創作はてなです。ポイントは傾斜します。珍しくタイトルが入ります。



「クリスマスプレゼント」


彼と帰るときはこの公園を横切る。おおきくて古いこの公園。むかしは、軍隊の基地があったとか聞いたことがある。ずいぶん木の葉も色づいた。「あのさ」「えっ」「ううん、やっぱやめとく」「そうなん」わたしは、彼のこのいいあぐねる仕草が好きだ。優柔不断だとあのスポーツ少女の妹の裕子ならいうかもしれないけど、わたしは好き。カサカサ。足下の落ち葉をローファーで踏むから音がする。ふたりの距離は近いようで遠い。遠いようで近い。「センターまであと何日かおまえらわかってるか」担任が言ってた。運悪く世界史担当だから、例の履修問題でそうとう疲れているみたい。だからいつもピリピリしている。ちょっと先生もかわいそうだな。「冬が来るね」わたしはそう言って、空を見上げた。

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  • 登録:2006/11/18 07:17:19
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id:ElekiBrain No.6

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ポイント80pt

 梶井基次郎の一節を思い出した。
 桜の木の下には、死体。
 あの陰鬱なナルシスト文学を雅史はあまり好きではなかったが、今日はとにかくそんなことを思い出す日だ。
 冬の風は冷たく、急に冷え込んだ空の雲は、凍えて縮こまっているかのようだった。公園は桜の木が植えてあり、今では春に見せた桃色の化粧もない。都会とはいえ、この時間に外出している人はおらず、辺りは暗闇に沈殿して静まりかえっていた。かつて、この公園は旧日本陸軍の射撃場があったらしい。今では数が少なくなってしまったが、掘り起こせば希少な弾丸が見つかるという。しかし、本当かどうかは分からない。
 だが、そんな都市伝説を高校生の雅史は何となく信じた。いや、信じたというよりは、彼の詩的な、言い換えれば梶井基次郎とさして変わらないナルシストな心境がそうさせたのかも知れない。梶井ほど退廃的ではないにせよ。
 雅史は桜の根元を掘り起こしていた。硬い土が邪魔して爪に砂が入り込むだけだったので、ついにはムキになって自宅に帰り、スコップで地面を掘り起こした。なにか、とにかく夢中になっていた。思い出すのは一人の女の子。名前を京香といった。
 雅史が無我夢中で土塊を掘っては取り除き、掘っては取りのぞきをするうちに、やがて、桜の根元が公園のスポットライトに照らされ、姿を現した。雅史には、あるアイディアがあった。
 銃弾は、現代の弓矢だ。かつて、ギリシア神話にはキューピッドと呼ばれる存在がいた。いや、いたというのも語弊があるけど、とにかく、現代で要約すると、即ちそれは銃弾だ。恋の銃弾、それを彼女に届けたい。
 雅史の頭の中に、弓矢を持つはずのキューピッドが迷彩服を着て、ヘルメットを被り、ライフルを構えている様子が浮かんだ。それは何となく詩的ではなかったため、雅史はそれを頭の片隅へと追いやり、ついには消してしまった。
 そうして、三時間もの間、雅史は桜の根元を掘り返した。しかし、なかなか見つからない。夜は更け、腕時計の針は夜の十一時を指していた。雅史は立ち上がると、薄暗く夜景に照らされる、街の空を見た。ここからは星が見えなかった。
 きっと、沖縄の夜は、満天の星空なのだろう。
 雅史は掘り返した土のかたまりに再び目を落とし、ため息をついた。無我夢中で掘り起こしてみたものの、これを元に戻す労力を思うと、うんざりした。そんな時、雅史の目にあるものが光った。それは周辺の土を赤茶けたものへと変色させ、冷え切った空気にその片鱗を晒していた。
「あった!」
 雅史は殆ど瞬間的にしゃがみ込むと、それを掴んだ。だが、土に埋まっているため、なかなか思うように取り出せない。慌ててスコップを周辺の土に差し込み、雅史は外堀を埋める赤い土を一挙に取り除いた。
 そして、ゆっくりと、慎重に引き抜いてゆく。
 取れた。
 雅史の顔に満面の笑みが灯り、手には錆びた銃弾があった。



 センター試験も近いというのに、京香は授業が頭に入らなかった。「センターまであと何日か、お前ら分かっているか」
 先生の言葉が頭に浮かんだ。
 京香の頭の中には冴えない顔をした、ナイーブな青年がいた。その青年はいつも何かを言いかけては、引っ込める。だが、京香はその青年の仕草に、いつも心の奥をくすぐられる。
 どう表現したらいいのだろう。友達なんだけど、友達を越えてまで想う気にはなれず、だけど、友達と言いきってしまうのはどうにも抵抗がある。
 雅史。
 京香の顔がほころぶと同時に、胸一杯に彼の甘い香りが広がる。お気に入りのケーキ屋さんで、チョコレートが入ったドーナッツを買うような、そんなドキドキ感。
 以前、妹の裕子に彼のことを聞いたら、好きなの? と聞き返された。ストレートな聞き方に、京香は何となくはぐらかしたのだ。しかし、妹はそんなことは意に介さず、京香にずけずけと言った。
「あたしは、あのタイプはだめ。だって、優柔不断すぎるし」
 京香はむっとした。
 そこがいいのに。
 でも、なぜ友達のことを言われて、私はむっとしているのだろう。気にしなきゃいいのに。いや、たぶんそんな問題じゃない。なにか、大切なものを傷つけられた気分。
 大切って、何が、どんなふうに。
 頭でばさっという音がし、京香は思わず上を見上げた。そこには髭の剃り残しが著しい、担任の顔があった。彼は担任と世界史を兼任している。彼の持つテキストは京香の頭にヒットしていた。
「おい天野、何にやけてんだ。世界史の単位やらんぞ」
 先生は言った。京香は慌てて、
「すみません」
 とだけ言うと、クラスのお調子者が、
「彼女は遙か遠い世界に飛び立ってたんですよ。邪魔しちゃだめです、先生」
 といい、教室の中ににわかな笑いが起こった。
「うまいこと言ったつもりか。授業に集中しろ」
 京香は笑っているのか、笑っていないのか、微妙な表情で黒板に目をやると、ノートに内容を書き写し始めた。それを確認した担任は教卓の方へとゆっくりと歩き出した。
「はい、そしたら、教科書の36ページ」
 担任の注意が反れると、再び京香は黒板の内容をノートに書き写すふりをして、再び頭の中にある世界史の勉強に取り組もうとしていた。しかし、先ほどと違い、あまり良い想いが思い浮かばない。
 雅史とは、大学入試センター試験の後で、離ればなれになる。私は都内に残り、彼は沖縄に行くという。なんでも、ウミガメの生態系を研究したいのだ、と彼は夢を語っていた。
 そんな風に、雅史が嬉しそうに語る度、その横顔を眺める京香の中でいとおしさと不安と、友情と、よく分からない想いが交錯するのだ。



 雅史は、入り慣れていない、宝石店の一角にいた。
 まるで浮き上がったように、雅史は入り口でぽつんと取り残されていた。周囲には、照明に照らされて輝くネックレスや、ピアス、ショーウィンドウ内には、雅史が日常的に見るコンビニの値札にゼロをいくつか足した商品が所狭しと並んでいる。値札自体が数千万しそうな勢いである。
 雅史がぼんやりしていると、奥から店員がやってきて、当たり前の台詞を丁寧に口にした。
「いらっしゃいませ。何か、お探しのでもございますか」
 雅史は硬直したまま、その店員に何かを伝えようとする。体中から汗が噴き出し、肩に力が入った。
「あ、いえ」
 思わず発したその一声で、店員の顔は一瞬不思議なものを見るような表情になったが、再び営業スマイルを取り戻した。
 雅史はとにかく、生来の性格が嫌だった。どうにも人の前で自分の想いを伝えることが苦手だ。それが日常的な用事であったとしても、雅史は“いつものように”硬直した。
「銀を、磨く」
 しどろもどろに言う雅史の言葉を店員は手際よく翻訳して、こう言った。
「シルバー・クリーナーのことでございますか」
「あ、はい」
 雅史はほっと胸をなで下ろしたが、空気には馴染めず、再び入り口付近で硬直した。



