選挙で投票することの大切さがもうひとつよくわかりません、って言うか、なぜ必ず投票へ行かなければならないのでしょうか?

回答の条件
  • URL必須
  • 1人2回まで
  • 登録:2007/07/24 19:56:13
  • 終了:2007/07/26 10:06:14

回答(12件)

id:sapon No.1

sapon回答回数76ベストアンサー獲得回数32007/07/24 20:34:08

ポイント15pt

同じような質問がありました。

http://q.hatena.ne.jp/1068634039

これを読むと義務ではなく、権利と考えるべきなようですね。厳密な法律的な論争には知識もないし、興味もないので、法律家の先生方の意見を待ちたいと思いますが・・・

ただ、納税は憲法に書かれた日本国民の「義務」ですから、自分たちの払った税金の使い方を、自分以外の人の意見だけで決められるのって、我慢がならない、って思いませんか??投票に行かなくっても、税金はとられ続けていくんです。

ただ、余談、ですが、選挙が終わったとたんに増税論議、っていう歴史を何度も見てきていますので、投票に行くことも、もちろん大事ですが、その後、どのような政治が行われているかを見守ることもとても大事だと思っています。

id:masahia

そうですか、

投票へ行く事で、税金の使い道をどうこうできるのでしょうか?

同じような質問 参考にします。

ありがとうございます。

2007/07/25 05:37:49
id:TomCat No.2

TomCat回答回数5402ベストアンサー獲得回数2152007/07/24 20:49:55

ポイント15pt

日本国憲法は、その第15条において、次のように定めています。

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

ここでいう「公務員」とは、選挙で選ばれる首長や議員のことで、それを選出するための選挙に行くことは、「権利」であって、「義務」ではないんですね。

 

しかし日本国憲法では、同時に第12条において、

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

とも定めています。つまり「権利」というものは、勝手に放棄してもいいだろ、ではない。自分たちのために、また次世代のために、手にした権利は国民一人一人の努力で守り抜いていかなければならないんだ、ということなんです。

 

選挙に行くことの大切さの第一はこれ。私たちは戦後はじめて「成年者による普通選挙」、つまり成人であれば性別や門地などに関わりなく、誰でもが平等に力を行使できる選挙権を手に入れたんです。名実共に国民が国家の主権者となれる立場を手に入れたんです。これを私たちは「不断の努力」をもって守り抜いていかねばなりません。そのために、自らに与えられている権利を行使するんです。それが選挙に行く、ということです。

 

選挙に行くということは、このオッサン、オバハンたちの中から誰を選ぶかということの前に、私たちが手に入れた権利をいつの時代もイキイキと輝かせていくための行動、せっかく手にした権利を死んだものとせずに次世代につなぎ渡していくための行動、という意義を持つわけです。

 

だから選挙に行く。そして国民としての権利をシッカリと行使すると。そういうことです。

 

選挙なんて、信用でき無さそうな連中ばかりがゴタクを並べているだけ。こんな奴らの中からしか選べないなんて選択肢が狭すぎる。そう思うかもしれません。

 

また、どうせ選挙なんて出来レース。予め組織票が固まっているから、俺の一票なんて屁みたいなもの。俺一人選挙に行かなくたって世の中変わらない。そう思うかもしれません。

 

しかし、この国の長い歴史の中で初めて手に入れた、われこそはこの国家の主権者であるという姿を輝かせに投票所に行く。われらの手にした権利をイキイキと次世代につないでいくために投票所に向かう。そう考えたら、俄然意欲が湧いてきませんか。

 

選挙というものは、投票行動そのものが、憲法によって国民に保障された自由及び権利を守り抜くための努力なんです。そのために選挙に行く。そう考えてください。

 

私も、たとえ私の一票が出来レースの端っこのカスにしかならない一票だとしても、必ず選挙に行きます。それが、自由と権利を次世代にまでつないでいく、大切な一歩となるからです。

 

http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s3

「日本国憲法」第3章 国民の権利及び義務

id:masahia

実は私には前提からの疑問もあります。

われわれが選挙権(いわゆる普通選挙権)を手にしてから「良い」政治ってできていますか?

