「質問に質問で返す」ことはなぜよくないこととされているのでしょうか。

場合によっては質問の意図を明確にするために質問すべき場合もあると思いますが、質問に質問で返すことはいかなる場合でもいけないのか、それとも場合によっては認められるのか、あるいは本来悪いことではないのによくないものとされているだけなのか、このあたりについても教えてください。
個人的な考えではなく、論理学・修辞学・議論の方法など体系だった考え方に基づいてお答えいただければ幸いです。

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  • 登録:2006/04/14 04:04:49
  • 終了:2006/04/19 00:23:38

ベストアンサー

id:ich-izen No.13

ich-izen回答回数102ベストアンサー獲得回数32006/04/18 00:36:44

ポイント30pt

共同体の内部の秩序さえ保っていればなんでもいいムラ社会においては、疑問形になっていても質問の内容には意味がないんです。質問者=主、回答者=従の関係が重要なんですよ。竹下登が「言語明瞭、意味不明w」と言っていたのは、そういう村落共同体のルールを見事に言い表していたと思います。意味のない言語のボール(登)を投げ合っていること自体が、村落共同体の中で、お互いの距離を測りあって安心する行為なのです。

その中にあって、「質問を質問で返す」というのは、質問を、意味内容のあるものとして目覚めさせる危険な行為であり、主従を逆転させようとする不埒な下克上なのです。

例えば、マスゴミに突然「どうですか?」と意味不明な質問を投げかけられたとき、巨人時代の松井は「そうですね…」とその日のプレイの感想等について自分から答えたのに対し、イタリアに行く直前のナカタやアメリカに行く直前のイチロー(つまり日本の村落共同体にうんざりしていた選手たち)が「どうですかって、何が?」と聞き返していたのを比較すると、分かりやすいかもしれません。

ナカタやイチローが「感じ悪い」「失礼だ」「非協力的だ」「不躾だ」といわれていたのは、マスコミ取材の(あるいはそれにとどまらずに視聴者を含む)村落共同体のルールを壊しているからです。でも、彼らを庇うわけではなく「不躾」なのは、聞き取りを生業としていながら、なんの工夫もない質問を投げかけて、さあタダで答えろ!というマスゴミの方であることは明らかです。

http://www.hit-press.jp/column/old/sk/sk40.html

id:matsunaga

なるほど、質問者と回答者の関係の暗黙の了解というものがムラ社会にあるというわけですね。

「聞かれる立場の分際で質問するな」という。

2006/04/18 08:28:30

その他の回答(14件)

id:ToMmY No.1

ToMmY回答回数656ベストアンサー獲得回数192006/04/14 07:11:57

ポイント20pt

質問を質問で返すことは必要なことですが、それによって論理を破綻させてしまう可能性が高いからではないでしょうか?永遠にそれを繰り返していたら結論が出ないということが明らかであるために、生理的、また論理的に拒否しているのでしょう。

http://www.hatena.ne.jp/

id:matsunaga

推測ではなく、確実な回答を求めます。

本当に論理は破綻するでしょうか。

「あなた誰?」

「誰というのはどういう風に答えたらいいんですか。名前を聞いてるんですか?それとももっと本質的な話?」

「名前だけでいい」

この場合は論理も破綻しません。むしろ的確に答えるために必要な問いかけのはずです。

また、永遠に続けるのではなく、一度だけでもだめなのでしょうか。

2006/04/14 09:52:32
id:laq No.2

laq回答回数152ベストアンサー獲得回数42006/04/14 09:40:09

ポイント15pt

どういうジャンルでの話か分かりませんので参考までに。

販売営業の世界では、顧客の質問に質問で返して顧客のニーズを引き出す、というのはよくある話法の一つです。


例:

顧客)この部屋は何畳ぐらいなんですか?

社員)部屋の大きさを気にされるのですか?

顧客)ええ、ホームパーティなどをよく開くものですから。

社員)それはいいですね。ここで10畳ぐらいなんですが、パーティは月に何回ぐらいですか?

