ポール・グレアム「よい芸術とは」を翻訳しました。

http://d.hatena.ne.jp/lionfan/20070126

原題は「How Art Can Be Good」で、原文は以下です。
http://www.paulgraham.com/goodart.html

英語に強い方、ぜひアドバイスいただければと思います。
よろしくお願いします。

回答の条件
  • 1人3回まで
  • 登録:2007/01/26 15:30:36
  • 終了:2007/02/01 07:28:03

ベストアンサー

id:korompa No.4

korompa回答回数19ベストアンサー獲得回数72007/01/27 05:33:13

ポイント150pt

これくらいでしょうか。。。

上:元訳

中:英文該当箇所

下:私案

です。


そう考えることで、私は相対主義のなかで、子供時代のからまりあった信仰の一端をつかんだ。

It was pulling on that thread that unravelled my childhood faith in relativism.

このひもを引き寄せていくことで、子供時代に信じていた相対主義を解体することになった。(強調構文てやつです)


実質上はこう定義できる:顔の認識は私たちのDNAにある

All humans find faces engaging―practically by definition: face recognition is in our DNA

ほとんど当たり前だけど、みんな顔が魅力的だと思う:顔の認識は私たちのDNAにある


多くの哲学者が、芸術が目標とすべき基準もありうると信じるのに苦労した。

A lot of philosophers have had a hard time believing it was possible for there to objective standards for art.

多くの哲学者が、芸術に客観的な基準というのがありうると信じるのに苦労した。


誰も言い出せないと思うが、ルーブル美術館はモナリザを模写に取り替えたほうが良いのではないか。

The Louvre might as well replace it with copy; no one would be able to tell.

ルーブルは模写と取り替えてもいいかも。誰にもわからないと思うよ。


一度に一カ所しか回れないから

you can only travel in one direction in time.

時間は一方向にしか進めない/未来を見ることはできないから


「(限りなく近づきつつある)実感する」

(getting dangerously close) "realized."

(やばい表現だと)「悟った/悟りの域に達した」


In every other respect they're constantly being told that they have a lot to learn. But in this they're perfect. Their opinion carries the same weight as any adult's. You should probably question anything you believed as a kid that you'd want to believe this much.

いつもいっぱい勉強しないといけないって言われるのに、このことだけはもう完璧だ。子供の意見は大人と同じだけの重みがある。子供のころに信じてたものについて、今でもこれくらい強く信じたいと思うようなものがあるのか、考えてみたほうがいい。


たぶん初期の抽象的の画家は生物を描く訓練を受けており、身体的なしぐさを描く傾向があったせいだろう。

the first abstract painters were trained to paint from life, and their hands thus tended to make the kind of gestures you use in representing physical things.

初期の抽象画家は実物をもとにして描くよう訓練されていたから、今では具体物を描くときに使われるような手の動きをしてしまう傾向があったせいだろう。


[9] 実際には、人々が芸術について話せば、実際に芸術も良くなるだろう。

[9] What happens in practice is that everyone gets really good at talking about art.

実際のところはみんな芸術についてしゃべるのがほんとにうまくなる。

id:lionfan

korompa様、ありがとうございます!!

けっこう致命的な間違いが多くありましたので、

(「誰にもわからないと思うよ。」とか赤面してしまいました}

いま修正いたしました。ありがとうございます。

2007/01/27 08:11:52

その他の回答(4件)

id:tmasao No.1

tmasao回答回数77ベストアンサー獲得回数202007/01/26 18:21:38

ポイント150pt

全体に読みやすく、良い訳だと思います。

気になった点のみコメントいたします。

「審美眼なんてない」と言う問題点の1つは、「芸術なんてない」ってことになるからだ。もし芸術があるのなら、それを好む人は好まない人よりも審美眼を持つだろう。したがって審美眼というアイデアを捨てるなら、「良い芸術」という考えや、それを作る芸術家という概念も放棄するべきだ。

goodを強調しておかないと、ちょっと読み取りづらいかも。。。

→「審美眼なんてない」と言う問題点の1つは、「優れた芸術なんてない」ってことになるからだ。もし優れた芸術があるのなら、それを好む人は好まない人よりも審美眼を持つだろう。したがって審美眼というアイデアを捨てるなら、「良い芸術」という考えや、それを作る優れた芸術家という概念も放棄するべきだ。

鑑賞者

芸術は(物がなんであれ)、特によく鑑賞者の興味を惹く。

ここもgoodを書いておいたほうが良いと思います。

→優れた芸術(優れたものなら他のものでもそうだが)は、特によく鑑賞者の興味を惹く。

そしてこりが重要なのだが、

→これ

鑑賞者に多くの共通点があるなら、組み合わせはランダムではないので、個人個人の偏りのランダムな組み合わせから一つを選ぶ必然性はなくなる。

setは組み合わせではなく集合のことなので+意訳:

→鑑賞者に多くの共通点があるなら、集合に偏りができるので、個人個人の偏りのランダムな集合から一つを選ぶという問題ではなくなる。

誤差

誤差の源はあまりにも協力だから、投票しても測定できるのは誤差だけだろう。

typo. => あまりにも強力

もしあなたが異なる文化でさまざまな人がどのようであるかを知り、そして、人々が昔、好きだったものを学んだなら、おそらく好みはさまざまだと悟るだろう。

一つ目のlikeも好きの意でよいと思います。

→もしあなたが他の文化では人々が好むものが様々に異なるということを知り、そして、人々が昔、好きだったものを学んだなら、おそらくあなた自身の好みも変わることだろう。

作ること

「(危険なほど近いが)実感する」

→「(限りなく近づきつつある)」

実際、センスのある鑑賞者が「鑑賞力は主観的だ」と思った理由の1つは、「鑑賞力」に関する議論が、過去の経験では概して無意味だったからだ。

後半の意味が少し変わっている気がします。

→実際のところ、「鑑賞力は主観的だ」という考え方が早とちりな人たちをひきつけてきた理由のひとつは、これまでの「優れた鑑賞力」というものについて語られてきた内容こそがそういったナンセンスな議論だったからだ。

注釈

[8] 公平である必要があるから、管理者は難しい立場にいる。現代美術のビジネスをしているなら、自分ではひどいと思っているものも受け入れる必要がある。なぜなら展示に値するかどうかは基本的には市場価格によって決まり、そして現代美術で価格を決めるのは、大部分が成功したビジネスマンとその奥さんだからだ。だからそれは顧客やディーラーがどっちつかずの言葉を使ったからと言って、必ずしも知的に不誠実というわけではない。

To be fairは著者の立場と取るのが自然だと思います。

→公平に書くとすれば、キュレーターたちは難しい立場にいるということも書いておく必要がある。現代美術を扱っている場合、自分ではひどいと思っているものも展示に加えなきゃいけない場合もるから。なぜなら展示に値するかどうかは基本的には市場価格によって決まり、そして現代美術で価格を決めるのは、大部分が成功したビジネスマンとその奥さんだからだ。だからそれはキュレータやディーラーがどっちつかずの言葉を使ったからと言って、必ずしも知的に不誠実というわけではない。

[9] 実際には、人々が芸術について話せば、実際に芸術も良くなるだろう。芸術がどんどんランダムになるに従って、仕事に注がれていたはずの労力は、「私の仕事は、都市というコンテキスト中におけるジェンダーとセクシュアリティの探求を表現する」といったインテリぶった理論に注がれるようになった。このゲームで勝つのは芸術家ではない。

s/仕事/作品/g;

id:lionfan

tmasao様、いつもありがとうございます!!

ただいま修正いたしました。

2007/01/26 18:55:10
id:NAPORIN No.2

なぽりん回答回数4719ベストアンサー獲得回数8712007/01/26 21:17:36

ポイント50pt

題名「どうすれば芸術が良くあれるか」だと思いますが、これでは日本語として変ですから・・

あと、tasteとartの対比セットですが、日本語で受け止められているものとちょっと違いますね。

私だと「taste」がいわゆる「センス」(カタカナ日本語のセンス)

「art」は「アート」でも「芸術」でもなく「アイデア」とするほうがわかりやすいと思う人かなあ・・(強制しません)

てなところで始めましょう。「」を加入、....を削除のしるしにします。

3パラ「もし「良い」芸術があるのなら、それを好む人は好まない人よりも「良い」審美眼を持つだろう。したがって審美眼というアイデアを捨てるなら、「良い芸術「が良い、悪い」」という考えや、それを作る芸術家「が上手、下手」という概念も放棄するべきだ。

4パラ

「そう考えることで、私は子供時代の相対主義信仰から脱した。」→原文どおりなら「相対主義のなかで、子供時代のからまりあった信仰の一端をつかんだ」のように書いてあると思われます。

「審美眼はいたって重要になる」→「審美眼(センス)は非常に実際的(実用的)な話(問題)になってくる」

id:lionfan

NAPORIN様、いつもありがとうございます!!

さすがスーパー主婦!! すぐ修正にかかります。

2007/01/26 22:05:26
id:NAPORIN No.3

なぽりん回答回数4719ベストアンサー獲得回数8712007/01/26 22:05:26

ポイント100pt

鑑賞者

Audience

1ぱら

「思うに、このパズルを解く鍵は、芸術には鑑賞者がいるって思い出すことにある。」訳ぬけ

「あるものはショックをもたらし」→ここでartが頭のなかにあるアイデア、workが形にしたものだということが生きてきます「ある芸術作品(考えを形にしたもの)はショックをもたらし」

鑑賞者達が「それらを自由に鑑賞し」これ原文にみあたりません

3パラ

「安易に信じられやすいのは、審美眼は単なる個人的な好みだというものだ。」→「審美眼は単なる個人的な好みだと安易に信じられやすい、そのひとつの理由は」ここ、以前の偏見を書いているところ

4パラ

「しかし」が訳ぬけ、以前の自分に反論しています

「鑑賞者に多くの共通点があるなら、集合に偏りができるので、個人個人の偏りのランダムな集合から一つを選ぶという問題ではなくなる。」→「しかし、もし鑑賞者がかなり共通するものを持っているなら、個人の偏りのランダムな組み合わせから1つを選ばなきゃいけないという地位から降りることができる、なぜなら、組み合わせはランダムじゃないからだ。」文意はよく似ていますが、理系らしいニュアンスのたとえでして、つまり、色と形のランダム組み合わせで赤くて丸いもの、黒くて四角いもの、ターコイズブルーの星型・・・などを組み合わせた「たった一つの好み」なんてもんが45億個も無限にあるわけじゃないんだよ、といいたいみたい。

「顔の認識は私たちのDNAにある。」→「実質上はこう定義できる:顔の認識は~」理系だからDNAについて断言する前にいちいち「実質的に」と断りを書くのかな

「だから作品を作るセンスという意味での「芸術」という概念を持つために、誰か~」→「だから、いい仕事をする芸術という意味での”良い”芸術を知るには、誰か~」上でいい芸術とは興味を引く芸術、と定義しましたからそこをさしてます

ラストの文訳ぬけ「誰を選んだって、その人は顔を魅力的だと思うはずだ。」

5パラ解説、宇宙人にわかる「芸術」が数学が例示されています。この等式は日本語ではありえません。美術大学でオイラー等式教えませんもんね。だから欧米のartは日本語の芸術より広く使われることがあり、その場合は頭のなかにある「つきつめた考え」です。よく論文などでprior art(先行文献)という単語が出てくるのもこのせいです。先行芸術ではありません。

「彼は最高にエレガントな証明は「神様の手帳」に載っている言った。」→「彼は最高にエレガントな証明を「神様の手帳」から来たものと呼んだ。」

6パラ

「一連の波紋」→「一連の同心円」

「いかなる方法であれ」→「いかなる意味の存在でも」宇宙人でも、と言いたい

8パラ

「ある鑑賞者が「この芸術は良い」」→「この芸術作品は良い」

id:lionfan

NAPORIN様、ありがとうございます!!

