1000年後の未来のコンピュータ・ゲームについて自由に想像し、そのゲームの概要について述べてください。

 ただし、以下の条件に従ってください。

【1】「リアルなバーチャルワールドに入り込める」「頭のいいAIと話ができる」という2つの発想は、それだけでネタにすることは禁止します。(ネタの一部としては可)。
【2】ゲーム自体のテクノロジーがどうすごくなるかだけでなく社会全体の中でゲームがどのような役割を果たすものになるか、あるいはゲーム以外の技術とゲームがどう結びつくかという想像力を働かせてもらえるとベターです。たとえば、医療とゲーム、教育とゲーム、株式市場/RMT、サイボーグ技術、分子生物学、ナノテクノロジーなど。
【3】すぐ前に「50年後のゲーム」についても質問しており、必然性や現実性について考慮してもらうようにしていますが、こちらではそういった配慮はいりません。逆に、そういった部分については前のほうの質問でどうぞ。

回答の条件
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  • 登録:2006/08/03 23:36:18
  • 終了:2006/08/10 14:48:39

回答(13件)

id:booboo_002 No.1

booboo_002回答回数352ベストアンサー獲得回数142006/08/04 00:05:31

ポイント5pt

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E7%95%9C%E4%BA%BA%E3%...

この質問に、思わず、家畜人ヤプーのアメフトの場面を思い出しました。PCのゲームではないけれど・・・。

1000年後に人類は生き延びているのかな、もし生き延びているのだとしたら、バーチャルなタイムワープ・サバイバルゲームがあってほしいと思います。

id:hiyokoya

家畜人ヤプー!

読もう読もうと思って未だに時間が割けてないのですが、アメフトの場面なんてあるんですね。

タイムワープがゲームに組み込まれているというのは、どんな感じでしょうか?

2006/08/04 00:21:48
id:lionfan No.2

lionfan回答回数109ベストアンサー獲得回数202006/08/04 00:15:46

ポイント19pt

1000年後の未来ともなると、ほとんどの人間は今の我々の感覚では

ほぼ一日中、ゲームをして生きると予想します。

バーチャルリアリティの世界で、自分の理想の社会に住むことに没頭し、

ごくまれに一部の人が、現実社会で

メンテナンス的な雑用をするのではと思います。

これは、日々の食事から類推した結果です。

1000年前には、食事をするということが、

他の生き物を殺すことや自分が生きることと、密接に結びついていたと思います。

ですが現代社会では、家畜の屠殺はごく一部の人が職業として行うだけで、

http://mbis0.tripod.com/animalfactory/chickens.htm (鶏肉、卵が作 られるまで)

大部分の人たちは、ケンタッキーフライドチキンとコーラなど、

食事を娯楽として楽しむようになっています。

1000年前の人たちが見たら、我々の食事は、

日々、美食を極めているようにしか見えないのではないでしょうか。

そしてそんな1000年後のゲーム社会の問題点も、ある程度予想ができます。

おいしいジャンクフードに溢れた社会では、極端に栄養が偏り、

みんながフィットネスクラブに通い、ダイエットに励むのと同じで、

本当はゲームをしたいのに、あえてガマンして、

リアルな人間関係を築くための施設(いわばフィットネスクラブの人間関係版)に、

ときどき通うようになると予測します。

id:hiyokoya

基本的なイメージとしては映画『マトリックス』の世界を、そこに没入する人間が自覚的に没入するか没入しないかを決断できるような社会、ということでしょうか。

>本当はゲームをしたいのに、あえてガマンして、

>リアルな人間関係を築くための施設(いわばフィットネスクラブの人間関係版)に、

>ときどき通うようになると予測します。

たいへん興味深い人間観ですね。リアルな人間関係を構築することを、「フィットネスクラブ」の比喩を使うというのはまったく考えてませんでした。

2006/08/04 00:32:47
id:booboo_002 No.3

booboo_002回答回数352ベストアンサー獲得回数142006/08/04 00:58:54

ポイント19pt

歴史上の人物、たとえばクレオパトラとか、シャルル・マーニュとか、ヒトラーとかになってその時代の生活様式を体験しながら、生き残る・・・なんて考えてみたのですが。もちろん、ダ・ヴィンチやモーツァルト、シェークスピアみたいな芸術家でもOK。その存在が後にどのような影響を残すかを実体験・・・

でもこんなだと200年後くらいのゲームかも。そして教材のような使われ方かも。

想像力貧困!!!