顧客)一月に一回ぐらいですね。

社員)それなら、この商品などはいかがでしょうか?・・・


・・・という具合です。最初の質問に「10畳です」とだけ答えてしまうと話が発展せず、重要な情報(ホームパーティを開くことがあり、商品を薦められる)が引き出せない可能性があります。

顧客が質問をした背景には何らかの動機があり、その動機を聞き出せれば、商談がスムーズになることが多いからです。

http://www.spin-j.com/couse/s_1.html

id:matsunaga

この例はおもしろいですね。

なぜそういう質問をしたかを聞くこと自体は、基本的に悪いことではないような気がします。

ネット上の議論で、質問に質問で返しただけで「負け」と断ずるようなものをいくつか見かけたものですから、一体彼らは何を根拠にそういう勝利宣言をするのか気になってこの質問をしました。

2006/04/14 09:56:11
id:sibazyun No.3

sibazyun回答回数1763ベストアンサー獲得回数2372006/04/14 10:15:28

メタ質問(答に「質問」が含まれるような質問)を有効としている例。次の「4. インタビュー技術」参照。

http://www.din.or.jp/~tud/software-eng/quote/Rethinking_Syst...

id:matsunaga

「メタ質問(答に「質問」が含まれるような質問。例えば「ある状況におかれた場合、あなたは誰にどんな質問をしますか?」というような質問)も有効である。」(上記ページより)

これは質問をするように相手を誘導しているわけですから、いいも悪いもないでしょう。

「あなたが私に聞きたいことは何ですか?」

「あなた誰?」

この場合に「質問に質問で返した」と非難する人はいないはずです。今おうかがいしているのは、普通の質問・答えの中で、ストレートに答える代わりに質問を返すパターンが悪いと主張する人たちがいるのはなぜかということです。

2006/04/14 10:35:46
id:toshi_nishida No.4

toshi_nishida回答回数525ベストアンサー獲得回数382006/04/14 10:24:46

ポイント1pt

http://dummy.co.kc

 『質問に質問を返すって、たとえばどのメッセージのことですか?』と私が書いて終わっていたら、さぞがっかりされるだろうと思います。


 一つには、「質問に質問を返す」ことが悪いのではなく、「質問に回答以外のものを返す」のが悪い、と言えそうです。砂漠のオアシスに水を買いに来た人に、水ではなくもっと高価なダイアモンドをあげることは、ある状況では、悪いこと、と言っても良さそうです。質問者がはてなに求める物は主としてスピードと安さだということは、この点で重要な要素だと思います。


 もう一つには、どぎつい言い方をすれば、「おまえに聞いてんじゃないよ」と言いたくなる状況です。回答者の主観からは、「私が!ナントカして答えなければ。」という思いがあるので、回答するための情報を質問者から更に得ようとします。質問を質問で返す、です。


【例】

質問者:マシニングセンターのメーカーを教えてください。

回答者:マシニングセンターってなんですか?

質問者:金属をプログラムに従って切削して加工する機械です。

回答者:それならば牧野フライスなどがあります。


 最初の「回答者の質問」はこの回答者だから必要なので、マシニングセンターを知っている他の回答者ならば最初の回答で終了することが出来ます。10円の節約です。


 この例のように、質問者の側は「最もよい回答者」を求めているのに、回答者の側は「自分にできる最もよい回答」を追求している、という立場の違いが、「質問に質問を返すな!」のいらいらの原因になっていると思います。「まぁそう焦りなさんな。最善の回答を作るために二人でじっくり語ろうではないか。」と言えるのは世界にこの二人っきりの場合です。質問者が求めているのは実はこの回答者ではなく、開き賃10円で欲しい物すべてをくれる回答者だからです。


 そんなわけで、「質問を質問で返してはいけない」というのは、基本的な方針としては充分妥当性があるように思いますよ。私がそれを守ってるかどうはは別として。

id:matsunaga

はてなの場合は、「知らなかったら答えるな」で済むと思うのですが、ここでお伺いしているのは、はてなの場合ではありません。もちろん私が実際にはてなで回答欄に質問だけ書いたわけでもありませんし、そういう事例を見たわけでもありません。

というか、なぜtoshi_nishidaさんはこの質問が「はてな」での話だと思いこんだのだろう?