修正が済みました・・・が、サーバがちょっと重いみたいですね。

2007/01/26 22:29:23
id:korompa No.4

korompa回答回数19ベストアンサー獲得回数72007/01/27 05:33:13ここでベストアンサー

ポイント150pt

これくらいでしょうか。。。

上:元訳

中:英文該当箇所

下:私案

です。


そう考えることで、私は相対主義のなかで、子供時代のからまりあった信仰の一端をつかんだ。

It was pulling on that thread that unravelled my childhood faith in relativism.

このひもを引き寄せていくことで、子供時代に信じていた相対主義を解体することになった。(強調構文てやつです)


実質上はこう定義できる:顔の認識は私たちのDNAにある

All humans find faces engaging―practically by definition: face recognition is in our DNA

ほとんど当たり前だけど、みんな顔が魅力的だと思う:顔の認識は私たちのDNAにある


多くの哲学者が、芸術が目標とすべき基準もありうると信じるのに苦労した。

A lot of philosophers have had a hard time believing it was possible for there to objective standards for art.

多くの哲学者が、芸術に客観的な基準というのがありうると信じるのに苦労した。


誰も言い出せないと思うが、ルーブル美術館はモナリザを模写に取り替えたほうが良いのではないか。

The Louvre might as well replace it with copy; no one would be able to tell.

ルーブルは模写と取り替えてもいいかも。誰にもわからないと思うよ。


一度に一カ所しか回れないから

you can only travel in one direction in time.

時間は一方向にしか進めない/未来を見ることはできないから


「(限りなく近づきつつある)実感する」

(getting dangerously close) "realized."

(やばい表現だと)「悟った/悟りの域に達した」


In every other respect they're constantly being told that they have a lot to learn. But in this they're perfect. Their opinion carries the same weight as any adult's. You should probably question anything you believed as a kid that you'd want to believe this much.

いつもいっぱい勉強しないといけないって言われるのに、このことだけはもう完璧だ。子供の意見は大人と同じだけの重みがある。子供のころに信じてたものについて、今でもこれくらい強く信じたいと思うようなものがあるのか、考えてみたほうがいい。


たぶん初期の抽象的の画家は生物を描く訓練を受けており、身体的なしぐさを描く傾向があったせいだろう。

the first abstract painters were trained to paint from life, and their hands thus tended to make the kind of gestures you use in representing physical things.

初期の抽象画家は実物をもとにして描くよう訓練されていたから、今では具体物を描くときに使われるような手の動きをしてしまう傾向があったせいだろう。


[9] 実際には、人々が芸術について話せば、実際に芸術も良くなるだろう。

[9] What happens in practice is that everyone gets really good at talking about art.

実際のところはみんな芸術についてしゃべるのがほんとにうまくなる。

id:lionfan

korompa様、ありがとうございます!!

けっこう致命的な間違いが多くありましたので、

(「誰にもわからないと思うよ。」とか赤面してしまいました}

いま修正いたしました。ありがとうございます。

2007/01/27 08:11:52
id:korompa No.5

korompa回答回数19ベストアンサー獲得回数72007/01/30 15:58:51

ポイント150pt

訳語自体はなるたけ変えてません。文法的なものをできるだけ直訳してみました。


またその下のレベルには、ぼんやりした図形をもっと魅力的な明確な形にする輪郭線検出がある。

And beneath that there's edge-finding, which makes [images with definite shapes] more engaging than <mere blur>.

またその下のレベルには、輪郭線検出があって、これにより明確な形を持ったものが単なるしみよりも魅力的に見える。

([…]が<…>よりもmore engaging、もっと直訳すると、which が [] を engaging にする)


それは結局、物質の属性であるとわかる。もし何かがすべて同様に反応するなら、対象の属性か本質かで迷う必要はない。

it turns out to be a property of objects after all. You don't have to choose between something being a property of the subject or the object if subjects all react similarly.

それは結局、対象/モノの属性になる。もしすべての主体/ヒトが同様に反応するとすれば、属性が主体にあるのか対象にあるのか迷う必要はない。

(subject/object)


まるで、むかし話したことがあるのに、会話時にその場で思いついたフリをして、冴えたことを言うのに似ている。

It's like saying something clever in a conversation as if you'd thought of it on the spur of the moment, when in fact you'd worked it out the day before.

