イスラム教と関係のある風刺画が問題になっていますが、なぜ大使館を(しかも関係ない国まで被害に遭っているようですし)攻撃するのかいまいち分かりません。

うんこでマリア像を造った人は一部のキリスト教信者さんに嫌われましたがそれだけでしたし、
国の偉い人や、宗教の上の方の人はいつも風刺されていて当たり前だと思うのですが。
なぜ今回だけこんな大事になっているのか、わかりやすく解説してください。

それとも風刺画というのがうんこやブッシュ大統領風刺アニメより100倍酷いようなものだったのですか?

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  • 登録:2006/02/20 13:26:31
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回答(7件)

id:nischiura2006 No.1

nischiura2006回答回数734ベストアンサー獲得回数42006/02/20 14:26:30

ポイント10pt

今回の騒動は2重の意味でイスラム教徒(ムスリム)を侮辱しています。

①偶像崇拝を禁じているにもかかわらず、あろう事か預言者ムハンマドを描いている。

②彼らが偉大であると信じている預言者をテロリストとして描いている。


私はキリスト教徒でもイスラム教徒でもないので中立的な立場にいるお思いますが、今回はどう考えてもキリスト教に非があります。100倍どころではありません。彼らにとっては許しがたい行為です。(キリスト教徒である)ナチスのユダヤ人虐殺を主題にしたマンガコンテストが開催されると聞いていますがお互いの宗教の違いを知り、よく理解しなければならないと思います。われわれは知らず知らずのうちにヨーロッパからの視点だけで世界を見る危険性があります。えらそうにこういってる私にもその傾向があります。

id:x2pop

> 偶像崇拝を禁じているにもかかわらず、あろう事か預言者ムハンマドを描いている。

これは全く知りませんでした。

参考になります。

2006/02/20 23:31:01
id:TomCat No.2

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152006/02/20 14:37:10

ポイント10pt

今回の問題の根底には、イスラム教の厳格な

「偶像禁止」の教義という事情があります。


イスラム教では信仰に関連する一切の偶像を厳格に禁止しますので、

教祖の似顔絵などというものは、

常識として考えられないものなんですね。


キリスト教などではイエス様が微笑んでいるような

パンフレットを配ったりすることもありますが、

ああいうこともイスラム教では考えられないことなんです。


ですから、今回の「風刺画」問題は、ただその内容が侮辱的だったとか、

そういう単純な問題ではなかった。

自分達がずっと守り通してきた信仰の基本を侵されたというショック。

これがものすごく大きかった、ということなんです。


絶対に教祖の肖像は描いてはいけなかった。

それは神と人との重大な契約事項であり、

それが破られる時、自分達は神に見放される。

イスラム教の人たちは、そういうふうに考えるわけです。


偶像禁止という信仰の基本が侵されたということに対する嘆きが、

大多数のイスラム教徒の気持ち、ということなんです。


このことは日本人やキリスト教社会には理解しにくい感情ですから、

どうしても「誹謗されたから激怒した」としか受け止められませんが、

でもそれは本当はイスラム教徒にしてみたら

枝葉事の問題に過ぎません。

id:x2pop

偶像禁止ですね、これは全くもって知りませんでした。

だんだん分からなかったことが分かってきた気がします。

日本ではなんとなく神社・寺院で両方に拝む対象はいますから

分かりにくいと言えばそうかもしれませんね。

でも逆に書いてはいけないというのは現代では辛すぎる仕様?(オタク的発言です(汗))ですね

2006/02/20 23:33:21
id:komasafarina No.3

1500曲を突破♪回答回数1662ベストアンサー獲得回数42006/02/20 14:39:35

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まず、諷刺画にされること自体が侮辱と受け取られます。諷刺といった意味合いがなくともたんに「絵」や「彫刻」にされることだけでもひどい(許しがたいand/or赦しがたい)侮辱だと彼らには思えてしまうのです。

そういう感じ方は、それは文化というもので、ぼくらの常識、ぼくらの基準、ぼくらの物差し、ぼくらの目盛りで測ることのできるものではありません。

靖国神社の問題もそれと少し似てるかもしれませんね。日本の国際的な農業問題である「コメ」の問題にも共通点があるかもしれません。

あの人たちの暮らしには、まだ、そこまで文化や民族や地域や時代や風習を超えた資本主義的な唯物的な常識感覚は(ほとんど)浸透していません。

物差しが違うのです。だから、それを違う物差しで計ってみても、それは(あなたの)理解の一助にはならないでしょう。そして、(これはあなたにわかるかどうかわかりませんが)そういうこちら側の尺度で推し測ることも彼らには侮辱と受け取られるかもしれません。少なくともわたくしの常識感覚からすると、それは失礼なことになるでしょう。

