わたしは、青年の頃、恩師の紹介でこのちいさな町の大学に、文学を教えるために赴任した。ちいさいけれど、キリストの教えを守る家族的なこの大学で、わたしはいろいろな講義をしてきた。あのコたちももう母になり、そして、わたしももうずいぶん歳を取ってしまった。明日、わたしは、大学を去る。理事長に申し出たら、学長とふたりで翻意するよう説得されたが、わたしにはやりたいことがある。やらなくてはならないことがあるのだ。明日が最終講義。大学は学生に告知しようと提案してくれたが、丁寧に断った。わたしは、大教室でマイクを使った講義など似合わない。いつものちいさな教室でほんとうに文学が好きな生徒に語りたいと思う。花束なんてもらったら、泣いてしまうだろう。だから、学生にも伝えていない。わたしが去った後、一枚の紙切れが掲示板に貼られたらそれでいいと思っている。夜も更けてきた。明日の講義の内容が少しずつ頭の中に浮かぶ。

「創作はてな」です。もしよかったら、続きを考えてみてください。

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  • 登録:2006/10/20 06:54:23
  • 終了:2006/10/20 21:12:05

ベストアンサー

id:komeke No.5

komeke回答回数193ベストアンサー獲得回数162006/10/20 17:41:46

ポイント50pt

明日もいつもどおりの教室でいつもどおりの生徒たちにいつもどおりの講義をしよう。

そう考えていると、生徒一人一人の顔が次々と浮かんくる。

みんなわたしの授業を熱心に聞いてくれていたコたちだったなぁ。


随分と長いことこの大学に留まっていたことを思い出す。

赴任してすぐの頃は、まだ生徒もわたしも慣れなくて、いろいろ戸惑いもあった。

私のようなタイプの講師がいなかったせいか、最初はさして文学に興味もないのに、

単位目当てで出席する学生も多かったように思う。


しかしわたしにできることは文学の世界の素晴らしさを生徒に伝えることだけだ。

そう思ってわたしなりに講義を続けてきたつもりだ。

最初は単位目当ての学生も徐々に文学に興味を持ち始め、

しまいにはわたしの講義はほんとうに文学好きの生徒ばかりになったなぁ。


わたしが教えられる事はもう全て教えた。

わたしはどことなく達成感を感じていた。

わたしはこの大学が好きだ。生徒たちも好きだ。

正直言って去り難い気もしている。


だけど、わたしはこの大学で人生を終えるわけにはいかないのだ。

もう一つ、やり残している事があるのだ。




まだ若かった頃だ。

旅行好きだったわたしと妻は暇を見つけては年に2~3回、旅行に行った。

旅といってもわたしのささやかな給料では国内旅行が精一杯だったのだが、

それでもわたしたちには充分だった。


数々の見知らぬ土地を訪ね、美しい景色に心奪われ、初めて口にするその土地の馳走に感動した。

その中には季節を変えて二度、三度と訪れる土地もあった。

そして妻は決まってこう言った。


「お互い歳を取って、時間がゆっくり流れる季節になったら、また来ましょうね。

その時には今とは違った景色がきっと見れると思いますよ。」


妻が病に倒れてからは、以前のように旅行に行くことは叶わなかったが、

わたしたちはいつも思い出の中で旅をしていた。

どの場所も色褪せることなく、まるで昨日の事のように思い出すことが出来たのだ。


10年前に妻に先立たれ、一人となってからはそれは益々鮮明に思い出された。


わたしは決めていた。ずっと前から。

いや、最初からずっとだ。


妻と妻の思い出と供に旅をするのだ。

妻の行きたかった場所へ連れて行ってやろう。

約束を果たしてやろう。


あの日と同じ場所に立てばきっと妻の笑いが聞こえてくるだろう。

きっと妻の笑顔が見えるだろう。


そんなことを考えているとふと妻のぬくもりを感じたような気がした。

右肩があたたかいような感じなのだ。


そういえば、あの頃、今日のように、わたしが更けゆく夜に、考え事をしているとき

決まって妻はそっとやさしくわたしの右肩に手を置いて、

「あなた。まだお休みにならないの。」と言っていたな。


わたしはゆっくりと立ち上がり、部屋の灯りを落とした。

id:aoi_ringo

参っちゃいます・・、この文章。

とても好きなんです。この雰囲気。

ありがとうございました。

2006/10/20 21:10:41

その他の回答(4件)

