「ほんとにありがとね」その人はわたしに言う。残念ながら、「わたしがむすめ」だということはもう分からないらしい。何度も何度も頭をさげる。「本当にどこのどなたか知りませんが、ありがたいことで」「いえいえ、仕事ですから」その人の中では、わたしは、ヘルパーさんということになっている。「あんたも、おかあさん、いらはるんか」何度も質問された。「え、ええ。田舎で元気に暮らしています」「そっか、そりゃええ、わしみたいにならんうちに孝行しなはれや」「そうですね、山岡さん」。わたしは、わたしの旧姓を呼ぶ。「じゃあ、また来週きますね」「おおきにな。あんたの親御さんにもよろしゅうな」。わたしは、帰りの軽自動車の中でいつも涙が止まらない。「創作はてな」です。よろしければ、続きをお願いします。

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  • 登録:2006/11/03 17:33:49
  • 終了:2006/11/05 18:37:54

ベストアンサー

id:ElekiBrain No.7

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/11/03 19:53:46

ポイント100pt

質問内容に方言が! 広島県人ですので、もし間違っていたらご容赦を。

================================================================================


 今日も、山岡さんのところへゆかなくてはいけない。

 “さん”。

 胸の中に広がる違和感をそのままにして、私はその家の前に立った。玄関には立派な竹が植えられていて、盆栽が丁寧に手を入れてある。玄関の扉はくすんだ磨りガラスだ。

 ずいぶんと大きなお屋敷。

 私は玄関の前に来ると、遠くの緑が生い茂る山々を見つめた。もう緑は、滲んだ落ち葉色が所々に顔を出していた。遠くで清流の流れる音が、そよそよと、まるで風のように心にしみこんでゆく。

 それでも、私の心は晴れなかった。知ってしまった事実はあまりにも大きすぎた。

 山岡さん――。

 違和感は胸の中に全てを押し込んだ。なぜなのだろう。私がこのことを告げると、彼女に迷惑が掛かるとでも言うのだろうか。それとも、ただ単に様子を見ているだけだろうか。彼女が気付いてくれれば、その方が早いのに。

 私は暗い気持ちを押し隠したまま、玄関の横にあったインターホンを押し、私の名を告げた。もちろん、彼女は介護を受ける身だから、玄関まで出てくるはずもない。私は玄関の引き戸を開け、出来るだけ声を明るくして彼女に呼びかけた。程なくして離れたところから優しそうな彼女の声が聞こえ、私は靴を脱いでスリッパを履くと、廊下を伝って彼女の部屋へと向かった。廊下には、民芸品の天狗のお面や、だるまがひっそりと佇んで、私を凝視した。




 彼女の部屋は質素で、日の傾いた部屋には、和室には似つかわしくない介護用ベッドと、

 窓から差し込む強い日に光に照らされた彼女がいた。私はすぐにカーテンを閉めようとすると、彼女はそのままでいいと言った。日の光を浴びていると、まるで外にいるようだから、と彼女は続けた。

 私は彼女の意見を尊重しながら、それでもお体に差し障りますから、ほどほどに、と告げると、彼女は微笑みを浮かべ、顔をしわくちゃにした。

 私の気持ちは、ここから入れ替わる。今までの気持ちはなかったかのように、山岡さんの一日のスケジュールにつきっきりになる。夜になる頃にはお風呂に入っていただき、お風呂から上がると献立がテーブルに並ぶ。私は努めて優しく、それでいて事務的に振る舞った。心のモヤはどこかで蠢いていたのに。山岡さんは、今私の事をどう思っているのだろう。

 私が台所に立ち、野菜を刻んでいる最中だった。山岡さんが急に口を開いた。

「あたしには、子供がおってね。ずいぶん年取って生んだんやけどな」

 もごもごと噛みづらそうにしながら、山岡さんは粥を租借した。

 私は、山岡さんの言葉に、心が我に返るのを感じた。山岡さんは、もしかして、私の事に気がついているのだろうか。いや、単なる思い出話か。私の心の暗雲は表層まで登り、包丁を動かしていた手が止まった。私は振り向くと、山岡さんの顔を凝視した。

