【if:もしも】もし原爆がなかったら太平洋戦争はどうなったでしょうか?

1945年8月5日以降の戦争の行方をシュミレーションしてみてください。


もし歴史が違って45年時点で核兵器がなかったとしたら戦争の行方はどうなったと思いますか?
シナリオは楽観的でも悲観的でもかまいせん。できるだけ史実にもとづくようにお願いします。

回答の条件
  • 1人1回まで
  • 登録:2007/07/07 11:58:56
  • 終了:2007/07/13 20:51:13

回答(8件)

id:GOLA No.1

GOLA回答回数52ベストアンサー獲得回数02007/07/07 12:15:31

ポイント16pt

まず、日本本土の空襲が激しくなり、地上戦が展開されていたでしょうね。

既に消耗しつくしていた日本はゲリラ戦で対抗するも圧倒的な火力の差で、

壊滅寸前になっていたでしょう。帝都東京が陥落するまでは降伏しない

可能性がありますので、戦争は年末まで続き、北方からはソビエト連邦が

怒涛の攻勢で南下してきていたはずです。

当然、当時の満州にいた日本人たちは殆ど虐殺されるか捕虜になり、

日本に帰国できた人などごくわずかの裕福層と政治家くらい。

年末に帝都東京が包囲され、ようやく降伏に至るという結果ではないかと思います。

仮に、ソビエト連邦の南下が早ければ、共産主義への組み込みという選択が出ていたり、

それこそ南北日本分割というような結果があったかもしれませんね??

id:nhate

回答ありがとうございます。

沖縄戦が6/23終結、九州侵攻のオリンピック作戦が1945/11予定ですが、ソ連参戦が原爆の影響でないとしたら年末に本州・東京の可能性もありえますね。(ヤルタ会談でドイツ幸福後3ヶ月以内という密約があったそうですが)

以下の回答者の皆様方もですが、できればイベントの起こりうる時期を明記していただけると嬉しいです。

2007/07/09 20:09:41
id:cymneve No.2

cymneve回答回数261ベストアンサー獲得回数82007/07/07 12:48:08

ポイント16pt

日本政府は、尚降伏をすることができず、日本列島全都市での地上戦。

といっても弾薬等近代兵器vs竹槍の悲惨な戦闘であり、日本壊滅。

政府関係者なんかはどこぞへ隠れ、難を免れる一方で、天皇はあっさりアメリカの下級兵士に殺されていることでしょう。

責任ある政治家が居たのであれば、遅くとも1944年中には降伏していた筈です。今の年金官僚並の人たちが当時の日本の支配者層に座っていた事は核兵器以上の悲劇だと思います。

id:nhate

アメリカの下級兵士がですか、首都突入の混乱を予想していますか?

それとも松本?

2007/07/07 23:05:45
id:YUNJI No.3

YUNJI回答回数46ベストアンサー獲得回数12007/07/07 15:58:04

ポイント16pt

アメリカ軍は、鹿児島、小笠原経由で伊豆半島に上陸、ソ連は、朝鮮半島経由で北部九州上陸、千島経由で北海道上陸すると思います

 九州で、米ソ激戦に、北海道を南下し本土へ、新潟からも上陸するだろうから、首都圏の奪い合い逃げ道は無いですね、当時の国力からすれば、スターリングラードのような、激戦に、植民地再支配のために、フランス・イギリスの極東軍が編成されて、オーストラリア軍も加わり、数百万の兵力が、激突するでしょう もしかすると、北海道は共産主義になっていたかも

id:MyMilestone No.4

MyMilestone回答回数96ベストアンサー獲得回数72007/07/07 18:23:25

ポイント15pt

もし原爆が無かったら・・・

 日本が8月15日に降伏することはなかったでしょう。

 その結果、日本はアメリカだけでなく、直前に日ソ不可侵条約を破って参戦してきたソ連も相手にしていたことでしょう。その結果、日本本土で日米・日ソ・米ソの争いが始まったことでしょう。 当時の日本の戦力からすると、どちらにも敵わないことは明白で敗戦国になってしまうことは変わらなかったでしょうが、日本で行われた米ソの争いにより、北から侵略してきたソ連と、南のアメリカにより日本列島が南北に分裂していたことでしょう。