id:aiguo No.1

aiguo回答回数242ベストアンサー獲得回数32006/10/20 08:43:48

ポイント20pt

いつもの教室に立つ。学生たちの顔を見渡す。知的好奇心にあふれた、明るいキラキラした目。おっと、中にはバイトで疲れたのか、半分目が閉じて居寝りしている学生も。今日が最後の授業になるなんて夢にも思わないのだろう。見慣れたこの風景、このコたち、今日で最後だと思うと何だかいとおしい。

id:aoi_ringo

淡々としていますが、いいと思います。

ありがとうございました。

2006/10/20 21:02:20
id:sun5sun No.2

sun5sun回答回数358ベストアンサー獲得回数72006/10/20 10:42:13

ポイント20pt

当日の講義も難なく終わった。

私はいつもの教室をいつものように去ろうとした。

さよならとも言わず、後にする教室。

そのとき、生徒が叫んだ。

「ありがとう」

私は振り返る。

生徒は花束を皆持っていた。

私は驚いた。同時に涙が溢れた。

「ずっとココロの中に居ます」

彼らの言葉で私は、先生になって本当によかったと実感した。

何故彼らが去ることを知っていたのかは未だ解らない。

しかし、私は、ココに居たことを一生忘れない。

私にとっても彼らにとっても、出来事はココロ深く刻まれる。

消えることのないモノ。

id:aoi_ringo

分かります。この気持ち。

ありがとうございました。

2006/10/20 21:03:27
id:jyouseki No.3

jyouseki回答回数5251ベストアンサー獲得回数382006/10/20 11:06:07

ポイント20pt

明日、最後の授業で、私が伝えたいことの本質はたった一つしかない。

「全ての人間は神の子であり、キリストが特別な存在なのではない」

ということである。

キリストを神格化することは、それだけで人を平等と考えていないということだ。

全ての人類は同じ神の子であり平等であるという本質に基づいて宗教が普及すればあらゆる争いごとはなくなる。

理想論に過ぎないと言われるかもしれない。

それでもいい。

人間は最終的に理想の世界を築くという試練を神に与えられて創造された存在である。

今はまだ発展途上の過程の段階にあるため、現実がかけ離れているのは当然のことだ。

無理をして理想を求めず、現実を受け入れながらなすべきことを考えること、これこそが現代の人々が必要としていることだ。


私が長年の経験で得た大切な宝を、より多くの人々に伝えるために、書籍を残さなくてはならない。

名声などはいらないから、仮名で1冊のみの出版とする。

どこの出版社も相手にしてくれなかったら、自分で印刷して配布すればよい。

残された短い余生の中で、精一杯のことをしてから神の元へと帰りたいと思う。

id:aoi_ringo

キリスト系の学園をふまえてくださいました。

ありがとうございました。

2006/10/20 21:04:57
id:TomCat No.4

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152006/10/20 13:43:23

ポイント40pt

明日私は、今の単元のまとめをそつなくこなす。そして、おや、今日は珍しく時間が余るな、などと時計を見る仕草をしてから、小さな教室の黒板に、こんな字を書く。

 

God grant me the serenity to accept the things I cannot change,

the courage to change the things I can,

and the wisdom to know the difference.

 

「私は、この小さな教室が大好きなんだ。ほら、まるでアメリカの古いテレビドラマに出てくる、小さな村の教会みたいだろう?

 

さて、1943年。まだ日本が戦争をしていた時だ。昭和で言うと18年。イタリアでムッソリーニが失脚して、その後を受けたピエトロ・バドリオが無条件降伏をした年にあたる。

 

そんな年の夏、アメリカ、マサチューセッツ州西部の山村の小さな教会で、一人の牧師が祈ったのが、この言葉だった。

 

誰か、これを訳してくれないか」

 

『えーと、神よ、変えられないものを冷静に受け容れる恵みを、

変えられるものを変える勇気を、

そしてその二つを見分ける知恵を・・・・』

 

「Good!! あはは。英語の授業じゃなかったね。ラインホールド・ニーバーという牧師のこの祈りは、礼拝の後、ハワード・チャンドラー・ロビンズという人に伝えられた。この人は色々な祈りの言葉を集めた小冊子を作っていてね。ロビンズはそれを自分の作っていた本の中に入れて発行したんだ。

 

やがてこの祈りはカードとなって、戦場の兵士たちに配られた。戦争が終わると、今度はアルコール依存症と戦う人々の目にとまって、断酒会の合い言葉にもなっていった。

 