「あのころは、陛下の御ために、みんな、生きとったね」

 私の悲痛な思いをよそに、山岡さんはこちらを振り向こうともせず、食事をとり続けた。

 苦虫をかみつぶしたままの山岡さんはそれっきり、何も語ろうとはしなかった。




 玄関から出ると私の心の黒い炭は、徐々に広がって、胸を押しつぶした。虫の音しか聞こえない田舎道をひたすら歩いて、私は何も期待が達成されない事を歯がゆく思った。

だけど、きっとそれは、自分も悪いのだろう。どうして自分が悪いかも分からないまま、駐車場に着くと、車の中になだれ込んでエンジンをかけた。そのまま何もせず、エンジンの音で静けさを紛らわしていると、涙がどうしても押さえられなくなり、そのまま泣きはらした。私は、彼女の事を否定している。きっと、私自身が、彼女に真実を知ってもらおうとしていない。関係が壊れるからだろう、きっと笑い話になるだろう、きっと受け入れてもらえないからだろう。

 何を考えても救いはなかった。




 今日は、体調不良を訴え、私は代わりの人に彼女のお世話を頼むことにした。きっと、ビジネスは事務的な方がいい。いくらお年を召しているとはいえ。お金がかかったサービスの事だって、わかっていらっしゃると思うし。

 私は何となく、上の空で昼ドラをみながら、ベッドで養生できない自分を呪った。休むことも出来ないんだ、私は。何を見ても不安で、イライラしてきて、テレビを消して窓を一挙に開けた。そこには哀しい青が広がった。

 彼女の余生は後何日なのだろう。あの状態のまま10年は生きられない。いや、まさか。そんな簡単にあの人は死にはしない。昨日だって、戦争の話をちょっとだけしていたのだから。

 嘘だった。

 職業としての勘は本音でも、感情は嘘を紡ぎ出していた。

 しかも、その話のあとで、いなくなった子供について、山岡さんの口から一切語られていなかったのを思い出し、また胸から上がってくる何かをグッと堪えた。今日は泣かない。

 私は何となく、居ても立っても居られなくなり、私服に着替えて、バッグを小脇に抱え、部屋を出て行った。駐車場に置いた仕事とは別の、全く私用の車にのり、あの場所へと向かう。信号はわざわざ私の前で赤くなり、なかなか車は進まない。あの場所、彼女のいる場所へ、一刻も早く着きたかった。

 やがて彼女の家に到着するころには、昨日のように、少し日が傾いた頃だった。車はいつもの駐車場を無断で拝借し(仕事用の車しか止めてはいけないのだ)、私は河川敷ではしゃぐ子供達を尻目に、あの家に急いだ。坂道が見え、少し遠く上方にはあの家が見える。私はなぜだか心がはやり、走り出していた。シューズでここへきたのが幸いだった。途中、曲がり角を曲がってきた車に轢かれそうになり、私は慌てて避けながら駆け上がった。やがて、彼女の家に到着すると、肩で息をし、しばらく石垣にもたれかかって呼吸を整えた。荒く息を吐いていると、青空も少しは元気に見える。大きな雲が空を横切ろうとしていた。

 息を吹き返した私は、心臓の高鳴る思いを胸に、玄関へと近づいた。途中、いつもと代わり映えのない盆栽があったが、針葉の一部が少し枯れていた。

 玄関に近づくにつれ、私の不安は大きく膨らんだ。やがて、その不安は家の中から聞こえてくる声と共にさらに増幅し、押さえきれないほどに成長した。

 そこからは、談笑が響いてきた。今日の担当と、山岡さんの笑い声だった。暖かい声が部屋の奥から小さく聞こえてくる。私にとってその暖かい音は絶望的だった。胸の動悸は激しくなり、溢れさせまいとしていた涙が溢れた。

 私は蚊帳の外。あの笑いの中に私は入ってなかった。冬の到来を予感させる木枯らしが、私の横を通り過ぎた。

 孤独感が押し寄せ、次々と何かが渦巻いては、言葉に出来ないまま消えていった。

 何を言っているのだろう。今日は私が申し入れたから、代わりの担当が居るんじゃないか。そんな理屈で分かり切った思いを超え、何か、玄関の磨りガラスが無機質な抑揚のない壁となって立ちふさがっているような気がした。壁の外に居る私、壁の中の暖かい団らん。