最近60年の変化はあまりにも激しいけれど、このままの変化が続くとは思えないのが、正直な見解です。もしこんな変化が続いたら人類はヒエラルキーの頂点に居続けられないんじゃないかな・・・

http://q.hatena.ne.jp/1154615775

id:hiyokoya

>このままの変化が続くとは思えないのが、正直な見解

そうですね。コンピュータ・ゲームというジャンル自体が陳腐化し、あまり急速な発展のない世界になるという時期が数百年スパンで到来するというのが、現実的かもしれません。

2006/08/04 10:58:24
id:imo758 No.4

imo758回答回数121ベストアンサー獲得回数192006/08/04 01:46:28

ポイント19pt

http://google.com/ URLはダミー

【洗脳ゲーム】

親の哲学(宗教等含む)が受け継がれるべく誘導される機能があり

先ず親を分析し哲学をゲーム内容に反映させ

それを子供に気付かれないように実体験の如く与える。

…というのは実は嘘で、ゲーム開発会社が権力側に

親に気付かれることなくこっそりと子供を洗脳させるよう

仕組まれたゲーム。親は「子供がゲームで自分の哲学を

受け継いでくれる」と思わされているが、この事態に

対して疑問を持てないようにされてしまっている。

というのは更に嘘で、権力側はそう思わされているだけで、

いつの日かクラッカーによってゲームを通じて

人々の深層心理に仕組まれた陰謀が、弾けるのであった。

【歴史ゲーム】

実は我々は既にこのゲームを行っている。

高度に訓練された脳の一部を封印し、

記憶の一部を忘却させられた状況を楽しんでいるのだ。

夢オチ同然なのでここで打ち切り。

【超高次元認識ゲーム】

脳に働きかけて、自然状態ではせいぜい3次元である

空間認識を、4次元以上に容易に引き上げるゲーム。

訓練すれば10次元程度までは感覚を得られる。

これにより高次元多様体の研究が一気に進んだとされる。

類似のものに量子論ゲーム、流体力学ゲーム、

高分子生物学ゲーム、地球環境実感ゲームなどがある。

【囲碁、将棋】

現在行われている形のものは解析が済んでしまい、

凄まじく拡張された形のものが遊ばれている。

しかもその大半がゲームそのものではなく

「ルールと戦略の相関」という高次なところで

遊ばれている。

なぜなら更に高次の「ルールと戦略の相関の大枠」

については研究が済んでしまったため、その中の

具象についてどうなっているか探るのがゲームと化して

しまっているからである。

【じゃんけん】

案外こんなものだったりして。

id:hiyokoya

「洗脳ゲーム」、「歴史ゲーム」は、具体的なイメージがわきませんが、「高次元認識ゲーム」は面白そうですね。少なくとも、リサ・ランドール博士でしたっけ?5次元までは証明されているらしいので、次元の認知を打ち破るテクノロジーが簡便に使える世界は面白そうですね。

「ルールと戦略の相関」というのもこれだけだと何をおっしゃられているのかいまひとつわかりませんが、将棋や囲碁に、ノミック(ゲームをやりながらルール自体を組み替えていくゲーム)的な要素を加えてさらに高度化させていく、ということですかね。

「じゃんけん」は多分ずっとほろびなさそうですね。

2006/08/04 12:19:10
id:castle No.5

castle回答回数1011ベストアンサー獲得回数122006/08/04 06:16:03

ポイント13pt

1000年も経っているとしたら、人類が体を捨てたものと保ったものに分岐して進化しているかもしれません。

そして、体を持つ者たちと持たない者たちがお互いに共存関係を確認するために、コンピューターゲームでともにプレイすることで接触し、協力関係を結んでいるのだと思います。

そこでは最早、ゲームをプレイすることは、異なる両種族が相互依存の契約を確認する儀式のような役割を担っているのかもしれません。

 

そして、ゲーム空間であらゆる状況をシミュレーションすることで相互的に有利な生存戦略の研究としてのゲームプレイが日々行われているのではないかと考えます。

リンクに意味はありません。

万物理論 (創元SF文庫)

万物理論 (創元SF文庫)

  • 作者: グレッグ・イーガン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • メディア: 文庫

id:hiyokoya

 ありがとうございます。リンクに意味はないとおっしゃりつつ、グレッグ・イーガン。積読になったままで、読めてないですが…

 それはさておき、ゲームのプレイが宗教的/政治的儀式としの役割を担わされるかもしれないというのは1000年前の世界ともう一度リンクするような感じですね。ホイジンガ的な「聖なるもの」としての地位の復活とでもいうような。

