武士道=日本人の心なのですか?


出典はどこだったか忘れましたが、江戸時代の人口の80%は農民だったということです。
そんな一部の階級だった武士の生き方が日本人の生き方の代表になるなんて可笑しいと思うのですが、何故なんでしょう?

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  • 登録:2006/08/27 19:37:00
  • 終了:2006/08/27 22:49:12

ベストアンサー

id:ElekiBrain No.8

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/08/27 21:10:01

ポイント55pt

アメリカやヨーロッパなどの諸国が「bushido」をことさら強調した時代があったためだという捕らえ方もあるでしょう。これにはショー・コスギなども絡み、「フジヤマ・ゲイシャ・ブシドー・ニンジャ」などいう、いかにもな日本観が形成されてゆきました。

実際、日本人に「日本人といえばどのような単語が思い浮かぶか」というアンケート、

http://aoitani.net/aotani/Student_Publications/Survey_Result...

では、「以下、日の丸14、富士山12、お金、武士・侍、各11と続く」という一文があるように、かなり欧米がこのような発想を持っていることが挙げられています。


ところで、ご質問の件は、おそらく、「日本人が日本人に対して、どのような単語を思いつくか」という部分が強いのではないか、と御察ししました。そういう意味で言えば、例えばサッカー日本代表の「サムライ・ジャパン」同じくサッカー日本代表のユニフォーム「サムライ・ブルー」などの単語が思い浮かびます。しかし、この場合でも、あくまで攻撃色が強い内容のものに適用されている感があり、日常的な家具や洗濯機にこの単語が使われているわけではありません(余談ですが、かつて、オフィスアプリケーションに「家康」というものがあり、度肝を抜かれました)。


実は、日本人はそもそも侍気質などではなく、侍精神なるものも、一部の侍しか持っていなかった、とする研究家の方も結構いらっしゃいます。侍といえども、平時はただのサラリーマンですから、平和な時代には事実上の侍などいなかったと思います。

そして、戦時下においては、侍よりもむしろ足軽の規模のほうが多いことは明白で、日本人自体が近年侍に関しての価値観を欧米に逆輸入される形で吹き込まれた部分もあると思います。

新渡戸稲造が書いた「武士道」にしたところで、彼は明治時代の人物であり、しかも侍ではありません。


日本人の心の事に関して言えば、侍よりも、むしろ神道の影響のほうが強いかと思われます。色々な神がいて、様々な事象の多様性を認める文化は日本古来から存在しており、日本の心の支柱となっています。ただ、神道には精神性を表す唯一の単語が存在しません。これは、神道が唯一神信仰ではなく、多神教であるところによるものでしょう。


結論を言いますと、日本人の中で、代表的な単語を聞いてみて、「侍」と答える人は全体の中でも少数であると思うのです。ただし、この単語はスイトイシズムを伴ったかっこよさを内包していますので、時として、サッカーの名称に用いられたりします。

論点を単語に準拠させて論じてきましたが、侍という概念は、日本の中ではけしてメジャーな概念ではないと思いますよ。


最後に、このことに関する明確な資料は、先に答えられた方々が述べられている以上のものは出てこないと思われます。国内では「侍」=「日本の心」ではないからです。

id:yaguchi_m

>日本人自体が近年侍に関しての価値観を欧米に逆輸入される形で吹き込まれた部分もあると思います。

ああ、それもあるかもしれませんね。

近年の日本のマンガやアニメの侍や忍者とかのイメージもどうも西欧のそれを逆輸入した様に思えますし、近年の武士道ブームもそういう側面があるのでしょう。

2006/08/27 21:40:42

その他の回答(9件)

id:pikupiku No.1

pikupiku回答回数3043ベストアンサー獲得回数732006/08/27 19:40:28

ポイント15pt

明治になってからの義務教育で庶民にもあるべき姿として教えた。

id:yaguchi_m

もちろん、それはあると思います。

でも、今は平成で、敗戦で戦前の教育は否定されたはずなのに、何故今でもそんな考え方が通用しているんでしょうか?