さて、ここで私が言いたいことは、まず宿命を受け入れる勇気だ。人間、生きていれば辛いこともある。悲しいこともある。でも、それをあるがままに受け入れられる勇気。それをみんなに持ってもらいたいんだ。

 

どうあがいても、もがいても、変えられないものはある。たとえば人は老いる。これはどうあがいても、変えられない。君たちはまだ若い。明日は今日よりも瑞々しく新鮮に成長する。しかし私はもう、よぼよぼだ。明日は今日より確実に老いていく。でも私はそれを恐れない。老いていく明日を恐れて生きるより、それを冷静に受け入れていく方が、どんなに明日を生きる喜びを大きくしてくれるか分からないからだ。

 

そしてもう一つ。変えられるものを変えていく勇気。これをみんなに持ってほしいんだ。たとえば今日、うん、そこの君だ。君はやっと一区切り付いた私の授業だが、その単位を落としてしまう。君は嘆く。どうしよう、この単位を落としたら私は留年だ。ああ、社会に出るのが一歩遅れる。目指していた夢が閉ざされてしまうかもしれない。ああ、私はその運命をあるがままに受け入れよう・・・・。

 

違う。君はここで必死に運命と向き合う。担当教官に食らいつく。もう一度、もう一度チャンスをください、と。すると君は自分の力で違う運命を掴み取れるかもしれないんだ。どうだい、君、食らいついてくるかい?

 

あはは。よしよし。君の単位は保証する。

 

変えられないものをあるがままに、静かに受け入れていく勇気。変えていけるものを、情熱をもって変えていく勇気。そして、何が変えられないもので、何が変えられるものなのかを見極める知恵。これが神の恵みなんだ。

 

さあ、君たちが受け入れるべきものは何だろう。そして変えていくべきは何だろう。それは人それぞれに違うだろう。でも何かに迷った時、何かにつまずいた時、この祈りを思い出してほしい。

 

God grant me the serenity to accept the things I cannot change,

the courage to change the things I can,

and the wisdom to know the difference.」

 

・・・・。

そして私は静かに教壇を去る。これが私の受け入れるべき運命だ。しかし、私にもひとつだけ、変えていくべきものがある。それは、私の人生。

 

私は若き日に恋をした。そしてそれに破れ、今日まで独身を通してきた。しかし、そんな私をずっと支え続けてくれた人がいた。その人は、私と同じ文学部の教官室にいる。明日、そこを去る前に、私は彼女に花束を贈る。彼女からお別れの花をもらうんじゃない。私から贈るんだ。そして言ってみる。結婚してください・・・・と。

 