ですから、


わたしたち日本人がかつて西洋の異文化を進んだ文明として劣等意識(それは島国根性という「列島」意識でもあるわけですがw)を覚えたようには、彼らはわたしたちの国際的な常識感覚に対してコンプレックスを抱いていません。とくに貧乏で教養がない人たちほどその意識は強いでしょう。

ですから、今度のあの彼らの怒りについて、理解しようとするよりも、ほとんど奇異に思えるほど驚き、不思議がることが、ぼくらには重要であり、必要なことなのかもしれません。

何でも理解できたり、説明できたり、解説できるわけではない、ということをぼくらはぼくらのこういう文明の段階において、もっとよく知っておくべきなのかもしれません。

ぼくらは、TV番組などでフリップのテープをぺーっと剥がしながら、それなりに筋の通った(というだけの)説明をうけて、あまりに簡単に納得して理解したつもりになってしまう癖をつけられてしまっていますからね。そういうふうにすっかりメディアに調教され、コントロールされてしまっています。

ここで、あらためて確認しておきたいのは、「納得」することと、「理解」することは、実はまったく別個のことであり、さらにもう一歩踏み込んで言えば、「納得」することや「理解」することと、「問題」の「解決」は、またはるかにべつの問題だということです。

もっともらしいことを言われて、ああなるほどねとわかったつもりになって了解することと、物事の解決については交差することはありません。問題に取り組み、考え、解決に向かって努めることは、こちらの安定を崩し、こちらがいつしか(その解決に向けて)変わっていくような事態すら到来させます。そういう実践と切り離された、理解や納得に安住しすぎてるようなところが、わたしたちにはあるのかもしれないと、わたしはこの質問について考えながら気づかされました。おかげさんでありがっちょ~ん!


世の中には、説明や理解できないことがあるのです、何でもわかろうとしないことです、驚くこと、見守ること、(けっして直接的なものではなくとも)自分が(それについて)できることを考えること・・・・・

たぶん、コミュニケーションの問題なのだろうからね。


諷刺画の美醜の問題ではないんですね

「異質なもの」とどうコミュニケートをとったらいいのか、というそういう問題なのかもしれないですね、

普通、文明人は(あるいは教養あるジェントルマンは)相手を尊重するという手法(作法、マナー、様式)をとるでしょうね。

そのへんは、想像力の問題なのかもなー。


以下、最初に書き始めたNGカットをそのまま収録でーーす


まず、こっちがこうなのに、何であっちはああなのか?

というその「問い」自体にどんな根拠があるのかいささか奇異な感じがしないでもないですね。

あなたが挙げた事例に果たして万人を説得するに足る有意な根拠があるのかどうか?

そして、何らかの説明が自分を納得させさえすれば、それですむのかどうか?

おれはとにかく納得したい! ということがまずいちばんの求めなのか?

あるいは、あれを醜態として、ひどく苛立ち、軽蔑したがっている質問者がそこにいるのか?

どうも質問者のこころの声はべつのことを知りたがっているようだ。


解説や説明におさまりきらない人や事態はあるものだ。そして、そういうことこそが世界の豊かさの源泉でもあるのだということ。


多様性ということばにすら収まりきらないナマな現実、、、、、、、、、

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id:x2pop

すいません、分かりやすい無いですが、、、今回の問題は分かりにくいので無茶を言っているのは承知しております。

しかし

> 世の中には、説明や理解できないことがあるのです、何でもわかろうとしないことです

これには激しく同意します。

2006/02/20 23:36:05
id:aiguo No.4

aiguo回答回数242ベストアンサー獲得回数32006/02/21 00:03:50

ポイント10pt

http://conservativeforce.wordpress.com/2006/02/02/muhammad-carto...

