素朴な疑問です。

日本国民が全ての法律について理解していない現状には問題はないのでしょうか。

「納税の義務」、「勤労の義務」などがありますが、全ての法律について理解する義務はないと認識しております。
義務教育期間に、全ての法律についての説明を受けた記憶はありません。
しかし、法律違反をすると場合によってはそれに応じた罰則を受けることになります。
私にはこの点がとても理不尽に思えます…。
「知らなかった」では済まされない内容であるにも関わらず、周知徹底されていない現状に疑問があります。
「知らなかった」法律に関しては違反しても問題なし、とするか、全国民が全法律の内容を理解できるような教育体制を整備すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。
(前者も後者も非現実的だとは思うのですが…。)

法律に関しては素人ですので、分かりやすい説明をしていただけると助かります。
ご意見お聞かせください。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:2006/06/21 20:43:25
  • 終了:2006/06/26 06:49:40

ベストアンサー

id:aoun No.4

aoun回答回数276ベストアンサー獲得回数92006/06/21 21:12:45

ポイント100pt

飽く迄も、私の考えですが、


①まず第一に、現代社会は多岐多様に高度化し、その規模たるや凄まじいと表現するに足りるものとなりました。その法の量も多岐に渡り、膨大な量となりました。

 日本は自由主義国家ですが、この意味はあまりに大雑把な物言いですが「人間の支配者不在」です。法文が支配者であるとイメージしてください。


②この社会に対応する法を理解なさるためには「六法全書」をイメージされると、明らかな間違いになる、そんな風にイメージしてください。

 「判例」をご存知でしょうか。裁判の過去の事例ですが、最高裁を筆頭として、判例が事実上の法だったりするとイメージしてください。(あまりにも大雑把な説明ですが)。判例とは、裁判所による法政策とイメージして頂いても、この水準であれば問題はないかと思います。国会が立法として法を作り、布告して、国民に適用しても、裁判所がその適用につき「この法律は問題あり!」という裁判を受けた暁に「この法律は違憲であり、無効である」と決定します。すると、警察も、行政も、一斉にそれに従います。つまり、六法全書には存在するのに、事実上、廃棄されたことになります。あまりに大雑把な説明ですが、法とは、こういうものだとイメージされることを、とりあえずは、お勧めします。


③このような膨大な法につきまして、一般の国民がそれを熟知し、すべて理解できるということは、社会的に前提されておりませんので、そこで「法曹三者」という者が、政策的優遇を受けながら、社会・国民の基盤を支える職責として、国家資格のもとで、国民をサポートする仕組みになっています。ですから、国民様が裁判を起こすときも、法曹三者が裁判進行・事務を担います。


④一般国民様は、原則自分に関わる法については、深い知識を持っていることが強く望まれますが、このようなわけで現実には完全に不可能と言える現状があります。そこで①~③のような仕組みにより、法について熟知していなくとも、法曹三者が社会基盤を支える職責の者として、これに関わるサポートを行うものである、と、大雑把すぎますが、イメージされると宜しいかと考えます。


⑤ですから、残念ですが、全国民が全法律を理解、というのは、おおよそ…。



 教育については数々の議論があり得ると思いますし、詳細につきましても各種論点がありますが、それらは他の回答者の方の議論にお任せさせて頂くとして、取り急ぎ①~④につきましてのご回答とさせていただきます。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

整理されており、分かりやすい内容でした。

先ほど、友人からも似たような説明を受けており、ちょうどその内容を補う内容になっておりました。

特に「法文が支配者」というフレーズはキャッチーでSF的で面白かったです。

ただ、一般国民が法律に関する相談をする場合、その相手は通常弁護士、あるいは司法書士になると思います。

相談料は有料ですよね。

誰がどんな目的で作ったのかわからない法律(というと大袈裟ですが)に振り回されたにもかかわらず、相談をするだけでも有料というのはいかがなものでしょう。

支配者の役割を法文に譲ってしまっているのであれば、せめて金銭的な部分の責任ぐらい国家に負って欲しいものです。

それはそうと、立法って結構むなしいものなのですね…。

なんだかますます分からなくなってきた気がします。

眠くなってきましたので、以降の回答は明日読みます。

2006/06/22 00:59:49

その他の回答(13件)

