「いらっしゃませ」「ブルーマウンテンを」わたしが、この小さなコーヒー専門店でアルバイトをはじめて、そろそろ一年になる。「その人」はいつも決まった時間に、決まった席に座って、決まってブルーマウンテンを注文する。そうして、静かに茶色のあまり大きくない手帖に目を落とし、ときどき、窓の外を見て、ときどき、何かを書いている。申し訳なそうに置いてある、新聞にも、硬派な週刊誌にも一度も手を触れたこともない。そういえば、わたしと目を合わせたこともないような気がする。マスターとアルバイトの二人だけの小さな店で、無口なマスターに尋ねても、さあ、いつからだったかな、もうずいぶん昔のような気がするよ。ただ、覚えているのは、はじめて見えた日、あの日は、雨が降っていたんだよ。「創作はてな」です。よければ続きを考えてみてください。時間はたくさんあります。

回答の条件
  • 1人1回まで
  • 登録:2006/10/17 20:15:36
  • 終了:2006/10/18 19:01:38

ベストアンサー

id:komeke No.7

komeke回答回数193ベストアンサー獲得回数162006/10/18 14:15:51

ポイント40pt

その日、その人はいつものように、一杯のコーヒーをゆっくりと、時間をかけて、丁寧に飲んで帰っていきました。


お店はマスターと私の二人だけです。

ふとマスターが穏やかに語り始めました。


『あの日はね、冬の寒い日で、久しぶりに雨が降った日だからよく覚えているよ

雪になってもおかしくないほど寒い日だったからね


それまで暖を取っていたお客さんたちがみんな帰ってしまって

私もそろそろ店じまいをしようかと思っていた頃だったんだよ


あの方は黒いレインコートを着て、頭には黒い帽子、足元には黒い長靴をはいて、手にはたたんだ黒い傘を持って入って来られたんだ

全身黒づくめなもんだから、最初はびっくりしてねぇ

だけど、あの通り、帽子を脱いだらとても綺麗な白髪で、白い口ひげも綺麗に整えられているだろう?