2007/07/25 05:41:31
id:MonsieurU No.3

MonsieurU回答回数80ベストアンサー獲得回数62007/07/24 22:00:01

ポイント14pt

必ずしも投票へ行かなければならないわけではありませんよ。税金のように義務ではなく、権利なので。


選挙は立候補しない限り、国民が政治に参加できる唯一の手段です。

ですが、投票したくてもそれにあたいする立候補者や政党がないのが現状かとも思います。


でも、大事なのはそこで選挙権を辞退するのは、せっかくの権利を無駄にしているとしか思えません。


白票でも投票することには意味があると思います。

もし同じように考える人が多くいて白票が増えれば、それは重く受け止められるはずと信じています。あまりに白票が多いと選挙自体の有効性が問われることになるとも思います。


これは飽くまで予想ですが、投票に行っている人にはそれなりの利権や利益がある人が多いのではないかと思います。特に自○党など。

もちろんそうではない人もたくさんいるとは思いますが、投票率の低さからいってあながち間違いではないと思います。これは逆に言えば、その人達の意見だけが政治に反映されていることになるともいえると思います。

なので、もしこれまで投票に行っていなかった人がみんなそれぞれ思うように(白票であっても)投票するようになれば、必ず変化が起きると思います。


投票にも行かずに今の政治は…とか言うのはおかしいですよね。



http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo02.html

id:masahia

その投票にも行かずに、…

という意見にも?です。

そんなに投票へ行くことが「えっへん」

な事なのでしょうか。

投票へ行かなければ二等国民ですか?

2007/07/25 05:44:13
id:garyo No.4

garyo回答回数1782ベストアンサー獲得回数962007/07/24 22:00:03

ポイント14pt

http://www.city.yokohama.jp/me/senkan/senkyo/kyoken.html

現在では日本国民であれば満20歳になると得られる選挙権ですが、明治22(1889)年には、25歳以上の男子で、15円以上の直接税納税者に限っての権利でした。大正14(1925)年、普通選挙法施行により納税資格が廃止され、昭和20(1945)年、婦人参政権を含む選挙法改正がおこなわれ、完全普通選挙制が実現しました。

 横浜の場合は、明治22(1889)年に市となり、同時に市会が誕生しています。当時の市会議員選挙は、納税総額を3等分し、各級から同数の議員(12 人)を選出する方法でした。直接国税2円以上を納める25歳以上の男子だけという厳しい制限選挙でした。大半の選挙人が議員というありさまで、金持ちが金持ちを選ぶ、自分たちだけの選挙でした。

それ以前には、人々は政治に口を挟むことも出来ませんでした。

「お上」の決めたことには逆らえない時代が続いたのです。

今で言えば隣の北朝鮮のような独裁政治ですね。

北朝鮮のような独裁政治と日本のような民主政治はどちらがいいですか?

選挙権はあくまでも「権利」です。権利は行使しないとまた奪われてしまうかも知れませんよ。

id:masahia

ほんとうに「北朝鮮のような独裁政治」だったのでしょうか?

誰に奪われるのでしょうか?

脅されてもねえ。

2007/07/25 05:46:17
id:sylphid666 No.5

sylphid666回答回数3302ベストアンサー獲得回数902007/07/24 22:03:31

ポイント14pt

リンク先の文でも述べられているように少し乱暴な論理かもしれませんが、1票は258万円の国家予算を動かす価値のある物かもしれないそうですよ。

>今回の参院選にかかる経費は580億円。仮に有権者数で割れば、1票580円の税金がかかっている計算になります。

>さらにちょっと乱暴な理屈ですが、国政選挙といえば、いわば2007年度・国家予算の一般会計82.9兆円に特別会計175.4兆円をあわせた、258.3兆円の使い道をみんなで決めているようなもの。考えようによっては、1人(1票)当たり、約258万円分の国家予算を動かしているのと変わらない、ともいえるのです。

http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200707121105

id:masahia

なるほど。

でもね、

その「考えようによっては」ってところが?