 公園で、京香は待った。この公園で雅史とよく放課後に道草を食う。ある時、それを目撃した周囲の人間が交際をほのめかす話をクラスで流し、それは瞬く間に広がったが、京香は心の中に何らかの違和感を覚えながらも、ひたすら友達であると説明して回った。もっとも、周囲がどう思おうと、京香には関係のないことだった。公園は夕日に染められ、頬を引き締める寒風が吹きすさんだが、京香のマフラーは、かろうじて京香の中にある温かい気持ちを守ってくれた。
 遠くで声がした。真っ赤なアスファルトの向こう側に、小さな人影が見えた。
 雅史だった。
 雅史は今日に限ってなぜか急いでいるようで、京香の元へと一目散に走ってくる。
「おーい」
 京香は顔を無邪気にほころばせ、背伸びをすると、大げさに、元気よく両手を振った。
 やがて、雅史は京香の前で減速すると、上半身を傾け、両膝に手を当てると、肩で息をしながら、赤い公園の情景を見た。
「どうしたの、なんかいいことあった?」
 京香は鞄を後ろ手に持って、首を傾げるようにして、雅史の背中に問いかけた。雅史はまだ肩で息をしている。しかし、
「あ、うん、ちょっと」
 と、肩で息をしながらも答えた。
 よく見ると、雅史の手には、なにやら小さな箱のようなものが握られている。それはここから見える夕日のような色で、周囲の景色に滲んで見えた。その箱は、アクセサリーを入れる小箱だった。
 京香の中で、どう形容していいのか、不安があった。
 それは、私のための――。
 なにか、止めを刺されるような気がした。それを貰ったら、どうなってしまうんだろうか。嬉しいような、不安なような。
 京香は複雑な気分のまま、雅史の呼吸が整うのを待った。やがて、五分と経たないうちに雅史は呼吸を整え半身を起こした。だが、何も言い出さない。
 空白が二人を包み込み、北方から訪れた来客が、二人の頬をなで、冷たく通り過ぎた。
「寒いね」
 間を埋めるためのただ一言。
「うん」
 会話は続かなかった。ただ時間が過ぎてゆく。こんな時、大抵は京香から話を切り出してしまうのだが、今日の京香は、雅史が手に持つ箱が気になって仕方がなかった。
「冬、来たね」
 以前、公園で交わした言葉を思い出し、京香はよく考えもせずに、口に出した。言葉にした瞬間、京香は余計に気まずくなる、と思ったが、全くそれとは関係のない言葉が雅史の口から飛び出した。
「これ、受け取って」
 雅史の目が潤んでいる。あるいは、夕日に照らされて、そう見えただけかも知れない。
 京香の心臓は、否応なしに早鐘を打った。しかし、差し出された以上は、受け取らなければいけない、そんな気がした。
「ありがとう」
 京香は一言だけ呟くと、再び押し黙った。
 雅史はどうしても、詳細を伝えたかった。
 この箱の中には、あの桜の木の下から掘り起こした銃弾があって、それはキューピッドになぞらえた現代版なんだ。
 しかし、その言葉が口を突いて出ることはなかった。雅史の生来の性格はここでも当人の邪魔をした。
「うん」
 とだけ、雅史の口から言葉が飛び出した。それが精一杯だった。
「じゃあ、私、今日は帰るね……センター近いから」
 雅史の想いをよそに、京香はゆっくりと背を向けると、寂しそうな空気を漂わせながら、雅史のいた場所を後にした。
 雅史は手を空中に差し出すと、精一杯引き留めようとした。しかし、出てきたのは、
「あ」
 という、言葉にならない小さな声だけだった。



 京香はシャープ・ペンシルを持ったまま、照明も付けない部屋で、机に向かっていた。机に備え付けられたスタンドだけが、京香の周辺を照らした。
 机の上には、あの箱があった。
 京香はそれから片時も目線を反らそうとはしなかった。中央には、リボンが巻き付けられた銃弾。意味は分からなかったが、きっとこれが彼なりの愛情表現だと言うことは、容易に想像できた。時々エキセントリックな趣味をさも普通のことのように話す雅史を、京香はよく目にしていたからだ。
 しかし、何となく、京香の中でごまかしが始まっていた。
 彼は何を届けたかったんだろう。
 白々しい嘘。そのごまかしは、彼との関係を今までと同じように続ける上でのちょっとしたエッセンスだった。しかし、そんな京香の常套手段も、今日は通じなかった。
 よく磨かれて輝く銃弾に、京香の名前が刻まれていた。
 不幸にも、京香は読解力がない方ではなかった。つまり、その銃弾の真意が分かってしまった。
 京香の中で何かが灰色になってゆくような、そんな想いが生じ始めていた。京香は、彼との関係を決定付けたくはなかった。友達のような、恋人のような、そんな関係が続くと思っていた。
 少なくとも、センター試験が終わって、離ればなれになるまでは。



 嫌いだったんだ。
 そう、思いこむしかなかった。雅史は一人、放課後の教室で、座っていた。携帯は鳴らなかった。いつもは一杯になる受信箱も、今日は空のままだ。昨日あったことが、本当にあったことか疑わしくなってくる。
 窓から見える夕日は、そんなことを思い起こさせた。
 昨日という日はきっと、夕日にとけ込んで消えてしまったのだろう。
 実感が湧かなかった。どこか白けきったような気分で、目の前に展開される橙の光とは、全く関係のない、真っ白な気持ちだった。強いて言うならば、周囲がコンクリートで、その上に白ペンキを塗り、きつい照明を当てたような、そんな部屋にいる気分だ。
 じゃあ、今までの彼女は、いったい何だったんだろう。
 いくつもの選択肢がループした。
 彼女は元々、僕のことを好きでも何でもなかった。あるいは、嫌いじゃないけど、ちょっとした友達。それでもあの態度は――。
 ループは終わらず、携帯を胸ポケットにしまい込むと、雅史は机に伏せた。
 そんな時、教室の入り口の方から、声がかかった。
「あっれ、めっずらしいね。今日彼女は?」
 スカートの丈が短く、髪は不自然なほど手入れされていて、黒髪。その生徒は、雅史のところまで近づいてくると、肩を叩いた。ふと起き上がる雅史。
「なに? なんかあった?」
 普段話したこともない、女子生徒だった。
 確か、奈々とか、そんな名前だったはず。
 普段の雅史ならここではきはきと答えることは出来ない。しかし、今日の雅史は、心を閉ざして、言葉だけが飛び出た。
「あったよ」
 いつになくはきはきと答える雅史を見て、奈々は驚いた。
「あんたが話しているの初めて聞いた」
「僕も、君と初めて話した」
 なぜか、話が途切れることはなかった。普段、雅史が話せるのは、家族と京香くらいのものだ。
「フラれた? 当たってる」
「当たってるよ」
「なにそれ、チョーダサイ」
 奈々は両手を叩いて“ウケ”ていた。ところが、それを制するかのように、
「なんだ、冷やかしに来たのか」
 と、雅史は少し声を荒らげた。この態度もいつもの雅史ではない。
「違うよー。ただ、なんか教室来たら、『あ、人がいる』って。放課後ここに残ってる奴って、基本的に悪い奴しかいないからさ。でもまあ、あいつらもセンター近いからって、今はたむろしてないみたいだけど」
「そう」
 雅史はそれだけ言うと、再び腕を組んで、机に伏した。
「あーもう、ちょっと聞いてよ。みんな勉強ばっかして暇だからさ、あんた試験の対策はばっちりでしょ? だから、今度買い物つきあってよ」
 どういう風の吹き回しかは知らなかったが、奈々はこの冴えない男に、ちょっとした興味を持っているようだった。雅史は、うつぶせのまま一言、言ってしまった。
「いいよ」