私は見とれてしまってねぇ


そしてね、ゆっくりと店を見回すと、いつもの、あの窓際の隅の席に座られたんだよ

あの方の席はその頃からずっとあそこなんだよ


メニューをお渡ししようと思ってね、席に近づくと、

お渡しする前に、いつものようにブルーマウンテンを注文されたんだよ

私はいつものようにコーヒーをお入れして、お席にお持ちしたんだ

「ありがとう」とだけ言って、それから小1時間程時間を掛けて飲まれていたよ


気にいってもらえたのだろうか、次の日からあの方は毎日お越しになってねぇ

いつもの席にお座りになって、毎日ブルーマウンテンを飲まれていたよ

よほどブルーマウンテンがお好きなのかもしれないねぇ


いつのまにか、私もあの方が来られるまで店を開けておくようになってしまってねぇ

心のどこかでお越しになるのを待っていたのかもしれないね


それから1年は経ったかなぁ

いつもの時間を過ぎてもお越しにならない日があったんだよ

その日も随分と冷え込んだ日だったなぁ、外は雪が降っていたからねぇ

私はすごく心配したもんだよ

だけど、連絡先はおろか、名前も知らないし、私は待つことしか出来なかったんだよ

だから、私はずっと店を開けてあの方を待っていたんだ

きっと来られるって思っていたからね


いつもの時間を1時間程過ぎた頃だったよ

いつものようにゆっくりと入って来られたんだ


「いやあ、道に雪が積もっていて、用心して歩いていたらついこんな時間になってしまった。すまない。

見てのとおり足元がおぼつかなくてね。」


と、まるで私が待っていたのが分かっているかのようにそうおっしゃった

それが私があのお方と交わした唯一の言葉だよ


あんな雪の日でもいつものように来ていただけた事が、私は嬉しくなって、

その日はいつもより時間をかけてコーヒーを落としたのを覚えているよ


あの方はこの店を支えてくれていると言っても過言じゃないよ

あの方がああやって来て下さるから私は今も店をやることができているるんだよ

あの方が見えなくなるのが先か、私がくたばるのが先か、根くらべだよ

はっはっはっ』


マスターはそう言って笑った。

いつもより遥かに饒舌なマスターがなんだか嬉しくて、だけどどこか切なくて、私は笑顔を返すことしかできませんでした。

お店にとって、マスターにとって、特別なお客さんなのは間違いない。

だけど決してマスターは特別扱いなんかしていない。

それがこの店が愛される所以なのかもしれない。


私はマスターに言った。

「私にも、ブルーマウンテンを淹れてもらえますか?」

id:aoi_ringo

すてきですね。

実は、今回の「はてな」は永井荷風がモデルだったのでした。わかりましたか?

いつも素敵な作品をありがとうございます。これからもいい質問が出来るよう、「ブルーマウンテン」を飲みながら考えようと思います。

2006/10/18 18:57:53

その他の回答(7件)

id:peach-i No.1

peach-i回答回数4652ベストアンサー獲得回数932006/10/17 20:58:30

ポイント10pt

傘を持たないで居たその人は、急いでココに雨宿りした。

外で雨宿りしていたもんだから、私は、中へと誘った。

コーヒーを一杯。

そのときも何も語らず。

一枚の写真を握り締めていた。

雨に濡れて、ぐしゃぐしゃになった写真。

その日から決まって、ここに来るようになったのさ

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

2006/10/18 18:45:52
id:unison_com No.2

unison_com回答回数170ベストアンサー獲得回数22006/10/17 21:13:17

ポイント15pt

突然の雨だった。傘の持ち合わせもなく仕方がないので、たまたま目に留まった喫茶店らしき店に入った。店には陰気くさいマスターとこれまた愛想のかけらもないアルバイトらしき店員がいた。「メニューは?」というと「ブルーマウンテンだけです」という。ブルーマウンテンといわれても、もう一度店の外にでてみたが何の表示もない。しかも雨は一層強く降っているし、西の空も暗い。仕方なく「ブルーマウンテン一つ」とオーダーした。マスターが渋々という感じで、スプーンの摺りきりを削るように豆を計り、ミルに入れた。その瞬間、陰気な店内を和やかな雰囲気に変えるような芳香が立ち上った。マスターも少し微笑みながら、ミルで引いた粉をドリップに入れ、お湯を注ぎ珈琲を入れてくれた。それをアルバイトの店員が丁寧に受け皿付のカップに入れ、お盆にのせテーブルまで持ってきてくれた。

id:aoi_ringo

視点がユニークで楽しめました。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:46:54
id:taknt No.3