 止めどなく流れる涙の中で、郵便受けに入っている、一通の封筒を見つけた。嗚咽を漏らしながら郵便ポストから音を立てないように、その封筒を抜き取った。どうしてそうしたのかは分からない。何となく、両手でその封筒の端をしっかりと、跡が付くほど握り、私は嵐が過ぎ去るのを待った。

 やがて、涙は枯れて、封筒の差出人と、受取人の名前がぼやけた視界に映った。差し出し人には“山岡”と書かれていて、住所が正しくない場合に押される印鑑が押してあった。

 次に受取人を見た。そして、受取人を見た私は、思わず目を見開いた。そこには、私の名前。

 私は急いでその封筒の口を破り、中の手紙を取り出した。そこには、赤色がまぶしい紅葉の押し葉と、ある想いが綴られていた。


 あなたのことはまるで、娘のやうに思っています。これからもよろしくね。


 私は、手紙をぎゅっと握りしめた。再び溢れた水滴は、紅葉の押し葉を滲ませた。背中で小さな雀が鳴き、そよ風が吹いた。


 「おかあさん」 いつか、きっとそう呼びます。

id:aoi_ringo

わたしも「適当に」方言を使いました。ごめんなさい。

自白します。

今回の作品の世界も描き込みが細かいですね。

いつも読みふけってしまいます。

最近Tomさんをお見かけしないので、

こういう細かい描写の方は少なくて、よけいにうれしいです。ありがとうございました。

2006/11/05 18:32:40

その他の回答(9件)

id:ksfsa5 No.1

ksfsa5回答回数385ベストアンサー獲得回数52006/11/03 17:38:25

ポイント15pt

しかし、最期まで演じきること。

それが母にとって一番幸せだと思うのだ

私は苦しい。とても悲しい

でも一番寂しい思いをしているのは母。

どんなに記憶を忘れても

私が娘であることには変わらない。

id:aoi_ringo

そうですね。

そうだと思います。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:21:41
id:jyouseki No.2

jyouseki回答回数5251ベストアンサー獲得回数382006/11/03 18:23:05

ポイント15pt

次の日、病院から電話があった。

「お父さんが娘さんに会いたいとおっしゃっています」

「でもわたしのことはもうわからないはずですけど・・・」

「それがちゃんとあなたの名前を認識しているんですよ」

「ええ!?」


わたしは半信半疑のまま病院へ向かった。

父がベッドに寝ているが、明らかに表情がしっかりしている。

「急にお前に会いたくなったんや。もう1年ぶりくらいになるか?」

1年前というと父が倒れて病院に入院した頃だ。

「そ、そうね。久しぶりね」

無理に話を合わせてみた。

「お前は小さい頃から、手のかからないいい子やったよ」

「そうかしら・・・」

「ちょっと頼みがあるんだが、いいか?」

「何?」

「急にメロンが食べたなってな」

「すぐ買ってくるから待っていてね」

わたしは軽自動車で果物屋に向かった。

1番高級なメロンを買って病院へ向かおうとしたとき、携帯電話が鳴った。

「おとうさんが意識を失いました」

「す、すぐに行きます」


父は2度と目を開けることはなかった。

その日の夜、父は安らかに息を引き取った。

なぜ、最期のときだけわたしのことを娘だと理解できたのかは今でもわからない。

ただ、私は一生、父の命日には仏壇にメロンを供えることを忘れないだろう。

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

いちおう、設定では、老人は母のつもりでしたが、

最後まで迷った「わし」がよくなかったみたいです。

2006/11/05 18:23:25
id:kurupira No.3

kurupira回答回数2369ベストアンサー獲得回数102006/11/03 18:34:08

ポイント15pt

私が小さかった頃をふと思い出した。

母がまだ若くて元気な頃だ。

よく遊んでくれたり、悪い事をした時は叱られた。

涙がもっと溢れてきた。

id:aoi_ringo

記憶の中の母はなぜあんなに元気なのでしょうか。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:24:05
id:ttz No.4