 あれから数ヶ月、京香の鞄の中には、いつも保留にされた心が置き去りにされていた。
 鞄の中の心。それは、あの赤い小箱。
 センター試験は既に終わっていた。噂に聞いたところによると、雅史は既に、沖縄行きを決めたらしい。しかし、噂はそれとはまた別の話を京香に運んできた。どうも、最近派手な女とつきあっているらしい。
 うそ。でも、関係ない。
 京香は平然とした顔で、残り少ない高校生活を送った。
 ある日のことだった。
 クリスマスの日、京香が街角で佇んでいると、金のネックレスをした、いかにも“それ”関係の男に出くわした。そいつはクリスマスの夜だというのに、彼女も連れずに、街をほっつき歩いていた。おおかた、売れないのだろう。彼の同業者は、絶対にお得意様と今頃豪勢なディナーをとっているに違いない。
 どこかがすり切れているような、奇妙な気持ちだった。普通は、夜の仕事のことなど、考えたこともない。
 男は京香に気がつくと、何万回と繰り返されたであろう、ありきたりな言葉で京香に声をかけた。
 発泡スチロールみたく、空から雪が降った。
 男は、ウチの店にに来ないかと言う。
 京香は男の浅黒い肌に目をやりながら、こう答えた。
「私、お金はないから」
 その言葉を聞いて男は、
「いやいや、いいんだよ、サービスデイだから、一見さんでもただにしとくよ」
 と言った。
 しかし、京香は表情を変えずに男に向かってこんな言葉を発していた。
「店には行かない。でも、クリスマスは寒いから、手っ取り早く暖まれば、それでいいの」
 男の手が京香の肩に伸び、巨大なクリスマス・ツリーの明かりが、夜の暗闇に消えゆく二人の姿を余計に見えなくした。



 卒業式は終わり、あの制服を着ることもなくなった。その代わり、以前は着ることもなかった、洒落たコートを羽織っている。奈々に教えられた数々の出来事は、雅史を大きく変えていた。雅史はあの公園の、桜の木の下に立った。さすがに、掘り起こした跡は堅くなっており、脚で踏んづけてもコツコツという音を立てるばかりだった。冬の寒さが土を余計に凝固させるのだろう。
 雅史はそうやって、何度か脚で桜の木の根元を踏みつけたが、なにかが心に引っかかり、あの日手にしたスコップを手に、公園に戻った。公園は夕日が包み込んでいた。
 そこには京香がいた。
 雅史の見慣れない、大人びた雰囲気の京香は、桜の木の下でただ一人、佇んでいた。
 雅史はあの時のように走ることはなく、京香の元へと近づいていった。
 ふと、京香が振り向く。
 口紅は赤く、眉は整えられている。以前のような清潔さはそこにはなかった。
 しかし、それは雅史も同じこと。
「こんにちは」
 他人行儀な台詞だった。
 雅史はそのまま、京香から目線を外し、手に持ったスコップで、土をえぐり始めた。京香も目線を落とし、それを見守る。その光景は、まるで予定された儀式のように、粛々と行われた。
 沖縄には冬がないという。
 雅史の頭の中に、沖縄という単語だけが浮かんだ。情景はない。ウミガメも見えない。
 京香は風に髪をなびかせ、儀式の行方を見守った。
 やがて、土塊は穴の周辺に積み重なり、大きな空洞がそこに現出していた。しかし、掘れども掘れども何も出てこない。穴は以前掘ったものよりも数段大きくなり、やがて雅史はスコップを持ったまま、掘ることを止め、穴をぼんやりと見つめた。
「そこ」
 突然、京香が口を開いた。
 雅史は京香の言葉を聞いて、大きなほらあなの中を注視した。そこには、赤く錆びた、何かが見える。
 雅史のスコップを再び穴へと差し向けると、その周辺を掘り進めた。次第に周辺は掘り進められ、それは姿を現した。
 真っ赤な、あの頃の夕日のような銃弾。今日の夕日のような銃弾。
 雅史はそれを取り出すと、スコップを地面に放って、ゆっくりと立ち上がった。
 そして京香に、言った。
「クリスマス・プレゼントには間に合わなかったけど。俺の気持ち。キューピッドはもういないかも知れないけどね」
 雅史は確かに“俺”と言った。そして、いつになくスムーズにその言葉を発した。ストレートに、強く。
 京香は黙ったままだった。しかし、あの時のような不安な顔はしていなかった。京香の目はまっすぐに雅史の目を見つめていた。どこかで近づいてくる現実が、風に乗って二人の周囲を駆け抜けた。
「沖縄って暖かいんだよね」
「ああ」
 しばし、静寂が訪れた。
「じゃあ、ここにいても暖かさが届くね」
 けして、吹きすさぶ風が暖かくなることはないだろう。しかし、それでも確かな気持ちが今の二人にあった。前のような、切れそうな細い糸はそこにはなく、二人の間には、いつになく深い気持ちがあった。



 大学の彼はよく大きな魚を片腕に持って、以前では考えられなかった逞しい体つきをしている。写真はどこだか分からなかったけど、それは手紙によると、石垣島ということらしかった。
 春になっても、こちらは寒い。
 それでも、この手紙が届く頃には、私の心はいつになく暖かな気持ちになる。ウミガメは危機に瀕しているという。彼は献身的な気持ちで、ウミガメの環境保護に勤めているといった。これまではある女の影響でささくれ立った雰囲気を臭わせることも多かったけど、今では逞しくなって、その上純粋だ。そう言う意味で、あの女にはちょっと感謝している。奈々って言ったっけ。
 結局、あの“どもり”は聞けなくなったのは残念だけど、いいの。
 銃弾は今でも二つ、部屋に飾ってある。
 綺麗に磨かれたあの頃の私と雅史、そして、赤く濁った私と雅史。
 それは、今でも大切な宝物。



完   

id:aoi_ringo

いつもほんとうにありがとうございます

大切に読ませて頂きました

こういう背景があったんですね

ありがとうございました

2006/11/23 09:44:38

その他の回答(8件)

id:midoring No.1

midoring回答回数350ベストアンサー獲得回数42006/11/18 10:18:07

ポイント15pt

恥ずかしながら、彼は言った

あのさ、クリスマスのさ・・

プレゼント。

何がいい?