きゃづみぃ回答回数13539ベストアンサー獲得回数11982006/10/17 21:58:58

ポイント15pt

今日もこのコーヒーを飲みながら、いそいそとメモをする。

今度は、タクシーの話かとつぶやきながら

外をたまに ちら見し、思いをはせる。

どんな文章がいいのだろうか。

とびきりのネタをかましても、意味がわからないようだし

もっとわかりやすいネタにしないとダメなんだろうか。

あれから何年経ったのかは 覚えていない。

私は限られた時間内に好きなコーヒーを飲みながら

湧き出る空想を書き留めるのだ。

そうこのコーヒーを飲むと 湧き出してくるのだ。

不思議なことに。

私とこのコーヒーは相性がいいのかもしれないな。

いつぞやは、浮気して新しくできた喫茶店に行ってみた。

しかしなんだかしっくりこなかったのだ。

どういうわけかは わからない。

ブルーマウンテン。

頼むのはいつもこのコーヒーだ。

そりゃ家にいるときは、カフェオレとか飲んだりはするが

この喫茶店では ブルーマウンテンしか頼まない。

ふとウエーターがじっと私のほうを見ているのに気がついた。

いつもは 何も言わないのだが、ついこの時は、気分がよかったので

「なにか?」

と言ってしまった。

実を言うと人付き合いが下手なのだ。

言ってから しまった と後悔した。

ウエーターは「いつも何を書いてるんですか?」と話した。

私は「ああ、たわいもないことです」と答えた。

実際、たわいもないことなのだ。

今日は いい天気ですよねと 話をそらし 私は 立ち上がり

いつものように お金を渡して 「じゃ また」

と いつもは 言ったことがない言葉を 交わして

立ち去った。

あのお客さん、また来てくれるかな?ウエーターは ふとそう思った・・・。

id:aoi_ringo

わたしも実は外ではほとんど口を利けません。

いつもへんてこな質問につきあってくださり、本当に感謝しています。パソコンなら、しゃべらなくてもいいので・・。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:49:37
id:ElekiBrain No.4

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/10/17 22:00:17

ポイント20pt

「すみません、ご来店ありがとうございます。あの……あなたはいつもなにを書いているんですか?」

店のゆったりと流れる空気が止まった気がした。私は少し固まってしまったが、「その人」――シルクハットの男はゆっくりと顔を上げると細い目を大きく見開いた。今まで見たこともなかったその人の瞳孔は、くすんで視点が定まっていない。眼が不自由であることは要に想像できた。私はハッと息を飲んだ。しかし、悟られまいとして

「すみません、気になったものですから」

と、言葉ついでに取り繕った。しかし、男は意に介す様子もなく、

「私の眼のことなら気にしないでください」

と一言ささやくように言った。低音のダミ声、それもどこか別の世界から聞こえてくるような雰囲気の声だった。空気が振動するような、重低音のスピーカーの振動だけを切り取ったような、心地よい響きだった。

「眼が見えないと、いろいろなことが分かるのです。あなたが立っている位置、あなたの顔、それだけじゃない、いろいろな情景や風景、鼓動、木々の息吹、時には道ばたの石の呼吸まで」

そう言うと、ゆっくりとコーヒーカップを口元へともってゆき、静かにテーブルの上へと戻した。不思議なことに、男の喉も鳴らなければ、熱いコーヒーをすする音さえしなかった。しかし、コーヒーは確かに減っている。この店の空気は確かに静かだ。しかし、この男の空気はそれとは全く違う、ピンと張り詰めた湖面のような静けさなのだ。

「手帳はですね」

男は背もたれにゆったりと腰掛けた。

「ここから見える世界全ての行く末を書いているのです。例えば、さっき言ったこともそうですし、これから生まれる生命、その人の人生の岐路、ある巨大な国の衰亡、そして……人間の滅亡」

そういうとしばらく押し黙った。

コポコポというサイフォンの音とまるで線香の揺らめきのような細く、消え入りそうな空気に耐えきれず、私は思わず、

「あの、面白い話ですね。お仕事がお忙しいのに余計な話を聞いてしまったようで」

と言い、男に背を向けてテーブルを拭き始めた。

「いや、私は誇張も嘘も言っていないよ。例えば、ローマ帝国が滅びるのを見たことがある」

誇張とは思えなかった。この異様な存在感と静けさはどこから来るのか。私はただ、ごまかしたかっただけなのだ。そうでなくてはこの男の世界に飲み込まれてしまう、そう思った。

「君に言わなければならないことがある」

そういって、また沈黙した。私の体中から汗が噴き出る気がした。マスターは怪訝な顔つきで、「この世界」の外側から私たちを見ている。マスターには分からないのだろうか。この男から発する空気が。

「君のご両親に電話してみなさい」

そういうと男は音もなく立ち上がり、マスターに無造作に札を渡すと、お釣りも受け取らずに出て行ってしまった。

「いつもよりお早いお帰りだね」

マスターはそう言っていたが、いつもより早く帰った男のことを、まるでかみ合わない不協和音のように感じていた。予定通り、いつも通りにあの人は帰らなければならなかった。

それが、何かの拍子で狂ってしまった。背中に冷たいものが走った。それと同時に男が言ったことを思い出した。私は大急ぎで控え室に戻ると、携帯の電源を入れ、実家の番号を呼び出した。なかなか出てこない。焦る気持ちばかりが募る。呼び鈴が一分ほど鳴り続けた後、ガチャリという音とともに、繋がった。

