連鎖動詞についての質問なのですが。


連鎖動詞に不定詞がつく時、これらを「動詞ーto do」でひとつの動詞のように扱っている説明を時々みかけるのですが、これは一般的な用法なのですか?間違った用法なのでしょうか?それとも連鎖動詞毎によって、一つの動詞と見なせるものとそうでないものがあるのでしょうか?ぜひ、教えてください。

「動詞ーto do」で一つの動詞のように扱われていたものを参考程度に一部載せておきます。
want,manage,try,happen,tend,come,learn,seem,appear/etc...

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  • 1人3回まで
  • 登録:2006/11/14 10:19:05
  • 終了:2006/11/15 16:56:53

回答(1件)

id:nofrills No.1

nofrills回答回数874ベストアンサー獲得回数1592006/11/14 17:58:19

ポイント60pt

『「動詞ーto do」でひとつの動詞のように扱っている説明』というのは、

例えば、He tried to run faster. を、

  主語 He

  動詞 tried to run

というように扱っている説明、ということでしょうか。


「連鎖動詞 catenative verbs」という用語自体、

英語の解説ではまだあまり見かけないように思いますが、

「動詞+to do」(want to do, try to doなど)をひとまとまりと扱うかどうかは

その解説をしている人の考え方次第のように思います。

(というか、どんなものを「連鎖動詞」と考えるか、という話かもしれません。)


例えばbe going to doはcatenative verbですが、

この場合、be goingの部分に「意味」らしい意味はありません。

I'm going to buy a new computer. という文で「意味」のある動詞はbuyだけです。

have to doも同じで、I have to buy a new computer. という場合、

haveに「意味」はなく、行為について言っているのはbuyだけです。

これらはどちらも、

  主語 I

  動詞 am going to buy / have to buy

と解説されていると思います。(解説する必要がある場合には。)


一方でHe tried to run faster. の場合は、tryにもrunにも「意味」があります。

(というか、このto runは「不定詞の名詞用法」でtryの目的語、と言うことができます。)

しかし、He seemed to know the truth. の場合、seemにもrunにも「意味」はあるにせよ、

seemは補語を要求する動詞なので、seem単独で何らかの「意味」をもちうるかというと

議論になるのではないかと思います。

よってこれらの場合は

  主語 He

  動詞 tried to run / seemed to know

と解説するか、

  主語 He

  動詞 tried / seemed

と解説するかは、いろいろな見解があるのではないでしょうか。

こういったものについて、「どれが正しくどれが誤りだ」という断定は難しいです。

(seem to do のto doは「何」なのか、という議論は昔からあったと思いますが、

それの決着をつけるひとつの説が「seem to doでひとまとまり」、ということかも?)


なお、私の知る範囲では、seemについてはbe going to doと同じように、

seem to doでひとまとまりとして扱うべきという考え方は、わりと広くあると思います。


解釈が大きく分かれるのは、例えばwant to doでしょうか。。。

I want to go to Seattle. 「わたしはシアトルに行きたい」

の場合はwant to goでひとまとまりと考えられますが、

I want him to go to Seattle. 「わたしは彼にシアトルに行ってもらいたい」

の場合はwant to goでひとまとまりではありません。


……これは、このようにしてどんどん議論が続いていく性質の話題だと思います。

検索したら下記のような議論がありました。

http://www.lydbury.co.uk/grammar/forum_posts.asp?TID=12029

http://www.let.kun.nl/~p.dehaan/reviews/Mindt_2000_review.php


※be going to がcatenative verbである、という論拠は

http://www.natcorp.ox.ac.uk/docs/c7spec.html


あと、蛇足ですが、英文をタイプするときは、コンマの直後は半角スペースを入れてくださいね。

want,manage,try,... ではなく

want, manage, try, ... のように。

id:reinfall145

>あと、蛇足ですが、英文をタイプするときは、コンマの直後は半角スペースを入れてくださいね。

ごめんなさい、うっかりしていました。

「連鎖動詞」とは後ろに準動詞を伴う動詞の総称です。当然不定詞もともないます。元々はドイツ語の用語です。本当は「準助動詞」についての質問なのですが、こちらの方がより一般的でないきがしましたので。。。