私は思わず、戸惑った。

欲しいもの。

考えたことが無かった。

いつも一緒に居て、それ以上に欲しいものなんて無かった。

「一緒に居る時間」

そう答えた。

神様・・・あとどのくらい、彼と一緒にいられるのでしょうか・・・

id:aoi_ringo

いつまでもすきなひとと

いっしょにいたいですね

ありがとうございました

2006/11/23 09:33:23
id:coetan No.2

coetan回答回数114ベストアンサー獲得回数52006/11/18 10:23:12

ポイント15pt

「あ、あ、あ、あれはなんだ!」

後ろで彼が、妙にわざとらしい叫び声をあげた(気が付けば、私は彼より随分先を歩いていた)。

彼が指差す方角を見上げると、そう高くない木の枝先に、何かぶらぶらぶらしている。

近寄って見ると、それはふたつの御守り。

高くないと思った枝に、私の手はぎりぎり届かず、風が御守りをくるくる廻した。

よく見ると、ひとつは大山寺で、もうひとつは千光寺の。

ぴんときて、彼を見た。

「じゅ、12月だから、赤と緑のにしてみたんだけど…」

彼は言って、ふたつのお守りを枝から外すと、私にくれた。

「おまもりなのに、欧米か」

つっこんでみたけど、照れ隠しだから決まらなかった。

id:aoi_ringo

ツリーですね

ありがとうございました

2006/11/23 09:34:16
id:hanatomi No.3

hanatomi回答回数853ベストアンサー獲得回数362006/11/18 13:04:25

ポイント30pt

彼は言った。

「一緒に自習室へこうやって通うのも、あとわずかだね。」

私は言った。

「うん。あと少し。」



彼は、少し照れくさそうに、頭に手を当てて、空を見て言った。



「勉強仲間だった俺が言うのもへんだけど、


センター、・・・。

気軽に受けたらいいよ。



ほら、由美は本番に弱いだろ?」






「ふふふ。^^」


そうだな、と思った。



普段のテストの前でもプレッシャーに押しつぶされそうになる。

強くならなきゃと思っても不安に負けそうになる。



「どうなってもね、大丈夫だよ。」



歩きながら横切った公園のブランコに手をかけ、

立ちこぎをしだすと、彼はもう一度言った。



「絶対に大丈夫!!」





私は笑った。



「うん。」



励ましてくれた言葉が嬉しかったが、

自営業を営んでいる由美の家の家計状況を考えると、

浪人も、私立大学も選ぶ選択肢はなかった。



このセンターでいい結果を出すかどうかが、

由美の未来に大きく関わっているのだ。



由美は又胃が痛くなるのを感じた。




すかさず彼は言った。

唐突に、自然に、でも、はっきりと、真剣に言った。




「結婚したら、  いいから。」


「・・・・・・。」



「僕と、  結婚したら、  いいから。」



そしてブランコの上から空を見た後

こっちを見て、にっこりと笑った。





彼はブランコから飛び降りると

私に近づき、


触るか触らないかで私を大きく包むと、

もう一度言った。



「大丈夫だからね」




苦しさの中の芯にある一番硬い塊が溶けていくようで、

自然と涙がこぼれてきた。

そして


「負けない!」「がんばる!」

と、力が出てきたのを感じた。

id:aoi_ringo

空白が静かで素敵でした

ありがとうございました

2006/11/23 09:35:32
id:tarou4649 No.4

tarou4649回答回数132ベストアンサー獲得回数02006/11/19 08:55:53

ポイント15pt

きれいな空だな、私はそう思いながら幸せなひと時をすごしていた。

そのときだった。公園の中の1本の柳の木の陰に昔の軍人のような人がこちらを見て笑っている。

不気味に思いすぐにそこから離れた。

後で調べたことによると、昔、戦争をしていたころそこにあった軍隊の基地にアメリカ軍の爆撃があったらしくその軍隊は全滅したんだそうだ。そして夜になるとたくさんの軍人が柳の陰に集まっているんだそうだ・・・

id:aoi_ringo

実際にそういう公園知ってます

いろいろうわさあるみたいです

ありがとうございました

2006/11/23 09:36:27
id:ttz No.5

ttz回答回数690ベストアンサー獲得回数72006/11/19 15:25:44

ポイント50pt

空にはいくつかの冷たい星が瞬いていた。

「星の光って相当昔のものなんだよね。」

と、わたしが切り出す。

「そうだね。」

「不思議だよね。今見ているものなのに。」

「うん。」

 

「あの光は昔のものだけど、わたし達は今見てる。」

彼は何も言わない。

ただ落ち葉を踏み分ける音だけが響いた。

 

「あの星はもしかしたら今はもうないのかもしれないのにね。」

「・・・。」

彼は何を考えているんだろう。

ちらっと横目で見てみたが、分からなかった。

 

「もしかしたら神様はもうわたし達の将来を知ってるかもしれないけど、わたし達は知らない。」

「・・・。」

 

寒い夜。

本当に静かな夜だ。

 

「あのさ。」

今度は彼が切り出した。

「クリスマスだよね。」

「そうだね。もうすぐクリスマスだね。」

「友子はどこか行くの?」

「わたし、まだ予定は決めてないよ。」

 

「そっか。。。」

 

そこまで聞いて、また黙ってしまう彼。

それでもわたしには分かった。彼の心臓の音が聞こえるようで嬉しかった。

 

「プレゼント・・・。プレゼントを考えていたんだけど。」

「わたしに?」

「うん。神様より先に、将来を決めたいなと思って。。。」

 

不意に肩を抱かれた。

今度はわたしの心臓が鳴った。

 

「今度、きれいな星を見に行こう。クリスマスの夜に。」

 

今日の彼はどうしたんだろう。

これまで、こんな事をいう人じゃなかったのに。

 

「うん。楽しみにしとく。」

 

彼はわたしの目をゆっくりと見た。

わたしの方が少し照れた。

少しだけ震えている。彼に気付かれているだろうか。

彼はまだわたしを見つめている。

そして両肩を前から抱いた。

わたしは、ゆっくりと目を閉じて・・・

id:aoi_ringo

読んでる方がドギドキ

ありがとうございました

2006/11/23 09:37:38
id:ElekiBrain No.6

ElekiBrain回答回数255ベストアンサー獲得回数152006/11/19 21:07:10ここでベストアンサー

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 梶井基次郎の一節を思い出した。
 桜の木の下には、死体。
 あの陰鬱なナルシスト文学を雅史はあまり好きではなかったが、今日はとにかくそんなことを思い出す日だ。
 冬の風は冷たく、急に冷え込んだ空の雲は、凍えて縮こまっているかのようだった。公園は桜の木が植えてあり、今では春に見せた桃色の化粧もない。都会とはいえ、この時間に外出している人はおらず、辺りは暗闇に沈殿して静まりかえっていた。かつて、この公園は旧日本陸軍の射撃場があったらしい。今では数が少なくなってしまったが、掘り起こせば希少な弾丸が見つかるという。しかし、本当かどうかは分からない。
 だが、そんな都市伝説を高校生の雅史は何となく信じた。いや、信じたというよりは、彼の詩的な、言い換えれば梶井基次郎とさして変わらないナルシストな心境がそうさせたのかも知れない。梶井ほど退廃的ではないにせよ。
 雅史は桜の根元を掘り起こしていた。硬い土が邪魔して爪に砂が入り込むだけだったので、ついにはムキになって自宅に帰り、スコップで地面を掘り起こした。なにか、とにかく夢中になっていた。思い出すのは一人の女の子。名前を京香といった。
 雅史が無我夢中で土塊を掘っては取り除き、掘っては取りのぞきをするうちに、やがて、桜の根元が公園のスポットライトに照らされ、姿を現した。雅史には、あるアイディアがあった。
 銃弾は、現代の弓矢だ。かつて、ギリシア神話にはキューピッドと呼ばれる存在がいた。いや、いたというのも語弊があるけど、とにかく、現代で要約すると、即ちそれは銃弾だ。恋の銃弾、それを彼女に届けたい。
 雅史の頭の中に、弓矢を持つはずのキューピッドが迷彩服を着て、ヘルメットを被り、ライフルを構えている様子が浮かんだ。それは何となく詩的ではなかったため、雅史はそれを頭の片隅へと追いやり、ついには消してしまった。
 そうして、三時間もの間、雅史は桜の根元を掘り返した。しかし、なかなか見つからない。夜は更け、腕時計の針は夜の十一時を指していた。雅史は立ち上がると、薄暗く夜景に照らされる、街の空を見た。ここからは星が見えなかった。
 きっと、沖縄の夜は、満天の星空なのだろう。
 雅史は掘り返した土のかたまりに再び目を落とし、ため息をついた。無我夢中で掘り起こしてみたものの、これを元に戻す労力を思うと、うんざりした。そんな時、雅史の目にあるものが光った。それは周辺の土を赤茶けたものへと変色させ、冷え切った空気にその片鱗を晒していた。
「あった!」
 雅史は殆ど瞬間的にしゃがみ込むと、それを掴んだ。だが、土に埋まっているため、なかなか思うように取り出せない。慌ててスコップを周辺の土に差し込み、雅史は外堀を埋める赤い土を一挙に取り除いた。
 そして、ゆっくりと、慎重に引き抜いてゆく。
 取れた。
 雅史の顔に満面の笑みが灯り、手には錆びた銃弾があった。