 原爆がなかったら、日本も朝鮮半島と同じ運命をたどっていたのかもしれません。

id:makoohira No.5

makoohira回答回数136ベストアンサー獲得回数42007/07/08 23:25:07

ポイント9pt

天皇は7月上旬の時点で、降伏の意思を示す文書を、何度もアメリカ政府に送って、かつ、無視され続けています。(近年、公開されたアメリカ政府の資料による)

つまり原爆投下は、降伏を促す目的ではなく、別の目的で落とされたものです。

共産圏への武力による牽制8割、実戦に置ける人体実験2割(威力の検証、パイロットへの被害、投下後にアメリカ兵が日本入りし、建物や人間への被害状況を検証しています。)

アメリカ(というより、トルーマン)はどうあがいても、日本に降伏させたくない、降伏されては困るという立場上、目的を果たすまで、降伏を認めることはないでしょう。

日本政府は、国連など、さらに大きな舞台へ降伏を申し出ようとするでしょうが、成功する見込みは薄い。


原爆投下を指示したトルーマン大統領は、

ルーズベルト大統領の死を経て、選挙なしに、急遽、副大統領から大統領へ昇格した大統領で、国内でも、日系人への拷問、赤狩り(政敵を共産主義者と決めつけ刑務所送りにする)、原爆を開発したユダヤ系科学者の排除等、人種差別、人権的に問題のある人物、とされています。(原爆を除くと、その行動はアメリカ国内でも評判が悪い)

そのため、アメリカでも「特に問題のあった時期である」と言え、アイゼンハワーや、近年で言えばクリントンなど、別の人間が大統領になれば、原爆投下は避けられた。


では、投下が無かった場合のシナリオはどうであるか、

1.共産圏への牽制のため、地上戦が行われる。

2.早期に植民地化し、朝鮮戦争への足場にする。

3.水爆の人体実験のために使う。あるいはより悲惨な行動をとる。

3は、トルーマン在任中には完成しなかったのでない。アメリカ議会が、議会を無視したトルーマンの行動を、これ以上容認することができるだろうか?

2は、従順な日本人の国民性を理解しているので、可能性は高い。

1は、ソ連が日本への進攻がどの程度であったかによる、南下の速度が速ければ本土戦。遅ければ日朝間や、朝鮮内での戦争になる。パワーバランスからすると、日朝戦より向こう側ではないでしょうか?(ここは推測)

ですので、対ソ連用の太平洋母艦として利用されるが7,8割。(被害としては原爆投下よりは減るが、アメリカの母艦としてソ連に狙われる)

アメリカの戦力ダウンや、戦略ミスが続けば、本土戦2,3割。(被災としては原爆投下よりは減るか、変わらない)

こんな感じで、

id:nhate

いくつか疑問があります。

国連は戦後創設されていますのでありえません。国際連盟だとしてもソ連の冬戦争がきっかけで機能停止しています。


[天皇は7月上旬の時点で、降伏の意思を示す文書]

これは本当でしょうか?初耳です。

その資料の存在を伝えるニュースなり、資料そのものなり、ネット上でありましたら教えてください。


トルーマン大統領についてはen.wikipediaを斜め読みしましたが、米国内でまで評判が悪いとまではいえないような。

もし追記がありましたらコメント欄にでもお願いします。

2007/07/09 19:39:43
id:Baku7770 No.6

Baku7770回答回数2832ベストアンサー獲得回数1812007/07/09 00:35:38

ポイント15pt

 原爆が投下されなかったとして、第二次世界大戦には大きな影響を与えなかったものの、その後、例えば朝鮮戦争で初めて原爆が使用されてなど現在の国際地図は大きく変わっていたでしょうね。

 