なのですが。

2007/07/25 05:48:06
id:miharaseihyou No.6

miharaseihyou回答回数4518ベストアンサー獲得回数5642007/07/24 22:29:12

ポイント14pt

先ず一番の誤解をひとつ。投票する義務はありません。投票しないという自由も当然ですが存在して、勿論ノーペナルティーです。厳密に言うと「投票しない」という行動を選択したと見做されます。

誰かに「投票する」という行動は、その誰かが当選した方が「ベター」であるという意思表示です。候補者が存在する限り当選者も発生して民主主義のルールに則った部分的な権利を預託された存在と見做され、大勢の選択権を代行します。だからこそ、当然ながら、選択してもらえなかった候補者やその関係者に対して個人的な問題が発生しないように「秘密投票」になっています。

「投票しましょう」というのは公的な宣伝です。政治と民衆の遊離が発生している為に政策と民意の乖離が発生しています。国家が巨大になったために部分部分の欲求と政策の整合性に齟齬を生じてしまっています。しかし弱肉強食の国際社会では国家として存続していくには相当な規模と実力が必要です。相反する要素を整合させなければ無政府状態が待っています。我々が候補に投票する時、多くは地域や所属集団の利益を優先させた選択となります。組織票とはそおやって組織されます。しかし最近の選挙の傾向として浮動票、つまり政策の有効性や政党の主張の実効を見極めようとして投票する人が増えてきています。というわけで浮動票としての「権利」を行使する自由をあなたは今、認識したわけです。

もちろん棄権して昼寝三昧でも全然当たり前です。

http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/

id:masahia

うん。

ちょっと解ってきました。

つまり、投票へ行ったか行かなかったという態度表明は必然としてされるというか、

イやでも権利はついてまわるという事

なのでしょうね。

イやですね。

2007/07/25 05:53:05
id:ikarun No.7

ikarun回答回数21ベストアンサー獲得回数02007/07/24 22:33:36

ポイント14pt

日本の場合、一般人の投票率が上がらないと、結局は企業と政治家の癒着で当選する政治家が決まるように思われます。その結果が戦後の日本ではないでしょうか?

金持ちに優しく、一般人、貧乏人に対して厳しい社会。

企業票でかいですから。企業も何かと政治とのつながりが欲しいでしょうし。

そこそこお金を持ってる人でないと、政治家になれないというのもおかしな制度です。

http://www.google.com/ig?hl=ja←ダミー

id:masahia

「金持ちに優しく、一般人、貧乏人に対して厳しい社会。」って本当にそう思っているのですか?

私は会社員ですが、でも上得意さんは贔屓にしてサービスします。

日本の行政にとってたくさん税金をくれる企業はお得意様でしょう。ある程度は・・・

と思います。それは政治の問題とは少しずれるのでは。

2007/07/25 05:59:12
id:cymneve No.8

cymneve回答回数261ベストアンサー獲得回数82007/07/24 23:42:59

ポイント14pt

http://q.hatena.ne.jp/1185274571

選挙には、雨が吹こうが風が降ろうが、絶対投票に行くという人たちがいます。

行かないと支部長に吊るし上げられて虐められるから絶対に行きます。

普通の人たちが投票に行かないと、そういう人たちの票で当選者が決まります。

投票に行かないということは、そういった組織票への応援行為となります。

なので、支持する気はなくても得票の少ないだろう候補で当選するかもしれない人に投票することには意味があります。

まず落ちる人に投票したり、白票や無効票を投票することも組織票への応援効果があります。

id:masahia

なるほど。

今までで一番説得力ありました。

って。

でも、ちょっとこれも質問の趣旨からはずれているのでは。

2007/07/25 06:01:21
id:shimazuyosi30 No.9

shimazuyosi30回答回数1609ベストアンサー獲得回数222007/07/25 07:03:54

ポイント14pt

当選させたい人がいる・・・・・・投票。


当選を阻止すべき奴がいる・・・・・他に投票。



いかなければ宗教団体丸儲け。

みんな平等に一票ってところがすべての間違いの元。

資格試験でもしないとね。


http://q.hatena.ne.jp/ 

id:masahia

えー、

このあたりに何かヒントが潜んでいる様でね。

そうなんですね。こんなちゃらんぽらんな私とまじめな回答者達さんとが同じ一票と言うのは確かに不公平な様にも思えるのです。

2007/07/26 05:34:04
id:COFFEECUP3 No.10

COFFEECUP3回答回数684ベストアンサー獲得回数132007/07/25 11:47:14

ポイント14pt

嫌いな候補がいればその対立候補に入れにいきましょう。


あと

・国家にとって大企業は大株主。

・趣味がパチンコで酒さえあればいいような奴は「株主」ではな~い。

・企業と国民を切り離すのがそもそもおかしい。国民が従業員なのに。

・社保庁、公立学校などをみても職員組合こそがガン。


ですよね?     http://q.hatena 

id:masahia

組合に対する批判には「え!--」

と思います。きちんと戦後の歴史、戦前の歴史を見つめれば組合やその周辺の左翼的もしくは右翼的な勢力が果たしてきた役割はもっと正等に評価されてしかるべきだと思っています。今の組合批判は、「企業による従業員の賃金抑制施策を国が代行し、それに賛同したマスコミやその尻馬に乗った三文文士たちのたわごと」という側面もあるのではないでしょうか。