 センター試験も近いというのに、京香は授業が頭に入らなかった。「センターまであと何日か、お前ら分かっているか」
 先生の言葉が頭に浮かんだ。
 京香の頭の中には冴えない顔をした、ナイーブな青年がいた。その青年はいつも何かを言いかけては、引っ込める。だが、京香はその青年の仕草に、いつも心の奥をくすぐられる。
 どう表現したらいいのだろう。友達なんだけど、友達を越えてまで想う気にはなれず、だけど、友達と言いきってしまうのはどうにも抵抗がある。
 雅史。
 京香の顔がほころぶと同時に、胸一杯に彼の甘い香りが広がる。お気に入りのケーキ屋さんで、チョコレートが入ったドーナッツを買うような、そんなドキドキ感。
 以前、妹の裕子に彼のことを聞いたら、好きなの? と聞き返された。ストレートな聞き方に、京香は何となくはぐらかしたのだ。しかし、妹はそんなことは意に介さず、京香にずけずけと言った。
「あたしは、あのタイプはだめ。だって、優柔不断すぎるし」
 京香はむっとした。
 そこがいいのに。
 でも、なぜ友達のことを言われて、私はむっとしているのだろう。気にしなきゃいいのに。いや、たぶんそんな問題じゃない。なにか、大切なものを傷つけられた気分。
 大切って、何が、どんなふうに。
 頭でばさっという音がし、京香は思わず上を見上げた。そこには髭の剃り残しが著しい、担任の顔があった。彼は担任と世界史を兼任している。彼の持つテキストは京香の頭にヒットしていた。
「おい天野、何にやけてんだ。世界史の単位やらんぞ」
 先生は言った。京香は慌てて、
「すみません」
 とだけ言うと、クラスのお調子者が、
「彼女は遙か遠い世界に飛び立ってたんですよ。邪魔しちゃだめです、先生」
 といい、教室の中ににわかな笑いが起こった。
「うまいこと言ったつもりか。授業に集中しろ」
 京香は笑っているのか、笑っていないのか、微妙な表情で黒板に目をやると、ノートに内容を書き写し始めた。それを確認した担任は教卓の方へとゆっくりと歩き出した。
「はい、そしたら、教科書の36ページ」
 担任の注意が反れると、再び京香は黒板の内容をノートに書き写すふりをして、再び頭の中にある世界史の勉強に取り組もうとしていた。しかし、先ほどと違い、あまり良い想いが思い浮かばない。
 雅史とは、大学入試センター試験の後で、離ればなれになる。私は都内に残り、彼は沖縄に行くという。なんでも、ウミガメの生態系を研究したいのだ、と彼は夢を語っていた。
 そんな風に、雅史が嬉しそうに語る度、その横顔を眺める京香の中でいとおしさと不安と、友情と、よく分からない想いが交錯するのだ。



 雅史は、入り慣れていない、宝石店の一角にいた。
 まるで浮き上がったように、雅史は入り口でぽつんと取り残されていた。周囲には、照明に照らされて輝くネックレスや、ピアス、ショーウィンドウ内には、雅史が日常的に見るコンビニの値札にゼロをいくつか足した商品が所狭しと並んでいる。値札自体が数千万しそうな勢いである。
 雅史がぼんやりしていると、奥から店員がやってきて、当たり前の台詞を丁寧に口にした。
「いらっしゃいませ。何か、お探しのでもございますか」
 雅史は硬直したまま、その店員に何かを伝えようとする。体中から汗が噴き出し、肩に力が入った。
「あ、いえ」
 思わず発したその一声で、店員の顔は一瞬不思議なものを見るような表情になったが、再び営業スマイルを取り戻した。
 雅史はとにかく、生来の性格が嫌だった。どうにも人の前で自分の想いを伝えることが苦手だ。それが日常的な用事であったとしても、雅史は“いつものように”硬直した。
「銀を、磨く」
 しどろもどろに言う雅史の言葉を店員は手際よく翻訳して、こう言った。
「シルバー・クリーナーのことでございますか」
「あ、はい」
 雅史はほっと胸をなで下ろしたが、空気には馴染めず、再び入り口付近で硬直した。



 公園で、京香は待った。この公園で雅史とよく放課後に道草を食う。ある時、それを目撃した周囲の人間が交際をほのめかす話をクラスで流し、それは瞬く間に広がったが、京香は心の中に何らかの違和感を覚えながらも、ひたすら友達であると説明して回った。もっとも、周囲がどう思おうと、京香には関係のないことだった。公園は夕日に染められ、頬を引き締める寒風が吹きすさんだが、京香のマフラーは、かろうじて京香の中にある温かい気持ちを守ってくれた。
 遠くで声がした。真っ赤なアスファルトの向こう側に、小さな人影が見えた。
 雅史だった。
 雅史は今日に限ってなぜか急いでいるようで、京香の元へと一目散に走ってくる。
「おーい」
 京香は顔を無邪気にほころばせ、背伸びをすると、大げさに、元気よく両手を振った。
 やがて、雅史は京香の前で減速すると、上半身を傾け、両膝に手を当てると、肩で息をしながら、赤い公園の情景を見た。
「どうしたの、なんかいいことあった?」
 京香は鞄を後ろ手に持って、首を傾げるようにして、雅史の背中に問いかけた。雅史はまだ肩で息をしている。しかし、
「あ、うん、ちょっと」
 と、肩で息をしながらも答えた。
 よく見ると、雅史の手には、なにやら小さな箱のようなものが握られている。それはここから見える夕日のような色で、周囲の景色に滲んで見えた。その箱は、アクセサリーを入れる小箱だった。
 京香の中で、どう形容していいのか、不安があった。
 それは、私のための――。
 なにか、止めを刺されるような気がした。それを貰ったら、どうなってしまうんだろうか。嬉しいような、不安なような。
 京香は複雑な気分のまま、雅史の呼吸が整うのを待った。やがて、五分と経たないうちに雅史は呼吸を整え半身を起こした。だが、何も言い出さない。
 空白が二人を包み込み、北方から訪れた来客が、二人の頬をなで、冷たく通り過ぎた。
「寒いね」
 間を埋めるためのただ一言。
「うん」
 会話は続かなかった。ただ時間が過ぎてゆく。こんな時、大抵は京香から話を切り出してしまうのだが、今日の京香は、雅史が手に持つ箱が気になって仕方がなかった。
「冬、来たね」
 以前、公園で交わした言葉を思い出し、京香はよく考えもせずに、口に出した。言葉にした瞬間、京香は余計に気まずくなる、と思ったが、全くそれとは関係のない言葉が雅史の口から飛び出した。
「これ、受け取って」
 雅史の目が潤んでいる。あるいは、夕日に照らされて、そう見えただけかも知れない。
 京香の心臓は、否応なしに早鐘を打った。しかし、差し出された以上は、受け取らなければいけない、そんな気がした。
「ありがとう」
 京香は一言だけ呟くと、再び押し黙った。
 雅史はどうしても、詳細を伝えたかった。
 この箱の中には、あの桜の木の下から掘り起こした銃弾があって、それはキューピッドになぞらえた現代版なんだ。
 しかし、その言葉が口を突いて出ることはなかった。雅史の生来の性格はここでも当人の邪魔をした。
「うん」
 とだけ、雅史の口から言葉が飛び出した。それが精一杯だった。
「じゃあ、私、今日は帰るね……センター近いから」
 雅史の想いをよそに、京香はゆっくりと背を向けると、寂しそうな空気を漂わせながら、雅史のいた場所を後にした。
 雅史は手を空中に差し出すと、精一杯引き留めようとした。しかし、出てきたのは、
「あ」
 という、言葉にならない小さな声だけだった。



 京香はシャープ・ペンシルを持ったまま、照明も付けない部屋で、机に向かっていた。机に備え付けられたスタンドだけが、京香の周辺を照らした。
 机の上には、あの箱があった。
 京香はそれから片時も目線を反らそうとはしなかった。中央には、リボンが巻き付けられた銃弾。意味は分からなかったが、きっとこれが彼なりの愛情表現だと言うことは、容易に想像できた。時々エキセントリックな趣味をさも普通のことのように話す雅史を、京香はよく目にしていたからだ。
 しかし、何となく、京香の中でごまかしが始まっていた。
 彼は何を届けたかったんだろう。
 白々しい嘘。そのごまかしは、彼との関係を今までと同じように続ける上でのちょっとしたエッセンスだった。しかし、そんな京香の常套手段も、今日は通じなかった。
 よく磨かれて輝く銃弾に、京香の名前が刻まれていた。
 不幸にも、京香は読解力がない方ではなかった。つまり、その銃弾の真意が分かってしまった。
 京香の中で何かが灰色になってゆくような、そんな想いが生じ始めていた。京香は、彼との関係を決定付けたくはなかった。友達のような、恋人のような、そんな関係が続くと思っていた。
 少なくとも、センター試験が終わって、離ればなれになるまでは。