それ以外のたとえばブログや掲示板の議論で、質問に質問で返すことを極端に忌み嫌う人たちがいます。これはなぜかということです。

2006/04/14 10:41:32
id:fuk00346jp No.5

潮澤 昴回答回数1140ベストアンサー獲得回数542006/04/14 10:58:29

ポイント5pt

というか、なぜtoshi_nishidaさんはこの質問が「はてな」での話だと思いこんだのだろう?

「はてな」には回答回数制限が有る為質問に質問で返す「問答形式」は途中で回答出来なくなる可能性があります。(現在は「いわし」でならそう問題は無いです。)

そして、「ここがはてなであるからはてなの話だという前提条件を置いたのでしょう。(当方もmatsunaga 2006-04-14 10:41:32 を見るまではてなの事だと思っていました。)」

質問に質問で返すことを極端に忌み嫌う人たちがいます。

質問攻めという一種の「相手の無知さ加減を見る」のを前提とした手法があるからです。

http://URL無し

id:matsunaga

つまり、質問に質問で返すことをすべて、短絡的に「質問攻め」に違いないと過剰反応している可能性があるということですか(←疑問形)。

「質問攻め」について詳しいことをもう少し知りたいです。これはかなりキーワードに近いような気がします。

2006/04/14 11:40:57
id:heppocom No.6

heppocom回答回数94ベストアンサー獲得回数42006/04/14 12:07:22

ポイント5pt

人間Q「貴様、その身体を治す為にどれだけの人間を殺した!」

吸血鬼A「貴様は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」

質問者に対して、ちゃんと解答する意志がある(この場合「憶えてません」)にもかかわらず、回答者が質問者および質問内容そのものを軽蔑しているために、皮肉を込めて質問形式で返答したパターンです。

この場合、質問に対して解答が成立したかは、質問者の受け方によります。

もし、質問者が正確な人数を確認したかったのであれば、とても的はずれな解答であり、「質問に対して誠実に解答をするつもりがない」「侮辱している」と感じるでしょう。

わからないならワカラナイ、とストレートに答えればよい場面で、精神的立場を優位に保ちたいがためにこの手法を使われると、場が混乱し、収拾は困難になります。

質問に対してはなるべく誠意を持って解答し、その後に改めて質問を返すという姿勢が望まれます。

http://atmarkjojo.org/

id:matsunaga

もちろん議論を攪乱するためであれば問題だと思いますが、この例の場合なら、

吸血鬼A「俺が殺したのは身体を治すためだと本気で思っているのか?」

という返答だったらどうでしょう?そもそもの質問に疑義があるという場合は。

2006/04/14 19:34:38
id:laq No.7

laq回答回数152ベストアンサー獲得回数42006/04/14 13:25:40

ポイント20pt

二回目です。

「質問攻め」については

http://pon-s.tea-nifty.com/blog/2005/08/anti_pattern.html

に要約してありましたが、「質問に質問で返す」とは少し違うようです。対策にも

対策:「その質問は、議題とどう関係するのか?」と確認してみる。 相手(=最初の質問者)が狼狽するようなら、質問攻めの疑いが強い。

とあるように、更に質問で返す方法が提示してあります。

詭弁の特長のガイドライン

にも、「質問に質問で返す」に該当するものはなさそうですし、む

ディベートの基本ルール

にも見当たりません。

「質問に質問で返す」のがルール違反だと思っている人たちがいて、それを利用して議論を有利に進めようとする人たちがいる、ということに過ぎないのではないでしょうか。

「レッテル貼り」という言葉を便利に使う人

に近いものを感じます。

id:matsunaga

「質問攻め」は質問側の技法だったのですね。

2006/04/14 19:35:59
id:double_ka No.8

double_ka回答回数206ベストアンサー獲得回数12006/04/14 14:52:24

ポイント5pt

本来悪くない事だと思いますw

質問に質問で返すことを嫌がる人がいるのは、自分の質問に答えてくれないから腹が立つんだと思います。

http://q.hatena.ne.jp/1144955089

id:matsunaga

なんか外野の人たちが議論を観察していて、「あ、こいつは質問に質問で返してやがる。終わりだ」なんて言い出す例を見たんですよね。

「質問に質問で返すと議論で負け」という都市伝説はどこで生まれたんでしょう?

