「近代化する」という言葉に違和感を感じています。たとえば「中国は軍隊の装備を近代化した」などと報道されます。しかし、そもそも近代とは16世紀から19世紀を差すわけですが、装備を古くする訳でなくこの場合最新兵器を導入したという全く逆の意味になっていると思います。恐らく社会学的な意味合いのある言葉で英語にすればMODERNとなるので問題視されないのでしょうが、21世紀にもなっているのだし、日本語としてなにかもっと相応しい言葉があるとしっくりすると思います。

 そこで、皆さんに「近代化」に替わる、新しい単語を発明していただきたい。

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回答(14件)

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そもそも近代とはいつなんでしょうか。 Shoichi12007/07/07 12:26:35ポイント3pt

近代とは、社会が近代的な状態になること。近代社会の条件として、国民国家・民主主義・資本主義・合理主義などがあげられる。(Wikipedia)

http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/223878/%B6%E1%C2%E5%B2%BD/...

諸国語辞典でも同様の記載があります。近代とは一律に何年から何年までということではなく、それぞれの社会が上記の条件をみたすときに近代化したと判断するということではないでしょうか。

英語ではmodernizationという語が対応すると存じます。

http://en.wikipedia.org/wiki/Modernization

こちらにおいても同様に社会が進化をしていく家庭で、上記のような状況を呈する場合にmodernizationされたと認識されるということのようです。

ですので、これをふまえると、近代化という言葉を上記の場面で使うことには一切差し支えがないと存じますがいかがでしょうか。

ちなみに上記指摘されていますが、中国語では

http://zh.wikipedia.org/wiki/现代化

のようですね。

「21世紀、アメリカは軍の装備を近代化した!?」 kaznov172007/07/08 01:19:27

この表現は明らかに違和感を感じることでしょう。アメリカ以外の先進国であっても同じように違和感を感じます。それは先進国はすでに近代化を終えてしまっているという認識だからです。ところが、これが中国やその他の発展途上国だと違和感が感じられなくなります。「中国は軍の装備を近代化した」とマスコミは平気で報道します。ここが不思議なのです。これではまるで発展途上国は近代化の最中のような認識であるかのようです。現代の発展途上国の人で自国の文明や社会制度が近代以前のレベルにあると感じている人はいるのでしょうか? あるいは北朝鮮あたりだとそういう認識があるかもしれませんが、ほとんどの国家は充分に現代のレベルだと主張するはずです。先進国側の我々が勝手にそうイメージしているように思えてならないわけです。しつこいようですが先ほどの中国軍の装備は近代化したと報道する以前は、どんな武器だったのでしょう。槍や刀を使っていたわけでなく恐らく自衛隊の装備と遜色ないレベルだったのではないでしょうか。近代化というとき、どこか先進国の傲りと危うさを感じてしまうのです。

おっしゃられていることは、もっともですが、、、 Shoichi12007/07/08 12:18:56ポイント2pt

おっしゃられていることはもっともですが、当初の質問と論点が摩り替わっています。

そもそも、近代化という言葉の思想について議論されたいのならばそれで結構ですが、当初の質問文からは、「中国は軍の装備を近代化した」という、文章において、上記思想的なことではなく、近代の定義は、「これこれ」であるから、文自体が国語的に成立しないという質問でいらっしゃったように理解しています。ですので、「近代化」ということばの現代通用している語の定義についてどのように使われているかということを引用し、その運用という面からは国語的には間違った表現ではないというむねお伝えしたつもりです。

 もちろん「近代化」ということばは、英語のwikiにまとまった既述がありますが、社会というのはある段階をすすんで進歩していくもの(そして、この価値観からみた進歩=善というような認識)との前提に立った社会観から見た場合の、社会または、組織等の変遷にたいしてある条件をみたした場合に近代化という名称を用いているだけであり、これは、かならずしも、いわゆる近代化=善という考え方が必ずしもただしいということを支持するわけでもまったくありません。歴史が語るように、このような一方的な価値観の押し付けは、本来多義的である価値観からなる世界にはなじまないこともしばしばあり、このいい例が、最近だと、イラク戦争であるとは存じます。

もし、「近代化」にたいして、国語的でなく、その思想自体に対して異議をとなえられるのであれば、もうすこし、わたくしもそちらに焦点を絞ってお話しができたかもしれません。

確かに…… kaznov172007/07/08 18:46:41

確かに論点がずれてしまっているようです。僕自身がなぜ違和感を感じるのか、よく整理せずに質問したからだと思います。いまこの質問をしたことで随分と整理が出来てきました。

国家レベルの話ではなく、よく「近代的な建築」であるとか、「近代的な設備」などという表現をしますが、この場合でも正直、違和感を感じてしまいます。用法的に間違いではないことはわかりますが、近代の精神である合理主義や科学至上主義のようなものが含まれた使い方なのであろうと思うわけです。ところが、現在の志向はこの合理主義や科学至上主義を排して、なにか別のところにあるような気がするのです。安藤忠雄の建築物に近代的という表現をしていいのか、恐らく本人は嫌がると思います。

ただ新しいもの、最新のものを表現するとき「近代」という単語を使うのはやはりさけるべき時代に突入したと感じています。

すいません、最期の部分訂正です。 Shoichi12007/07/08 12:22:08ポイント1pt

もし、「近代化」に対して思想自体にたいして異議をとなえられているのであれば、質問を、上記のような国語的、論理的な観点からではなく、その言葉をもちいている拝啓のしそうに対する懸念を表明されれば、もうすこし、わたくしもそちらに焦点を絞ってお話しできたかもしれません。

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