 嫌いだったんだ。
 そう、思いこむしかなかった。雅史は一人、放課後の教室で、座っていた。携帯は鳴らなかった。いつもは一杯になる受信箱も、今日は空のままだ。昨日あったことが、本当にあったことか疑わしくなってくる。
 窓から見える夕日は、そんなことを思い起こさせた。
 昨日という日はきっと、夕日にとけ込んで消えてしまったのだろう。
 実感が湧かなかった。どこか白けきったような気分で、目の前に展開される橙の光とは、全く関係のない、真っ白な気持ちだった。強いて言うならば、周囲がコンクリートで、その上に白ペンキを塗り、きつい照明を当てたような、そんな部屋にいる気分だ。
 じゃあ、今までの彼女は、いったい何だったんだろう。
 いくつもの選択肢がループした。
 彼女は元々、僕のことを好きでも何でもなかった。あるいは、嫌いじゃないけど、ちょっとした友達。それでもあの態度は――。
 ループは終わらず、携帯を胸ポケットにしまい込むと、雅史は机に伏せた。
 そんな時、教室の入り口の方から、声がかかった。
「あっれ、めっずらしいね。今日彼女は?」
 スカートの丈が短く、髪は不自然なほど手入れされていて、黒髪。その生徒は、雅史のところまで近づいてくると、肩を叩いた。ふと起き上がる雅史。
「なに? なんかあった?」
 普段話したこともない、女子生徒だった。
 確か、奈々とか、そんな名前だったはず。
 普段の雅史ならここではきはきと答えることは出来ない。しかし、今日の雅史は、心を閉ざして、言葉だけが飛び出た。
「あったよ」
 いつになくはきはきと答える雅史を見て、奈々は驚いた。
「あんたが話しているの初めて聞いた」
「僕も、君と初めて話した」
 なぜか、話が途切れることはなかった。普段、雅史が話せるのは、家族と京香くらいのものだ。
「フラれた? 当たってる」
「当たってるよ」
「なにそれ、チョーダサイ」
 奈々は両手を叩いて“ウケ”ていた。ところが、それを制するかのように、
「なんだ、冷やかしに来たのか」
 と、雅史は少し声を荒らげた。この態度もいつもの雅史ではない。
「違うよー。ただ、なんか教室来たら、『あ、人がいる』って。放課後ここに残ってる奴って、基本的に悪い奴しかいないからさ。でもまあ、あいつらもセンター近いからって、今はたむろしてないみたいだけど」
「そう」
 雅史はそれだけ言うと、再び腕を組んで、机に伏した。
「あーもう、ちょっと聞いてよ。みんな勉強ばっかして暇だからさ、あんた試験の対策はばっちりでしょ? だから、今度買い物つきあってよ」
 どういう風の吹き回しかは知らなかったが、奈々はこの冴えない男に、ちょっとした興味を持っているようだった。雅史は、うつぶせのまま一言、言ってしまった。
「いいよ」



 あれから数ヶ月、京香の鞄の中には、いつも保留にされた心が置き去りにされていた。
 鞄の中の心。それは、あの赤い小箱。
 センター試験は既に終わっていた。噂に聞いたところによると、雅史は既に、沖縄行きを決めたらしい。しかし、噂はそれとはまた別の話を京香に運んできた。どうも、最近派手な女とつきあっているらしい。
 うそ。でも、関係ない。
 京香は平然とした顔で、残り少ない高校生活を送った。
 ある日のことだった。
 クリスマスの日、京香が街角で佇んでいると、金のネックレスをした、いかにも“それ”関係の男に出くわした。そいつはクリスマスの夜だというのに、彼女も連れずに、街をほっつき歩いていた。おおかた、売れないのだろう。彼の同業者は、絶対にお得意様と今頃豪勢なディナーをとっているに違いない。
 どこかがすり切れているような、奇妙な気持ちだった。普通は、夜の仕事のことなど、考えたこともない。
 男は京香に気がつくと、何万回と繰り返されたであろう、ありきたりな言葉で京香に声をかけた。
 発泡スチロールみたく、空から雪が降った。
 男は、ウチの店にに来ないかと言う。
 京香は男の浅黒い肌に目をやりながら、こう答えた。
「私、お金はないから」
 その言葉を聞いて男は、
「いやいや、いいんだよ、サービスデイだから、一見さんでもただにしとくよ」
 と言った。
 しかし、京香は表情を変えずに男に向かってこんな言葉を発していた。
「店には行かない。でも、クリスマスは寒いから、手っ取り早く暖まれば、それでいいの」
 男の手が京香の肩に伸び、巨大なクリスマス・ツリーの明かりが、夜の暗闇に消えゆく二人の姿を余計に見えなくした。



 卒業式は終わり、あの制服を着ることもなくなった。その代わり、以前は着ることもなかった、洒落たコートを羽織っている。奈々に教えられた数々の出来事は、雅史を大きく変えていた。雅史はあの公園の、桜の木の下に立った。さすがに、掘り起こした跡は堅くなっており、脚で踏んづけてもコツコツという音を立てるばかりだった。冬の寒さが土を余計に凝固させるのだろう。
 雅史はそうやって、何度か脚で桜の木の根元を踏みつけたが、なにかが心に引っかかり、あの日手にしたスコップを手に、公園に戻った。公園は夕日が包み込んでいた。
 そこには京香がいた。
 雅史の見慣れない、大人びた雰囲気の京香は、桜の木の下でただ一人、佇んでいた。
 雅史はあの時のように走ることはなく、京香の元へと近づいていった。
 ふと、京香が振り向く。
 口紅は赤く、眉は整えられている。以前のような清潔さはそこにはなかった。
 しかし、それは雅史も同じこと。
「こんにちは」
 他人行儀な台詞だった。
 雅史はそのまま、京香から目線を外し、手に持ったスコップで、土をえぐり始めた。京香も目線を落とし、それを見守る。その光景は、まるで予定された儀式のように、粛々と行われた。
 沖縄には冬がないという。
 雅史の頭の中に、沖縄という単語だけが浮かんだ。情景はない。ウミガメも見えない。
 京香は風に髪をなびかせ、儀式の行方を見守った。
 やがて、土塊は穴の周辺に積み重なり、大きな空洞がそこに現出していた。しかし、掘れども掘れども何も出てこない。穴は以前掘ったものよりも数段大きくなり、やがて雅史はスコップを持ったまま、掘ることを止め、穴をぼんやりと見つめた。
「そこ」
 突然、京香が口を開いた。
 雅史は京香の言葉を聞いて、大きなほらあなの中を注視した。そこには、赤く錆びた、何かが見える。
 雅史のスコップを再び穴へと差し向けると、その周辺を掘り進めた。次第に周辺は掘り進められ、それは姿を現した。
 真っ赤な、あの頃の夕日のような銃弾。今日の夕日のような銃弾。
 雅史はそれを取り出すと、スコップを地面に放って、ゆっくりと立ち上がった。
 そして京香に、言った。
「クリスマス・プレゼントには間に合わなかったけど。俺の気持ち。キューピッドはもういないかも知れないけどね」
 雅史は確かに“俺”と言った。そして、いつになくスムーズにその言葉を発した。ストレートに、強く。
 京香は黙ったままだった。しかし、あの時のような不安な顔はしていなかった。京香の目はまっすぐに雅史の目を見つめていた。どこかで近づいてくる現実が、風に乗って二人の周囲を駆け抜けた。
「沖縄って暖かいんだよね」
「ああ」
 しばし、静寂が訪れた。
「じゃあ、ここにいても暖かさが届くね」
 けして、吹きすさぶ風が暖かくなることはないだろう。しかし、それでも確かな気持ちが今の二人にあった。前のような、切れそうな細い糸はそこにはなく、二人の間には、いつになく深い気持ちがあった。



 大学の彼はよく大きな魚を片腕に持って、以前では考えられなかった逞しい体つきをしている。写真はどこだか分からなかったけど、それは手紙によると、石垣島ということらしかった。
 春になっても、こちらは寒い。
 それでも、この手紙が届く頃には、私の心はいつになく暖かな気持ちになる。ウミガメは危機に瀕しているという。彼は献身的な気持ちで、ウミガメの環境保護に勤めているといった。これまではある女の影響でささくれ立った雰囲気を臭わせることも多かったけど、今では逞しくなって、その上純粋だ。そう言う意味で、あの女にはちょっと感謝している。奈々って言ったっけ。
 結局、あの“どもり”は聞けなくなったのは残念だけど、いいの。
 銃弾は今でも二つ、部屋に飾ってある。
 綺麗に磨かれたあの頃の私と雅史、そして、赤く濁った私と雅史。
 それは、今でも大切な宝物。