「お母さん!? 家で何か起こってない?」

しかし、受話器に出た母親は特になにもない様子で、

「あら、おまえどうしたの? 久しぶりね、たまには顔をだしなさい」

と言った。私の体から力が抜けるとともに、安堵が広がり、その後いくつかの会話をした後、電話を切った。




 翌日、男は定刻通りにやってきた。そして、いつもの場所へ座り、いつものブルーマウンテンを注文すると、手帳を取り出した。きっとまた、今日もこのままだろう。

私は意を決して男へと近づくと、先日の件について切り出してみた。

「あの、先日心配になって実家へ電話してみたのですが、特になにもありませんでした。お客様にこういうことを言うのも気が引けますが、からかうのはおやめください」

私は少し怒っていた。何しろ、この雰囲気で、あの口調で、言うことときたら「実家へ電話してみろ」、では心配になるのも無理はない。

男はゆっくりとコーヒーを口元へ当てると、テーブルへと戻した。表情はいつもと変わらない。

「地上から、光が空へと登ってゆくのが見えるよ。綺麗な光だ。全てを覚悟して、別世界へと旅立つ光はいつ見ても、綺麗だ」

男はそう独りごちた。

「いい加減にしてください、わけのわからないことを!」

私はついに怒鳴ってしまった。それとほぼ同時であった。ポケットにしまっていた携帯が店内に鳴り響いた。

「失礼します」

男に背を向けると、私は携帯のボタンを押した。

「はい、もしもし」

背中が凍るような衝撃だった。開口一発、受話器の向こうの人物は言った。

「あなたのお母さんが今朝亡くなったそうよ」

すぐに振り向いた。受話器は手から滑り落ち、男を凝視することしかできなかった。

「君は」

しばらく天を仰ぎ見ると

「私のことを知ってしまった。そしてこの手帳のことも。予定は全て順調だったのに……しかし、君が私を知ることもまた予定だったです」

まだ、入店間もない男はカウンターに札をおいてゆくと、入り口で立ち止まった。

「ここのコーヒー、まるで生き返るかのようです」

そういうと、会釈して音もなく店を後にした。男がほとんど飲んだ形跡のないはずの、コーヒーカップの中身は空になっていた。


「まるで、生き返るかのようです」

id:aoi_ringo

すごく不思議な話でした。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:53:01
id:ragabi No.5

Ayukawa回答回数353ベストアンサー獲得回数112006/10/17 22:30:53

ポイント10pt

 「その日は秋になって初めて冷え込んだ日で、あの人は厚手のジャケットを着ていたね」

 マスターは白い眉毛が覆い隠している目をさらに細め、記憶を辿るように話出した。

 「霧雨だったので傘もささずに店に入ってきて、ジャケットの肩は濡れていたよ。タオルを差し出した私に、ありがとう、と。そういえば、それが初めて聞いたあの人の言葉だったかな」

 マスターは私の方を見て、内緒話をするように声をひそめて続けた。

 「それ以降は、毎回「ブルーマウンテン」と「ごちそうさま」だけしか聞かないな……」

 内緒話はそれで終わり、わたしは棚の整理を始め、マスターは裏へ行ってしまった。

 1時間後……

 あの人は立ち上がり、テーブルの上に800円を置く。

 そして、

「ごちそうさま」

 店を後にした。

id:aoi_ringo

静かな余韻ですね。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:53:57
id:jyouseki No.6

jyouseki回答回数5251ベストアンサー獲得回数382006/10/18 11:57:07

ポイント15pt

後日、「その人」を意外な場所で見かけた。

私が友人と隣町の喫茶店に初めて入ったときだった。

彼はその店の店員だった。

私は何と声を掛けていいかわからずに、気付かないフリをした。

その空気を彼は察したのか、普通の客として接してくれた。


今までの謎が全て解けた。

いつも決まった時間に来るのは彼の休息時間で、そして、あえていつも同じコーヒーを頼み、気付いたことを手帖に書いていたのだ。

彼はきっと微妙な味の「違いがわかる男」だろう。


http://www.asahi-net.or.jp/~az4m-knst/essay_bucknumber/essay48.h...