id:m-nisi No.1

m-nisi回答回数159ベストアンサー獲得回数32006/06/21 20:51:53

ポイント40pt

そういわれてみればそうですね。

私も同じように思いました。

例えば、会社を経営しようとする人には会社法、

車を運転する人には道路交通法、

などなど、人によって遵守すべき法律が異なります。

もちろん全て守る必要があるのですが、

その法律に対して意識しない生活というのがあると思います。

20歳(18歳)を過ぎたら、必要に応じて必要な法律を

各自勉強しなさいというスタンスなんですかね。

だからといって、未成年の時に少年法を勉強したわけではないですが。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

同意してくださる方がいて一安心です。

確か道路交通法の対象には軽車両も含まれていたと思いますが、自転車に乗るために何か勉強をした記憶はありません。

(部分的に小学校で教わった気もしますが。)

もしも何かの事情で警察や法律に詳しい人に目を付けられてしまったら、たいていの人は逮捕されてしまう気がします…。

そんな状況で安穏としていて良いものか、少し悩んでしまいますね。

(程度問題であることは承知しております。)

2006/06/22 00:28:41
id:sami624 No.2

sami624回答回数5245ベストアンサー獲得回数432006/06/21 21:03:41

ポイント40pt

http://jtca.umin.jp/ethics/e_no3.htm

一般的に法律とは、基本倫理概念に基づいて制定されています。よって、一般義務教育を受ければ相応の倫理観が養われ、合法的判断が下せるという見解が、義務教育の本来の姿でしょう。

昨今の偏差値偏重主義的な学校教育では、この辺の倫理観が軽視され、偏差値至上主義・偏差値偏重主義が主目的とされる傾向があるので、十分な倫理観が養われず、善悪の判断がずれているというのが実態でしょう。

ひとえに教育課程の問題と認識していますが、根は深い気がします。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

「倫理」という言葉自体が少し難しいですが、おっしゃりたいことは分かったような気がします。

学校教育で共通の倫理観が養われていないことが問題だということですね。

ただ、仮に偏差値偏重主義がなくなったとしても、「相応の倫理観」を万人に養わせるのは困難だと思います。

また、全ての法律が合法的か、といわれるとそうでないような気もします。

(合法的、という言葉の意味と矛盾しますが、ご理解いただけると幸いです。)

法律も人によって作られたものであり、完全ではありませんよね。

全く知らない、欠陥のある法律によっていつか裁かれる日が来るかもしれない、と思うと背筋がゾッとします…。

(「世にも奇妙な物語」でありそうな話ですよね。)

2006/06/22 00:40:38
id:Chiether No.3

Chiether回答回数40ベストアンサー獲得回数12006/06/21 21:12:32

ポイント40pt

私も法律の専門家ではないのですが同じ事を考えた事があります。

素人ながら「自分を納得させることができた」説明になりますが

法律の存在価値というのは【定義を決める事】【罰則を決める事】の2種類があります。

前者であれば……やれ労働者とは何であるだの、賃金とは何だの、連続労働は何時間までだの。

後者であれば、いわゆる違反した場合の刑量を定めるものです。

ですが、後者が定められている場合は必ず

「被害者の財産(身体、精神、金銭等)を不当に侵害した」

という共通事項があります。

 

つまり、「自ら人を傷つけない」覚える事はたったコレだけです。

 

偶発的なものに関しても仲裁や示談、執行猶予、酌量、できる限り柔軟に対応できるようになっています(適用するかどうかは別として)

 