ttz回答回数690ベストアンサー獲得回数72006/11/03 19:04:03

ポイント20pt

「これでよいんじゃ。そう、これで・・・。」

‘山岡さん’は、そう小さな声でつぶやいた。

こちらの頬にも、一滴のしずくが流れた。

いつものことだ。

余命一ヶ月。

感情を表に出してしまうと、無性にこの世に居つづけたくなる。

「これでよいんじゃ。そう、これで・・・。」

id:aoi_ringo

なるほど。

深い読みですね。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:24:58
id:garyo No.5

garyo回答回数1782ベストアンサー獲得回数962006/11/03 19:28:36

ポイント15pt

だが、泣いてばかりもいられない。私には仕事があるのだ。

新宿西口から歩いてすぐの所に事務所がある。場所は国家機密だ。

エレベータを出て正面の扉にカードキーを差込みパスワードを入力する。

正面のカメラを覗き込む。ランプが赤から青に変わる。生体虹彩認証だ。

「おつかれ。休暇はどうだった?」

涙の後が見えないよう目を合わせず自分の席に向かう。

席につけばパーテーションがあるから大丈夫だろう。

「早速で悪いんだが、アメリカに飛んでくれ。

中間選挙を前に成果がほしい米当局が北朝鮮とどんな取引をするのか。

特にライス国務長官の周辺を洗ってくれ」

「わかりました。すぐ向かいます」

「そんなに急がなくてもいいぞ。一息ついたらどうだ」

「いえ、仕事ですから」

         ・ ・ ・

一触即発の東アジア情勢。

冷戦終結後、後退したロシアに変わり台頭した中国。中国と同調する韓国。

国家体制崩壊寸前の半島の火薬庫北朝鮮。

激動する東アジアで安倍総理大臣が公約としてあげた「日本版CIA構想」。

内閣官房直属の日本中央情報局。警察、防衛庁や内閣情報調査室、外務省、

民間から多くの優秀な人材が登用された。

その中の「対外情報機関」で唯一採用された民間人女性スタッフが私だ。

スタッフは採用時に整形手術を受け、新たな戸籍やパスポートを受け取る。

身内と会うことは限定された条件下で可能だが自分の正体を明らかにしてはならない。

アメリカへ向かう飛行機の中で私は座席を傾けて雑誌を顔の上に置いた。

涙は現地につく前に乾いているだろう。

id:aoi_ringo

すごい話でした・・。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:25:55
id:hanatomi No.6

hanatomi回答回数853ベストアンサー獲得回数362006/11/03 19:37:32

ポイント15pt

帰りしな、

ドアを閉める時に聞こえた言葉。

「ああ、まるで私の娘みたいに思うわぁ」

「ありがたい。ありがたい。」

言葉が壊れてきても、関係がこんがらがってきても、気持ちがつながっていれば、それでいい。

明日もまた朝から来よう。

お母さんの大好きなクリームコロッケを作って。そうだ。あと、気に入っていつも食べてたオレンジも、はっさくも買ってこよう。

なぜかパワーが沸いてくくる気がした。

id:aoi_ringo

好きな世界です。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:26:48
id:ElekiBrain No.7

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/11/03 19:53:46ここでベストアンサー

ポイント100pt

質問内容に方言が! 広島県人ですので、もし間違っていたらご容赦を。

================================================================================


 今日も、山岡さんのところへゆかなくてはいけない。

 “さん”。

 胸の中に広がる違和感をそのままにして、私はその家の前に立った。玄関には立派な竹が植えられていて、盆栽が丁寧に手を入れてある。玄関の扉はくすんだ磨りガラスだ。

 ずいぶんと大きなお屋敷。

 私は玄関の前に来ると、遠くの緑が生い茂る山々を見つめた。もう緑は、滲んだ落ち葉色が所々に顔を出していた。遠くで清流の流れる音が、そよそよと、まるで風のように心にしみこんでゆく。

 それでも、私の心は晴れなかった。知ってしまった事実はあまりにも大きすぎた。

 山岡さん――。

 違和感は胸の中に全てを押し込んだ。なぜなのだろう。私がこのことを告げると、彼女に迷惑が掛かるとでも言うのだろうか。それとも、ただ単に様子を見ているだけだろうか。彼女が気付いてくれれば、その方が早いのに。

