卒論制作で困っています。

専攻は宗教学です。あるお寺を対象に、現代における救いについて考察しようと思っているのですが
そのお寺に対する思い入れが強すぎて個人的な話の割合が多くなってしまいそうです。
(そのお寺に行ったことで自分自身が「救われた」と感じたので)
自分自身の話を織り交ぜても大丈夫でしょうか。
あと、「現代における救いについて」って、テーマ広すぎですよね。。
「そのお寺に見出せる救いの要素について」なら絞り込めているでしょうか?

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:2006/11/28 17:17:51
  • 終了:2006/11/29 00:14:46

回答(9件)

id:sadajo No.1

sadajo回答回数4919ベストアンサー獲得回数492006/11/28 17:21:44

id:euthanasia

質問に対する回答になっていません…。

2006/11/28 17:23:10
id:KairuaAruika No.2

KairuaAruika回答回数6926ベストアンサー獲得回数972006/11/28 17:26:30

ポイント16pt

現代における救いについて-実例

とするのはいかがでしょうか。

本来であれば,複数人数の統計を取り,影響の大きさを分析するのが,いわゆる論文となるのでしょうが,本格的な,仕事としての論文でないので大丈夫と思います。

id:Prudence No.3

Prudence回答回数53ベストアンサー獲得回数22006/11/28 17:55:50

ポイント23pt

★目次案

タイトル:現代における救いについて

項目

 0.概要

 1.序論:現代人とストレス

   現代人がストレスを感じる理由やいじめが流行るなど心の病巣の一端を描く

 2.展開:現代人が求める救いとは

   現代人は例えば「いやし系キャラ」などを通じて救いを感じているかを描く

 3.例示:○○寺での救いとの出会い

   救いを必要としていた自分が出会った救いを描き1~2の話を結論に導く

 4.結論:現代における救いの在り方

   現代にも有る宗教による救いが現代人に浸透させる為の方法等を考察

例えば、こんな感じでいいのではないでしょうか。

人文科学なので部分的には自分の主観のみで書いても問題は無いと思います。統計的手法もとりにくいテーマです。できれば自分の体験で心から感じた部分を客観化して論述すれば、十二分に立派な論文になります。

id:dream76 No.4

kiyo回答回数1091ベストアンサー獲得回数82006/11/28 18:04:31

ポイント16pt

3の方が言われているように

事例研究でその体験と考察と、人間の精神に対しての宗教的な意義や影響を考察すればいいのではないでしょうか?

また、3の方のテーマでいくと、心理学的な要素も含まれてくると思います。

また、その自社仏閣の文化的背景や思想的背景などを書いて、

なぜその寺に興味を持ったか、その問題意識を文頭に加えて、

真ん中あたりで文化や心理学などの学術的要素を入れれば、

あとは、卒論ならば、自分の主観に偏りすぎてもなんら問題ないと思います。書きたいことを書いても問題なしです。

id:TomCat No.5

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152006/11/28 18:23:45

ポイント26pt

まず大切なことは「救い」という観念的な言葉を、どう定義づけるかでしょう。宗教における「救い」には、様々な要素があります。たとえば、肉体的な癒しと、精神的な癒し。

 

肉体的な癒しには、たとえば「感謝」「歓喜」「安心」といった感情がβ-エンドルフィンの分泌を盛んにしてT細胞の産生を促し免疫系を強化するとか、宗教生活特有の規律的生活習慣の定着が自律神経系を調整するとか、質素を尊しとする価値基準が生活習慣病を遠ざける・・・・等々の機序が考えられるでしょう。

 

精神的な癒しには、セロトニンなどのいわゆる脳内物質の産生に及ぼす効果が注目されると思われます。

 

もちろん宗教的な救いには「癒し」以外の要素もたくさんありますが、とにかくまず、救いという「漠然とした言葉」の中から「具体的な現象」を抽出し、そこにテーマを設定していくこと。つまりテーマの具体化ですね。

 