その上で必要となった場合に具体的な事を知るのです。

鉄道会社を設立するならば、鉄道事業法について学ぶとか。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

「自ら人を傷つけない」というポリシーのみで本当に法律違反をしないで生きていけるのか、という点については疑問が残りますが、参考になりました。

やはり「必要となった場合に具体的な事を知る」しかないのでしょうか…。

気づいたら法を犯していた、という状況を回避する方法などはないのでしょうか。

人は生活していく中で色々なことをしますので、気づかないうちに犯罪者になっていることは多いと思うのです。

2006/06/22 00:46:33
id:aoun No.4

aoun回答回数276ベストアンサー獲得回数92006/06/21 21:12:45ここでベストアンサー

ポイント100pt

飽く迄も、私の考えですが、


①まず第一に、現代社会は多岐多様に高度化し、その規模たるや凄まじいと表現するに足りるものとなりました。その法の量も多岐に渡り、膨大な量となりました。

 日本は自由主義国家ですが、この意味はあまりに大雑把な物言いですが「人間の支配者不在」です。法文が支配者であるとイメージしてください。


②この社会に対応する法を理解なさるためには「六法全書」をイメージされると、明らかな間違いになる、そんな風にイメージしてください。

 「判例」をご存知でしょうか。裁判の過去の事例ですが、最高裁を筆頭として、判例が事実上の法だったりするとイメージしてください。(あまりにも大雑把な説明ですが)。判例とは、裁判所による法政策とイメージして頂いても、この水準であれば問題はないかと思います。国会が立法として法を作り、布告して、国民に適用しても、裁判所がその適用につき「この法律は問題あり!」という裁判を受けた暁に「この法律は違憲であり、無効である」と決定します。すると、警察も、行政も、一斉にそれに従います。つまり、六法全書には存在するのに、事実上、廃棄されたことになります。あまりに大雑把な説明ですが、法とは、こういうものだとイメージされることを、とりあえずは、お勧めします。


③このような膨大な法につきまして、一般の国民がそれを熟知し、すべて理解できるということは、社会的に前提されておりませんので、そこで「法曹三者」という者が、政策的優遇を受けながら、社会・国民の基盤を支える職責として、国家資格のもとで、国民をサポートする仕組みになっています。ですから、国民様が裁判を起こすときも、法曹三者が裁判進行・事務を担います。


④一般国民様は、原則自分に関わる法については、深い知識を持っていることが強く望まれますが、このようなわけで現実には完全に不可能と言える現状があります。そこで①~③のような仕組みにより、法について熟知していなくとも、法曹三者が社会基盤を支える職責の者として、これに関わるサポートを行うものである、と、大雑把すぎますが、イメージされると宜しいかと考えます。


⑤ですから、残念ですが、全国民が全法律を理解、というのは、おおよそ…。



 教育については数々の議論があり得ると思いますし、詳細につきましても各種論点がありますが、それらは他の回答者の方の議論にお任せさせて頂くとして、取り急ぎ①~④につきましてのご回答とさせていただきます。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

整理されており、分かりやすい内容でした。

先ほど、友人からも似たような説明を受けており、ちょうどその内容を補う内容になっておりました。

特に「法文が支配者」というフレーズはキャッチーでSF的で面白かったです。

ただ、一般国民が法律に関する相談をする場合、その相手は通常弁護士、あるいは司法書士になると思います。

相談料は有料ですよね。

誰がどんな目的で作ったのかわからない法律(というと大袈裟ですが)に振り回されたにもかかわらず、相談をするだけでも有料というのはいかがなものでしょう。

支配者の役割を法文に譲ってしまっているのであれば、せめて金銭的な部分の責任ぐらい国家に負って欲しいものです。

それはそうと、立法って結構むなしいものなのですね…。

なんだかますます分からなくなってきた気がします。

眠くなってきましたので、以降の回答は明日読みます。

2006/06/22 00:59:49
id:sylphid666 No.5

sylphid666回答回数3302ベストアンサー獲得回数902006/06/21 21:28:01

ポイント40pt

無理を承知で極端な礼を言うならば、刑法を知らなければ人を殺しても罪にならないのか、とか道路交通法を知らなければ飲酒運転をしていいのかという意見も出てきてしまいます。