 私は暗い気持ちを押し隠したまま、玄関の横にあったインターホンを押し、私の名を告げた。もちろん、彼女は介護を受ける身だから、玄関まで出てくるはずもない。私は玄関の引き戸を開け、出来るだけ声を明るくして彼女に呼びかけた。程なくして離れたところから優しそうな彼女の声が聞こえ、私は靴を脱いでスリッパを履くと、廊下を伝って彼女の部屋へと向かった。廊下には、民芸品の天狗のお面や、だるまがひっそりと佇んで、私を凝視した。




 彼女の部屋は質素で、日の傾いた部屋には、和室には似つかわしくない介護用ベッドと、

 窓から差し込む強い日に光に照らされた彼女がいた。私はすぐにカーテンを閉めようとすると、彼女はそのままでいいと言った。日の光を浴びていると、まるで外にいるようだから、と彼女は続けた。

 私は彼女の意見を尊重しながら、それでもお体に差し障りますから、ほどほどに、と告げると、彼女は微笑みを浮かべ、顔をしわくちゃにした。

 私の気持ちは、ここから入れ替わる。今までの気持ちはなかったかのように、山岡さんの一日のスケジュールにつきっきりになる。夜になる頃にはお風呂に入っていただき、お風呂から上がると献立がテーブルに並ぶ。私は努めて優しく、それでいて事務的に振る舞った。心のモヤはどこかで蠢いていたのに。山岡さんは、今私の事をどう思っているのだろう。

 私が台所に立ち、野菜を刻んでいる最中だった。山岡さんが急に口を開いた。

「あたしには、子供がおってね。ずいぶん年取って生んだんやけどな」

 もごもごと噛みづらそうにしながら、山岡さんは粥を租借した。

 私は、山岡さんの言葉に、心が我に返るのを感じた。山岡さんは、もしかして、私の事に気がついているのだろうか。いや、単なる思い出話か。私の心の暗雲は表層まで登り、包丁を動かしていた手が止まった。私は振り向くと、山岡さんの顔を凝視した。

「あのころは、陛下の御ために、みんな、生きとったね」

 私の悲痛な思いをよそに、山岡さんはこちらを振り向こうともせず、食事をとり続けた。

 苦虫をかみつぶしたままの山岡さんはそれっきり、何も語ろうとはしなかった。




 玄関から出ると私の心の黒い炭は、徐々に広がって、胸を押しつぶした。虫の音しか聞こえない田舎道をひたすら歩いて、私は何も期待が達成されない事を歯がゆく思った。

だけど、きっとそれは、自分も悪いのだろう。どうして自分が悪いかも分からないまま、駐車場に着くと、車の中になだれ込んでエンジンをかけた。そのまま何もせず、エンジンの音で静けさを紛らわしていると、涙がどうしても押さえられなくなり、そのまま泣きはらした。私は、彼女の事を否定している。きっと、私自身が、彼女に真実を知ってもらおうとしていない。関係が壊れるからだろう、きっと笑い話になるだろう、きっと受け入れてもらえないからだろう。

 何を考えても救いはなかった。




 今日は、体調不良を訴え、私は代わりの人に彼女のお世話を頼むことにした。きっと、ビジネスは事務的な方がいい。いくらお年を召しているとはいえ。お金がかかったサービスの事だって、わかっていらっしゃると思うし。

 私は何となく、上の空で昼ドラをみながら、ベッドで養生できない自分を呪った。休むことも出来ないんだ、私は。何を見ても不安で、イライラしてきて、テレビを消して窓を一挙に開けた。そこには哀しい青が広がった。

 彼女の余生は後何日なのだろう。あの状態のまま10年は生きられない。いや、まさか。そんな簡単にあの人は死にはしない。昨日だって、戦争の話をちょっとだけしていたのだから。

 嘘だった。

 職業としての勘は本音でも、感情は嘘を紡ぎ出していた。

 しかも、その話のあとで、いなくなった子供について、山岡さんの口から一切語られていなかったのを思い出し、また胸から上がってくる何かをグッと堪えた。今日は泣かない。

 私は何となく、居ても立っても居られなくなり、私服に着替えて、バッグを小脇に抱え、部屋を出て行った。駐車場に置いた仕事とは別の、全く私用の車にのり、あの場所へと向かう。信号はわざわざ私の前で赤くなり、なかなか車は進まない。あの場所、彼女のいる場所へ、一刻も早く着きたかった。