 第二次世界大戦に大きく影響を与えなかったという説には大きな根拠があります。原爆が投下されなかったとしても、ソ連が参戦してきた時点で、日本は無条件降伏したことは間違いありません。

http://www.okazaki-inst.jp/johokanvoice.html

 元々真珠湾攻撃を機とした開戦もアメリカに積極的に攻め込むというものではなく、ある程度叩いて米国民の厭戦気分によって戦争を終結してしまおうというむしろ身勝手な考えによるものでした。

 ところがミッドウェーで徹底的に叩かれたのは日本の方で、有利に和平交渉を進めることができなくなってしまいました。で、沖縄に上陸されてしまうのですが、この時点で日本は3つの選択肢が残っていると考えていました。

 1番目は本土決戦で多くの米兵を死に追いやり米軍の厭戦気分を生み、少しでも和平交渉を有利に進めたいといった考えでこれは一部の軍属に限定されました。2番目はソ連に和平を仲介してもらおうという考えです。既にヤルタ会談でソ連は参戦を決意していたのにです。そして3番目が降伏です。

 ソ連が参戦してきたことから、ソ連に仲介を依頼してという考えだった政治家達も降伏に意見がまとまってしまったんですね。天皇陛下も東京大空襲で敗戦を決意していますよ。広島や長崎の惨状以上に自分の目でご覧になられていますからね。

 

 むしろソ連についていえば参戦は予定通りとして、原爆の投下で進攻を早めさせたとも言えます。敗戦を決定付けたと考えさせましたからね。

 

 むしろ朝鮮戦争で米軍に原爆の使用を躊躇させたりしたのは日本に原爆を投下してその効果を米軍が知ってしまったからでしょう。もし日本に原爆が投下されておらず、朝鮮戦争で原爆が使用されていたとしたら、ソ連も米軍に原爆を使用していたことと考えます。

id:nhate

この質問を機会に文献に当たりましたが、

「木戸日記」によると、天皇は原爆のことよりも8/9にソ連の対日宣戦布告のほうがショックが大きかったようだとかかれてますね。その日のうちに御前会議を開催していますし。


朝鮮戦争で原爆を使用するかの判断に影響したことは十分考えられますね。

2007/07/09 19:49:12
id:lunlumo No.7

lunlumo回答回数107ベストアンサー獲得回数142007/07/09 02:23:25

ポイント15pt

 ポツダム宣言の受諾は少し遅れたかもしれませんが,ほとんど結果は変わらないと思いますよ。6月前半に戦争の継続が困難であるとの報告が御前会議でなされ,6/22には天皇から時局の収拾が指示されているので,後はタイミングの問題に過ぎないです。原爆の投下如何に関わらずソ連は参戦したでしょうから,そのタイミングでポツダム宣言を受諾して終戦となったはずです。

id:nhate

6/8に御前会議(御前最高戦争指導会議第二回)が開催され、

議題は「今後採るべき戦争指導の基本大綱」でしたが、

本土決戦とソ連の参戦を防止するためのイケイケの議論だったそうです。

6/22は御前における懇親会議が開かれていますが、天皇親書を持った特使をソ連に派遣するのが決まったのは7/10ですね。

2007/07/09 20:15:42
id:goldwell No.8

goldwell回答回数502ベストアンサー獲得回数612007/07/10 23:45:56

ポイント30pt

どうにかして本土侵攻を避けられる要素は無いかと考えてみたのですが、どうにも難しいですね。ヤルタ秘密協定によるソ連の参戦の決定。それにも関わらずポツダム宣言の時期までソ連の仲介の講和を期待していたわけですから・・・。

アメリカ軍としても、ダウンフォール作戦は作戦承認、そしてマッカーサーに対し作戦準備指令が下る段階まできていたわけです。


ただ、もう少し大きな視点から、米軍の立場を考えてみました。

  • マキン・タラワから始まって、硫黄島・沖縄と本土に近づくに連れて、陸戦での抵抗が激しくなっているため、本土での戦いでは相当の被害が予想される。
  • 既にドイツの分割占領という例を残してしまい、日本に対しても同様の結果が予想される。貧弱な海軍輸送力しか持たないソ連ではあるが、地理的に近い。

既に戦後世界を見据えて、主導権争いが始まっているわけですね。

戦争の終わりが見えているわけですから、日本を屈服させればおしまい、というわけではないでしょう。多少の領土がソ連側に取られてしまっても、日本の主要部をアメリカが主導する側に取り込めればベターかと。


そこでアメリカが描く(調子良すぎる)シナリオ。

1945年7月までにソ連の侵攻を日本にリーク(例えばアレン・ダレスなどの講和工作チャネルを使います)。日本の敵愾心や数少ない軍備をソ連に向かせる。

同時に積極的な講和条件の緩和によって和平交渉を進捗させると同時に本土侵攻準備も怠り無く、硬軟両面で進める。

8/8、ソ連軍満州侵攻、8/18千島半島侵攻。占守島の戦い(→これらは史実)

その後、北海道への上陸は、ソ連は大規模船団の準備に時間がかかるのと、真冬になる前ということで、10月頃実施を想定。(前述したように、海軍輸送力に不安が残るため、他の地域への上陸は無いと思われます)

1945年から46年にかけて、北海道北東部にかけて激戦がくりひろげられますが、沖縄と違ってソ連陸軍の得意な平野部が広がるために徐々に日本軍は押されるでしょう。


転じて日本国内における講和の障害は軍の強硬派ですが、本土作戦の為に各地に将校が分散されたのと、北海道での絶望的な戦況が伝わるにつれて、徐々に和平に傾きます。

そこで天皇による聖断がおりて、英米蘭といった国との講和が結ばれ(史実の無条件降伏よりノ若干緩和されています)、かろうじて英米軍による本土侵攻作戦は回避されます。

そして今度はアメリカの後押しによって、ソ連南下との戦いに全力を向けるわけですが、結果的に北海道の大部分か、全域は占領されるでしょう。

こうして、北海道には傀儡国家(日本人民共和国とでも呼ばれるか)が建てられ、本州以南との分割状態が長く続くことでしょう。


すいません。これはオリジナルではなく、ある仮想戦記小説からアイデア得たものです。要は、原爆の代わりにソ連による北海道侵攻が終戦のきっかけになったと解釈したわけです。そこをアメリカが自国の傷少なくうまく利用するかなと。


余談ながら、昔、たしか10代の頃に檜山良昭『日本本土決戦』というif小説を読んで、衝撃を受けたことがあります。

こちらはマンハッタン計画の実験失敗によって、原爆開発が遅れ、九州および関東への上陸作戦計画が行われたという想定でした。

制空・制海権を持たない絶望的な状況では日本軍・民に膨大な死傷者を出しますが、米軍の方も着実に占領地域を広げつつも、死に物狂いでの抵抗の前に相当な被害数を出します。(早い時期に行われたベトナム戦争のイメージです)

最悪、焦土と化す泥沼の戦いに発展したとしても、どこかで落とし所を決めるとは思うのですが。

id:nhate

ありがとうございます。回答に大変感心させられましてじっくり読ませていただきました。


ここでアレンダレスの名前が出てくるとは驚きました。調べてみましたら彼はすでに戦時中スイスで色々やってたんですね。勉強になります。


早期講和の可能性をまず考えるとすると、「ソ連参戦情報」は米国側からのリークだと信用がないので、スウェーデン辺りで工作を進めてたら可能性はあったかもしれませんね。可能性は限りなく低いですが。


戦略で考えると、日本軍の北への戦力分散のためのリークとしてソ連参戦情報を活用し、南からの進出を進めやすくしたでしょう。

1945年の冬で北海道の戦いは可能性が高いですね。ジューコフが北海道に来たら泣けますね。

既に秋に連合軍が九州侵攻の予定ですし、ポーランド問題に始まる冷戦の兆しが現れてきているので日本の主要部分を早めに西側国家の占領下に置きたいと考えて米による冬に関東平野への上陸などもありそうです。


ソ連抜きでの講和は欧州の状況との整合性から少し難しいようです。しかし共産革命の連鎖は当時最も恐れられていることでしたし、日本が共産化すればどこまでドミノ倒しが進むか検討もつかないと思いますから、国体護持を認める密約付きで早めの降伏が認められるという可能性もありえますね。



机上の空論ですが、こうしてみると悲惨な結果であったことには変わりないですね。



頭の中が混乱気味ですが、今までの回答を総合してみると、8/5の時点で原爆がなくともpoint of no returnを通過してしまっていたのは確かなようですね。

原爆のこと以外にもたくさん問い直さないといけないことがあるようです。回答ありがとうございました。

2007/07/13 20:47:04
  • id:nhate
    念のため書いておきますが、この質問は某大臣の発言と(直接の)関係はありません。
    また、質問者nhateは回答者さま方の自由な発想を尊び、
    自分の期待した意見以外を無視するようなことはいたしません。
    (というより、期待する意見を持ち合わせていません)

    ポイント配分の基準は回答者さまがどれだけ綿密に考証しているかの一点です。
  • id:nhate
    回答者さま方のご意見を読んでますと、アメリカ側の主張「原爆のおかげで日米の死傷者数を減らせた」という主張が通ってしまうように思うのですが・・・。
    原爆使わなくてもよかったはずだ、という方のご意見もお待ちしております。

    念のため。私は戦争も原爆も無差別空襲も嫌いです。
  • id:cymneve
    >アメリカの下級兵士がですか、首都突入の混乱を予想していますか?
    >それとも松本?

    避難場所への移動中、甲州街道の何処かで、偶々偽装した天皇本人に、地域を巡回していたアメリカ下級兵士に出会って、射殺か撲殺と考えました。

    マトモな兵力が無い状況ですから、米軍の首都進攻はこないだのバグダッド進攻よりもたやすいことでしょう。
    渋る天皇を役人がなかば無理やり疎開させようとする筈です。
    目立つわけには行かないので、リヤカーに乗せて運ぶような状況を考えました。
    役人の机上プランですから、やってみれば、くたびれるということで、スケジュールズルズルに甲州街道を下るはずです。

  • id:nhate
    松本でなくて松代でしたね、失礼しました。


    (「本物」は伊勢と熱田にあったそうですが)、「三種の神器」もありますし、天皇本人が(天皇としての)責任を感じて嫌がってたそうですし、御真影や肉声すら恐れ多いという時代でしたから、ちょっとありえない気がしますが…。
  • id:GOLA
    地上戦であっても、原爆であっても、死んだ人間と身内を殺された遺族にとっては変わりはないのでは。
    死んだ人数で戦争の悲惨さを示すのはナンセンスだと思います。
    そういう意味では某大臣、アメリカの主張に関してもナンセンスだと思ってます。
    IFで考えることは、悪くないと思いますが、IFから始まる主義主張というのは難しいですね。
  • id:nhate
    そうですね。

    私の身近な親族が終戦間際に一兵士として戦死しています。
    まだ私は生まれてないのですが、残された親族は戦後つらい生活を強いられたそうです。
    家族全員(私を含めて)、政治・宗教的な関心は無いので詳しくは知りませんが、いちおう靖国神社に英霊として祀られてるそうです。口では語りませんが、あまりいい思いはしてないようです。
    それで終戦間際のことに関心があり、理解を深めたいと思いまして、
    ifででもいいので戦争のことをつきつめて考えたくて質問しました。



    回答はもう少し募集を続けます。
  • id:goldwell
    戦争を善悪の基準ではなく、歴史的事件として可能性の面から考えてみるのは決して悪いことじゃないと思います。
    きっかけがひとつ違っていたら、こうなっていたかもしれない、とより歴史を知り、理解が深まるのではないでしょうか。

    歴史if小説好きの意見でした。
  • id:GOLA
    私も小説などでは、歴史物、戦争物は結構好きなジャンルです。
    恩田陸の「ねじの回転」、福井晴敏の「終戦のローレライ」などは
    お気に入りの小説ですね。

    IFで考えることは悪いとは思いませんし、フィクションとしての
    面白さも十分にあると思います。

    私は、実際に広島の江田島に行って見たり、平和記念公園に行ってみたりして見聞したものが、戦争に対する考えの基となってます。
    戦争に参加した人、戦争の犠牲になった方々のリアルな声は、
    どんな主義主張よりも印象に残りました。

    とりとめのない意見ですみません。
    皆さんのご意見も、ごもっともだと思ってます。
  • id:goldwell
    よくよく見直せば、足りない点が多い回答でお恥ずかしいばかりです。
    というわけで昨日考えた補足
    ・1945年6月以降のアメリカ軍は、本土封鎖を中心として、攻撃の手は緩めてソ連や日本の出方を探る。(それまで空襲などによって官民ともども、散々痛めつけられている為。だけどちょっとこの辺は根拠が薄弱)
    ・ソ連軍が北海道上陸、橋頭堡を築くことに成功した1945年末、危機感を覚えた日本側の講和の動きが活発化して、翌年春には英米蘭中(国民党政府)との講和が成立。(→アジア植民地の再統治を進めたい英蘭と、共産党との確執が残る国民党を米が引き込んだ)
    ・東日本から送られた増援を含む日本軍の必死の反撃と、アメリカの影からの圧力で、1946年中にはソ連は撤退。代わりに共産主義の傀儡国家が建てられる。
    ・1950年前後、ソ連軍の装備で固めた傀儡国家との内戦勃発・・・。

    原爆が無くとも、史実の朝鮮半島と同様に、大国の思惑の狭間で同胞相打つ悲劇が起こるかもしれませんねぇ。


    >「ソ連参戦情報」は米国側からのリークだと信用がないので、スウェーデン辺りで工作を進めてたら可能性はあったかもしれませんね。可能性は限りなく低いですが。

    ご指摘の通りですね。しかもダレスとのチャネルは日本海軍側なので、陸軍との調整が難しい。

    >共産革命の連鎖は当時最も恐れられていることでしたし、日本が共産化すればどこまでドミノ倒しが進むか検討もつかないと思いますから、国体護持を認める密約付きで早めの降伏が認められるという可能性もありえますね。

    この時期のポイントはそこですね。トルーマン(米)とスターリン(ソ)との対立。そこに日本の運命がどう転ぶか。
    想像するにしても、終戦間際の日本を考えるには、世界の単位で史実をよく調べないといけないですね。
    歴史的に見ても、興味深い質問でいろいろ考えさせられました。ありがとうございました。
  • id:makoohira
    あれれ、、、まったく信用されていないようで

    >国連は戦後創設されていますのでありえません。
    まさか、国際連合と誤解することはないと思いましたし、もちろん国際連盟のことを指して書いたのですが、連合国側の何かまとまりのある団体としては、なんだろうと思い書きました。連合国司令部?じゃ変ですし、、、重要度の高い部分ではありませんが。


    >[天皇は7月上旬の時点で、降伏の意思を示す文書]
    >これは本当でしょうか?初耳です。
    >その資料の存在を伝えるニュースなり、資料そのものなり、ネット上でありましたら教えてください。

    [近年になって公開アメリカ政府文書に、確かトルーマンの手帳か日記によると、その文書をトルーマンが握りつぶしたと記してある。]という
    確か、アメリカ在住の歴史研究家のコメントで。
    日本語に訛りがなかったので、日系人ではなく、移住した日本人と思われる。

    ここのところ例の失言問題のおかげで、ラジオのニュースでも頻繁に出てきていたので、「証拠を出せ」とは言われるだろうとは思っても、まさか「初耳」と言われるとは思ってもみませんでした。

    で、検索しても、予想通り出てきません。近年がいつなのか?も分かりませんし、公開された政府文書は、国立公文書記録管理局の記録を指していると思われますが、さすがに数十万ページの英文から探し出すのは無理です。歴史研究家という人がいうならそうなのだろう。と思い書きました。

    http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/kimura/doc/gennbaku.html
    ただ、これが書かれたのが2000年8月で、これには書かれていませんので、もし正しければ、これより後に見つかったということになるのか、