一方、全国民に法律の内容を理解させようとすると、数的に無理があります。

ex.162回国会に出された議案一覧。

第162回国会 議案の一覧

これだけあると、知る側も教えられたところで全部頭に入るのか、という疑問があります。

で、私の個人的意見を言わせてもらうのならば、もちろん現状に満足してはいませんが、知ろうと思う意欲のある人間が得をするのはしょうがないのかな、と。

少し比較軸は違ってしまいますが、財産の有利な運用法とかちょっとした抜け道とか知っていると得することは他にもあると思います。それと同じようなことで法についても自ら学ぼうとする人間が恩恵を受けるという仕組みになっているという考えもあるのではないでしょうか。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

前半部分は納得です。

議案、異常に多いですね。

素人目には無駄に見えるものも多いです…。

法治国家なのでいちいち法律を作らないと動けないのでしょうね。

日本以外の法治国家も同じような状況なのでしょうか。

後半部分は私の考えとは少し異なります。

「知ろうと思う意欲のある人間が得をするのはしょうがない」という部分は理解いたしますが、「知らない人が理不尽に損をする可能性がある」という状況が問題だと考えています。

財産の運用に関して言うのならば、法律の抜け道を知っていて得をする人がいるのは構わないのですが、知識がないことが理由で不当に財産を奪われてしまう人がいることが問題だと考えています。

例えば、追い詰められて極端に高い金利でお金を借りてしまった人が、その金利が違法であることを知らずに金利のみを払い続け、借金がいつまでも減らない、というような状況は問題だと思うのです。

(現在の金融業者の金利にはグレーゾーンがあるので、適切な例ではないかもしれませんが。)

話はそれますが、法律にはある程度詳しくなっておいた方がよさそうですね。

質問の補足ですが、私自身は法律によって理不尽な被害を受けたことはありません。

本当に素朴な疑問です。

また、一度回答してくださった方の再回答もお待ちしております。

2006/06/22 10:20:42
id:aiaina No.6

aiaina回答回数8179ベストアンサー獲得回数1312006/06/21 21:37:29

ポイント20pt

法律は変わってしまうからじゃないでしょうか?

だから憲法については習いますよね。

教えるには、数が膨大で、解釈の問題もありますし。

まさか判例まで用いて教えることは出来ないでしょう(教える側の問題も考慮して)。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

ご回答内容にある点はおよそ理解しているつもりです。

では、どうすれば良いのか、どう考えれば納得できるのか、というあたりについてお伺いしたいと考えております。

また、憲法も変わることはあると思います。

2006/06/22 12:50:04
id:hnishiki No.7

hnishiki回答回数156ベストアンサー獲得回数42006/06/21 21:39:49

ポイント60pt

「日本国民が全ての法律について理解していない現状には問題はない」のか、ということについては「全ての法律について理解するということは、非常に難しい」と言わざるを得ません。


質問者の方が、理不尽に思われる点については、次のように説明させていただきます。


基本的に国は、法律とは「公表されて初めて対外的効力を発揮する」ものだと考えています。

これを「公布」と言います。


公布は「官報」という印刷物に掲載されることで行われます。

国は、この官報を発行して、一般の人々の手に渡る状態になったところで、公布した、と考えます。


このように「ある程度現実的な周知徹底」状態は保つべきだ、というのが、現在の法律の周知徹底体制といえます。


しかし、PSE法の例もあるように「公布」しただけでは、その法律によって重大な影響を受ける関係者が理解していなかったという事態もおきます。


この場合は、その法律を担当する各省の責任になるといえます。

「公布」以外の手段、例えばパンフレットによる広報や、テレビCMを流すなど「影響範囲に充分な周知徹底」ができたか、という責任です。


個別の事項について、双方の立場からの「周知徹底」がマッチしていれば、問題はないですし、「その法律の影響力に比して、周知徹底が足りない」ということであれば、現状に問題はあると言えるでしょう。


ちなみに、総務省は、法令データを公表しています。

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

周知徹底がポイントということですね。

私は今まで20数年間生きてきて「官報」について意識したことは一度もありませんでした。

(不勉強なだけかもしれませんが、官報をくまなくチェックしている人の方が少ない気がします。)