さあ、私の青春は、今ここから始まる。

id:aoi_ringo

今回も最後があれれ、と思ってしまいましたが、とても深い学識を感じました。すごいなあ・・と思いました。まるで、わたしが講義を受けてる気分になりました。

いつもありがとうございます。

2006/10/20 21:08:13
id:komeke No.5

komeke回答回数193ベストアンサー獲得回数162006/10/20 17:41:46ここでベストアンサー

ポイント50pt

明日もいつもどおりの教室でいつもどおりの生徒たちにいつもどおりの講義をしよう。

そう考えていると、生徒一人一人の顔が次々と浮かんくる。

みんなわたしの授業を熱心に聞いてくれていたコたちだったなぁ。


随分と長いことこの大学に留まっていたことを思い出す。

赴任してすぐの頃は、まだ生徒もわたしも慣れなくて、いろいろ戸惑いもあった。

私のようなタイプの講師がいなかったせいか、最初はさして文学に興味もないのに、

単位目当てで出席する学生も多かったように思う。


しかしわたしにできることは文学の世界の素晴らしさを生徒に伝えることだけだ。

そう思ってわたしなりに講義を続けてきたつもりだ。

最初は単位目当ての学生も徐々に文学に興味を持ち始め、

しまいにはわたしの講義はほんとうに文学好きの生徒ばかりになったなぁ。


わたしが教えられる事はもう全て教えた。

わたしはどことなく達成感を感じていた。

わたしはこの大学が好きだ。生徒たちも好きだ。

正直言って去り難い気もしている。


だけど、わたしはこの大学で人生を終えるわけにはいかないのだ。

もう一つ、やり残している事があるのだ。




まだ若かった頃だ。

旅行好きだったわたしと妻は暇を見つけては年に2~3回、旅行に行った。

旅といってもわたしのささやかな給料では国内旅行が精一杯だったのだが、

それでもわたしたちには充分だった。


数々の見知らぬ土地を訪ね、美しい景色に心奪われ、初めて口にするその土地の馳走に感動した。

その中には季節を変えて二度、三度と訪れる土地もあった。

そして妻は決まってこう言った。


「お互い歳を取って、時間がゆっくり流れる季節になったら、また来ましょうね。

その時には今とは違った景色がきっと見れると思いますよ。」


妻が病に倒れてからは、以前のように旅行に行くことは叶わなかったが、

わたしたちはいつも思い出の中で旅をしていた。

どの場所も色褪せることなく、まるで昨日の事のように思い出すことが出来たのだ。


10年前に妻に先立たれ、一人となってからはそれは益々鮮明に思い出された。


わたしは決めていた。ずっと前から。

いや、最初からずっとだ。


妻と妻の思い出と供に旅をするのだ。

妻の行きたかった場所へ連れて行ってやろう。

約束を果たしてやろう。


あの日と同じ場所に立てばきっと妻の笑いが聞こえてくるだろう。

きっと妻の笑顔が見えるだろう。


そんなことを考えているとふと妻のぬくもりを感じたような気がした。

右肩があたたかいような感じなのだ。


そういえば、あの頃、今日のように、わたしが更けゆく夜に、考え事をしているとき

決まって妻はそっとやさしくわたしの右肩に手を置いて、

「あなた。まだお休みにならないの。」と言っていたな。


わたしはゆっくりと立ち上がり、部屋の灯りを落とした。

id:aoi_ringo

参っちゃいます・・、この文章。

とても好きなんです。この雰囲気。

ありがとうございました。

2006/10/20 21:10:41
  • id:ElekiBrain
    ElekiBrain 2006/10/21 01:07:09
    終わってしまったようですが、書いた内容は一応投稿しておきます。

    ---------------------------------------------------------------

     教卓に立つ老教師を、生徒と達が極めて行儀の良い姿勢で見守っている。とても模範的で、世間がこの光景を見たら、きっとまだまだ教育現場も捨てたもんじゃない、などと言うだろう。外からは柔らかな陽光が差し込み、閑散とした印象の教室を暖かく照らす。
     老教師は大きく息を吸い込み、
    「今日の講義は私の独り言だ」
     そう言った。
     そして、おもむろに生徒の間の通路を散歩でもするように歩き始めた。
    「君たちは、今よりも大人になったとき時、いろんなことを経験するでしょう。ここで学んだことも、ここで培った概念も役に立たないかも知れない。ですが、聞いて欲しい。人生は矛盾だらけだ。キリスト愛を説いて処刑された。キリスト教徒は弾圧の歴史を歩いてきた。そして、長い歴史の中、教理だけが残り、真の教えは闇の中です」
     老教師はなおも歩くことはやめなかった。白い髭をゆらゆらとそよがせながら、ゆっくりと生徒の顔を見ながら老教師は歩いた。窓から差し込む陽光が、赤いベストからフワッと飛ぶ繊維を中空へと映し出した。
     保守的なこの学校に、それも伝統的な教えを子供の頃から守る子供達に、こんなことを言えばきっと反発を食らうだろう、と老教師は思った。しかし、そんなことは全くなく、相変わらず生徒は行儀良く話を聞いている。
    「つまりだ、形だけを学んでも何の意味はない。“汝姦淫するなかれ”キリストは言う。だが、私はね、一度や二度は過ちがあってもいいと思っているのだよ」
     どよめきが起こった。さすがにこの発言は効いたらしい。老教師は心の底でにやりとしながら歩き続ける。
    「人間はね、単純じゃない。私の教えも、キリストの教えも、東洋のブッダの教えも、特に勉強する必要はありません」
     耐えかねたのか、一人の生徒が挙手した。
    「どうぞ」
    老教師はその生徒に発言を許すと、また静かに歩き始めた。
    「先生、今まで先生の言うことはとても理論的、かつ倫理的で、素晴らしいものだと感じていました、ですが、今日の先生のお言葉は全く納得できません。天なる父が全ての真理であり、その父の子たるキリスト様は真理を体現するお方のはず。真理である以上、私たちがその教えに従うのは自明の理ではありませんか」
     老教師は聞いているのか、聞いていないのかさっぱり分からない様子で髭をいじりながら、席の最後部を巡回し、再び別の通路から教卓の方へと向かい、途中窓から見えるグランドのほうを見ながら眼を細めた。
    「では、天なる父とは?」
     間髪入れず先ほどの生徒が答える。
    「愛です」
    「ならば、仏陀はなんですか」
    「はい? ……失礼ながら、学んだこともございませんし、我々の教えとは違うことを説いていらっしゃるようですので、学ぶ機会もありませんでした」
    「では、なぜ人々は生き、そして死に、争いを起こし、悩むのですか」
    「それは、天なる父が与えられる大いなる愛情に人々が気がつかない為です。彼らにも救われる機会が残されています」
    「それと同じことを仏教徒が言ったら君はどうします?」
    「失礼ながら、先生はいつから改宗されたのですか」
    「私は改宗したつもりはありませんよ」
     しばらく静寂があたりを包んだ。さすがに教卓に向かってじっと前を向いていた生徒達も少しばかりうろたえてきょろきょろとし始めた。
    「先生、それではお答えします、仏教徒が同じことを言えば、私は天なる父の傘下として彼らを認めるでしょう」
    「そうですか。それならば彼らもきっと悟りの行を遂行する者としてあなたを歓迎するでしょう」
    明らかに発言していた生徒の顔が歪んだ。それと同時に教室に小さなどよめきが起こった。
    「静かにしなさい」
    老教師が諭すと、しばらくして生徒は沈黙した。
    「君は実に優秀な生徒だ。理解も早い。論理的な考え方もちゃんとできる。ですが、それが問題です――」
     再び老教師は教卓へと向かって“散歩”を始めた。
    「私はあらゆる教えは無駄じゃないか、そう思っているのです。例えば、天なる父は、何を作った?」
     再び同じ生徒がそれに答える。
    「天なる父はまず天と地をつくり――やがてアダムと――」
     聖書通りの創世神話が語られ、老教授が机に戻る頃には生徒の発言は終わっていた。
    「テストならば100点ですね。天なる父が作った世界ならば、なぜかくも世界は分かたれているのですか。それは、教理で説明することはいくらでもできます。ですが、天なる父はすぐさまこの地上を楽園にするべきだったのではありませんか?」
     すぐさま反論がきた。
    「それは試練として捉えています」
    老教師は困ったな、という表情をし、教卓の下に置かれている椅子を引いて腰掛けた。
    「試練ですか。それならば、試練を受け続けなさい。きっと分かることがあるはずです」
    そうして、沈黙の中で時は過ぎ、最後の講義は終わった。