id:aoi_ringo

おかしかったです。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:54:39
id:komeke No.7

komeke回答回数193ベストアンサー獲得回数162006/10/18 14:15:51ここでベストアンサー

ポイント40pt

その日、その人はいつものように、一杯のコーヒーをゆっくりと、時間をかけて、丁寧に飲んで帰っていきました。


お店はマスターと私の二人だけです。

ふとマスターが穏やかに語り始めました。


『あの日はね、冬の寒い日で、久しぶりに雨が降った日だからよく覚えているよ

雪になってもおかしくないほど寒い日だったからね


それまで暖を取っていたお客さんたちがみんな帰ってしまって

私もそろそろ店じまいをしようかと思っていた頃だったんだよ


あの方は黒いレインコートを着て、頭には黒い帽子、足元には黒い長靴をはいて、手にはたたんだ黒い傘を持って入って来られたんだ

全身黒づくめなもんだから、最初はびっくりしてねぇ

だけど、あの通り、帽子を脱いだらとても綺麗な白髪で、白い口ひげも綺麗に整えられているだろう?

私は見とれてしまってねぇ


そしてね、ゆっくりと店を見回すと、いつもの、あの窓際の隅の席に座られたんだよ

あの方の席はその頃からずっとあそこなんだよ


メニューをお渡ししようと思ってね、席に近づくと、

お渡しする前に、いつものようにブルーマウンテンを注文されたんだよ

私はいつものようにコーヒーをお入れして、お席にお持ちしたんだ

「ありがとう」とだけ言って、それから小1時間程時間を掛けて飲まれていたよ


気にいってもらえたのだろうか、次の日からあの方は毎日お越しになってねぇ

いつもの席にお座りになって、毎日ブルーマウンテンを飲まれていたよ

よほどブルーマウンテンがお好きなのかもしれないねぇ


いつのまにか、私もあの方が来られるまで店を開けておくようになってしまってねぇ

心のどこかでお越しになるのを待っていたのかもしれないね


それから1年は経ったかなぁ

いつもの時間を過ぎてもお越しにならない日があったんだよ

その日も随分と冷え込んだ日だったなぁ、外は雪が降っていたからねぇ

私はすごく心配したもんだよ

だけど、連絡先はおろか、名前も知らないし、私は待つことしか出来なかったんだよ

だから、私はずっと店を開けてあの方を待っていたんだ

きっと来られるって思っていたからね


いつもの時間を1時間程過ぎた頃だったよ

いつものようにゆっくりと入って来られたんだ


「いやあ、道に雪が積もっていて、用心して歩いていたらついこんな時間になってしまった。すまない。

見てのとおり足元がおぼつかなくてね。」


と、まるで私が待っていたのが分かっているかのようにそうおっしゃった

それが私があのお方と交わした唯一の言葉だよ


あんな雪の日でもいつものように来ていただけた事が、私は嬉しくなって、

その日はいつもより時間をかけてコーヒーを落としたのを覚えているよ


あの方はこの店を支えてくれていると言っても過言じゃないよ

あの方がああやって来て下さるから私は今も店をやることができているるんだよ

あの方が見えなくなるのが先か、私がくたばるのが先か、根くらべだよ

はっはっはっ』


マスターはそう言って笑った。

いつもより遥かに饒舌なマスターがなんだか嬉しくて、だけどどこか切なくて、私は笑顔を返すことしかできませんでした。

お店にとって、マスターにとって、特別なお客さんなのは間違いない。

だけど決してマスターは特別扱いなんかしていない。

それがこの店が愛される所以なのかもしれない。


私はマスターに言った。

「私にも、ブルーマウンテンを淹れてもらえますか?」

id:aoi_ringo

すてきですね。

実は、今回の「はてな」は永井荷風がモデルだったのでした。わかりましたか?