各省の責任、とのことですがある法律がどの範囲に影響を及ぼすのかを把握し、対象者に周知徹底させるだけの力が各省にはあるのでしょうか。

周知徹底はお金の力である程度なんとかなりそうな気がしますが、それ以前に対象を的確に把握できているのか疑問です。

雰囲気は分かりました。

ありがとうございます。

2006/06/22 13:11:37
id:akdamar No.8

akdamar回答回数32ベストアンサー獲得回数22006/06/22 11:51:21

ポイント80pt

刑事法に関する一般的な法原則として「法の不知はこれを許さず」というものがあります。すなわち、法律を知らなかったからといって罪を免れるわけではない、ということです。


刑法38条3項にも次のように規定されています。「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。」


私の考えでは、このような法原則が設けられていることには2つの理由があると思います。


1.(回答2の方も述べられていますが)刑事法は基本的な倫理観に従って定められているので、法を知らなくても、一般的な社会常識に従って生きていれば、法を犯すことはない、という考え方です。


2.法を知らないことを理由として罪が許されるなら、法を知ったうえでそれを遵守している人にとって不公平だからです。


したがって、国民がすべての法を理解している必要があるか、という質問に対しては、ない、といえます。しかし、法を知らなくても、罪には問われます。


一方、民事に関してはもう少しややこしいです。こちらは、倫理観や社会常識にしたがって決められているとは必ずしもいえません。

どこかで線を引かないと曖昧になるので、便宜上決めておく、という原則もあるからです。


(例えば、「借りたお金を3日後に返す」というときの「3日後」に貸した日は含むのか、含まないのかは、法律で決めておかないとケンカになります。ちなみに民法では「日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない」(140条)と定めています)


ただし、上のような例に関しては必ずそうしろという意味(法律用語で言う強行規定)ではなくて、当事者間で合意が取れていればよいのです。


「3日後っていったけど、貸した日は含むの?」

「含むよ」


という会話があれば、民法の規定に関わらず、「貸した日は含む」という解釈でよいのです。


ですので民事に関しても、国民が法律を知っている必要は、基本的にはないと思います。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

やはり万が一知らないうちに法を犯してしまった場合、「情状」酌量に期待するしかないんですね。

また、刑法と民法も分けて考える必要があるのですね。

予想していたよりさらにややこしそうです…。

自分が何を知りたかったのかがよく分からなくなってきました。

また後で読み直してみます。

2006/06/22 20:22:02
id:Baku7770 No.9

Baku7770回答回数2832ベストアンサー獲得回数1812006/06/22 16:47:45

ポイント80pt

ホテル日本閣事件

 日本閣殺人事件で死刑になった小林カウが同じようなことを言っていましたね。認められていれば、彼女が戦後初に死刑執行された女性ではなかったと考えます。

 

 私は国自体は周知徹底に尽くしていると考えます。

 まず一番目。弁護士に相談するのは有料ですが、自治体が定期的に弁護士の無料相談会を開いています。

 2番目。法令には著作権がないとされています。ですから、六法全書をそのままコピーしたというのなら問題がありますが、法務省のHPなどからダウンロードして、自分で考えた書式に編集し直して出版する場合、ロイヤリティは発生しません。

 3番目。意外と知られていませんが、担当の役所に問い合わせをした場合、担当者は必ず回答してくれます。正確には回答する義務があります。たらい回しをされたというのは問い合わせをする場所を間違えた場合に起こる現象で、私はちゃんと回答を貰っています。固定資産税の件で1回、保険料の天引きで1回市役所と直接喧嘩して完全勝利しているせいもあるのでしょう。

 

 次に、義務教育で法律の条文を教えるべきかという点を考えます。私はまずないと考えます。

 車を運転するなら道交法という回答がありましたが、免許を取る時に覚えればいいだけで、学校で教えるのは免許を取らないで車を運転してはいけない。と教えれば済むのです。で、ちゃんと道交法を学んでいないと免許は与えない。