Muhammad Cartoon Gallery « A Conservative Force

ひどいものかどうかは、ここの風刺画から自分で判断してください。


西洋では「言論の自由」という概念があり、それを盾に風刺画を発表しているのですが、イスラムと言論の自由の概念とは、うまく噛み合ないのでしょう。信仰をするものにとっては、宗教に全生活がかかっているので、それに批判を加えられることは許容しがたいことなのです。どの程度の風刺だったら許容できるとか、そういう問題ではないでしょう。(西洋でも、言論の自由はあっても、それは制限があり、宗教の風刺はマナー違反にあたります。)


以前、日本でも、大学でイスラム関係の研究者が殺されました。イスラムに都合の悪い本の翻訳を行った人です。まだ、犯人はつかまっていないのです。


風刺画だけでなく、これまでのこと全てに対する反発が、攻撃に現れているのだと想像します。

id:x2pop

すいません、見てみましたがどこが風刺なのか分かりませんでした。

こっちではマナー違反で済むところでも、あちらはでは言論の自由が存在しない(?)ということですか。

しかし、華氏911とかはイスラム圏でも放送されたようですが、あまりのひどさに驚かれたでしょうか。

(宗教ではありませんが)

そうとう難しい問題なのは分かってきました。

まぁ、簡単ならもう解決してるでしょうけど。

2006/02/21 21:00:17
id:sdkfz No.5

すだこふつ回答回数992ベストアンサー獲得回数482006/02/22 11:12:23

ポイント100pt

そうむずかしく考えることもないでしょう。


たとえば、あなたの風刺画が海外の新聞に掲載されて世界中で笑いものにされたらあなたはどう思います。

しかも表現の自由とか言われて訴えることもできないとしたら……あなた一人だけだったら泣き寝入りするかもしれません。しかしあなたと気持ちを共有する人が沢山いたら、それこそ日本全国規模でいるとしたらどうなるでしょうか。


国の偉い人や宗教の上の方の人はいつも風刺されていて当たり前とあなたが思うのは、あなたにとってはどうでもいい存在だからでしょう。

そして先進国の多くの人達にとってもどうでもいい存在だからこそ、そこに描かれている本人や極少数の熱心な支持者を除けばだれも傷つかないからこそ、その手の風刺画は認められているんです。


でもイスラムの多くの人達にとっては宗教はとても大切なものです。その大切なものを侮辱されたのですから傷つき怒るのは当然でしょう。

それだけの話です。

id:x2pop

なるほど、これは分かりやすいですね。

2006/02/22 19:40:01
id:mtaiga No.6

mtaiga回答回数5ベストアンサー獲得回数02006/02/22 13:17:02

ポイント10pt

URLは補助的な情報で、偶像崇拝の忌避から多彩な装飾文様が発展したという解説になっています


イスラム教とキリスト教は根(ユダヤ教)が同じで、また古くから対立の歴史(十字軍だとか)があるので、ことさら反発は激しいはずですね。

id:matasaburo No.7

いち・に・回答回数106ベストアンサー獲得回数02006/02/22 13:59:33

ポイント10pt

基本的な認識として、今回の問題の背景に、偶像崇拝禁止というイスラムの教義があるというのはこれまでの回答にもある通りだと思います。


それをふまえた上で、この問題に限らずイスラム関係の問題全般に言えることだと思うので少し気になる点を指摘したいと思います。今回の問題のようにイスラム教徒の暴力的行動が報道されると、どうしても「イスラム教の問題」すなわちイスラム教という宗教そのものに潜む暴力性のようなものに原因を帰する向きが多いと思うのですが、少しそれに違和感があります。イスラム圏に含まれる多くの国は、貧困問題を抱えており、経済的には恵まれていないと思います。また先進国に住むモスリムも、社会的、宗教的マイノリティーとして存在していることが多く、様々な不満を抱えているはずです。そうした、非常にフラストレーションの多い状況においては、何かきっかけがあれば容易に暴発してしまうというのは、イスラムに限ったことではないと思います。イスラムとの関係を考える際に、宗教の教義についての理解を深めることの重要性は否定しませんが、一連の報道を見ていると、世界を覆っている「貧困」の問題という、明白で動かしがたい事実がすっぽりと抜け落ちたままのような気がしてなりません。われわれは、意識的に、もしくは無意識のうちに、その問題から目を背けようとしているのではないでしょうか。また、貧困問題などの社会的不満のはけ口として今回の問題を利用するために、暴動がおきた国の政権側が逆に暴動を煽動ないし放置したという報道もありました。これも「イスラム」の問題ではありません。

id:x2pop

なるほど、ほぼ分かったと思います。

ありがとうございました。

2006/02/22 19:41:09

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