 やがて彼女の家に到着するころには、昨日のように、少し日が傾いた頃だった。車はいつもの駐車場を無断で拝借し(仕事用の車しか止めてはいけないのだ)、私は河川敷ではしゃぐ子供達を尻目に、あの家に急いだ。坂道が見え、少し遠く上方にはあの家が見える。私はなぜだか心がはやり、走り出していた。シューズでここへきたのが幸いだった。途中、曲がり角を曲がってきた車に轢かれそうになり、私は慌てて避けながら駆け上がった。やがて、彼女の家に到着すると、肩で息をし、しばらく石垣にもたれかかって呼吸を整えた。荒く息を吐いていると、青空も少しは元気に見える。大きな雲が空を横切ろうとしていた。

 息を吹き返した私は、心臓の高鳴る思いを胸に、玄関へと近づいた。途中、いつもと代わり映えのない盆栽があったが、針葉の一部が少し枯れていた。

 玄関に近づくにつれ、私の不安は大きく膨らんだ。やがて、その不安は家の中から聞こえてくる声と共にさらに増幅し、押さえきれないほどに成長した。

 そこからは、談笑が響いてきた。今日の担当と、山岡さんの笑い声だった。暖かい声が部屋の奥から小さく聞こえてくる。私にとってその暖かい音は絶望的だった。胸の動悸は激しくなり、溢れさせまいとしていた涙が溢れた。

 私は蚊帳の外。あの笑いの中に私は入ってなかった。冬の到来を予感させる木枯らしが、私の横を通り過ぎた。

 孤独感が押し寄せ、次々と何かが渦巻いては、言葉に出来ないまま消えていった。

 何を言っているのだろう。今日は私が申し入れたから、代わりの担当が居るんじゃないか。そんな理屈で分かり切った思いを超え、何か、玄関の磨りガラスが無機質な抑揚のない壁となって立ちふさがっているような気がした。壁の外に居る私、壁の中の暖かい団らん。

 止めどなく流れる涙の中で、郵便受けに入っている、一通の封筒を見つけた。嗚咽を漏らしながら郵便ポストから音を立てないように、その封筒を抜き取った。どうしてそうしたのかは分からない。何となく、両手でその封筒の端をしっかりと、跡が付くほど握り、私は嵐が過ぎ去るのを待った。

 やがて、涙は枯れて、封筒の差出人と、受取人の名前がぼやけた視界に映った。差し出し人には“山岡”と書かれていて、住所が正しくない場合に押される印鑑が押してあった。

 次に受取人を見た。そして、受取人を見た私は、思わず目を見開いた。そこには、私の名前。

 私は急いでその封筒の口を破り、中の手紙を取り出した。そこには、赤色がまぶしい紅葉の押し葉と、ある想いが綴られていた。


 あなたのことはまるで、娘のやうに思っています。これからもよろしくね。


 私は、手紙をぎゅっと握りしめた。再び溢れた水滴は、紅葉の押し葉を滲ませた。背中で小さな雀が鳴き、そよ風が吹いた。


 「おかあさん」 いつか、きっとそう呼びます。

id:aoi_ringo

わたしも「適当に」方言を使いました。ごめんなさい。

自白します。

今回の作品の世界も描き込みが細かいですね。

いつも読みふけってしまいます。

最近Tomさんをお見かけしないので、

こういう細かい描写の方は少なくて、よけいにうれしいです。ありがとうございました。

2006/11/05 18:32:40
id:tarou4649 No.8

tarou4649回答回数132ベストアンサー獲得回数02006/11/03 21:59:16

ポイント15pt

私は母にはもう「娘」と思われることは一生ないのかなと涙を流しながらいつも思う。

 また昔のようなあのやさしい私の母に戻ってほしい、そう思いながら夫と娘のいる自宅に戻ってきた。

 すると娘が「ねぇおばあちゃんに会いたい!」といってきた。私はどうしたらいいのかわからなかったがつい「いいよ」といってしまった。

 そして次の週の日曜日になった。母になんていって会わせればいいのかわからなかった、とりあえず娘を車に乗せて実家へと車を走らせた。車内で一度もおばあちゃんに会ったことのない娘は「おばあちゃんってどんな人?」と聞いてきた。私は「やさしいおばあちゃんだよ」と答えた。