 会社を設立するなら会社法ともありましたが、正確には商法ですね。これについては、商工会議所や商工会が毎年セミナーを開いていますし、相談できる団体はいくつもあります。

 

 私が問題だと考えるのは、犯罪者が何故か法の抜け穴を知っていることにあります。一昨日最高裁で判決が出ましたが、母子殺人事件の犯人Fは、抵抗されたことで警察に届けられることを怖れ母親を殺害し、犯行の発覚を遅らせれば捕まりにくいことを知っていたから、泣き叫ぶ子供まで殺してしまいました。

 他にも最近の詐欺犯は、詐欺にならないギリギリの線で犯行を重ねています。その後の模倣犯はそうでもないようですが。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

返信コメントが遅くなりました。

犯罪者が法の抜け穴を知っていることは問題だとは思いません。

法に抜け穴があること自体が問題です。

この点は法の見直しを行えばある程度は解決できると思います。

(現実には、立法が現実に追いつかないのでしょうけど。)

「法令に著作権がない」という点、初耳でした。

非常に勉強になりました。

ありがとうございます。

2006/06/24 13:32:29
id:retorin No.10

retorin回答回数307ベストアンサー獲得回数92006/06/22 23:52:04

ポイント40pt

『ドラゴン桜』でも言ってましたが、やはり『知っている人が得をする』時代なんでしょうね。だからといって全部を知る必要があるかというとそうでもないと思います。法律のほとんどは一般常識で出来ているため『知っていなくてもこれくらいは分かるだろう』というのがほとんどですから。

が、知らなくても得をしてしまう社会では皆が堕落してしまいます。だから知っている人が得をして知らないと損をするというのは、日本人のハングリー精神を養う上で必要だと思います。

後、日本の教育は学園闘争時代に変わった聞きます。それまで自主的に学問を学生に学ばせていたものを押し付け教育に切り替え、よけいな知識や思想など排除し『物事を考える力』を奪ったとききました。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

話は逸れますが「ドラゴン桜」は面白いドラマでしたね。

私もあれくらい必死に勉強すれば良かった、と思うことが今でも時折あります。

さて、「日本人のハングリー精神」は法を知れば得をする、というのは正しくない認識のように思えます。

あまり真剣に考えたことがないのですが、日本人にハングリー精神がないのは、やはり島国特有の単一民族文化に起因するのではないでしょうか。

いずれにせよ、法を知った方が得であることは間違いないようですので、少し勉強してみようと思います。

2006/06/24 13:38:34
id:komap2 No.11

komap2回答回数362ベストアンサー獲得回数122006/06/23 07:08:34

ポイント80pt

日常生活のうえで「知らなかった」で逮捕されるような法律ってありそうなんですが、実は無いんです。

あるのは、非日常的な何かを行おうとした場合のみ。

それ意外は必ず「警告」という形で教えてくれるからです。



例えば、自転車は軽車両ですが、人に怪我をさせる以外の乗り方で突然逮捕されることはありません。

最近道交法の改正で自転車の運転についての取り締まりが厳しくなりましたが、それでも逮捕出来るのは「警告をして従わなかった場合」のみです。


他に日常的に考えられる法律違反だと著作権違反などが考えられますが、これにも必ず「警告」が入ります。

道端にゴミを捨てたり、立ち小便をするなどの行為についても一緒です。

いきなり逮捕されることはありません。


ですから、例えば会社を作ろうとしたり、家を自分で造ってみるなど、自分から明らかな非日常に近づく場合のみ、それについての法律を自分で調べる必要があるのです。



現状で、学校で勉強しない法律で、日常生活の行動でいきなり逮捕出来るものは非常にレアです。


私の知る限りでは、都道府県青少年育成条例ぐらいしかありません(結婚を前提としない18歳未満との性行為禁止など、都道府県によって異なる条例)。

あとは売春でしょうか。

ただ、これは日本が性についてグレーゾーンにする傾向があり、あまりにも性教育に対して遅れているためです。



ですので、「気づいたら法を犯していた」を防ぐのは不可能ですが、「気づいたら犯罪者になっていた」は現状で防げています。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

