    interetingは意味なく使われますが、intrigueが使われると本気で!興味深い!ということです。

    For Western readers it can only reinforce the image of Japan as, in Yukio Mishima’s words,
    ”a nation of flower arrangers.”
    西洋人読者には、三島由紀夫の言葉にあるように
    「生け花の国」(この適訳はakapeace さまにお任せしますね)
    といった日本のイメージを強めるだけのものである。

    Genji was something of a one-off.
    源氏は、  ↓のようなものである。
    one-off=空前絶後、1回きり(しかおこりえない)、

    Modern Japanese fiction begins more or less with Natsume Soseki, born in 1867 shortly after Japan’s opening to the West.
    現代日本文学(フィクション)は、多かれ少なかれ、西側世界に門戸開放した直後の
    1867年に生まれた夏目漱石をもって始まる。

    Twentieth century Japanese literature was often preoccupied—formally and thematically—
    with the tortured attempts to come to terms with Western influences.
    20世紀日本文学は、公式的・テーマ的には西側の影響を受け入れるという
    苦しい試みに気をとられてきた。

    *formally=1.With official authorization 2.In a formal manner通常、公式(的)という日本語です。
      うまく日本語を入れることができません御免なさい。
    to come to terms with=所謂、熟語です。嬉しくないような状況を(不快な気分なく)受け入れる。

    *attempt=企て、試す、図る、謀る 動詞・名詞 同形です。
    *torture=拷問→苦痛;非常な苦悩
    *be preoccupied with …のことで頭がいっぱい。夢中・没頭、気をとられる。など。

    Western readers may sometimes feel that they are looking through a telescope
    —only to see a telescope turned back in their direction.
    西洋人読者は、(遠くにあるものを見る)望遠鏡を通してみている感じかもしれない。
    〜(西側の影響の)方向に引き返される(戻される)ような望遠鏡を
    見るだけにとどまっているのかもしれないが。

    When I was living in Kyoto in the late ’70s,
    70年代後半、京都に住んだとき、

    Yasunari Kawabata was the most popular novelist among the American expatriates
    who were seeking a vision of a Japan untainted by foreign culture.
    川端康成は、外国文化(観)によって評価されてきた日本のビジョン(観点・美点)を
    追い求めていたようなアメリカ人日本居住者の間では最も人気のある小説家だった。

    *expatriates =国外居住者. 外国に出張・駐在している人たち。略してexpats
    元愛国者 ex-patriot と似ているので注意ですよ〜。

    Kawabata’s aristocratic aesthetes, tea masters and geishas are the epitome of
    Flower Arranging Nation and some of his novels, to Western eyes,
    are more a series of beautiful tableaux than novels—too precious by half.


    川端の貴族的美学、茶のマスター(家元かな?)や芸者などは、生け花大国の典型で、
    幾つかの彼の作品は、西洋的視点では、小説(-半分だけでも余りに貴重な)
    という以上に美しくまとめられた一連の絵画作品ともいうべきものである。

    *tableaux タブローと読みます。
    フランス語の絵画作品というような意味の複数形でtableauが単数。
    知的文章にはフランス語がよく見られます。(発音は英語的に)
    フランス的発音で使ってあげると尊敬まなざしかもしれません。活用しましょう♪

    His greatest works like Snow Country and House of Sleeping Beauties are haunting;
    more than any other Japanese author, Kawabata satisfies our appetite for strangeness and exoticism.
    「雪国」「眠れる美女」(←多分)のような彼の最も偉大な作品は、忘れがたく
    他のどの日本人作者(の作品)以上であり、
    川端は、不思議(好奇心)や異国情緒の点で我々の食欲を満たせてくれるのである。

    Kawabata himself created a striking metaphor of cross-
    cultural fascination in the protagonist of Snow Country,
    who was devoted to the study of Western ballet
    although he’d never once attended a performance.
    川端、かれ自身は、「雪国」の主人公
    (-その主人公は〔西洋〕バレーの勉強に身を捧げた- 一度も実演の場にでることはなかったが-)
    において文化が交差しあうような(←西洋人の食欲を満たしてくれるのことを特にさすと思います)
    魅惑的で衝撃的な メタファー(隠喩)を創りあげた。

    *although (though)=but  大変便利な単語です。
    例:I have never done that before though.
    おいら、それしたことない、けど(/が)。。。 文末に日本語と同じニュアンスでつけてみましょう。

    No artist embodied the tortured contradictions of contemporary Japan as completely as Mishima,
    the homosexual who worried about Japan’s effeminate image,
    the sickly aesthete who turned himself into a modern-day samurai
    and in 1970 finally committed seppuku, the ancient samurai ritual suicide,
    after failing to inspire a coup d’Etat.
    三島のように現代日本を非常に悩みとなるような矛盾性を具現化した芸術家もいない。
    三島は、日本の男らしくない・めめしいイメージを憂い続けた同性愛者であるが、
    現代のサムライに成り変わるような病的なほどの美学者であったが、
    クーデター失敗後の1970年、古代サムライの儀礼的自殺=セップクを遂行した。