     老教師は小さな、暖炉のある自室でうたた寝をしていた。パチパチと木のはじける音が心地よい。外では音もなく雪が降り始めていた。真っ暗な景色をかろうじて暖炉の明かりが薄ぼんやりと照らし出している。老教師がとても良い心地でフカフカのソファに腰掛けていると、しばらくして玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。せっかくの居心地の良いひとときを邪魔され、老教師はしかめっ面のまま近くにある木製の丸テーブルから老眼鏡をおぼつかない手で探し当て、のそのそと玄関へと向かった。来訪者はよほどせっかちなのか、廊下を通り過ぎて玄関に着いた直後に、再度強くノックする音が聞こえてきた。
    「はいはい、なんですか」
     そう言いながら老人は玄関を開ける。扉のきしむ音と共に、玄関の扉がゆっくりと開いた。そこにはよく見慣れた顔があった。
    「ああ君ですか」
     そこには昼間の生徒が立っていた。頭の縞柄のニット帽には雪が降り積もっている。老教師はそれを丁寧に払ってやると、生徒は飛び散る雪の粉に眼を細めた。
    「まあ、上がりなさい」
     ぺたぺたと濡れた靴下を引きずるように生徒は老教師の後をついて行く。
     やがて、先ほどの暖炉の部屋に生徒を招くと、老教師は靴下を暖炉で乾かすように言い、再びソファへと腰掛けた。生徒もそれに続いて腰掛ける。
    「どうだね、酒でも飲むかね。君ももう大人だ」
     老教師は椅子の傍にあった丸テーブルからウィスキーらしき瓶を取り出すと、ポン、と蓋を外した。酒臭い臭いが辺りに充満した。その臭いに思わず生徒は顔を歪めた。
    「先生、神の子たる我々が祝い事でもないのに飲酒など」
     生徒にとって、初めて嗅ぐ臭いのようだった。
    「まあ、堅いことは言いっこなしです」
    老教師は丸テーブルから上品なグラスを取ってくると、なみなみとウィスキーを注いだ。
     生徒はあからさまにあきれ顔だ。
    「今日はですね、先生に今日の講義の答えをお聞きしたいと思いまして」
     そんな話はよそに、老教師は満面の笑みでグラスを傾けている。
    「こいつがうまくてね」
    「先生!」
     生徒が声を荒らげた。しかし、それでも老教師はよろしくやっている。生徒はため息をついて、窓の外に降り注ぐ雪をぼんやり眺めるしかなかった。暖炉の明かりがほの暗い部屋を橙に染めている。
    「答えなどないよ」
    突然、老教師が静寂を破った。しばし、両者は押し黙ったままだった。
    「私はね、若い頃世界を沢山旅しました。恩師のおかげで今の私はあります。だけども、私にとってキリストも、仏陀も、時には恩師さえ全てではないのです」
    「それは先生にとっての話ですよね」
    「違います。君にとってもそうです」
    生徒の口から大きなため息が出た。体全身から、と言っても差し支えないような落胆。
    「なぜそのような訳の分からない話をなさるんですか」
    「ことは単純ですよ」
     らちがあかなかった。生徒はいそいそとまだ乾いていない靴下をせわしない様子で履くと、老教師に背を向けた。
    「君にお願いしたいことがあるんだ。私に代わって、日本へ行ってくれないか」
    「なぜそんなことを」
     生徒はもうあきれるやら、腹が立つやらで、ぶっきらぼうな返事を返すしかなかった。
    「実はね、私はもう引退するのだよ。そこで、君に今回の講義の謎を解いてもらいたくてね」
     生徒の顔つきが変わった。“引退”その二文字が生徒の脳裏にこだました。怒りをあらわにした顔立ちは不安な表情へと変化し、やがて悲しみの表情へと変化するのにそう時間は要さなかった。




