基本的に文章力やセンスと書いてあることがらの信憑性とは比例しません。
読む側の受け取りかたには差が出ると思いますが、それは一概には言えないのです。
どんな内容でも検証は必要ですし、そのためにはできるだけ印象や感情は抑制しないと
いけないのです。難しいですけどね。
例えばもう遥か昔のことになりますが、あまりにも他者を思いやらない痛烈な文章を書くのに
内容が恐ろしく正論かつ正確なネット投稿者というのが結構数多くいました。
しかも実名でですよ。
それからすれば今のネットのあれやこれやなんか屁みたいなもんです。
パチプロみたいなものかとおもいます。
人に勝った負けたに執念を燃やして何度も熟考した記事を書く。その為なら人並み以上に努力もする。だけど動機は私怨とか恨みとか不純なんです。相手が悪いという結論が先でその他の理由は後付です。、都合良い詭弁を分からないように誤魔化すテクニックもお手の物。記事の真実を知るのは書かれた対象者のみなんじゃないかな?
事実だけを見れれば良いわけですが、それに思想、想像、願望が付加されたものを受ける機会が多いわけで。
見る者によっては快感、不快感を感じます。
快感を感じる情報に信憑性がある、大人的
そんな感じじゃないでしょうか。
快感を感じる者が多ければ、嘘でも事実になってしまう。
それでいいでしょ、もう。
テレビにしてもタレントやらの思想、感想、願望が、当たり前のように報道され
それがあたかも、常識のように演出されているわけです。
こういう手法が大人なのか幼児なのか、受け取る側次第でしょ?
情報を流すプロが信用できないんですよ?
自分に都合のいい情報を信じていればいいではないですか。
嘘で塗り固められた社会、そんな社会があなたをお待ちしております。
>快感を感じる者が多ければ、嘘でも事実になってしまう。
>それでいいでしょ、もう。
世の中そんなもんって、ちょっと諦め入ってますね(笑)本当は日本だって北朝鮮を笑うどころではないんだよ。日本だって情報操作はあるんです。個々が利口に成るしかないんですね。
>信憑性はありますか?
それを判断するのは受け手である自分なのですね。だから、少しずつ自分を磨いていくしかないかと。
>個人のブログをRSSで購読されてるかたもいます。そういう方はどちらかというと自分の価値観にあうとか好き嫌いで情報を選択してると思います。
これも、やりすぎると自分に都合のよい情報だけに囲まれて殻に閉じこもってしまいかねないので危険だと思います。なので、気に入った人の意見(自分の受け入れたい意見)だけを同じことについて言及しているほかの多くの人の意見にも耳を傾けてみることです。
要するに、質問の趣旨に合わせた回答をすると、「誰が言ったか」より「何を言っているか」かと思います。
自分だけは騙されないと思っていても、自分に都合の良い情報を選択し続ける限りは簡単に洗脳されるんだよ。
>信憑性
そんなものはないと考えるのがいいでしょう。
読まないのが一番。
私は「三面記事は読むな」と言われて育ちました。
これを敷衍すれば、週刊誌は読むな、ワイドショーは見るな、ということになります。
ネット時代にも準用できる原則だと思います。
見るなというのは一番だというのは解りますが、みんながみんなが実行出来るわけではないので、三面記事はほとんど嘘と思って2,3歩後ろに下がって見ることですね。
ネット情報はあくまで参考です。
信頼できそうな情報は耳にとめ実行もありです。
幼児的な言葉が使われたとしてもその先に見える意図が
自分の意図と繋がればそれはOKです。
全ては自分自身の判断とわかり易い質問と
相手が真実を伝える意思があるかです。
日本語はニュアンスで物事を伝える事が多いので
文章で全てを知るというのは難しいかもしれません
信憑性も何もないですが
直感です
あなたがもし本を良く読む人であったら
文の書き方にこだわりが見つかるだろうし
伝わりにくいかもしれませんが
そういったじぶんとの差を埋めることだと思います
私個人の考えです。
文字は言葉を尽くさず、言葉は心を尽くさず。
ネット上では、自分が必ずしも体験しなくても文章がかけるので、その文書には、内容もないし、信憑性にもかけるところがあると思います。2チャンネルなどは、その典型ともいえるでしょう。
よろしければ、下記サイトもご覧ください。
私自身もそうですが、人の振り見て我がふり直せって感じで御願いします。
個人のブログをRSSで購読されてるかたもいます。そういう方はどちらかというと自分の価値観にあうとか好き嫌いで情報を選択してると思います。