「皿鉢小鉢てんりしんり」なる言葉について、何かご存知の方はお教え下さい。


 内田百閒の掌編「盡頭子」の作中で、とあるお妾さんが口にするのですが、何かの俚諺のような雰囲気を感じるもののしかとは意味が分からず、また作中で説明する記述もありません。
 今時珍しい事にGoogleの検索結果も1桁かそこらで、僅かに「関西の絵本で用いられていた」らしいと云う情報のみ。お心当たりの方居られましたらお願いします。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:2007/04/23 21:38:29
  • 終了:2007/04/30 21:40:03

回答(2件)

id:LsAmd No.2

LsAmd回答回数362ベストアンサー獲得回数12007/04/23 23:19:40

ポイント35pt

http://d.hatena.ne.jp/dimetea/20060407

『尽頭子』で女がいう「皿鉢小鉢てんりしんり」という言葉が妙に気にいる。おそらくは「くわばら、くわばら」と似たような意味のおまじないの文句なのだろうけれど、詳しいことはわからない。

  • id:yokikotokiku
    あ、終了した。
    あくまで憶測なのでコメントに書こうと思って待っていました(回答の内容もかなり憶測っぽいですが)。
    「てんりしんり」は、そのまま「天理真理」だと思います。哲学用語や新興宗教の用語ではなく、仏教用語です。意味はそのままです。
    で、なぜか回答のソースはどれも「皿鉢小鉢」を無視していますが、これでセットの言葉である以上、何か関係があるはずです。
    「皿鉢 小鉢」と区切りたくなりますが、意味的には「皿 鉢 小鉢」でしょう。戦前ですからちゃぶ台などという無粋なものはなく、お膳にこれらの食器は乗っています。
    「てんりしんり」が仏教用語だとして、これらの丸い形状の皿や鉢がお膳に並んでいる様子を仏教的に解釈すると、
    曼陀羅っぽくないですか?
    お皿やお鉢みたいな些細な日用品にも天理や真理は隠れている、色即是空、悟ってしまえば怖いものなどないですよみたいな意味に解釈できるかなと思いました。
    ソースはないです。あくまで憶測です。
    でも「てんりしんりはおそらくおまじない」と憶測で言うのもレベル変わらないと思うので一応書きましたー。
  • id:boojum
     終了してしまいました。一週間って短いですねえ。
     余りと言えば余りに取っかかりの乏しい疑問なので、憶測上等でしてよ。期間内に投稿して頂ければ寸志なりとも進呈致しましたのに。

     さておき。夕餉のお膳に大宇宙を幻視する――! とくるとちょいと突飛の感がありますけれど、調べてみると正式和食である所の本膳料理には三汁九菜がずらり整列する事もあるそうで。曼荼羅ならずとも仏道の教えを暗示する懐石コースくらいは実在しそうな気がしてきます。そういえば米飯の事を銀舎利とか言ったりしますねえ。
     尚想像を逞しゅうしつつ、細かい所を挙げてみると広辞苑には「皿鉢」の字で「さはち」と読む例が載っていて、語義の一は変哲もなく浅い大形の磁器の鉢、とありますが語義の二が脳天。頭の鉢の事も指すらしいのですね。天でも真でも理屈を捻り出すのはやっぱり人のおつむりである訳で、これもこじってつければつきそうな……。
     それから、ぱらぱら頁をめくっていると「天理人欲」なる言葉も拾いました。曰く――「天の条理と人の私欲。宋代に、張載から二程子をへて朱熹に至って、宋学の最も重要な概念の一つとなった。宋学から陽明学まで、人欲は否定されてきたが、明末以降、人欲の語が欲望一般を指すようになると、天理にそった人欲ならば肯定されるようになった」。何やら小難しいようですが、まあこれを強いて天理人理という型に押し込むと……草花を手折り、鳥獣を殺めて皿鉢に餌食を盛るのは人の欲ではあるけれど、いかに菩提心を発そうとも食わねば生きてゆかれぬのが天の理。合掌して箸を取るのが当然だよねー。

     だよねー、じゃない。いえまあ、憶測は憶測ですがそれでも憶の測の憶測で。何となくこの辺でほんのり納得しておこうと思いました、という。

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