    あるいは、上記文書にある下記の記述の物的証拠が、すでに2000年8月より前に公開されているのかでしょう。
    『一九四五年七月にポッダム会談が開催されていた期間中に、ソ連のスターリンから日本からの終戦仲介の依頼を受けた事実を知らされたトルーマン米大統領はそれを無視するようにスターリンに伝えたとも』


    >トルーマン大統領についてはen.wikipediaを斜め読みしましたが、
    >米国内でまで評判が悪いとまではいえないような。

    http://en.wikipedia.org/wiki/Harry_S._Truman
    #Soviet_espionage_and_McCarthyism

    http://en.wikipedia.org/wiki/McCarthyism

    President Harry Truman's Executive Order 9835 initiated a program of loyalty reviews for federal employees in 1947. Truman's mandate called for dismissal if there were "reasonable grounds... for belief that the person involved is disloyal to the Government of the United States.

    英語版とすごい差が。日本版だとマッカーシズムや赤狩りの記述がばっさり欠けていますね、認識の差にびっくり。

    アンフェアなことは、アメリカでも眉をひそめられます。
    あの当時の赤狩りや拷問を指して「すばらしい行動」と賞賛する人はそういません。
    アメリカ人の意見と言っても、見られるのはテレビでのアメリカ人の証言や意見レベルですし、それが大半とは言いにくいでしょうが。
  • id:makoohira
    なお、ご指摘のen.wikipediaですが、ざっと読んでみますと、
    ”当時の”トルーマンの不人気ぶりについては、多々記述があるものの、
    ”今でも”不人気なのか?といったことは描かれてはいません。
    これはwikipediaの性質上、あまり個人の心情に依ることを書くのは好ましくないからでしょう。

    「なぜ」不人気だったのか?の部分は、断片的にKKKや朝鮮戦争がらみの記述は読み取れますが....

    In the spring of 1948, Truman's public approval rating stood at a dismal thirty-six percent, and the president was nearly universally regarded as incapable of winning the general election.

    1948年春の総選挙では、トルーマンの支持率は36%まで落ち込み、大統領への再選は無いに違いないと見なされていた。

    Truman was so widely expected to lose the 1948 election that the Chicago Tribune ran this incorrect headline.

    1948年の選挙では、トルーマンの敗北を確実視する見方が広まっていた。
    そのためChicago Tribune紙は「トルーマン敗れる」という誤った見出しのまま刷ってしまった。

    Truman's approval mark stood at 22% according to Gallup polls, the all-time lowest approval mark for an active American President.

    トルーマンは、現役大統領としてはアメリカ史上最低の支持率22%をマークした。


    私は、高校までは理系でしたので、トルーマンといえば、ユダヤ人科学者への迫害(政府機関からの閉出し)のときの
    「これが自由の国アメリカのすることか!それではナチスと変わらなくなってしまう!」という批難の声が印象深いですが、この記述もないようで....
    一般的な教科書に載っているかと思います。


    なお、下記のように、原爆投下の是非については、「歴史家の間でも賛否両論がある。」程度の記述に留めています。
    Others, such as the atomic bomb historian Professor Gar Alperovitz, have argued that the use of nuclear weapons was unnecessary and inherently immoral.
  • id:nhate
    回答ありがとうございました。そして詳しいコメントありがとうございます。

    私が一番知りたかったのが
    [天皇は7月上旬の時点で、降伏の意思を示す文書]についてです。

    このことが事実だとすると、ここに立てた質問と頂いた回答の中でもっとも重大な事実となります。
    議論の前提がなくなってしまうほどのものです。たいへんびっくりしました。

    ここ最近はTVニュースを見ないので、報道のされ方を知りません。
    ぜひ、その文書関連のニュースソースが見つかれば、ぜひにでも、教えてください。

    私もこの質問を立ててから終戦前の歴史本を4冊ほど読みましたが、2000年以前にかかれたものだけだったので、そのような記述はありませんでした。

    記載されてるものとしてはおそらくトルーマンの日記にはないでしょう。日記は公開されているはずですし。あるとしたら公文書関連でしょうか?

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