完   

id:aoi_ringo

いつもほんとうにありがとうございます

大切に読ませて頂きました

こういう背景があったんですね

ありがとうございました

2006/11/23 09:44:38
id:sokyo No.7

sokyo回答回数1372ベストアンサー獲得回数952006/11/19 22:27:22

ポイント15pt

 最近、担任の先生は変。だってなぜか私たちにセンター試験の脅しをかけるから。

 最近、彼もちょっと変。だって前よりも「やっぱやめとく。」が増えたから。

 最近、私もなんだか変。だって…ううん、理由はわかってるんだけど。

 

 「センターまであと何日かお前らわかってるか。」って担任の笠原先生は言った。また、言った。

 うちの学校は中高一貫だ。最近 私たちみたいに中等部から入ってくる人が増えたせいか、学校は人手不足だ。だから笠原先生みたいに、高等部の先生がなぜか中等部の担任をしていたりする。去年の先生はぴりぴりしてなくてよかったのになぁ。笠原先生はきっと、私たちと高等部がごっちゃになってるんだと思う。それとも「明日は我が身」ってことを言いたいのかな?とかって思いながら、ホームルームは過ぎてく。先生、勘違いしてるんだから。

 

 うちの学校の高等部、大学受験への思い入れったら、びっくりするぐらいにすごい。本当、すごい。

 うちの学校はなんだか進学校だ。最近 私たちみたいに中等部から入ってくる人が増えたきてから、ますますすごくなったんだって。それで年末ぐらいなると、朝の7時ぐらいから高3の先パイたちは補修していたりする(らしい)。去年は初めてそれを知ってすごくびっくりしたっけなぁ。先生たちはきっと、なんとしてもうちの学校の評価をあげたいんだと思う。それとも、私たち生徒に恨みでもあるのかな?…とかって思ってたら、ホームルームは終わった。先生、勘違いしてるんだから。

 

  *  *  

 

 来た。夕日でまぶしいけど、彼のシルエットだって私は見分けられる。

 私と彼は、小学校が一緒だ。そして、中学校も一緒。だから帰りの電車の駅も一緒だ。

 でも学校から駅前のこの公園までの間は、それぞれ別々に来る。そしてどっちか早く来たほうが、いつもこの公園で相手を待ってる。それはなんだか、儀式みたいだった。でもそんな儀式みたいなことが、私たちはいつも大好きだった。

 今日は私が先だった。彼が来るまでの間、私はぼんやり、広い公園を見てる。いつものおじさんが犬を散歩してる。いつもの木が、オレンジの光を浴びてたってる。

 彼が来てから、いつもおしゃべりをしながら帰る。おしゃべりは、ゆっくり、進む。だから私たちは、ゆっくり、歩く。彼は最近 何か気にしてるみたいだ。それも、彼のリズムの中でかすんで見える。

 でも、いつだってすぐに分かれ道は来ちゃう。私たちはすごく名残惜しいんだけど、でもいつも、じゃあね、でお別れする。それもまるで、ずっと前から決まっている儀式みたいだった。私たちはそんな、儀式みたいなことに、いつだって慣れちゃう。

 

 でも。今日も言えなかった。

 

  *  *  

 

 帰りのホームルームなんて、全然 聞いてなかった。私はずっと頭の中で、練習してきたセリフを流してた。大丈夫かな? でも言わなくっちゃ。

 公園に行ったら彼はもういた。私は頭の中で、練習してきたセリフをもう一度だけ流した。うん、大丈夫。言わなくっちゃ。今日こそ、ね。

 彼が立ち上がって、私と一緒に歩く。歩幅がちょっとだけ違うから、私のほうがちょっとだけたくさん歩く感じ。私は彼の歩き方が好きで、彼は私の歩き方が好きだ。彼によると、

「ちぃの歩き方のほうが、落ち葉の音をたくさん聞ける。」

からだそうだ。

 

 どきどきしてきた。

 でも私は、意を決して、あのね、って言った。

「何?」

「あのね。」

「うん。」

「えっとね、…」

 あ、とまっちゃいそうだ。とまっちゃいそうだ。

 そしたら、彼がこう言った。

「いいよ。ゆっくりで。」

 

 そしたら、なんだか、また動き出した。

「あのね、明日は終業式ででしょ? それで、私、」

もう少し。

「あさってから、——未張なんだ。」

言えた。

 彼は知ってる。未張っていうのは、私が毎年 冬に家族で行くスキー場だ。私は、ゆっくり、告げた。今年も家族でスキーに行くこと、しかもなぜかこの冬はパパがお休みをたくさん取れて、あさってから行くようになったこと、年が明けるまで帰ってこられないこと、…。

 彼は、そう、とだけ言った。ちょっとだけ驚いて、ちょっとだけ寂しそうで、でもなんでもない風な顔。私はここで初めて、今まで彼の顔を見ずにしゃべっていたのに気づいたのだった。

 

 家に帰ると裕子が嬉々として、旅行の支度をしていた。去年までは私もこうだったのにな、って思って、私はママにちょっと冷たく当たっちゃう。部屋に入っていつも後悔する。でも彼のことなんて言えない。私は家族の前ではすごく強い顔をしてる。でもだからこそ、

 恋の話なんて、できないよ。

 

 私は退屈な話をする先生にもかなわない。私は“楽しい”旅行を計画をする家族にもかなわない。私はふたりを毎日 離ればなれにする儀式にもかなわない。私は…。

 

  *  *  

 

 朝になった。はぁ、気が重い。終業式でしょ、ってママの声に起こされる。昨日のことなんてなんでもないように生きてるママってときどき、本当にすごい。

 

 あんなに気が重たかった学校、行ってみたらすぐに終わっちゃった。拍子抜け、だ。この間 国語のテストに出たのって、きっとこういうことだと思う。帰りの電車の中で通知表を見せ合ったりしてる。友だちって、本当にいいなぁ。

 でも私の家は遠い。電車の中のグループが、ひとり減り、またひとり減り、最後に私ひとりになった。

 そして私は、もっと大きいことに気がついた。気が重たかったの、学校じゃない。公園だ。

 

 公園に行ったら、彼は、いた。私は遅くなっちゃったし、彼はもう行っちゃってたのかと思ってた。行っちゃってたらよかったのに、って思ってる自分に気づいて、私はちょっとだけ自分が怖い。

 でも彼は、いつもと同じだった。彼はいつもみたいにゆっくり、しゃべった。

「あのさ。」

「えっ。」

「ううん、やっぱやめとく。」

 そしたら私は急に、昨日の自分を思い出した。あれだ。

「ううん、よければ、…聞きたいな。」

 言えた。

 彼の中のビー玉が、ゆっくり上り坂のレールを登って、失速しそうで、でもなんとか峠を越えて、下り坂にたどり着いたのがわかった。

「俺もうまく言えないけど——なんだろ? ちょっとずつで、いいんじゃないかな。」

 彼は、優しく優しく、言った。自分に言うみたいに、言った。

 私は、うん、とだけ、言った。

 

 そしたら急に、落ち葉を踏む音がなくなって、

 私は立ち止まって、

 そうしたら、彼はそっと私の肩を抱いて、

 キス、してくれた。

 

 本当はもっと甘いと思っていたのに、そんなことなかった。

 本当は雪が降ればいいと思っていたのに、そんなこともなかった。

 

 私たちはなんだか不器用で、でも、すごくすごく、ひとつだった。

 

「プレゼント…何もなくて。」

って彼が言った。

「ううん。」

って私が言った。

 