 実家につき家に入ると母は寝ていた。娘も入ってきた。「おばあちゃ~ん」娘は初めて見るおばあちゃんに声をかけた「だめよ、寝ているんだから」私はこれはチャンスだと思い「今日は寝ているんだしおばあちゃんは起こしてもおきないの」と適当に言っておき今日は帰ろうということにした。娘はしぶしぶ言うことをきいて自宅にもどった。

 次の日1本の電話がかかってきた。「○○さんのお宅ですよね」「はい、そうですが」「今朝はやく私が○○さんのお母さんの家に用事があり行ったところ返事がなくはいってみたら亡くなっていたんですよ、いまからきてくれませんか?」私は頭が真っ白になってしまった。きのうの寝ていたと思っていたのはしんでしまっていたのだろうか?娘にはなんていえばいいのだろう?頭の中ははてなでいっぱいだった・・・・・

id:aoi_ringo

静かですね。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:33:47
id:tibitora No.9

tibitora回答回数3037ベストアンサー獲得回数2022006/11/04 07:22:18

ポイント30pt

目が覚めた。

私は泣いていたようだ、どんな夢を見ていたのだろう。

コンコンと玄関のドアを叩く音がする。

ああ、そういえば今日はヘルパーさんとかいう娘さんの来てくれる日だ。

ドアを空けて娘さんを招き入れる。いつもと同じように身の回りの事をしてもらいながら、たわいない会話を楽しんだ。

もうすぐ娘さんの帰る時間だ。

「じゃあ、また来週きますね」「おおきにな。あんたの親御さんにもよろしゅうな」「はい」「帰り道気を付けてな」「はい」

娘さんは車に乗り、そして帰っていった。

窓からそれを見つめていると、ふと、涙が出て来た。

何故だろう。

------------------------------

こんな感じでいいのでしょうか?

id:aoi_ringo

視点の転換がいいですね。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:34:45
id:eityan No.10

eityan回答回数477ベストアンサー獲得回数52006/11/04 22:30:36

ポイント40pt

今日もわたしは向かう、その人にとってはヘルパーの仕事へ向かうと言うことだけど。

その人は記憶が無くなっていく謎の病気に侵されている。

体は元気なのに・・・何故こんな病気に・・・常にわたしはそう思っていた。


その人の元へ行った、きれいな部屋だ、その人はきれい好きではない。

多分どこに何があるのか分からないのだろう・・・。

そもそも何を持っているかすら分からないかもしれない。

そんなことを考えていたらその人は突然尋ねてきた。

「あんたも、おかあさん、いらはるんか」

少し考えた後、わたしは言った。

「ええ、とても元気に暮らしています、山岡・・・山岡・・・」

わたしはその人の名前を言おうとしたけど、その人の名前を思い出せなかった、名字は分かるのに・・・。


「へぇ、山岡というのかい」

まさかと思った。

いつもその人は有名人や、著名人の名字が「山岡」だと

「なんかこっちまで有名になった気分だね」とはしゃいでいたのに・・・。


試しにと、その人に聞いてみる。

「山岡さんって字がきれいですよね、どうやったらそんなに字がうまくなるんでしょうかね?」


その人は答えた。

「え?山岡さんってあんたのおかあさんかい?わたしは知らないよ」

その人は笑っていた。

ああ、やっぱりそうか、病状は悪化している。


いつの間にか日が暮れていた。

「ではそろそろ帰りますね」その人に言った。

そうかい、と言うとその人はわたしに話しかけた。


「本当にどこのどなたか知りませんが、ありがたいことで」

「いえいえ、仕事ですから」


もういつからこういう返事をしたのか分からない。

わたしは駐車場に停めた軽自動車へ向かった、あれ、鍵はどこだろう、そういえば駐車場はどこだっけ?