そして、どういう状況に宗教がどういう影響与え、どういう経過でどういう結果がもたらされていくのかといった具体的な機序の考察として、自身の体験を書いていく。

 

それが客観的な視点から可能になっていくならば、十分に学問的に価値のあるものに仕上がっていくはずだと思われますが、いかがでしょうか。

id:panda50 No.6

panda50回答回数474ベストアンサー獲得回数42006/11/28 19:02:16

ポイント21pt

感想文ではなく、論文なので1人だけの感想というのは

あまりよくないと思います。

できるだけ多くの人にインタビューなどして、その人たちの考え方

や感じた事をまとめ、その結果から、結論を出すというのが

いいと思います。

id:kazundo No.7

kazundo回答回数3ベストアンサー獲得回数02006/11/28 20:28:30

ポイント24pt

確かにそのままではテーマが広すぎると思います。

ただ、「自分の個人的な話を織り交ぜて良いか?」と言えば答えはYesです。

自分の体験や思考を元に仮説を導き、それを客観的考察などを踏まえながら実証していくといった手法は論文を書く上で一般的ですので問題ありません。

具体的にはテーマに関しては、例えばこのように絞ったらいかがでしょうか?

タイトル:現代人の救いに関する仏教的考察

サブタイトル:~寺での事例から

このようにすれば自分の体験を踏まえつつ現代人の救いに関して論じられると思います。ただ、注意しなければならないのは自分の体験「だけ」では論文としては弱いということです。

自分の体験を論じることに意味や説得性を持たせるには、自分以外の人間で同じような体験をした人のインタビュー、またはそのお寺以外で救いを行っている事例などを取り上げると良いと思います。

id:GLOOM No.8

GLOOM回答回数126ベストアンサー獲得回数62006/11/28 21:10:01

ポイント15pt

卒論に基本的に主観はNGです。Panda50さんの言うとおり感想文、作文ではないんですから。

基本は実体験があるからと言っても客観的な事実に基づかなくてはいけないです。その上で一部分に「自分の実体験としても」と断りを入れた上なら自分の主観を入れてもいいと思います。

テーマについても上のほうだけではよくないと思います。

「何について書いているか」が論文名でわかる必要があり、これでは宗教について書いているとは見えませんから。

上と下セットなら問題ないと思います。

まあ、上記のは自分が「心理学」の卒論を書いた時に言われたことをそのまま書いたものですが、これはまあ、理系より文系の話なんで、純粋文系ならもう少し主観はありかもしれませんね。

…って書いてて思ったのですが、担当教授がいるでしょうから、ここに書いてることを聞けば一発解決だと思うのですが。

id:jyouseki No.9

jyouseki回答回数5251ベストアンサー獲得回数382006/11/28 21:54:31

ポイント15pt

http://www2.toyo.ac.jp/~morimori/soturon.html

http://www.geocities.jp/shi_sa_champloo/papers/sotsuron.html

http://www.geocities.jp/cyaba83/ronbun.htm

http://frds.itakura.toyo.ac.jp/~takeuchi/general/ronbun.htm

http://www.casphy.com/bbs/ronbun/

卒業論文は、できる限り客観的でなければなりません。

人が考えて書く文章は客観的に書くことを意識していても主観が入ってしまうものです。

ただし、主観を客観的に分析できていれば許されます。

私も10数年前に書きましたけど、個人の見解を極力入れないようにと指導されました。

通常、卒業論文は書いている途中で教授の指導を受けられるはずです。

書きたい内容の見出しが決まった時点で担当教授の指導を受けることをお勧めします。

  • id:euthanasia
    ご回答くださった皆さま、本当にありがとうございました。
    提出締め切り10日前のためまとめてコメントをお返しする勝手をお許しください。

    これまで担当教授からほとんど指導は受けてきませんでした。
    添削の指導もなく、卒論4万字を提出すればそれでOKというゼミなのです。
    明日提出前最後のゼミがあるので担当教授に泣きついてこようと思います。

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