コミュニケーションについてお尋ねします。

ここでは、コミュニケーションは「話す事」と「聞く事」とから成り立っていると、仮定します:つまり、一方が話す事をもう一方の人が聞く事という構図が、お互いについて存在している時、コミュニケーションがあると考えるとします。
一方的に話す、もしくは一方的に聞くだけでは、コミュニケーションと言わないとします:例えばマス・コミュニケーションは、ここでは扱わないとします。

回答の条件
  • 途中経過を非公開
  • 男性,女性
  • 20代未満,20代,30代,40代,50代,60代以上
  • 登録:2007/03/15 22:24:54
  • 終了:2007/03/18 12:06:53

回答(1000 / 1000件)

Q01コミュニケーションに”一番目に”大切なものは何だと思いますか?(択一)

話す事。話す能力。自分の言いたい事を話せる能力。126
聞く事。聞く能力。自分が聞いた事を理解する能力。263
やはり両方とも同じ程度に大切としか思えない。445
どちらもたいして大切ではない。特に、言葉よりも態度。58
以心伝心。28
その他。32
この質問は愚問。48
合計1000

集計

×
  • id:kuro-yo
    例によって補足(泣)

    >どちらもたいして大切ではない。特に、言葉よりも態度。

    「どちらも」は「話す事と聞く事のどちらも」の意味。
    「特に、言葉よりも態度」というのは、「言葉よりも、態度の方が特に大切」という意味です。

    他にも突っ込みがあれば、こちらへどうぞ。
  • id:YasudaS
    個人的には、「自分の言いたい事を話せる能力」は、「状況環境を把握し、言葉に分解する」能力と、それを「相手の環境(能力)が理解できる言葉に分解する」能力になると思います。
    また、「自分が聞いた事を理解する能力」の前提として、「相手の言葉から相手の環境状況を再構築する」能力と「それをまた自分でわかる言葉にしてみて考える」能力が必要だと思います。
    態度や以心伝心(が出来るかの把握)といった部分は、伝える受ける部分での手段であって、「自分が伝えたいことの把握能力」ではなくて「言葉や態度へのエンコード能力」のひとつで、また受け側も同様と考えます。
  • id:miharaseihyou
    コミュニケーションに必要な事は相手によって変化する。一律にマニュアルで対応しようとするからトラブルが多発する。それ以前の問題として、どのような相手とコミュニケーションしようとしているのか明確にして差別化する必要がある。十派一絡げでは誰も見てくれないだろう。あなたはどんな人とお付き合いしたいのか、それがあなたの好みであり、あなたの交際相手を決める半分の要素となる。
  • id:Baku7770
     挨拶です。
     
     落語なら枕、漫才なら掴み。私は電話に出た相手の挨拶だけで以後の話し方を決めることがあります。
  • id:sizz
    長くチームを組んできた上司とのコミュニケーションに悩んでおり、興味深く回答させていただきました。

    上司はいわゆる「一を聞いて十を知れ」というタイプで、長くチームを組んできたこともあり「以心伝心」でやってきましたが、異動があり、部署が離れました。

    離れたのですが、所属上まだ直属の上司でして、以前のように顔を見て話せば「以心伝心」でわかることでも、メールなどではさすがに明瞭さに欠け、さらに、互いの「このくらい言わなくてもわかるだろう」的な甘えと慢心からミスや齟齬を起こして、先日話し合いをしたばかりです。

    自分が発信したことを、相手に「正確に」「意図したとおりに」伝わったかどうかを確認するすべはなく、その逆もまたしかり、です。「以心伝心」というのは、長年連れ添った夫婦などが経験則で身につけた「ツーといえばカー」の関係以外ではありえないのではないでしょうか。

    やはり、聞くこと(受信)も話すこと(発信)も同じだけ重きを置かねばと思う次第です。
  • id:hizki
    人は、自分の話を聞いてもらえるとそれだけで安心し、相手を(心理的に)信頼する傾向にあるそうです。
    また、自分の意見を聞いてもらった満足感があれば、人の話も耳に入りやすいそう。

    ただし、「聞く」の限界はプロのカウンセラーでも1時間半が限度。

    仕事でもプライベートでも、過度の「しゃべりっぱなし」は相手に不快感をあたえることもあるので、注意が必要。
    特に、愚痴などのマイナスの話は、聞く相手にも相当なエネルギーを消費させることを、心の片隅に置きながら、話をしたいものです。
    (愚痴をこぼすときは、たいていそんな余裕はないものですが…)
  • id:Z9M9Z
    話す気のない相手に話させること。あるいは、聞く気のない相手に聞かせること。すべてはそこからかと思います。
  • id:photore
    とにかく傾聴につきます。相手がこの人は自分の話しを聴いてくれている
    と心から感じることで信頼関係ができるからです。
  • id:goatclub
    ごめんなさい。補足をちゃんと読まないで「愚問」にチェックしました。非言語コミュニケーションを無視していると感じてしまいました。
  • id:vold
    聞き上手は話上手につながると思います。
  • id:kuro-yo
    まず、題意を無視して、わざわざ「愚問」を選択された方に、素直に敬意を表したいと思います。
    そもそも、最初に「コミュニケーションは話す事と聞く事とから成り立っている」と仮定しているのに、何が大切かとか聞いてる時点で愚問なのです(笑)。
    その点を考慮すれば、「両方大事」も実は「愚問」と本質的には同じです。したがって、「両方大事」が一番多いのは、あらかじめ予想できた事です。

    設問には『”一番目に”大切なもの』と書いたのですが、コメント欄を見る限り、これを『必要なもの』の意味にとった人が案外いるような気がします。

    さて、私の意見ですが、やはり「聞く」事が一番目に大切だと考えています。私と同じ意見の人が比較的はてな利用者には多いようで、私自身は満足です。
    しかし、話す事が一番目に大切だと考えている人も無視できない程度いらしゃるようです。

    私が「話す事」を一番目ではないと考えるのには理由があります。
    まず、相手がそもそも人語を理解しない場合、話す能力はあまり役に立たないからです。例えば、相手がペット、あるいは赤ん坊の場合です。恐らく、ペットを飼っている人や子育て中の親は、コミュニケーションしていると感じていると思います。
    また、相手が自然界の場合、かれらは人語を意に介しません。この場合われわれは観察する意外にどうしようもないわけです。科学はまさに、自然の声を聞くところから始まります。それで初めて、私たちは自然に働きかける事もできるわけです。

    なお、「一番目に大切」でない事と「不要」である事とは全く意味が違います。「二番目に大切」なものも大切である事には違いなく、言うまでもなくどちらも「必要」なのです。
  • id:miharaseihyou
    自分自身の好みや欲望は基本的な要素です。歪んだ自己犠牲のもとに辛うじて成立する社交的なコミュニケーションはストレスを増大させるだけです。日本人の特徴である「和」を求める気持ちのスタンダードな実例です。相手との違いを争いの原因と考え、譲歩して回避しようと努力してしまう。争いに目を閉じることなく相手を評価し理解する真摯な態度でいましょう。イージーゴーイングを望ましい結果と考える自堕落で不安定な現状は破綻寸前の悲鳴のように聞こえます。

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