    *coup d’Etat = またフランス語です!一般にはクーデターの意味です。
    フランス語↑読みしたら、ほら読めちゃいますね。

    *基本フランス語講座*
    coup = 一撃、打撃の意味。
    Etat =状態、身分、職業、国家などの意。大文字で国家。 
    d’ は 英語の of に相当。 

    les Etats Unis = (フランス語で)アメリカ合衆国。 レ・エタジュニと発音、恐るべしフレンチ。
    これは多分、一般的な英米人には通じないと思います。

    Mishima was thoroughly steeped in the traditions of Western literature
    —his early work shows the imprint of Oscar Wilde
    and The Temple of the Golden Pavilion is wholly Dostoyevskian—but he was obsessed
    with the notion of purifying the national character and returning Japan to its pre-Meiji era values.
    三島は西洋文学に徹底的に自己を専心・没頭させたが、
    -彼の初期作品にはオスカー・ワイルド、そして
    「金閣寺」には全面的にドストエフスキーの痕跡・面影を示しているが-
    彼は国家的性格を純化し明治時代以前の価値観に日本を戻そうという概念に取り憑かれていた。

    What is perhaps most surprising about Mishima is that
    his increasing political fanaticism barely tainted his artistic vision and judgment.
    三島について最も驚くべきことは、彼の政治的狂信的行為は、
    ほとんど彼の芸術的ビジョン・判断を損なっていないという点である。

    The final novel in his Sea of Fertility tetralogy, for my money his greatest work,
    was finished the week before he sliced open his belly with a sword.
    最後の小説「豊饒の海」4部作は、私のお金(財産)にとっても彼の最高作品であり、
    刀でおなかを切り開く前の週に完成したものである。

    Mishima is among the most cosmopolitan of Japanese novelists,
    三島は、日本人小説家の中ではもっとも国際的であり、
    although his suicide tended to reinforce our stereotypes about exoticism,
    fanaticism and general weirdness.
    彼の自殺は、エキゾチック、狂信性、一般的な不気味さについての
    我々のイメージを増強する傾向にあったとしても。

    *althoughは前述したとおり意味はbutですが、
    although以下の文章を「・・・・・だが」とまとめます。

    As a Christian, Shusako Endo was literally a man caught between Japanese&Western values.
    キリスト信者として、遠藤周作は文字通り、日本と西洋の価値観に板ばさみに
    なった人物だ。

    His early novels tended to be overly symbolic
    彼の初期作品は、余りにもシンボリック(象徴的)であるが、
    —volcanoes were always poised to rain down judgment on the unrighteous,
    火山(爆発)はいつも邪悪・罪深いな人々に判決(キリスト教見地でいうと最後の審判的ですか)
    を(豪雨のように)降り注ぐような状態をとるが、
    but later works like Silence and The Samurai are superb accounts of East failing to meet West.
    「沈黙」「侍」のような後期作品では西洋に出会うのに失敗した東洋についての
    素晴らしい作品である。

    *accounts= いわゆる(銀行)アカウント、という意味だけでなく、多くの意味があります。
    一番よいところで選んでください。
    *ここのofを前述のabout的に訳してみるとうまく行く感じですね?
    *meet =これには、両者の条件が”出会う”=条件が”一致・みあう”
    というような意味合いもあります。

    Because of his Christian preoccupations,
    Endo has become one of Japan’s best-known writers overseas.
    彼のクリスチャンとしての専心が、海外において
    一番知られる日本人作家の一人となった。

    *preoccupations=既出単語です。
    1.没頭・夢中。2.心を奪うもの第一にすべき仕事 3.先取り.・先入観・偏見.
    のような意味があるみたいですが、1をまず押えておけば困らないと思います。

    The most underrated of the great Japanese modernists in the West is Junichiro Tanizaki,
    whose portrait of a prewar Osaka family, The Makioka Sisters,
    is one of the landmarks of 20th century literature.
    西洋で最も不当に評価されている偉大な現代日本人は谷崎潤一郎である。
    彼の戦前の大阪(正確には芦屋)家族(正確には蒔岡家)のポートレイト-「細雪」は
    20世紀文学の歴史的偉業のひとつとなっている。

    *underrated= under + rate   いわゆる過大評価の逆ですね。

    He is undervalued in the West, I think, in part because his work, which stretches over half a century,
    is not easy to characterize, ranging as it does from fantasy to domestic realism.
    彼は、私見では、部分的にしても-西洋では過小評価(=underrated)されている。
    なぜなら彼の作品は半世紀以上にわたるものであり、
    幻想から家庭的な現実まで幅を持つように性格づけは簡単でないからであろう。

    What may strike us / as most remarkable / about contemporary authors
    BY&HM /  is / the relative familiarity of the world //
    they write about—the fact that they don’t seem tortured
    by the question of Japan’s position relative to the rest of the world.
    現代作家ばなな&はるきに関して/最も注目すべき点で/我々に印象付けることは
    ”全世界的にも相対的親密性”で/あるかもしれない。

