飯田線の前身の1つである三信鉄道がサービスの一環として行っていた「途中積込制度」についてお教え下さい。国有化後も存続したそうですが、いつ頃まで続いたのでしょうか。その事についてもお教え頂けると幸いです。

回答の条件
  • 1人3回まで
  • 登録:2007/05/02 00:09:15
  • 終了:2007/05/09 00:10:03

回答(2件)

id:felix33 No.1

felix33回答回数343ベストアンサー獲得回数22007/05/02 21:25:12

id:ohkaamagi

三信鉄道に関しては既に私も様々なところより情報を得ています。中学時代に川村カ子トに関する話を本で読んだこともあります。いずれのサイトにも途中積込制度に関する記述がありません。申し訳御座いませんが、他のWebページも探してきて頂けると助かります。

2007/05/04 02:23:31
id:TNIOP No.2

TNIOP回答回数2344ベストアンサー獲得回数582007/05/05 05:18:12

ポイント35pt

国有化後も存続とはいっても、実質的には国有化される数年前からほとんど行っていなかったと聞いています。

記録上では国有化後数年で廃止されたはずです。

id:ohkaamagi

「鉄道廃線跡を歩く6」に次のような記述があります。

「この制度は好評で(中略)必要不可欠な制度となった。(中略)積込場は次第に整理されたものの、昭和26年9月でも豊根口~金野間に15ヵ所あった。」と書かれています。としますと、この記述は間違っている可能性もありますね。他の回答を待ってみます。ご回答ありがとう御座います。

2007/05/05 05:30:52

コメントはまだありません

この質問への反応(ブックマークコメント)

トラックバック

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません