遡流する 竿の寂しさ 鮎に問う

というタイトルのメールが知人から送られてきましたが、意味が解りません。出典も含め誰か教えて!

回答の条件
  • URL必須
  • 1人1回まで
  • 登録:2006/05/29 17:45:48
  • 終了:2006/05/30 15:05:00

回答(3件)

id:maamaamaa No.1

maamaamaa回答回数266ベストアンサー獲得回数62006/05/29 18:16:56

ポイント20pt

有名な句なのかどうかすら、わかりませんので、

私見です。(違っていたらご免なさい)

時流(世間)に逆らって生きる者の心境を詠んだ様に思えます。

http://www.google.co.jp/

id:wasken

早速のご回答ありがとうございます。

参考にさせていただきます!

2006/05/29 18:24:49
id:aoun No.2

aoun回答回数276ベストアンサー獲得回数92006/05/29 20:44:03

http://hatena.ne.jp/]

単なる俳句でしょう。

「遡流する」…さかのぼって流れる、

「竿」   …鮎釣りの竿でしょうか。

「の寂しさ」…むなしい、さみしい、の意。

「鮎に問う」…あゆ、に問う。

私も意味は全く分かりませんが、普通に考えればこうかと思います。通常鮎釣りをしている人は誰でも分かるのかもしれないな、と思いますが、鮎釣りでは竿を川下から川上へ動かしていきます。この俳句(川柳?)での「遡流する竿」とは、鮎釣りをしている最中の釣り人が、自分で持ってる竿を、自分の眼で見ますよね、単にその光景じゃないでしょうか。この後ですが、「の寂しさ」とありますが、単に釣れないから寂しいだけなのではないでしょうか。「鮎に問う」とは単に「あゆちゃん、なんでお前は釣れてくれないの?」と言っているだけなんじゃないでしょうか。つまり、「ああ、鮎を釣っているのに、釣れないことよのお、なんで鮎ちゃんあんたは釣れてくれないの?」ってだけの意味ではないでしょうか。

id:aase No.3

aase回答回数132ベストアンサー獲得回数52006/05/30 13:32:44

ポイント60pt

http://ohata.co.jp/010882.htm

とりあえず「鮎」は六月の季語ですね。春の遡上から秋の産卵までの一年で死んでしまうという儚さが、その容姿・香味と相俟って日本人に愛される所以のようです。

清流に遡ってわずかに揺れながら撓る細い竿、その不安定で心許ない姿が己と重なり、眩しい水面の下の清流にひそむ鮎に「何でこんなに寂しいのだろうかね」と問う(その鮎の短い一生を自分が終わらせようとしている矛盾も含めて)

みたいな解釈がせいいっぱいです

id:wasken

待った甲斐がありました。

なんか、ピンときました、ほんとに、

ありがとうございます。

2006/05/30 15:03:45

コメントはまだありません

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません