http://d.hatena.ne.jp/kechack/20060816
で「加藤紘一氏宅放火?でミクシィに「ざまあみろ」的日記が多かった」と
問題提起されています。
ブログレベルではここまでストレートに「ざまあみろ」と書く人が少ないのに、
なぜミクシィになるとホンネが炸裂するのでしょうか?
「紹介制でGoogle検索されないから、何書いてもバレないや」という
メンタリティなんでしょうか?
私のエントリ
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20060816
も参考にしながらフリートーク宜しくです。
これは加藤紘一氏の事件とはまた違って、障害者に対する知識の無さから来るもので、ミクシィのような閉鎖空間に限らず昔も今も結構ある問題です。
例えば
http://lineageranking.hp.infoseek.co.jp/m-11/
コンビニ日記 20 電波系その2
読んでいただくとわかる通り、日記に出てくる人はおそらく知的障害者の方。
それを面白おかしく「変な人」として紹介しています。
「変なことをつぶやく人」「包帯をたくさん巻いてる人」
こういう人達を障害者として認識出来ない大人がいます。
小学生がこういうのを見て同級生をからかうのはよくあることですが、それと同じレベルで、知らなくてはいけないことを知らずに大人になってしまった人達が起こしてしまう『差別』です。
政治家や芸能人はその行動を見られて嫌われたり批判されたりすることはあって当然だと思います。
しかしこういった障害を持つ方はただ普通に生活してるだけで、嫌われる理由なんて一切ありません。
加藤氏の件は、ある程度は不謹慎だということを理解して批判している人がほとんどでしょう。
しかしこれはそういう類のものではなく、ただ知識の無いアホが「気づかずに書いてはいけないことを書いてしまった」もので、閉鎖空間のSNSだから書いたのかというと、それとはまったく別だと思います。
http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=514
ここまでストレートに言われると何も言えない。
>ブログではまだ公が意識されるから,そんな言辞は少ないが,
>mixiなどでは私性の意識が強いから,ストレートな物言いに
>なってしまうのだろう。
>個人的には,「もう一つの回路」として,そういう言論の場を
>確保しておいてもいい気がする。
>もちろん,人として最低である。
>だけど,今の日本人(若者)の深層心理を知るには
>こんな感情の吐露も意義はある。
>そのつど,晒され“祭られ”糾弾されるのは当然ではあるが,
>萎縮されても面白くないような(苦笑)。
>mixiはもはや私的空間ではなくなった(だから,熱心に利用する気になれない)。
>後発のSNSが可能性があるとしたら,徹底した閉鎖性のサービスだろう。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/15426/
というニュースもありました。
SNSは閉鎖社会だから、自分を密告(チク)ったりするやつはいないだろう、
だから暴言を吐いても問題ない、という「誤解」が蔓延しているのでしょうか?
実際、現在のmixiの状態はharumomo2006さんのおっしゃるとおりだと思います。
でも、mixiはclosedなものであるとの幻想が、多くのユーザーにいまだに持たれているのではないのでしょうか。
おかげでトラブルが発生することもあるみたいですね。(本文と直接関係ないので割愛しますが)
なるほど、人が死んでないのは確かに大きな理由だと思います。
あと、与党支持者とか、興味のない人は単に黙ってるような気がします。
それを差し置いても、ストレート表現が多いと感じられるのは、皆さんが
おっしゃられている閉鎖性とか匿名性もあるとは思いますが、イチバン感
じるのは、
●ボキャブラリーの欠如
ではないでしょうか?社会がそんな感じになっているのかもしれませんが、
とにかく白黒はっきりさせろとか、答えはYesかNoでとか、先に結論を言
えとか、、、、特にmixiではmixiニュースから簡単に日記が書けるよう
になっていて、それを生業にしているようなユーザもいます。せいぜいコ
メントは1、2行ですからストレートな表現になりがちです。
一方、ブログですがこちらも公開制限ができるわけですから、mixi的な利
用も可能ですが、ブログ利用者というのは情報の発信を目的としている方