2006/08/27 20:02:20
id:HONMA9691 No.2

HONMA9691回答回数2529ベストアンサー獲得回数362006/08/27 19:53:04

ポイント15pt

欧米の宗教のような倫理的な縛りが必要になった近代日本が武士の考え方を取り入れたから。

軍人、庶民の教育のベースになった。

id:yaguchi_m

同上。

更には商人には商人の農民には農民の生き方があって、それは現在も引き継がれていると思うのですが(特に商人)、「現在」において話題になるのは武士道のみ。

私はこれに違和感があるのです。

2006/08/27 20:12:36
id:batti55 No.3

batti55回答回数904ベストアンサー獲得回数272006/08/27 20:38:52

ポイント10pt

ベストセラーになった「国家の品格」に代表されるように日本人の心情にマッチするからではないでしょうか。政治家や経営者も武士道とまではいかなくとも、戦国武将に自分を擬えるのが好みなようですし。

http://q.hatena.ne.jp/1156675017

id:yaguchi_m

何か偽の歴史に踊らされているような気がしないでもないです。

言い過ぎかもしれませんが。

まあ、明治政府によって塗り替えられてしまった以上仕方がないのかもしれませんけど。

2006/08/27 21:09:14
id:imagaichiban No.4

imagaichiban回答回数134ベストアンサー獲得回数22006/08/27 20:48:00

ポイント10pt

道ということが、道徳・教育という意味から考えます。

教育の基本は、ことばであり漢字教育だと思います。

御成敗式目は、鎌倉時代に制定され武士政権のための法令です。

(貞永式目)

慣習や土地財産について、明文化されました。

それが江戸時代の習字手本として庶民に普及しました。

このことで、武士のみでなく広く道徳・価値観が広く行き渡ったのではないでしょうか。

id:yaguchi_m

御成敗式目は道徳・価値観というよりも、大きな取り決めという感じで、武士道とは直接関係ないように思えます。

2006/08/27 21:17:14
id:flying_baobab No.5

flying_baobab回答回数377ベストアンサー獲得回数72006/08/27 20:49:48

ポイント10pt

支配階級が為政の手段として重宝しているため。

id:yaguchi_m

まあそうなのかもしれませんね。

2006/08/27 21:22:52
id:booboo_002 No.6

booboo_002回答回数352ベストアンサー獲得回数142006/08/27 20:53:39

ポイント10pt

第2次世界大戦の際、兵士の戦意高揚の手段として、武士道を教えた。敵に背を見せるな、主上のために命も捨てよ!

id:yaguchi_m

今になって復活しているのは何故なんでしょう?

2006/08/27 21:26:07
id:moaizo No.7

moaizo回答回数266ベストアンサー獲得回数62006/08/27 21:09:53

ポイント10pt

http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/busido-gyakusyu.html

 

私的集団としてのエゴを排して、しかしなおかつ、私的心情である主従を媒介にした忠誠心を手に入れなければならないというディレンマに明治政府は直面し、それを解決しようとしたのが、国家ではなく、天皇という人格への忠誠を誓わせるという方法であった、と菅野は述べる。

 菅野は、ここに、武士道が形式だけを借りてこられる必然性があったとみるのである

という説もあるようです。

武士道の逆襲 (講談社現代新書)

上に張ったアドレスはこの本の感想です

id:yaguchi_m

んで、近年復活してきているのは、誰かに忠誠を誓わせる為なんですかね?

2006/08/27 21:29:58
id:ElekiBrain No.8

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/08/27 21:10:01ここでベストアンサー

ポイント55pt

アメリカやヨーロッパなどの諸国が「bushido」をことさら強調した時代があったためだという捕らえ方もあるでしょう。これにはショー・コスギなども絡み、「フジヤマ・ゲイシャ・ブシドー・ニンジャ」などいう、いかにもな日本観が形成されてゆきました。

実際、日本人に「日本人といえばどのような単語が思い浮かぶか」というアンケート、

http://aoitani.net/aotani/Student_Publications/Survey_Result...

では、「以下、日の丸14、富士山12、お金、武士・侍、各11と続く」という一文があるように、かなり欧米がこのような発想を持っていることが挙げられています。


ところで、ご質問の件は、おそらく、「日本人が日本人に対して、どのような単語を思いつくか」という部分が強いのではないか、と御察ししました。そういう意味で言えば、例えばサッカー日本代表の「サムライ・ジャパン」同じくサッカー日本代表のユニフォーム「サムライ・ブルー」などの単語が思い浮かびます。しかし、この場合でも、あくまで攻撃色が強い内容のものに適用されている感があり、日常的な家具や洗濯機にこの単語が使われているわけではありません(余談ですが、かつて、オフィスアプリケーションに「家康」というものがあり、度肝を抜かれました)。


実は、日本人はそもそも侍気質などではなく、侍精神なるものも、一部の侍しか持っていなかった、とする研究家の方も結構いらっしゃいます。侍といえども、平時はただのサラリーマンですから、平和な時代には事実上の侍などいなかったと思います。

そして、戦時下においては、侍よりもむしろ足軽の規模のほうが多いことは明白で、日本人自体が近年侍に関しての価値観を欧米に逆輸入される形で吹き込まれた部分もあると思います。

新渡戸稲造が書いた「武士道」にしたところで、彼は明治時代の人物であり、しかも侍ではありません。


日本人の心の事に関して言えば、侍よりも、むしろ神道の影響のほうが強いかと思われます。色々な神がいて、様々な事象の多様性を認める文化は日本古来から存在しており、日本の心の支柱となっています。ただ、神道には精神性を表す唯一の単語が存在しません。これは、神道が唯一神信仰ではなく、多神教であるところによるものでしょう。


結論を言いますと、日本人の中で、代表的な単語を聞いてみて、「侍」と答える人は全体の中でも少数であると思うのです。ただし、この単語はスイトイシズムを伴ったかっこよさを内包していますので、時として、サッカーの名称に用いられたりします。

論点を単語に準拠させて論じてきましたが、侍という概念は、日本の中ではけしてメジャーな概念ではないと思いますよ。


最後に、このことに関する明確な資料は、先に答えられた方々が述べられている以上のものは出てこないと思われます。国内では「侍」=「日本の心」ではないからです。

id:yaguchi_m

>日本人自体が近年侍に関しての価値観を欧米に逆輸入される形で吹き込まれた部分もあると思います。

ああ、それもあるかもしれませんね。

近年の日本のマンガやアニメの侍や忍者とかのイメージもどうも西欧のそれを逆輸入した様に思えますし、近年の武士道ブームもそういう側面があるのでしょう。

2006/08/27 21:40:42
id:aiaina No.9

aiaina回答回数8179ベストアンサー獲得回数1312006/08/27 21:56:40

id:yaguchi_m

内村鑑三氏の個人の信仰心や出自を一般的な様に語られてもなあという感じです。

それにあくまでも「参考」であって「回答」にはなっていません。

2006/08/27 22:07:16
id:daiyokozuna No.10

daiyokozuna回答回数3388ベストアンサー獲得回数752006/08/27 22:05:56

ポイント10pt

明治政府の上層部はみな武士だったんですから。

ついこの前まで刀さしてた侍が大臣だ、役人だ、となったわけで、武士の生き方が大事にされたのは当然でしょう。

ヨーロッパに騎士道があるように・・・・



「人口の80%は農民」・・・これは関係ないでしょう。

id:yaguchi_m

1の回答とほぼ同一ですね。

私の質問文の書き方が悪かったこともありますが、私の以前の回答へのコメントを読めば、私の質問の意図をご理解いただけると思いますが。

2006/08/27 22:21:07
  • id:booboo_002
    今になって、ということはなく、三島由紀夫の割腹とかの事例もあります。高度経済成長の幕開けのときでした。
    拝金主義に対するアンチテーゼとして、義を重んじよ、というメッセージなのかも知れません。
  • id:ElekiBrain
    ElekiBrain 2006/08/27 22:07:01
    すみません、私の回答に対する、文面の訂正です。

    >実際、日本人に「日本人といえばどのような単語が思い浮かぶか」というアンケート、

    正しくは、
    実際、外国人に「日本人といえば」――の誤りでした。

    >スイトイシズム

    ストイシズムの誤りです。

    以上ご迷惑おかけしました。


    ※ところで、回答終了時以外にもコメントに書き込めるようになったんですね。これは便利です。
  • id:takokuro
    気づくのが遅くなりましたが、、
    【武士道】が日本社会で強く意識された理由を考えました・・・

    太平の世で町民文化が花開くのは当然の理でしょうが、
    ①戦乱がないことで町民たちは冨み、武士たちは報奨を受けることもなく、浪人化してチンピラに堕ちる可能性が強くなり、、敢えて、、平安の世で【武士】であることの精神基盤、誇りを確認する必要性が出てきたのではないでしょうか?

    ②大阪の商家に大名が借金するまでになった江戸末期、、、
    昭和30年代頃までは道修町には道修町の商人道?というか地方から丁稚として子供を養子のように預かり、一人前に育て暖簾分けしたり、確りした番頭はんを娘婿にしたり、、、
    お武家が来ようと精神面で決して卑屈になったりせず、礼節をわきまえて、しかも対等にやりあった町人文化が生活習慣として残っていました。人の出入りの多い社会での洗練された物腰、対応、知恵、ユーモア、、、

    昨今の時代劇では、役者さんはアイドルで役者業の修行も文化も踏襲してないので、分かりにくいかもしれませんが。

    それは文章化されず、生活で伝承されてきた文化ですから、、他国に居てらないと思います・・

    ③昨今、サラーリーマンの転勤で核家族化で日本人でもこれらの生活習慣を全く!知らない人が、子育てをしてる時代ではないでしょうか?
  • id:itarumurayama
    最近になって「武士道」が言われるようになったのは、平たく言えば
    「愛国心の復活」でしょう。

    つまり勤皇の志士に続け、ということです。

    露骨に言えば、右傾化、ということです。

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