まるで、会話時にその場で思いついたフリをして、冴えたことを言うのに似ている。実際には前の日(the day before)に考え抜いた(work it out)ものなんだけれど。


近づいて記憶では失われてしまった細部を見れば、初めて見ているのと同じようなものだ。

close in you see details that get lost in reproductions, and which you're therefore seeing for the first time.

近づけば模造品では再現されていない細部が見える。つまり初めて見ているのと同じようなものだ。

(reproductionは模造品)


視覚的なボタンを何回か押すだけでできるお粗末な芸だとバレてしまえば、見る人を少しでも印象づけるのは難しくなる。

But once you study how it's done, you see that it's a pretty cheesy trick one of the sort that relies on pushing a few visual buttons really hard to temporarily overwhelm the viewer.

描き方がわかってしまえば、視覚のツボを何回かとても強く押して、見る人をちょっとの間(temporarily)圧倒することに頼ったようなお粗末な芸だということがバレる。

(one of the sortというのは副詞的に「みたいな」みたいな感じ?)


誰かが明らかにカモの観客に迎合していたり、10歳児には魅力的なぴかぴかの物を作っていたり、自称インテリに印象づけるための派手で前衛的な作品を作っている人を見たら、彼らがどのようにして行うかを知ってほしい。

When someone is obviously pandering to an audience that's easily fooled, whether it's someone making shiny stuff to impress ten year olds, or someone making conspicuously avant-garde stuff to impress would-be intellectuals, learn how they do it.

誰かが明らかにカモの観客に迎合しているときは、それが10歳児には魅力的なぴかぴかの物を作っているのであれ、自称インテリに印象づけるための派手で前衛的な作品を作っているのであれ、彼らがどのようにして行うかを知ってほしい。

(whether/orで~であれ、ってやつです。まあ大したものではないです)


非公式な

どこから出てきたのかよくわかりませんが、筋が通っているなら問題ないです。


[1]

視覚的なピアノ

視覚のピアノ、のほうがいいかなあ。


[2] これを安易に信じてしまう別の理由は、人々はそう考えた方が気楽だからだ。だが子供にとって、この考えはつまずきの元だ。いつもいっぱい勉強しないといけないって言われるのに、このことだけはもう完璧だ。子供の意見は大人と同じだけの重みがある。子供のころに信じてたものについて、今でもこれくらい強く信じたいと思うようなものがあるのか、考えてみたほうがいい。

[2] The other reason it's easy to believe is that it makes people feel good. To a kid, this idea is crack. In every other respect they're constantly being told that they have a lot to learn. But in this they're perfect. Their opinion carries the same weight as any adult's. You should probably question anything you believed as a kid that you'd want to believe this much.

[2] これを安易に信じてしまうもうひとつの理由は、そう考えると気持ちいいからだ。子供にとって、この考えは麻薬だ。いつもいっぱい勉強しないといけないって言われ続けてるのに、このことだけはもう完璧なんだから。子供の意見が大人と同じだけの重みを持ってしまっている。子供のころに信じていたもので、これほど強く信じたいと思うようなものは、それが何であれ疑問に思ったほうがいい。

(全面的に改修します。気持ちいいのはCrackだからです。Crack なのは indulge できるからでしょう。で、そういうのはやめたほうがいいよ、ということでしょうね)


[7] When I was a kid most apples were a variety called Red Delicious that had been bred to look appealing in stores, but which didn't taste very good.

抜けてます。リンゴはフジがおいしいですね。


Good taste はいいセンスなのか鑑賞力なのか。

Good art は芸術なのか、いい芸術なのかはっきりさせたほうがいいのでは。

Good art が芸術であれば、芸術家は Good art をつくる人になりますが、違いますよね。

Engaging は Appealing と同じ感じにしたほうがいいかもしれません。訴えかけるとか、ひきつけるとか。

id:lionfan

korompa様、ありがとうございます。ただいま修正いたしました。

いつもたいへん間違いが多くてすみません。

2007/01/30 16:55:26

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