Randolph Quirk et al の The Comprehensive Grammar of the English Language (Longman Ltd, 1985)では、

助動詞と本動詞の中間に位置する動詞句群を、

[1] marginal modals; dare (to)、need (to)、 ought to、 used to

[2] modal idioms; had better、 would rather、 have got to

[3] semi-auxiliaries; be able to、be about to、be apt to、be bound to、be due to、be going to、be likely to、be meant to、be obliged to、be supposed to、be willing to、

[4] catenative verbs; appear to、came to、fail to、get to、happen to、manage to、seem to

などと分類しています。

ここで問題にしている「準助動詞」は、お察しのとおり、④のグループに属するものです。

2006/11/14 19:08:16
  • id:nofrills
    reinfall145さん、

    Quirkの引用等、ありがとうございます。(今、手元にないので確認ができずにいました。)なるほど、Quirkの[4]の分類にwant to doやtry to doを入れて考えてよいものかどうか、が核心ですね。ダイアリのほうにも少しメモしてあります。
    http://d.hatena.ne.jp/nofrills/20061114/p1

    Quirkの分類の[4]を見ると、
    - come to do
    - fail to do
    - get to do
    - manage to do
    - happen to do
    は、come(「来る」)、fail(「失敗する」)、get(「~を得る」など)、manage(「~を管理する」など)、happen(「起こる」)という動詞のそれぞれの「意味」が、catenative constructionにおいては、なくなっている。ゆえにこれらは「ひとまとまりの連語」として機能していると考えられる(動詞が助動詞化している)、ということのように思われます。(より正確には自動詞であるとか他動詞であるとかいったことも関連してくるのですが。。。)

    一方で、
    - appear to do
    - seem to do
    は、appearないしseem自体の意味は、準動詞(この場合to不定詞)が後続しない場合も変わりはないのですが(eg: He seems happy. と He seems to be happy.)、これらも「ひとまとまりの連語」と考えられている、ということですよね。この理由付けは、Quirkを見ないとわかりませんね。

    [4]と、[1]~[3]との違いはmodeだと思うのですが、Quirkそのものを参照できない状態ではこれ以上はどうしようもないですね。すみません。

    私はQuirkではなくSwanを使っているのですが、Swanはseemについてcatanative verbであるという考えはとっていません。

    QuirkのCGELも出たのが20年以上前(1985年)ですから、その後にこのcatenative verb constructionという考え方で、英語の「動詞+to不定詞」を説明するという方法が次々と出てきているのかもしれませんね。ただ、「動詞+to不定詞」のconstructionであればすべてcatenative verbである、とは言えないのではないかと思います。

    たとえば、下記などをcatenativeであるというのは、明らかに間違いになると思います。
    - go to do (eg. He went to buy some bread.) ※このto doは副詞的な用法
    - like to do (eg. He likes to cook.) ※このto doは名詞的な用法

    一方で下記はfail to doなどと同様、to不定詞を伴ったときと伴わないときとは動詞の機能も意味も違ってくるので、catenative verbと考えられるかもしれません。
    - tend to do (eg. He tends to exaggerate.)

    微妙なのは、まずはwant to doですが、他に思いつくのは
    - learn to do (eg. He soon learned to read and write Arabic.)
    これは私自身が高校生のときに学校で「熟語」と習い、強烈に違和感を感じたものです。learnの「意味」は生きていますし、「動詞+to不定詞」の形など珍しいものでもないのになぜ個別に覚える必要があるのか、と。(先生に聞いたら「『このto不定詞は何用法ですか』という問題にならない『動詞+to不定詞』だ」と言われて、そういうことか、と納得しましたが。)

    catenative verbを「誰かに教える」という立場に立った場合、これらの違いも教えないと、教えられる側が混乱してしまいそうです(go to doは「動詞+to do」なのにどうしてcatenativeでないのか?など)。今の教科書だと「不定詞の○○用法」という用語も習わないし、結局「元々の動詞の『意味』が残っているかどうか」で判断せざるを得なくなってしまいそうですね。それはそれでgrammarとしては問題があるような……。

    「準助動詞」はたしかフランス語にもあったと思いますが(venir + infinitiveなど)、ドイツ語にもあるんですね。

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