2006/04/14 19:37:27
id:aoinatsunosora No.9

aoinatsunosora回答回数131ベストアンサー獲得回数72006/04/14 17:03:01

ポイント20pt

「質問に質問で返すのは悪」というのは、詭弁に対する防御という意味で言われているのです。

http://homepage1.nifty.com/sunano/kiben.htm

上記URLは一例ですが、詭弁は相手を言い負かすための単なる修辞法です。議論の放棄ですね。


ソクラテスが「問答法」で相手の主張に対して疑問を投げかけ続けることで相手の主張の破綻を導くことで有名ですが、議論というのは主張する内容の本質についてのやりとりでなければすぐに成立が怪しくなってしまいます。これを避けるにはやはり詭弁への警戒というものが必要になるのです。

すなわち「質問に対する質問=求められている答えではないもの」イコール「悪=排斥すべき無駄なもの」とされているのでしょう。

id:matsunaga

「質問に対する質問」の内容に対する検証などは存在せず、脊髄反射的に「ストレートに答えない=悪」という反応がなされているということでしょうか。

2006/04/15 10:18:04
id:castle No.10

castle回答回数1011ベストアンサー獲得回数122006/04/14 17:30:56

ポイント30pt

・議論作法として

http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/month?id=99799&pg=200406

2004年06月22日(火) 質問には質問で答えよ

2004年06月24日(木) 必殺オウム返し

互いの考察を深めようすることを目的とした議論の場合、質問返しに上のようなテクニックの意味合いがあると知っている人にとっては「質問返しするなよ」と一言言いたくなるでしょう。

 

・生活の知恵

http://blog.so-net.ne.jp/kurumi-a/2006-03-17

ただし、合コンなどで男性に「いくつ?」と聞かれても、「いくつに見える?」という

質問返しをしてはいけません。男性は「そーだなぁ・・・」と返してくれると思いますが、

内心「知るか、バーカ!」と呟いてるかもしれません。ってか、私が男なら呟いてます。

感情的配慮から。

 

・権力として

http://shinsotsu.at-s.com/html/2007/kouza/appeal_mogi1.htm

学生 「今の質問を●●と捉えたのですが、よろしいでしょうか?」

といった質問返しもOKです。

「誰かに問う」という質問には、自分がわからない情報を相手に訊ねるという性質の他に、相手が物を知ってるか試す、といった判断者としての立場からなされる質問があります。一方的に質問するのは相当強い立場の誇示を意味しているので、質問返しはあまりよろしくありません。

(応用)→「質問返しが失礼」の前提として、質問者が被質問者を試す立場にいるケースが想定されます。質問して試している側に対して、質問される側の人間が「質問を返す」という振る舞いを取るだけで「不服従的」だと判断されます。場が読めてないことへの警告です。

 

といったバリエーションが考えられるでしょうか。

実際の使われ方からすると、議論の手続き上から派生した礼儀上の取り決めというよりは、議題の主導権争いという権力的な意味から発生したフレーズでしょうね。説明が面倒な相手をあしらう時に便利。

id:matsunaga

なるほど、議論で優位に立ちたい人が「質問返しが失礼」と言いたいとか、議論の観察者が一方に対して「お前は質問し返す身分じゃない」と言いたい場合のフレーズとも考えられますね。

なるほど、「質問するのは偉い方」という暗黙の了解があると思っている人たちにとって、質問返しは「悪」というより「失礼」と感じられる、という考え方は非常に現実に合っているようにも思われます。

要するに、相手より優位に立ちたい人たちが「質問に質問で返すのは負け」と言いたがる、とまとめてもよさそうです。

2006/04/14 19:46:02
id:sami624 No.11

sami624回答回数5245ベストアンサー獲得回数432006/04/14 23:55:48

http://www.kt.rim.or.jp/~jda/intro/intro1.htm

そもそも質問に対して質問をしてはならないと言う倫理があると言うのを聞いた事が無いのですが…。

一般に会話とか、ディベートにおいては、相手を説得する必要があるので、相手の種子を確認する必要があるため、必然的に質問に対し質問をする必要がある場合があります。

会話並びにディベートの目的は、相手を説得すること、相手が納得することですから、当然に相手が知りたいことを正確に確認する必要があるわけです。どのような質問であっても、正確な趣旨が理解できなければ、趣旨に適合した回答が出来ないわけですから、質問自体が不十分な場合は、当然に質問をして言い訳で、質問に対し質問を返してはならないと言うしきたり自体が無意味だと考えますが、質問者は何に基づいてこのような質問をしたのでしょうか。