何とか駐車場へはたどり着いた、そういえば何故わたしはここにいるんだろう、分からない。

何故かほほが冷たい、泣いている?何で?わたしは分からない。

id:aoi_ringo

不思議な世界ですね。

すてきです。

ありがとうございました。

2006/11/05 18:36:37
  • id:ElekiBrain
    ElekiBrain 2006/11/03 20:05:07
    介護の大変さ、介護を受ける人物の気持ちはさすがに私には分からず、その辺りの描写がかなり甘い。笑って許してください。
    手を抜いたつもりはないのですが、自身でどうしても納得がゆかない点が残りました。
  • id:aoi_ringo
    わたしも、それほど詳しくなく、かなり創作しています。なので、設定が甘いのは否めません。申し訳ありません。
    あと、この質問、休日のせいか、想定外に集まりが早く、「いつもの方たち」が熟考されるのを待つためにも、回答数を増やしました。
  • id:aoi_ringo
    執筆ありがとうございました。
    夜に開封いたします。
    お待ち下さい。
  • id:sokyo
    ちょっと出遅れてしまいました(汗) 残念…o
  • id:aoi_ringo
    もし草稿が残っていらっしゃればコメント欄にて
    発表お待ちしています。
    わずかですが、ポイント送信しますから・・。
  • id:garyo
    始めまして。面白い企画ですね、始めて回答させて頂きました。
    私はショートショート好きなので、「もしお母さんが痴呆でなく、娘の方が変わっているから判らないとしたら……」+時事ネタを書かせて頂きました。
    創作系は好きなのでこんな質問したり
    http://q.hatena.ne.jp/1162475355
    http://q.hatena.ne.jp/1101707116
    http://q.hatena.ne.jp/1098167114
    こんなアイデアを登録したりしています。
    http://i.hatena.ne.jp/idea/1035
    また「創作はてな」出されたら回答させて頂きますね。
  • id:aoi_ringo
    こんばんは。
    「創作はてな」はたいてい週末に書いています。
    また良かったら遊びに来てくださいね。
  • id:sokyo
    こんばんは。
    書きかけが残っているのですが、すぐには完成しないと思います
    (すごく長いというわけでもないのですが)。
    あまりがんばらずに書きますので、気長にお待ちください(^_^;)o
    お誘いありがとうございます。
  • id:sokyo
    ラジオが、ちょっと懐かしいアーティストのうたを歌う。
    私はそれを、聴くともなく聴いていた。
     
    ──────────
     
    暗がりの水の小さな粒が 並んでいるのを数えていたら
    急にきゅっとなって きみはドアを開けたんだ
    すごい密度の光で 浮かぶきみの影絵
     
    霧が立ちこめる雨上がりの朝に いつも迎えにきてくれたから
    ぼくはしゃんとして 部屋から出ていけそう
    恐がりやのぼくを 映してくれた窓辺
     
    "ずっとここにいるよ" ってきみは言った
    その声だけで息していられたらよかったのに
    ゆらゆらのぼくの肩をあたためてくれたね
    でも きみは ぼくに手をふる
     
    海辺の道の 日なたのところだけ なぞるように歩いていたら
    きみにばったり会って そのとき秘密を教えてくれた
    あのときのぼくに 言えなかった言葉
     
    "もっと遊べるよ" ってきみは言ってた
    その声だけで歩いていけたらよかったのに
    さらさらのきみの髪にふれていたいなぁ
    でも きみは
    "また会えるよ" ってきみは言ってた
    その声だけでも信じていられればいいのに
    きらきらのこの夕日をいっしょに見たかったなぁ
    でも きみは ぼくに手をふる
     
    きみがぼくにふる きみの手
    揺れたら戻ってきてたのになぁ
     
    ──────────
     
    そうだ、この曲は、私が就職してすぐぐらいの曲だった。
    新生活を迎えた私に、母はすごく世話を焼いてくれたんだっけ。
    電話もしょっちゅうかかってきたなぁ。
    それから、歌ってるのは私と同年代だったな、と思って、
    そのあと、この曲、ずっと恋愛の歌だと思ってたなぁ、と思った。
    「きみ」って、だれのことかな? そしたら、
     
     
    なぜだか急に、私の目は、涙でいっぱいになった。
  • id:aoi_ringo
    ありがとうございました。
    ポイント送信します。
  • id:sokyo
    ポイント受け取りました。
    発表の機会までいただけてうれしく思います。
    ありがとうございました☆

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