いきなり逮捕されることがない、というのは意外でした。

もし事実であれば少しは安心できますね。

「法を犯す」ことと「逮捕される」ことを混同してしまっておりましたが、分けて考えるとそれなりの納得性があるような気がしてきました。

ありがとうございます。

2006/06/26 06:35:00
id:takokuro No.12

takokuro回答回数262ベストアンサー獲得回数32006/06/24 00:40:31

ポイント20pt

よく分りませんが、、栄養学を理解していなくても、生活習慣と健康に育った「味覚」、「体調」などでバランスをとって食事をしてる。。

でも。。。昨今のサプリブーム、栄養補助食品?が浸潤すると、こういう動物的?本能的な感性が育たずに成長するのを思う。。

そうなると、、、栄養学は必要になる。。?!

法律も理解しなくとも、慣習や道徳など日常生活のモラルで習慣になってるのも多いような気がする。。

モラルや習慣がなくなると、法律の理解の必要度が高まる。。?!

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

慣習、道徳などは共有されているようで、実態がないものだったりしますよね。

そういう希薄な基盤の上に法制度が成り立っていることに疑問を感じざるを得ないのです。

2006/06/26 06:37:04
id:falcosapiens No.13

falcosapiens回答回数126ベストアンサー獲得回数132006/06/24 11:05:36

ポイント80pt

 いままでのところで一般的な議論はつきているようですね。

 しかし,善悪は常識的に判断できるという議論に対しては,行政法上の罰則に関しては常識的に判断できない場合が多いとの反論が可能です。たとえば,自転車で自転車通行可の標識の出ていない歩道を走ると通行区分違反ですし,自転車通行可の歩道であっても認められているのは歩道の中央より車道側を徐行することだけですが,多くの人はそのことを知らないでしょう(なお,この違反は2万円以下の罰金または過料)。

-

 また,すべての法を知るのは不可能だし,知っている人間が得をするとの議論は,「理不尽」な不利益を受ける人間がでてくることの説明にはなっていないでしょう。

 参考までに,根本的に異なる見解を紹介しておきます。(なお,私がその見解を採っているわけではなく,そのような見解が学問上あるという話です)。

-

 国家の機能とは,国民の権利の保護である。これを実現するためには,個々の国民が社会のルールをしり,これを判断できると仮定しなければならない。現実には,それを期待できない場合があるが,そのような場合を考慮していては国家の機能が維持されないから,国民は法をすべて知っているものだと規定する。これはフィクション(幻想)であるが,国家機能を維持するため必要なフィクションであり,不合理ではないし,国民は公示されている法を知ることができ,自己の不利益を回避し得るから特に問題はない。

-

以上です。

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

私がぼんやりと考えていた内容に近いものでした。

やはりフィクションを前提にせざるを得ないのでしょうか。

私も普段は「ある程度の常識は共有されており、その結果、善悪も常識的に判断できる」と考えております。

しかし、時折自分の常識が通用しない人に出会うこともあり、そういった人と同じ環境に生きていることに不安を感じることもあります。

翻って、自分自身も他人に異質な存在として受け止められるケースもあるのではないか、という不安もあります。

どこかで割り切るべきなのでしょうか。

2006/06/26 06:42:16
id:takokuro No.14

takokuro回答回数262ベストアンサー獲得回数32006/06/25 16:21:20

ポイント5pt

falcosapiensさんへ、初めまして!

引用された【国家の機能とは,国民の権利の保護である。これを実現するためには,個々の国民が社会のルールをしり,・・・自己の不利益を回避し得るから特に問題はない。】というのは、どこから出た見解でしょうか?

id:bonlife

ご回答ありがとうございます。

そろそろ期限が迫ってまいりましたので、質問を終了させていただきます。

スッキリ!することはできませんでしたが、今回いただいたコメントをもとに自分の中で一度整理してみようと思います。

また、14の回答での質問に関するやりとりは、必要であればコメントにてお願いいたします。

皆さん、ありがとうございました。

2006/06/26 06:44:40

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