2007/07/26 05:47:14
id:adlib No.11

adlib回答回数1933ベストアンサー獲得回数1182007/07/25 15:06:06

ポイント14pt

 

 不急の権利 ~ 近代国家の宝刀 ~

 

 この質問は、つぎのキーワードにも置換できますね。

 国民の三大義務=教育+労働+納税

 国民の三大権利=教育+生存+参政(教育は重複、参政が当該)

 

1.学校で教育することの大切さがもうひとつよくわかりません、って

 言うか、なぜ必ず学校へ行かなければならないのでしょうか?

 

2.社会で労働することの大切さがもうひとつよくわかりません、って

 言うか、なぜ必ず会社へ行かなければならないのでしょうか?

 

3.役所で納税することの大切さがもうひとつよくわかりません、って

 言うか、なぜ必ず役所へ行かなければならないのでしょうか?

 

5.地球で生存することの大切さがもうひとつよくわかりません、って

 言うか、なぜ必ず地球で生存しなければならないのでしょうか?

 

 日本国憲法では、これらを均等に掲げていますが、五本の指のうち、

親指は大切だが、子指はそれほどでもない、というわけではありません。

(ただし、手指の欠損障害については等級認定があります)

 

 さらに、所定の条件が整えば、三大義務は免除され、三大権利を放棄

しても罰則はありません(生存権=自殺権の主張あり)。

 日本の現状では、いつでも誰もが行使できる、不急の権利なのです。

 

 かりに、国民投票が実施されて、普通選挙法の改正(参政権の廃止)

とか、徴兵制の実施などが問われたら、どう反応すべきでしょうか。

 いったん可決されると、革命か敗戦まで、後もどりできませんね。

 

 関連質問(↓正解は“投票済証”でした)

http://q.hatena.ne.jp/1184685897

 過去に投票したこと(公民権行使)を証明するには?

 

id:masahia

なるほど。

そうか。

「おまえは何を甘えているのか」

ともいえるのですね。

自分の奥底に隠されている思考が抉り出されている様ですっとしました。

2007/07/26 05:52:56
id:bangohan No.12

bangohan回答回数770ベストアンサー獲得回数72007/07/25 15:43:02

ポイント14pt

ヨボヨボノ年寄りが連れてこられて投票してるの見れば変わるよ?

どんな連中が投票してるのか知ることから始まる。


http://q.hatena.ne.jp/answer

id:masahia

これも納得。

そうですね。

制度の概念と実際に運用されたときの実態とはかけ離れている事が何にしても多いですからね。

別に選挙へは必ず行かなくてもイイ、という事はわかりました。でも、行った方が世のため他人のため自分のためにもイイ、というのもうん。と、思います。

でも、何かやっぱりもやもやっとした感じはついてまわる様です。質問で少しはこのもやもや感が晴れるかもと思ったのですが。

回答いただいたみなさん。

ありがとうございました。

2007/07/26 10:05:06
  • id:castiron
    ・みんなポイ捨てしているから自分だけやめても意味がない
    ・どうせ戦争はなくならないし自分に関係ないので特に戦争について考えたり、行動したりする必要はない
    ・挨拶されないから挨拶をする必要はない
    これらの例はかなり極端な例や些細なことだけれども根底にある問題は一緒です。
    一人一人が行動しなければ何も変わらないことです。
    別の言い方をすれば一人一人に等しく責任があります。
    まぁこれは一般論ですね。
    そして、私の考えとしては世の中の出来事特に社会制度にかかわる問題について黙っていると損をするってことです。
    何かをやろうという人がいて反論されなければそれは賛成しているのと同じです。
    つまり黙ってて貰うと制度を変える側は好き勝手に出来るわけですね。
    別に投票なんか行く必要ありません。でも行かないなら文句も言ってはいけません。
    自分でその権利を放棄しているんですから。
    これは完全に個人の好きにすればよい問題です。

    前から思っているんですが「投票に行かないことが意思表示」とか言う人がいますが
    結局そういう人ってめんどくさいだけなんだと思いますけどね。
    (そう思うなら白紙で投票するぐらいはして貰いたいもんです)
  • id:masahia
    確かに、「めんどくさい」というのも大きな理由ですが、
    でもね、
    損得の問題なのでしょうか?
  • id:retorin
    選挙には莫大なお金と労力が掛かっています(税金で)。選挙に行かなかったところでそれらが節約されるわけではないので、私たち一般市民の努力を無駄にしないためにも散歩がてら白票でも入れに行ってはいかがでしょうか?
  • id:TomCat
    >われわれが選挙権(いわゆる普通選挙権)を手にしてから「良い」政治ってできていますか?

