坂東眞砂子氏のエッセイ「子猫殺し」について。

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http://www.j-cast.com/2006/08/21002622.html

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回答105件)

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余りにも勝手、鬼畜、人間じゃない moruno2006/08/22 00:18:12ポイント4pt

余りの怒りに言葉が汚くなってしまいますが

猫に言葉が話せるなら、避妊手術など望むはずがないし、避妊手術を施すのが

飼い主の責任だといっても、それも飼い主の都合

じゃあ殺すのは飼主の都合じゃないのか?

しかも空き地に投げ捨てるって…

地面に叩きつけられた体の痛みを感じながら

命が途絶えるまで泣き続けていた子猫の事を思うと

この基地外を何とかして欲しい

獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然のなかで生きることだ

じゃあ最初から飼うなよ

飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない

それこそお前の勝手だ

この鬼畜は数年後にまた

「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている」から始まり

今度は人間の子殺しを告白したりするんじゃないでしょうか?

同感です shimarakkyo2006/08/23 07:25:13ポイント1pt

本当ーーーーーーーーっに、「余りにも勝手」です。

すみません、一旦回答を書いたのですが、書く為にもう一回エッセイを読んでまた新鮮に怒りが湧き上がって来てどうにも収まらないので。

この記事を掲載した新聞社もどうかしていますよ。

今の世の中、命が「モノ」になっている気がします ElekiBrain2006/08/22 00:24:38ポイント2pt

多くは語らず、と書いたすぐそばで書くのはなんですが、公園などで犬の散歩をしている奥様方の犬に対する溺愛ぶりを見るとイライラしてきます。過保護は本当の愛情ではない。過保護の心理の背景には、自分「だけ」のためにその子をかわいがる、という歪んだ心理が働いており、相手の気持ちは考慮の範疇外です。この作家さんもきっと猫を「溺愛」する愚か者だったのでしょう。

本当に好きであればモノ扱いにはならないはずで、今回の件は、単なる愛玩動物=モノとして命を軽視した事件だと思います。

所有物というだけじゃなく blanccasse2006/08/22 12:20:43ポイント1pt

“「溺愛」する愚か者”には歪んだ自己投影、自己愛を感じます。

殺しの痛み、悲しみって・・・崖から放り投げて後は知らぬ振りで?笑止千万。ペットはペットとされた時点で野生の獣じゃない。本当にこの作家、気持ち悪い。これを載せた日経新聞も、気持ち悪い。

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