【能の舞台】には、舞台下に瓶(かめ)を設置して音響設備(音の反射機)とした、という話がありますが、


・およそ、いつの時代から登場したのか?
・その歴史的背景とは?
・深く関わった人物はいたのか?
を調べています。

信憑性のあると思われるサイトより、参考になるネタを 教えて下さい。

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  • 登録:2006/07/14 13:21:20
  • 終了:2006/07/14 19:32:36

ベストアンサー

id:rikuzai No.3

りくっち回答回数1366ベストアンサー獲得回数1412006/07/14 15:21:36

ポイント60pt

興味があったので少し調べてみました。

http://www.111networks.jp/Kyoto/Temple/NishiHonganJi.html

京都西本願寺 北能舞台(国宝)

1581年に造営された日本最古の能舞台

こちらに既に瓶が設置されているようです。

http://www.toyoma.miyagi-fsci.or.jp/html/midokoro/sisetu10.htm

森舞台

台の下に置いてある瓶は、演者が床を踏んだ際のポーンと響く音響効果を高めるための大事な役割を担っており、瓶の位置・向きは、現存する日本最古の能舞台として知られる京都西本願寺北能舞台を参考に配置しています。


では北能舞台は誰が造ったかとなると、

http://www.netwave.or.jp/~shinsyu1/anrakuji/bhonganji02.html

北能舞台は本願寺の寺務を代々執り行った下間(しもつま)家の人で、徳川家康の能の師匠役も努めた下間仲孝が家康の要請で設計し、駿府城に建てたものです。その後、家康から与えられた能舞台を下間家が本願寺に寄進したといわれております。

と駿府城からの移築というサイトもあれば


http://www.kokuhoworld.com/038.html

伏見城から能舞台の国宝北能舞台や大書院,唐門等が移築されている。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~housi/kitanoubutai.htm

これは聚楽第から移したものと伝えられています。


と秀吉が造らせたというサイトもありはっきりわかりませんでした。

ただ、

駿府城 1585-

聚楽第 1586-1595

伏見城 1592-

ですので、北能舞台が1581年に造営されたのならばどれも違うと言うことになります。


1581年は石山本願寺と信長との合戦が終結した年であり、この時点では西本願寺は大阪にあり、

本願寺自体が1591年に現在の京都に移築されたことを考えると、

1581年に既に造営されたのならば、信長が造らせた可能性もあるのではないかと思われます。

http://www.nohgaku.or.jp/encyclopedia/whats/history.html

ただし、信長が能に好意的か否定的かという点についてははっきりしていません。

秀吉、家康が好んだと言うのはほぼ通説といってよさそうですが。


とりあえず発案者については回答がありましたので、

現存最古のものについて掘り下げてみました。

ご参考になれば幸いです。

その他の回答(3件)

id:daiyokozuna No.1

daiyokozuna回答回数3388ベストアンサー獲得回数752006/07/14 13:38:09

ポイント10pt

能舞台の音響効果

観阿弥・世阿弥親子?

音阿弥、金春禅竹、?

桃山時代に発案されたもののようです。


http://rinko.cside3.com/zakkicho.htm

id:Hieronymus1450 No.2

Hieronymus1450回答回数13ベストアンサー獲得回数02006/07/14 14:21:27

ポイント10pt

http://www.janis.or.jp/users/shujim/noubutai.htm

このページの「床と床下」の項に解説してあるようです。

id:rikuzai No.3

りくっち回答回数1366ベストアンサー獲得回数1412006/07/14 15:21:36ここでベストアンサー

ポイント60pt

興味があったので少し調べてみました。

http://www.111networks.jp/Kyoto/Temple/NishiHonganJi.html

京都西本願寺 北能舞台(国宝)

1581年に造営された日本最古の能舞台

こちらに既に瓶が設置されているようです。

http://www.toyoma.miyagi-fsci.or.jp/html/midokoro/sisetu10.htm

森舞台

台の下に置いてある瓶は、演者が床を踏んだ際のポーンと響く音響効果を高めるための大事な役割を担っており、瓶の位置・向きは、現存する日本最古の能舞台として知られる京都西本願寺北能舞台を参考に配置しています。


では北能舞台は誰が造ったかとなると、

http://www.netwave.or.jp/~shinsyu1/anrakuji/bhonganji02.html

北能舞台は本願寺の寺務を代々執り行った下間(しもつま)家の人で、徳川家康の能の師匠役も努めた下間仲孝が家康の要請で設計し、駿府城に建てたものです。その後、家康から与えられた能舞台を下間家が本願寺に寄進したといわれております。

と駿府城からの移築というサイトもあれば


http://www.kokuhoworld.com/038.html

伏見城から能舞台の国宝北能舞台や大書院,唐門等が移築されている。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~housi/kitanoubutai.htm

これは聚楽第から移したものと伝えられています。


と秀吉が造らせたというサイトもありはっきりわかりませんでした。

ただ、

駿府城 1585-

聚楽第 1586-1595

伏見城 1592-

ですので、北能舞台が1581年に造営されたのならばどれも違うと言うことになります。


1581年は石山本願寺と信長との合戦が終結した年であり、この時点では西本願寺は大阪にあり、

本願寺自体が1591年に現在の京都に移築されたことを考えると、

1581年に既に造営されたのならば、信長が造らせた可能性もあるのではないかと思われます。

http://www.nohgaku.or.jp/encyclopedia/whats/history.html

ただし、信長が能に好意的か否定的かという点についてははっきりしていません。

秀吉、家康が好んだと言うのはほぼ通説といってよさそうですが。


とりあえず発案者については回答がありましたので、

現存最古のものについて掘り下げてみました。

ご参考になれば幸いです。

id:aiaina No.4

aiaina回答回数8179ベストアンサー獲得回数1312006/07/14 17:18:38

ポイント10pt

http://rinko.cside3.com/zakkicho.htm


能舞台の音響をより良くするために、床下に埋められているモノがあります。さて何でしょう?

 答えは、「瓶」。そう、数個の大きな瓶が埋められているのです。これは桃山時代に発案されたもののようで、西本願寺の舞台にもちゃんと瓶が床下に配置されています。普通は舞台の床下なんて見ることはできないのですが、丹波篠山の春日神社にある能舞台は、床下が見られるようにちゃんと覗き窓がついているのです。この窓を開けても最初は真っ暗で何も見えませんが、目が暗闇に慣れてくると、大きな瓶が口を斜め上に向けて埋められている様子がだんだんとわかってきます。これ、実際に見るとかなりの迫力ですよ。一見したところ、無造作に置かれているみたいですが、ちゃんと計算して角度や向きを設定してあるのです。

 ちなみに、日本古来の球戯・蹴鞠のコートであった鞠庭(まりば)の下にも音響効果を上げるために瓶が埋められていたそうですが、これは能舞台の床瓶からヒントを得たものだとか。

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