     数年後、老教師、いや今はもう、ただの老人となった元老教師の家へ、一通の手紙が届いた。老人はそれを手に取り、暖炉のある部屋へ入り、カーテンを静かに開いた。まるで、あの時を思い起こさせるような、暖かな日差しが降り注いでいる。小鳥がさえずり、雪はもうない。あのときと違って、季節は春なのだ。過ぎゆく時間を思い起こしながら、老人は窓際からいつものソファへと向かい、腰掛けた。
     そして、手紙を慎重に開いてゆく。そこにはこう書かれていた。


    “――親しい先生へ
    先生、日本は不思議な国です。仏教徒なのに誰も仏教を信じていません。彼らの多くは無神論者ですが、とても平和で暖かい人たちです。いったいどうしてこんな国が地上に存在しているのでしょう。天なる父の教えがなくても、人は生きてゆけるのですね。

    追伸:お酒も飲めるようになりました”


    手紙を静かに閉じ、老人は天井を眺めながら、こう独り言をつぶやいた。
    「だけど、あなたよりも私は先にゆきますよ。なにせ、私は恩師を堂々と裏切って、自由な思想を求めて思索の旅に出るのですから。私はもう、どの一派でもない」
     いつもより威勢良くソファから立ち上がると、老人は窓を開け、大きな深呼吸をした。
    「あの若かりし日のように」

    -----------------------------------------------------------




    ※生徒の性別はあえて読み手の想像に任せるため明記していません。これは、前々回のコーヒー専門店の主人公もそうです。そして、最後までこの話の舞台は明記していません。日本という単語を目立たせるためです。アメリカかも知れませんし、ヨーロッパかも知れません。
  • id:aoi_ringo
    いつも、はやく締め切り申し訳ありません。
    追伸で書いて頂いた、設定のぼかし方は、実は、わたしはとても好きです。質問もなるべく、どちらにも取れような(どうしても女性の視点にたちますが)設定を心がけています。
    ありがとうございました。
  • id:aoi_ringo
    わずかですが、30ポイント送信いたします。この老教授のことばをかみしめながら、何度も読み返しました。ありがとうございました。
  • id:ElekiBrain
    ElekiBrain 2006/10/21 06:50:55
    おはようございます。どうにも内容が説教臭くなってしまった感があり、恐縮です。
    文章も書き終えた後で表現が足りないな、と感じたり、情景描写がいまいちだな、と感じたり、もう少しひねるべきか、と考えたり、色々悩みます。ですが、時間内に今出せる最大限のスキルを用いて書こむのは楽しいです。こちらこそありがとうございます。楽しく回答させていただいています。

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