    *うまい日本語に一語でできませんが、これはまず三島や谷崎のような
    特異性と反対のものと考えることができます。
    relative (相対的)(比較ができる) ⇔ absolute (絶対的)
    familiarity = 親近性、類似性   という風に考えるとわかりやすいですね?
    ここの文章はWhatが主語です。
    strikeは何度も出ていますが、英語的表現で好まれて使われる表現です。
    what が 我々(の心)を ”打つ・撃つ”(=strike) ものは、「親しみやすさ」 である。
    //で本来は、カンマですが、英語においてこのようなカンマは省略されることが多いです。
    may (〜かもしれない)があるために、ここではstrike に3人称単数のsは、なしです。

    彼らは、日本以外の世界に、日本の相対的位置という疑問に苦悶していることが
    ないように思える-状態で(事実について)書いている。

    torture(何度か既出)=拷問・・・が、本当に好きな書き手です。

    When the heroine of Yoshimoto’s Kitchen mixes Japanese and French dishes in her menus,
    she’s not making a point about cultural miscegenation.
    吉本の「キッチン」のヒロインは日本料理と仏料理の組み合わせたりする時に、
    異種文化的混合を意図しているわけではない。

    The deadpan Yoshimoto seems to be merely reporting how people eat in Tokyo.
    感情を示さない(無表情の)ばななは、
    東京での人々の食事を単に報告しているだけのように思える。

    Even when he is writing about relatively fantastic subjects, like spirit possession in sheep,
    Murakami’s sensibility is that of the skeptical realist.
    村上が、比較的幻想的-羊にとりつかれた心のような-主題を書いているような時でさえ 
    彼の感受性(感覚)は懐疑現実主義者の感覚である。

    His narrator is inevitably everyman, contemporary Tokyo edition—a thirtyish urban male in a low-key,
    white-collar job, a somewhat passive fellow who doesn’t expect much out of life
    and takes what comes with jaded equanimity.
    彼の語り手は、必然的に(必ず)普通の人、現代の東京版-30歳ぐらいの控えめな都会の男性
    ビジネスマン(サラリーマン.)でうんざりするような生活を受け入れ、
    人生に特に期待することもないようないくぶん消極的な(活動的でない)人物である。

    Like the narrators of Raymond Carver’s stories—Murakami is Carver’s translator—
    レイモンド・カーヴァーの話の語り手達のような -村上はその翻訳者である-
    they are unremarkable men, less driven by the ethic to succeed
    and less enmeshed in the powerful webs of family and business and community than most Japanese,
    living like college students well beyond their college days.
    人たちは、とりたてて言うほどのことはない(目立たない)人たちであり、
    (継承された)倫理観に振り回されることもあまりなく、
    ほとんどの日本人より家族、仕事、社会などの強い蜘蛛の巣に絡むような困難に陥ることなく
    学生時代が終わっても学生生活をしているかのように生活しているのである。

    In this, I suspect, may lie some of the popular appeal of Murakami’s novels
    for Japanese&Western readers.
    この点に、私がうすうす気がついたことではあるが、日本人や西洋人読者にとって
    村上の小説の魅了があるように思える。

    *lie in = (…に)ある, 見いだされる
    この文章は主語が長い種とうちになっていると考えられます。
    some of the popular appealが主語とみればわかりやすいと思います。

    Murakami’s protagonists stand just a little bit apart and aside in a society
    that has traditionally commanded full participation of its members.
    村上の主人公たちは伝統的に全面的参加を強要されるような社会から少し
    距離を置いているが

    But they don’t think of themselves as rebels, either.
    彼らは、自身を(社会の)反逆者とも思ってはいない。

    Mishima would hate these guys.
    三島はこれらの輩(やから)を嫌悪するであろう。

    Connoisseurs of the exotic will find little to savor here.
    エキゾチック鑑定家は、ここにほとんど(エキゾチックな)風味を見出せないだろう。

    *Connoisseurs=フランス語です。
    美術品・趣味の品などの鑑定・鑑識家。とくにワインあたりぴったりですね。

    American and European readers would be mistaken
    if they imagined these characters to be entirely familiar,
    but in their own quiet way they seem emblematic of creeping globalization
    in one of the world’s most insular and traditional societies.
    欧米の読者たちは、もしこれらの登場人物を完全に親近性をもってみたとしたなら
    まちがいをおかすことになるであろう。
    すなわち、平穏なやり方ではあるが、登場人物たちは、
    世界でも最も偏狭で伝統的社会においても徐々に国際化が進行していくという
    象徴になっているからである。

    *insular =偏狭な
    ここで筆者の (日本ということで)「島国人(に特有)の、島国根性の」という意味の
    この単語の選択は個人的に一番興味深いところでした。

    長々失礼いたしました〜それではまたの機会によろしくお願いいたします。
  • id:akapeace
    Re:おまけでも、ご参考にしていただければ幸いです。

    もし時間があれば
    http://www.hatena.ne.jp/1137072667
    も是非お願いします。

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