→この質問自体質問の趣旨が質問文で理解できないので、質問に対し質問をせざるを得ません。

id:matsunaga

そのように強く主張している実例をいくつか目撃したのがきっかけです。

改めてぐぐってみました。

質問に質問で答えるのはルール違反、ということが疑問もなく前提とされている例はきわめて多数みつかります。

「質問に質問で応えるのはルール違反でしょうが」

「質問に質問で応えるなどとはとても不躾ですが、何を専門にして いると思われるのか興味があります。」

「質問に質問で応えると言う自分が一番嫌いな方法で、会話を終わらせてしまった。」

「ご質問に質問で応える形になってしまって申し訳ないのですが、 よろしければ書き込んで ください。」

「「質問に質問で応えるな! 疑問形には疑問形で答えろと学校では教えられているのか!? 」……と、ジョジョの奇妙な冒険第4部に登場する吉良吉彰のセリフ」

「質問に質問で応えるやつってのは意味もなく嫌な感じだねえ。」

「質問に質問で応えるようでは末期症状。」

「質問に質問で応えるのは国会でもルール違反じゃなかったですか」

「質問に質問でお返しして非常に申し訳ないのですが、そこを教えて下さい。」

「質問に質問で応えない技術」

「質問に質問で申し訳ないのですがよかったら教えて下さい。」

「質問に質問で返すのは、バカのする事よ。」

「もちろん、質問に質問で返すのは良いことではありません。」

「彼女は質問に質問で答えた。ルール違反だ。」

「Q・質問に質問で返しちゃいけないと聞いたことがありますが?

 A・僕も父にそう教わりました。」

ちょっと抜き出しただけでも、このように「質問に質問で答えるのはルール違反」と考えている例は多数見つかります。この事実を前提にお答えください。

2006/04/15 10:16:11
id:sami624 No.12

sami624回答回数5245ベストアンサー獲得回数432006/04/15 22:54:19

ポイント10pt

http://www8.plala.or.jp/tadasis/page034.html

→「質問」とは疑問を解決するために問うことである。

質問をするということは、相手に回答を期待して行うものであるため、回答者が趣旨を理解できないような内容の質問は、質問自体が不十分であり、解決していないと言える。

よって、質問に対して質問することが全て問題であると言うのではなく、ケースバイケースであると言える。質問が相手に回答を期待している以上、相手が趣旨を理解できない若しくは、質問内容を誤解するような質問は、質問自体が不十分であることから、質問に対して質問で返さざるを得ない。

1.質問分の内容では質問の趣旨が理解できない。

2.質問文に使用している言葉の定義が曖昧である。

3.法律用語等日常用語と相違する解釈をする言葉がある場合にも拘らず、用語の定義が明記されていない。

このような場合は質問に対して質問をせざるを得ず、質問者自体の能力不足ということが言える。

反対に、趣旨が明確であるにも拘らず、趣旨とずれた質問を返したり、定義が明確である言葉の意味を確認するような質問を返した場合は、非常識と言うことが出来る。

《結論》

当初の質問文において趣旨が明確であり、用語の定義、法律用語等の使用がある場合はその定義が明確にされている質問であれば、質問に対して質問を返すことは非常識であるが、質問自体が不十分な場合は、質問に対して質問で返さざるを得ない。

id:matsunaga

これは筋道立った正論だと思います。

言い換えれば、「質問に質問で返すのはとにかくだめ」というのは、臨機応変という言葉を知らない教条主義ということでしょうね。

2006/04/17 11:26:31
id:ich-izen No.13

ich-izen回答回数102ベストアンサー獲得回数32006/04/18 00:36:44ここでベストアンサー

ポイント30pt

共同体の内部の秩序さえ保っていればなんでもいいムラ社会においては、疑問形になっていても質問の内容には意味がないんです。質問者=主、回答者=従の関係が重要なんですよ。竹下登が「言語明瞭、意味不明w」と言っていたのは、そういう村落共同体のルールを見事に言い表していたと思います。意味のない言語のボール(登)を投げ合っていること自体が、村落共同体の中で、お互いの距離を測りあって安心する行為なのです。