    出来るチャンスはいくらでもあったと思います。今までに、政治の大きな節目は何度もありました。

    でも・・・・。せっかくの権利を自分の意志でシッカリ行使し続ける人が少なすぎたんです。国家の主権者は国民一人一人のはずなのに、政治は一部の特権階級がやるものという意識が抜けきらず、結局他人任せに終始してきてしまったんですよね。

    その結果、「われわれが選挙権(いわゆる普通選挙権)を手に」する前に日本を支配していたのと同じ勢力が、戦後の政治も支配し続ける世の中を固定してきてしまったわけです。

    有権者の半分しか投票に行かない選挙なんてザラ。党利党略だけで投じられる特定政党のヒモ付き票しか集まらない選挙を繰り返していては、「良い政治」なんて期待できるわけがありません。

    つまり、私達の権利が、今、死んでいる状態なんですよ。だから大前提に立ち返る必要がある。せっかく手にした権利と自由をイキイキとしたものに蘇らせて次世代に手渡していく使命感を持つ必要があると。それが未来のためだけでなく、「今」この時代に「良い政治」を確立していくカギにもなると。私はそんなふうに考えるわけなんですが、どんなもんでしょうねえ。
  • id:TomCat
    あ。あともう一つ。

    >日本の行政にとってたくさん税金をくれる企業はお得意様でしょう。ある程度は・・・

    これ、違うと思いますよ。国家の主権者は私達国民一人一人であって、国家を企業にたとえれば、国民はお客さんではなく「株主」なんです。しかも、貧富の差にかかわらず、納税額の差にかかわらず、私達は誰でも同じ株数を持っています。

    同じ株数なのに一部の株主だけを優遇する株式会社ニッポン。こりゃ経営方針がおかしいぞと。おそらくikarunさんはそういうことをおっしゃりたいのでしょう。

    私達は国のお客さんではない。経営陣の任免権も持っている株主なんだという視点で考えていけば、話は分かりやすくなってくると思います。

    選挙に行く意義も、経営陣が動員した株主と総会屋だけの株主総会はまずいだろ、というたとえ方をすると、分かりやすくなってくるかもしれません。
  • id:MonsieurU
    >その投票にも行かずに、…
    >という意見にも?です。

    これって自分では何もやらずに文句ばっかり言ってるのと同じことになりませんか?
    私が言いたかったのは、選挙が国民の意思を政治に反映できる唯一ともいえる権利なので、その権利を放棄することは今の政治に文句いう権利も放棄していることと同じだと思うということです。
    今の政治で満足しているなら別ですが。。。たぶんそんなことは誰も思ってないでしょう。


    >そんなに投票へ行くことが「えっへん」
    >な事なのでしょうか。

    なにも投票に行くことがえらいとは思っていませんよ。
    でも今の政治に何か思うことがある人であれば、選挙に参加することは当然のこととは思います。
  • id:miharaseihyou
    権利と義務は等価であるとされています。
    つまり、投票権は国家が決めた規則や政策、予算の執行に承認を与える対価と見做されています。
    部分的な権利を行使する「代議員」を選択する「権利」を与えられているのですから、決定された政策には賛成したと見做されます。
    政府が役立たずの役人を内輪で雇って高給を支給したり、談合や馴れ合いで無駄な公共事業を行って借金の山を築いても、その山(見るのも嫌になるくらい高くて不細工な山です)を片付ける義務を部分的に負わされることに同意したと見做されます。だから増税にも従ってもらいます・・・と。
    つまりは権利とはそおいうものだということです。
    まあ国家が崩壊寸前の某国よりは「はるかにマシ」な状態ではあります。
    大勢の意識が自分たちの利益に合致した候補を当選させ、その結果、個人個人の利益の調整がなされ、不公平が少しずつ是正されるはずだ・・・というのが代議制や議会制民主主義の原則のはずです。
    権利の放棄とはそおいった問題を産んでしまうのです。自分のことは自分でやる・・・その延長線だと考えればつじつまが合うと思います。
  • id:masahia
    「・・・というのが代議制や議会制民主主義の原則のはずです。」
    と言われるのはもっともだと思います。
    たぶん、ちょっとふざけたこの質問にも真摯に答えを下さる皆さんの様な誠実な方々がこの戦後民主主義の制度を支えてもいるのでしょう。
    しかし、この戦後民主主義という制度の負の部分をも支えている事にもっと自覚的であってほしいとも思います。
  • id:TomCat
    戦後民主主義の負の部分とは、投票とか採決とかといった民主主義的制度は使いながらもその制度が運用される前提を変え、民意を反映させるためではなく、支配層の権力維持のために利用されてきた結果もたらされたものですね。