「気をつけて、行ってきてね。」

って、彼が言った。

「うん。」

って、私が言った。

id:aoi_ringo

設定がちょっと想定外で

でも素敵でした

ありがとうございました

2006/11/23 09:47:34
id:doriaso No.8

あしか祭り実行委員長回答回数770ベストアンサー獲得回数132006/11/20 14:56:41

ポイント15pt

ふぅ、と大きく息を吐きだすと涙が零れ落ちた。

 

頬を伝う涙の痕を肌で感じ取りながら、「いつまでもこのままじゃいけない

んだ」と、毛糸の手袋で涙を拭い、ポンポンと手を叩いた。この手袋もマフ

ラーもコートも全部彼がくれたクリスマスプレゼントだ。

 

もう一度空を見上げると、雪が舞い降りてきた。

id:aoi_ringo

どんな涙だろう

ありがとうございました

2006/11/23 09:48:25
id:aparonecia No.9

aparonecia回答回数13ベストアンサー獲得回数12006/11/23 09:36:05

ポイント40pt

~私view~

「冬・・・か・・・」

彼はそうつぶやいた。

空はオレンジと濃紺のコントラストで彩られている。

ピリピリした肌寒さは二人で居られることを実感させてくれるから好き。

しばらく黙って歩いていたら、彼が急に私の前に立ち振り返った。

ぼーっとしていたので私は彼の胸に鼻の頭をぶつけた。

「あいたっ」

彼にしては強引なことするななんて思ったけれど勘違いのようだ。

私の背中を彼の腕が包むことはなかった。

「どうしたの?」

彼の顔をのぞき込む私。

彼はゆっくり口を開いた。

「なあ。お前県外志望してたよな・・・」

「そうだけど・・でもあそこ難関だから私じゃ無理かもしれないし・・・」

「でもそこが第一志望なんだろ?」

「うん・・・」

今まではそれとなくごまかしていた進路。

実は私の志望校と彼の志望校はかなり離れている。

成績がずば抜けていいわけではない彼は地元の大学を志望していて、一方私は東京に出ようと思っているのだった。

「もうすぐお別れってことかよ」

「遠距離すればいいじゃん」

「ろくに会えないで恋愛なんかできるわけねえじゃんか」

今日はいつになく彼が感情的で。しかも普段の優柔不断さが見られない。

私が彼の優柔不断さに甘えていたから今まで問題なく過ごせていたのかな。

「ごめんね」

私は逃げ出したかった。こんな話したくない。

「何がだよ」

「ごめんね」

頭の中が真っ白になる。

気がついたら走り出していた。

優柔不断なのは私の方だったんだ。

どうすればいいのかな・・・

彼とは別れたくないのに。私ってだめな奴。

嫌われちゃっただろうな。

寒さに震えながら私は家の戸を開けた。


~彼view~

急に走り去った彼女を俺は追うべきなのだろうか。

見事フられちゃったな。

ガラでもなくずいぶんとキツイこと言っちゃったし。

ただ彼女と離れ離れになるのが怖かっただけなのに。

どうしようもない意地っ張りだな俺は。

「自業自得、だな・・・」

俺は一人寂しく自宅へと歩いていった。


~私view~

翌日、いつもの通学路の待ち合わせ場所に彼は居なかった。

やっぱり嫌われたんだ。

肌寒い朝はいつもより寂しい。

隣を歩いてくれるはずの人が居ないから。

あーあ。学校行きたくないなぁ。

私は重い足取りで歩きなれた道をトボトボ歩いていった。


~彼view~

いつもなら冷やかしてくる連中は遠慮がちに通り過ぎていく。

一人はこんなに寂しいものなんだと改めて実感する。

やっぱり俺は彼女なしではやっていけない。

嫌われたならもう一回初めからやり直せばいいじゃないか。

俺は授業中ずっと携帯とにらめっこしていた。

「このページを、田中君。読んでください」

えっと。ここはこうの方がいいな・・・

あ。間違えた。ここも日本語変だな・・・

「田中君!」

「あ。はぃ」

机に携帯を押し込んで立ち上がる。

「読んでください」

俺は英語教師を目の前にして漢文を朗読し笑いの渦を呼んだ。


~私view~

けだるい授業がすべて終わり、教科書をカバンに押し込んでいると、メールが届いた。

また迷惑メールかな。そろそろたまった分削除しないと。

差出人を確認して私は固まった。

[田中君]件名:PM4:30 いつもの公園で待ってます。

今は4:10。歩けば調度いいくらい。

それでも私は走っていた。つまづいて転びそうになりながら彼の元へ急いだ。

もう一度やり直せるかも知れない。

彼が好きだということを改めて伝えなければ。

大学を卒業するまで待ってくれるようお願いしなくては。

痛むわき腹を押さえながら私は走り続けた。

そして4時20分。

夕日に照らされ輝く時計台の下に彼は立っていた。


~彼view~

メールを送って10分足らず。

こちらに向かってかけてくるのは間違いなく彼女だ。

俺は今日決めた。

どんなに嫌われていようと俺は彼女が好きだと伝える。

大学が離れ離れでも好きでい続けると伝える。

大学を卒業したとき、彼女が一人なら、指輪を受け取って欲しいと伝える。

こちらに向かって走ってきた彼女は、俺と10メートルほど距離をとって立ち止まった。

逆光に照らされた彼女はいつになく綺麗だった。

距離をとったままの彼女にしびれを切らし俺は叫んだ。

「お前がどこに行こうとなぁ。俺は勝手にお前のこと好きで居続けるからな!」

何やらわめきながら彼女がこっちに突っ込んでくる。

押し倒されては男として示しがつかない。

俺は気合を入れて抱きとめる心準備をした。


~私view~

私は泣いていた。そして笑っていた。

こんな変な顔彼に見られてはいけない。

何としてもあの胸に飛び込まなければならない。

彼まで残り1メートルのあたりで私は跳躍した。

全力の捨て身タックルがきまって案の定二人とも倒れてしまった。

冷たい芝生の感触が心地良い。

ふと隣を見ると彼と目が合った。

おかしくなって二人で笑いあう。

「ねえ。さっきの本当?」

「本当」

「私もだよ」

彼は何も答えなかった。

ふと心配になって横を見ると、彼は空を見ていた。

「どうしたの?」

「いや。なんでもない」

「もうお互いごまかすのはなしだよ」

「もうすぐクリスマスだな」

「あと1ヶ月も先じゃん」

「すぐだよ。お前がいるしな」

二人で照れ笑いしながらずっとおしゃべりしていた。

遅く帰った私を叱り付ける母と父に笑顔を振りまきながら私は食卓に着いた。

「なんだか今日はやけにうれしそうね」

母が尋ねてきた。

「そうかな。なんでもないよ」

私はうれしそうな顔をして嘘をつくのだった。


~彼view~

俺の悩みは一瞬にして嘘のように消え去ってしまった。

こんな気分のいい日は走り出したくなる。

何だか今の自分には何でも出来そうな気がして。

あと1ヶ月。

間に合わないかもしれないけどとっておきのクリスマスプレゼントを用意しよう。

俺は我が家へと駆け出した。


~私view~

あれから1ヶ月。

今は年末で皆浮かれてる。

来年が始まったら遊べないもんね。

学校が終わって生徒たちはクリスマスの街へと遊びに行ったのに、私は彼に教官室前で待たされている。

何やらかしたんだろう。

心配しながら待っていると、何か書類の束を持った彼が教官室から出てきた。

「お待たせ」

うれしそうな顔してるし説教ではなかったらしい。

「何やってたの?」

書類の束をのぞき込むと、それが見覚えのあるものだということに気付く。

「ねえ。それって」

「メリークリスマス」

彼が見覚えのある願書と共に差し出したのは、私の志望校の合格率判定にAがついている模試結果だった。

id:aoi_ringo

いままでにない

視点の転換という手法がとても新鮮でした

ありがとうございました

2006/11/23 09:51:08
  • id:aoi_ringo
    ポイントについて説明について説明します


    創作はてな
    ですから 最低15ポイント贈ります

    やはり
    6 の描写がすばらしく思ったのでいるかを贈ります
    5 の作品はドキドキが素敵でした
    9 は視点が新しくこれからがたのしみです
    3 は空白がきれいでした

    なので少しですが上乗せしました
    ありがとうございました 

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