2006/08/04 12:24:38
id:Tobishima No.6

Tobishima回答回数10ベストアンサー獲得回数02006/08/04 08:03:26

ポイント18pt

 人類は宇宙に進出しています。その場合、距離が離れすぎて光の早さでも、瞬時の応答は不可能です。

 てなわけで、将棋のような非リアルタイム対戦ゲームが地味に流行ってます。

↓ダミー

http://dummy.com

id:hiyokoya

たしかに、通信の限界の壁にぶちあたると非リアルタイムゲームにいきづかざるを得ませんね。

2006/08/04 12:26:35
id:tehi No.7

ハバネロ回答回数423ベストアンサー獲得回数52006/08/04 16:22:14

ポイント5pt

未来のゲームはリアルすぎて現実との境目がつかなくなって廃人になってしまうひとが急増、発売禁止になってそういうゲームを作ることも禁止される。結局1000年後に遊べるゲームは単純なパズルゲームみたいなものだけになる。

http://ix.sakura.ne.jp/~yoshi/icon/game/ico/index.htm ダミー

id:hiyokoya

バカゲーですが『セガガガ』のラストはそういえばそういう話でしたね。

ありがとうございました。

2006/08/04 18:48:15
id:akumukas No.8

akumukas回答回数25ベストアンサー獲得回数22006/08/04 20:34:23

ポイント19pt

1000年後だと、おそらく人間は労働をする必要が無いですね。生きるために必要なことはすべて機械がやってくれるし、同時に機械に支配されている気もします。(マトッリクスみたいですね)

 では人間は何をするでしょうか?一部の優秀な人たちがテクノロジーを進化させる、それ以外の人間はその手となり足となりコマのように働くのではないでしょうか?それはただのコマではなく適応力を持ったコマとして。

 コマに効率よく作業(遠い惑星で特殊な鉱物を探すなど)させるためには快楽性が必要です。そのためにゲームという要素を取り入れ、画像をデフォルメしてシューティングゲームみたいにして機械を操作したり、現実と異なる世界に意識をおき、日々の苦痛などを意識させない。

 もっともテクノロジーが進化しつくしてしまったら、人は生きる意味を失うのではないでしょうか?何もしなくても生きてゆける、となれば生きていく理由や目的を見つけるのは困難です。もっともそんな人たちのためのに苦悩や不自由さのあるバーチャルな世界が生まれるのかもしれません。それが1000年後のゲームとして

 http://q.hatena.ne.jp/1154442090

id:hiyokoya

ありがとうございます。

「不自由」さえ選択可能である世界のは悲劇的ですね。

2006/08/05 11:40:14
id:ika46 No.9

ika46回答回数82ベストアンサー獲得回数12006/08/04 21:18:51

ポイント19pt

意外と現在と変わってなかったりするかもしれませんねぇ。

http://www12.wind.ne.jp/ririka/hanagumori/pure/ko_1.htm

id:hiyokoya

なるほど。。。

2006/08/05 11:40:34
id:TomCat No.10

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152006/08/05 08:27:30

ポイント19pt

1000年後。人類は全く死ななくなります。

既に同じ人が何百年と生き続けています。

老人は存在せず、同時に生殖能力もなくなっていますから、

赤ちゃんや子供の姿もありません。

 

老化がないのですから定年もなく、

人々は全く節目というものが存在しない単調な毎日を、

延々と何百年もに渡って経験し続けてきました。

 

そこに、新しい社会制度が登場しました。

伝説の生老病死を実現するプログラムです。

全ての人々に専用のゲーム機が配布されました。

スイッチを入れると、ただ数字だけが表示されます。

 

最初の数字は全くランダムで、

人によって「00-00-01」となったり、

「23-11-10」となっていたりしました。

前者は生後一日、後者は生後23年と11ヶ月10日を意味します。

 

何だ、これは。人々は戸惑いましたが、

指示されるままにそれを自宅のコンピュータに接続すると、

なんとディスプレイの中に、1000年前の社会が現れたのです。

 

人々にはその数字によって、

自動的に年齢という属性が与えられていました。

 

全ての社会活動はネットワークを介して行われる世の中ですから、

赤ちゃんは赤ちゃんとして、青年は青年として、

年齢ごとに全く異なった社会参加をしていく、

伝説の世界が再び始まることになったのです。

 

人々はこの新しいゲームに熱中しました。

18歳の属性を与えられた女性は、

17歳の属性の男性と24歳の属性の男性の

どちらを選ぶかで迷い続けましたし、

32歳の属性を与えられた男性は、

8歳の属性を与えられた女性を娘として育成していくことに

今まで全く知らなかった喜びを得ていきました。

 

やがて、98歳の属性を与えられた人に死が訪れました。

人々はその存在のゲーム世界からの消失を嘆き、悲しみました。

存在が失われてはじめて、人々は個の尊さというものを知ったのです。

 

死のステータスを与えられた人は、

しばらくゲームには参加できません。

しかし、やがて0歳の属性が再付与され、

28歳と25歳の属性を与えられた男女のもとに

新生児として生まれることが出来たのです。

ここで1000年前にも伝説だった、輪廻転生も実現しました。

 

こうして人々は再び人生の節目を取り戻し、

節目節目ごとの目標を持った人生が送れるようになったのです。

 

おやおや、64歳の属性を与えられた男性が、

最近の若い者はとぼやいています。

そこを通りがかった17歳の属性を与えられた男性が、

大人は何も分かっちゃくれないと嘆いています。

 

どちらもこのゲームを始めるまでは、

推定年齢500歳くらいでした。

 

二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしていますが、

しかしその感情は生き生きとしています。

年齢という属性だけで様々に変化していく「人生」というゲームを

心の底から楽しんでいることは確かなようです。

id:hiyokoya

バーチャルワールドへの接続、が効果的に機能しうるであろう可能性を、非常に説得的に提示していただけて面白かったです。

2006/08/05 11:45:08
id:saidoka No.11

saidoka回答回数11ベストアンサー獲得回数02006/08/07 08:45:21

ポイント5pt

1000年先ともなると、すでに今持っているゲームの枠を超えて現実の世界を作り出すことができると思います。

つまり、仮想だけど現実に酷使している世界(マトリックス)ではなく、その中の生活すら、もうひとつの人生であり、人はその世界でどこでも自由に生きれる。

ここでミソなのは、そのゲームは1種類じゃない事です。

これだけ色々な会社がゲームに対して世界観を持っていて、なおかつ1000年先だとするならば、時がたってもそれは優劣があるに決まってます。

それは今も同じ、つまらないゲームがあるから面白いゲームがあるんです。現在出ているゲームソフトが全てFF並みの画像にこだわっていたらどうでしょう?

それは凄いと言えるのでしょうか?

僕個人は「あぁ、また画像ね」

と冷めてしまうと思います。

ごめんなさい、個人的意見入ってきたんでそろそろまとめますねw

僕は1000年先になったら皆さんの言っているような仮想世界で暮らすような事もできると思います。

しかしそれらに囚われずに、1000年前のゲームにこだわる方々もいると思います。

3Dが増えてる中で未だに2Dで勝負しているゲームもあるわけですし・・・。

僕は単純なゲームこそずっと残るものだと思います。

テレビゲームではなくても、チェスやオセロ、トランプなど、紀元前から続いてるゲームは僕らの生きている現代にも続いてるのがその証拠だと思います。

結構何言ってるかわかんないですねぇw

ポイントは特にいりませんw

失礼しました~。

http://q.hatena.ne.jp/1154615775#answer_form

id:hiyokoya

もう少し具体的なイメージのわくような記述をしていただえければありがたかったです^^

2006/08/07 13:00:38
id:castle No.12

castle回答回数1011ベストアンサー獲得回数122006/08/09 03:14:07

ポイント15pt

再挑戦です。

 

1000年後でも解決されない問題として

「個人という限界」が存在すると思います。

「個人が体験できる記憶、処理できる情報は有限」という壁です。

そこで様々な世界観をもったシミュレーターが仮想・リアルを問わずに構築されて、

各世界に自分と同一の思考をもったクローン体を送り込み、

その世界でクローンが体験してきた記憶を本体にダウンロードすることで

濃密な体験を獲得する……そんなゲーム環境が出現していると思われます。

 

具体的な使用方法としては、幼児期から「戦争体験(敗戦側)」の戦略シミュレーションゲームへの参加が義務付けられることで、深層心理に反戦意識を埋め込むような利用法が想定されます。

また、ゲームプレイ中に殺戮の快感が発現した子供は《平和の敵》として処分される隠しプログラムがあり、これで社会に出てくる成人から凶暴な気質の人物が排除され、穏やかで健全な理想社会が形成されます。

バトル・ロワイアル

バトル・ロワイアル

  • 作者: 高見 広春
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

id:hiyokoya

なるほど。castleさんは、まいどながら参考文献で何かを示されるのですね……

思考実験的な話として、面白いですね。

2006/08/09 13:01:44
id:aadw No.13

aadw回答回数49ベストアンサー獲得回数02006/08/09 11:10:46

ポイント5pt

テレパシーに近いものが出来ていると思います

目と閉じて帽子をかぶりスタート!

こんな時代になっているかもしれませんね

お役に立てれば幸いです


残念ながらサイトは存じ上げておりません

http://q.hatena.ne.jp/1154615775

id:hiyokoya

テレパシーですか!

しかし、今の携帯電話の発展っぷりとかからすると、テレパシーの価値とかって将来どこまで担保されるんでしょうね。

2006/08/09 13:03:09

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