その中にあって、「質問を質問で返す」というのは、質問を、意味内容のあるものとして目覚めさせる危険な行為であり、主従を逆転させようとする不埒な下克上なのです。

例えば、マスゴミに突然「どうですか?」と意味不明な質問を投げかけられたとき、巨人時代の松井は「そうですね…」とその日のプレイの感想等について自分から答えたのに対し、イタリアに行く直前のナカタやアメリカに行く直前のイチロー(つまり日本の村落共同体にうんざりしていた選手たち)が「どうですかって、何が?」と聞き返していたのを比較すると、分かりやすいかもしれません。

ナカタやイチローが「感じ悪い」「失礼だ」「非協力的だ」「不躾だ」といわれていたのは、マスコミ取材の(あるいはそれにとどまらずに視聴者を含む)村落共同体のルールを壊しているからです。でも、彼らを庇うわけではなく「不躾」なのは、聞き取りを生業としていながら、なんの工夫もない質問を投げかけて、さあタダで答えろ!というマスゴミの方であることは明らかです。

http://www.hit-press.jp/column/old/sk/sk40.html

id:matsunaga

なるほど、質問者と回答者の関係の暗黙の了解というものがムラ社会にあるというわけですね。

「聞かれる立場の分際で質問するな」という。

2006/04/18 08:28:30
id:Broadway No.14

Broadway回答回数326ベストアンサー獲得回数222006/04/18 02:01:31

ポイント30pt

ちょっと失礼します。

 

別の調べ物をしていたら、ディベートの話が出て来たので、御質問の事を思い出しました。

ちょっと気になって、一覧を遡った処、まだ締め切って居られなかったので、私なりに少し考えてみました……

 

まず、意味論的な視点から……

質問は、「問いただ(質)すこ」だそうです。

「ただす」は

 「質す」の場合、「問うてたしかめる。質問する。」

 「正す」の場合、「正しくする、改めなおす」

と在ります[広辞苑第五版/岩波書店。

多く、日本語では音が同じ場合、意味の混同が発生し易い状況となります。

だから、「問い質す」は

 1.不明な点をたずねてはっきりさせる。

 2.真実のことをいわせようときびしく追究する。なじり問う。

として、「問い正す」と混同されています[広辞苑]。

また、「問い質す」は一般的には、比較的キツイ言葉として使われる事が多いと考えられます。

実際、語気は強いものとして感じられます。

一方、一般的に質問を意味する英語のquestionの語源は

 quest(探求する) + ~tion(動詞を状態・動作・関係・結果の意で名詞化する接尾辞)

とされます[ジーニアス英和大辞典/大修館書店]。

日本人に質問に対して、ディベート的発想が欠如、または不足している理由の一つは、以上の様な意味論的に理解出来る点に有ると考えられます。

 

次に、日本の社会構造的視点から……

御上の御質問に下々が確認の為でも質問を返すと、こっぴどく怒られてしまう、と云う事が多い様です。

我々一般庶民は時代劇等でしか、確認し難い事では在ります。ただ、時代考証等が全くの出鱈目とは考え難いと言っても良いと考えられる事から、或る程度は事実であるとしても差し支え無いと考えます。

現代劇でも、裁判官が質問を返す被告人に対して居丈高に「今は私が貴方に質問して居るのです。答える様に」等と云うシーンがTVで放映されたりもします。

これは日本人の心の中に比較的古くから脈々と流れている深層心理の一部と考えられるでしょう。

現代を生きる我々でも、長年の集団生活の中で通学先の教員やの勤務先の上司等から、同じ事をされた、とか、されているのを見た、とか云う経験は誰しも一度は有る筈です。

事務処理能力の高低(≒頭の良し悪し)に関わらず、ステレオタイプな人達は居ます。

自分に刷り込まれた狭い経験を全てとして、自分がされた事と同じ事を他人に行う。

その際、力関係で上の立場に者から受けた経験が自分にとって卑屈に感じるものだったなら、自分より下の立場だと認識される人に対して再現される場合、威力は増加される傾向が心理学的に示されています。