が多いのでしょうから、それなりの表現力がないと、、、というのはある
と思います。
ブログユーザがボキャブラリー豊富とは言いませんが、それなりのリスク
をしょって、ケアして書いているのかなという気はします。
ブログとか掲示板とかmixi以外は、ただやたらと抽象するのが楽しくて面白がって嫌がらせでコメント載せてるって感じることが多々あります。すごく不愉快なくらい。
でも、mixiには、少なくとも私が見てるブログにはブログ荒らしとかにやられている人はいないです。
見てても不愉快にならない。
何か言いたいことあれば、本人に直接メールできるし。
関係ない人まで不愉快な思いにさせない。
相手が不透明でないから安心して本音が書けるのかもしれません。
甘えでしょうね。引用されている記事を書いている人も、全て20代と若い人ばっかですからね。飲み会みたいなノリでやっているつもりなのでは。
野党支持の人はもちろん、そうでない人でも国会議員なんて国民の税金からあぶく銭稼いでる連中だと思ってる人が多いでしょうし、税金で建てられた自宅兼事務所が燃えたぐらいならいい気味だって言う気持ちもわかりますよ。
どうせまた国民の税金で自宅兼事務所を建てるわけですし。
建前上『事務所』だから固定資産税とかも全部自民党の経費から。
そういうことしてるから思い出まで一緒に消されるんだって気持ちは正直あります。
もしこれで死者が出てたら違ったでしょうけどね。
家内の人が死んでたりしたら、さすがに「ざまあみろ」とまで言える人はほとんどいなかったでしょう。
単にミクシィだとニュース記事見てそのまま日記書けるシステムがあって、その書いた日記をニュース単位で検索するシステムもあるからそう見えてるだけのような気もします。
ブログだとそんなに少ないですかね?
そのネタを書いてるブログを探すのも大変だと思いますが。
つまり祭り挙げられることが少ないから。
知人にしか読まれないという安心感があるのはポイントのひとつではあると思います。
しかし紹介制であったはずのmixiはアカウントが簡単にばら撒かれ、既に紹介制とは言えない状況に陥っていますし、一時期象徴でもあった実名性もかなりの人々に無視されています。
会員数も表向き500万人ですが、実際には複数アカウントを駆使している人もいるわけですから、自作自演もある程度は可能です。
もちろん身元調査を行うわけでもないので本名かどうかも疑わしく、一方的に愚痴を吐いたり、個人攻撃するだけなら、適当にブログを開設しても可能なわけですから、mixiだからホンネが炸裂したというよりは、たまたまmixiにそのような意見が集中したと見るのはどうでしょうか。
mixiではあまりないのではないでしょうか。
ネット世界で不愉快な思いをしたいなんて
人はいないでしょうから
問題になりそうな話題などは
閉鎖的にやったほうが
後々面倒にならずにすむでしょうし。
どっちかというと昔のパソコン通信のFORUMに近い感覚。知ってる人しか見ない、非会員は見れない、という一種の油断というか甘え的な感覚からつい本音というか人の目を考慮しない意見を書いてしまうのでしょう。
実際には会員は山のようにいるのでどこかから漏洩するだろうし、しかも本名までさらしている人がいたりしてかなり危険なところなんですが。
には、大変有効な環境なんでしょうね。
私は20代の大学生で、「学校でネットしてる周りの人間は皆ミクシィ」の世界にいますが、自身は一度も触れたことがありません。はじめっから、どうもあの閉塞感が払拭できないためです。
嘗てはネット社会と外の社会みたいな二分化があって、たとえ不特定多数が閲覧しようとも、ここはPCからだけ覗ける閉鎖空間であったわけです。ところが、今は誰でもネットできる時代になった。それで、新たな閉鎖空間を作って、初心者を保護しないといけない。ミクシィはそんなもんだと思います。
私の周りにも、ミクシィはやるけど、ブログはやりたくない、っていう学生が多くいます。結局、不特定多数に接触するのをためらう者が溜まれる場所をつくっただけです。普段の生活と同じことがやれる空間ができた、その喜びが爆発中。
単純につまらん。
mixiの場合はマイミクや日記の記載など、比較的気心が知れている参加者しか見に来ないし、当該記載内容に対してコメントで誹謗中傷があるわけではないので、比較的本音になるのでしょう。
はてなの場合は、訳の分からない批判コメントを点けに来る参加者がいるので、自由なコメントをしていないだけでしょう。
はっきり言って加藤は政治家としての能力がないですからね。
mixiは機能的にはコメントつけやすいですからね。