いつも素敵な作品をありがとうございます。これからもいい質問が出来るよう、「ブルーマウンテン」を飲みながら考えようと思います。

2006/10/18 18:57:53
id:TomCat No.8

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152006/10/18 15:55:01

ポイント40pt

それから数日後、マスターはぽつりと、「今日あたり・・・・だったかな」とつぶやいた。

 

外は雨。かなりの雨足になっていた。外に人影は少なく、歩道を通る人は皆、少しでも早くこの雨から逃れたいというように、ただ足早に通り過ぎていく。

 

店のテーブルは全てがら空き。さすがにこんな日には、「その人」の姿もない。

 

マスターが大事そうに、店の奥から大きなアナログレコードのジャケットを取り出してきた。真っ黒な円盤がカウンターの隅に置かれたターンテーブルにセットされると、静かにモーツアルトが流れ出してきた。

 

へえぇぇぇ。あのプレーヤー、飾りじゃなかったんだ。私は少し驚いた。店の中が、アナログ特有の柔らかな音色に包まれた。外は雨。雨足は、さらに強まっているようだった。

 

誰もお客のいない店。私は早々に売り上げの集計でもしてしまおうかと、レジに立った。ふと窓の外に視線を移すと・・・・。

 

激しい雨の中に「その人」の姿があった。足元には、花束が置かれている。

 

「マスター!!」

 

私は思わず、大きな声を出してしまった。無口なマスターは一言、そういうことなんだよ、とつぶやいた。そして、さあ、今日はとっておきのトラジャを淹れるか、と豆を計って挽きだした。

 

それから一時間くらいして、「その人」が店に入ってきた。私はマスターに言われるまま、オーダーも取らずに、香り高いトラジャのカップを「その人」の席に運んだ。

 

「その人」は、いとおしむようにカップから立ちのぼる香りを確かめると、静かにひとすじ、涙を流した。私が見たのは、ただそれだけ。

 

*     *     *

 

きっと何年か前のあの席には、愛し合う二人の微笑ましい姿があったに違いない。そして「その人」はブルーマウンテン、向かいの誰かはトラジャのカップを手に、モーツアルトの流れる店内で、二人の未来でも語り合っていたに違いない。

 

男が手帳を取り出す。女が、やだー、またお仕事のこと? 私といる時くらい、私のことだけ考えてよ、なんてちょっと口をとがらす。

 

男は言う。だってもうすぐ僕らは一つの家を持つんじゃないか、仕事、頑張らないとさ、なんて決まり悪そうに笑って答える。

 

いいわ、なら私もお仕事しようかな、ほら、あなたとお揃いの手帳、買ってみたのよ、なんて女が茶色の手帳を取り出して見せる。

 

『あ、それは!!』『うふふ、同じの探すの、苦労しちゃった』、なんてまた楽しい語らいが始まる。いや、これは私の想像の世界の話し。本当のところはわからない。

 

「その人」は、いつまでもトラジャのカップを両手で包み込むように持ちながら、雨の歩道を眺め続けていた。

id:aoi_ringo

なるほど。

こういう過去があったんですね。素敵でした。

ありがとうございました。

2006/10/18 18:59:42
  • id:komeke
    永井荷風という人は高校時代の授業かなんかで聞いた事がある気がしますが、作品とか、詳しい事は知りませんです・・・。
    確か、詩人ですよね?(違ったらゴメンナサイ)文学には疎いもので・・・。
    いつも素敵な質問をありがとうございます♪
  • id:aoi_ringo
    いつもありがとうございます。
    厳密には永井荷風は作家であり、そして、「断腸亭日乗」という日記が有名です。もし高校時代の国語便覧(図説)などまだお持ちでしたら、良かったらご覧ください。
    わたしは、「ぼく東綺譚」(ぼくの字がでません・・)が好きです。映画にもなりました。とても変わり者でしたが、すてきな老人です。
    質問はこれからもよく練って書きたいと思いますので、よろしければおつきあいください。ありがとうございました。

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません