日本社会において、個人による復讐を禁止している(或いは抑止している?)理由・根拠・法律等を詳しく説明したHPを教えてください。


例えば、「娘を殺されたので、犯人を自分で殺してやる」といったことを抑止するための理由・法律等です。

私刑が許されない解説等もあると、尚嬉しいです。

ちょっと重いテーマですが、「デス・ノート」等の認知度が高まっている背景もございますので、よろしくお願いいたします。

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  • 登録:2006/10/04 04:04:07
  • 終了:2006/10/11 04:05:03

回答(4件)

id:jyouseki No.1

jyouseki回答回数5251ベストアンサー獲得回数382006/10/04 05:13:54

ポイント27pt

http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20060201A/ind...

>「強制行動」は民間人には原則許されない~私的復讐否定の原理

>殺人の被害者が「仇討ち」など私的復讐をすることが横行すると、やはり社会を混乱させるからです。


>民間人の「強制行動」に「違法性の追及がされない」場合

例外的に正当防衛は認められます。


もしも殺人事件の被害者の遺族が犯人を殺害することを許してしまうと、犯人の遺族が犯人を殺した人を殺害していいことになってしまいます。

そうなると際限なく事件が連鎖していく可能性があり、治安は大幅に悪くなってしまいます。

id:hnishiki No.2

hnishiki回答回数156ベストアンサー獲得回数42006/10/04 12:59:14

ポイント27pt

刑法における「自救行為」という概念にあたると存じます。

定義の記載のあるHP

http://www1.plala.or.jp/kunibou/houritu/k010.html


民法上で同様の概念にあたる「自力救済」の解説はウィキペディアに記載されています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%95%91%E8%A1%8C%E7%82%B...


引用:基本的考え方

自力救済を容認すると、力が正義ということになり、実力行使を請け負う私的機関がはびこって社会秩序の維持が難しくなるためである。近代化にともない、権利のあるなしの判断や執行は裁判所によってなされるべきとされ、私人の介入を排した。


また、日本の法における考え方の推移も載っています。

刑法の自救行為そのものの説明でなくて申し訳ないですが、基本的考え方の参考になれば幸いです。

id:love-and-peace No.3

love-and-peace回答回数239ベストアンサー獲得回数22006/10/04 13:45:34

ポイント26pt

憲法31条

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAM...

第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

例外的に刑法に「自己防衛」の概念がありますが、詳細は略します。


さて、「私的報復の禁止」については日本に限らず、近代市民法の根本概念であります。「法の優位」ということです。

ある人に「罪がある」と認定し「刑罰はどの様なものをどのような量でかするのが適当か」を決め「刑の執行」をするのはすべて法にもとづくものとされています。

人間は社会を構成する生物であり、社会を構成する個々人は様々な価値観を持っており、それぞれがそれぞれの価値観で他社とかかわりを持った場合、様々なトラブルが起こりうるため、市民の合意として、市民社会を律する規範を形成し、それにより円滑な社会の発展を促進させるわけですが、社会規範の中でもっとも重く、強制力のあるのが、法律ということになります。従って、「私的報復の禁止」についても法律で規定されるのみならず社会的規範(道徳とか、倫理とかいう言い方も含めて公共のルールのことです)であるということになると思います。

もし、近代以前の社会に戻り、「私的報復」がおおっぴらに行われることになるとどういうことになるか考えて見ましょう。

まず「罪の認定」の問題。冤罪かも知れません。権力者の常套手段です。実際に殺人があったとしても「殺意」があったのか過失なのか、さまざまな問題を個人の価値観で判断しようとすると、公平な判断は下されないということになります。

「量刑」もそうです。現在では、犯罪者の更生・社会復帰を重視する傾向にあり、死刑廃止論もあります。また、1人を殺して死刑判決はまれです。私的報復では、些細なことで「侮辱された」と怨恨を生じたり、当然相手を被害者と同等以上に痛めつけることになり勝ちです。

「刑の執行」それ自体近代では私的に行われた場合犯罪ですが、より残虐に、仲間を集めて集団で襲い掛かるということになりがちです。また、犯罪組織に代行を依頼する場合もあります。

要するに、暴力団や暴走族の喧嘩のレベルの話になります。

個人の価値観と個人の価値観のぶつかり合いということであり、最後は力の強いほうが勝つということになります。

歴史を振り返ると具体的には

1.報復しようとしたら返り討ちにあい逆に殺される。

2.報復が過剰で、犯人のみならず家族(一族)全員を殺す。

3.報復が報復を呼び、一族同士の争いとなり、場合によっては国を割るような騒乱に発展する。

犯罪の被害者の心情を考えると、非常に痛ましく感じられますが、そもそも誰が犯人(らしい)のか、どのように犯罪を犯した(らしい)のか、現代ではすべて法にもとづき明らかにされたものです。

もし法がなければ、「誰が犯人なのか」から自力で調べなければなりません。

法というものは、弱者保護ということを基本要素として持っています。私的報復(自力救済という用語が使われますが少し不適切です)は、強者の特権です。

http://www17.ocn.ne.jp/~lgis/contents/crime00.htm

id:HON2 No.4

HON2回答回数220ベストアンサー獲得回数42006/10/05 18:59:04

ポイント10pt

個人の仇討ちなどの復讐禁止は明治六年二月七日の太政官布告第三十七号で出されています。

それによると、他人を罰し、殺すことは国家の公権であり、私人は公権を犯すことはならん、というわけです。


それにしても「借りを返す」「雪辱」「報復」そして「リベンジ」など、

なんと日常語に「復讐」を意味する言葉が多いことか。

一時はやった「自己救済」とは、それを実行すれば正に公権を犯す「復讐」に違いないはずです。

ですから「自己救済」と「自己責任」が対になります。


復讐ヲ禁ス

http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%BE%A9%E8%AE%90%E3%83%B2%E7%A6%...

  • id:HON2
    ウオッチの件数も多くて「注目の質問」にもリストアップされたのに、回答はオープンされることなく放置されてしまったので、コメントにコピーしました。(今後、放置されたらこの手でいこっと、、、、独言)

    個人の仇討ちなどの復讐禁止は明治六年二月七日の太政官布告第三十七号で出されています。
    それによると、他人を罰し、あるいは殺すことは国家の公権であり、私人は公権を犯すことはならん、というわけです。単に復讐が禁止されたわけじゃないんですね。

    復讐ヲ禁ス
    http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%BE%A9%E8%AE%90%E3%83%B2%E7%A6%81%E3%82%B9

    それにしても「借りを返す」「雪辱」「報復」そして「リベンジ」など、
    なんと日常語に「復讐」を意味する言葉が多いことか。
    一時はやった「自己救済」とは、それを実行すれば正に公権を犯す「復讐」に違いないはずです。
    ですから「自己救済」と「自己責任」が対になります。
  • id:umigitsune
    ごめんなさい!!!

    そして、回答して頂いた皆様ありがとうございました。

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