そして、一般的認識では日本人は「長い物には巻かれろ」、「寄らば大樹の陰」的に生きるのを好む人が多い、とされています。そう云う考えの人達は、多く何かにつけ、すぐに人を見下したりする、と云う事も心理学的に示されています。所謂、権威主義って奴の一形態と考えられますね。

 

以上の2つの視点から考えるに、この問題には、言葉の意味や語気、日本人としての深層心理、そして、個々人の素養と人生経験、が主要素として影響しているのでしょう。

そして、「質問に質問で返す」事は「悪」と云うか「失礼」と云うか、「上の者に対して何だ!」的発想をする人が、日本人には多い、と結論付けられます。

本来、質問も、対話、若しくはコミュニケーションの一つの手段で在る限り、

 或る人(質問者)が発した質問に対して回答を求められた人(回答者)が

 質問者が回答者が回答するであろうと期待しているタイミングに於いて、

 回答を質問者に対して質問の形態で返した

場合、

 「話を逸らす」、

 「人の話を聞いて居ない」、

等、意識的、無意識的を問わず、本質的にコミュニケーションを成立させないが為の手段として使われる場合にのみ、「失礼」と云うか、「無礼」と解すべき、と考えます。

そうで無ければ、

 親はいつも「言えば買ってくれる」と思い込んで、

 「買ってくれなきゃヤダ、ヤダ、ヤダ!!!」とごねる御子様と云うか、ガキの所業で在ると、

解するのが、ストレス回避には役立つと信じます。

 

……と、云う感じですねぇ……。

ちなみに、私自身のバイアス(≒妙な予断や偏見)回避の為に私より前の回答や回答に対するコメントは読んでいません。

 

やれやれ、小難しい話になっちゃった……もし、屁理屈に感じられたり、御質問の趣旨から逸脱していると感じられたら、どうぞ御勘弁。

 

まずは御話まで。御役に立てれば幸いです。

id:matsunaga

社会学的・心理学的な話になってきましたね。

非常に興味深いです。

2006/04/18 08:30:33
id:sibazyun No.15

sibazyun回答回数1763ベストアンサー獲得回数2372006/04/18 09:32:14

ポイント30pt

私の3.は的外れだったようですが、11.へのコメントを見て状況がよく分かりました。ただ、この場合、約三分の一の方は、回答者側であり、「質問に質問で応えるのはルール違反でしょうが」といいつつ質問的な回答をしているわけですね。これは、質問者が回答を得られるとおもって期待しているのにそむくけれどすみません、と質問者を慮っています。

 抽象的になりますが、「局所最適/全体最適」という概念があります:参照:

http://blog.goo.ne.jp/manutd04/e/184bc3defcdc12e395df81406ad...

 質問に対する真の回答を得るには、他の方もおっしゃる、あるいは上記のような言い訳の質問をしつつも、真の問題点をみつけるため、わざわざ質問返しにも答えるといった手間をかけつついく、これが全体最適のための戦略の一つです。そして、そのためには局所では最適ではないのを自覚している。ただし、これはプレイヤー(質問者、回答者)が協力して全体最適をめざすというゲームの世界が一致している必要があります。

 しかし質問者は局所最適で満足かもしれず、それで、局所最適を乱す者に不寛容かもしれない。また、回答者は、実は協力してゲームをする(全体最適な解を得る)のでなく、本当に破壊願望があるのかもしれない。それを質問者は見抜いたので、牽制しているのかもしれない。これを見抜くのは、複数回応酬があれば可能でしょうが、初回の質問返しあたりでは難しいかもしれませんね。

id:matsunaga

「局所最適/全体最適」の話はおもしろいですね。

出そろってきたようですので、終了します。

2006/04/19 00:19:17
  • id:fuk00346jp
    >「質問攻め」は質問側の技法だったのですね。
    そんな感じですかね
     
    知ったかぶりしてる相手に対し質問しまくってボロを出させてそこを突っ込んでいく手法です。
  • id:ich-izen
    私が最初に提示した視点について、きっちり評価してくださり、ありがとうございます。

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