    その代表例が現行の衆議院議員選挙に見られる「小選挙区制」。たとえば今現在の衆議院の議席は、東京都だけを見ても、ある党は3,276,270票を集めて23人当選、これに対してある党は2,390,033票を集めながら当選はわずかに1人。正確な民意の反映ではなく「数のマジック」で議席が決まる。これが現行選挙制度の実態なんです。

    こういう制度のインチキを少しでも是正していくためには、みんなで投票に行くしかないじゃないですか。

    「戦後民主主義の負の部分」は、一番大きな勢力だけが有利になるという仕組みによって作られています。でも、普段投票に行かない人達が投票に行くようになれば、どこが一番大きいかは、蓋を開けてみなければ分からなくなってきます。みんなが選挙に行くようになれば、不公正な「民主主義マジック」を逆手に取ることだってできるようになるわけです。

    私達の身近な場所でも、何ごとも多数決が正義、少数意見はカスといった、いかにも戦後民主主義の弊害みたいなことがよく起こりますよね。それだって一人一人が自分独自の意見を積極的に表明するようになってくれば、随分変わってきます。

    100人いれば意見も100通り。それに満遍なく光が当たっていく。そういう世の中を作って行ければ、「戦後民主主義の負の部分」は随分是正されていきます。そのための努力が、政治の世界で言えば、みんなで投票に行くということ。これが「戦後民主主義の負の部分」を直していくことにつながります。
  • id:masahia
    「戦後民主主義の負の部分」というのは何も政治や制度に限ったものではないと私は思っています。
    きちんきちんと丁寧に積み重ねていく誠実さというものは時として精緻な機械を作り上げると思います。それが、今のこの社会ではないかと疑っているのです。改良に改良を重ねより良い機械に、というのもいいのですが、残念ながらご存知のように人は機械の部品ではありません。
    おおげさに言えば、ほんとうに大仰でで嫌な言い方ですが、人が人として生活していくのにこんな民主主義が必要なのか?もっと大らかな考え方や制度という選択肢は他にないのか?というのが根底にあります。
    何か曖昧で模糊として掴み取りにくい物言いかもしれませんが、「気分」としてこの民主的な制度というものが鼻につきます。
    かといって私もその恩恵を享受している一人でもあるわけですが、
    その制度をどう考えるかというイニシェイションとして投票という行動が機能していると思っているのです。
    この質問でそのあたりの何か釈然としないものが少しは晴れるかなと思い質問してみました。
    堅苦しく言えば以上なのですが、ホントニ大げさな言い方だなあ(笑)
  • id:TomCat
    民主主義の根本は、一人一人がみんな尊い、というところにあるんですよ。人が生活していく上で、自分が他者と同等に尊重されるということは不可欠です。

    一人の意見にみんなが耳を傾ける。多様な意見を元にみんなで話し合う。その結果得られたものがみんなの意志になっていく。それが本来の民主主義というものです。

    「多数決=民主主義」という誤解がありますが、それは少数意見も十分に反映される議論の積み重ねがあってこその話。日常生活においても、一人一人の立場や意見が十分に考慮されていく本当の意味での民主主義が欠かせません。

    今の政治って、民主主義の形を取っていながらも、ぶっちゃけ「数の暴力」でしょ。それを変えていく努力ができたら、きっと日常生活に密着した部分も色々変わっていきます。

    その努力のひとつが選挙に行くという行動。ほかにも色々な努力の道があると思いますが、選挙に行くという行動も欠かせないひとつだと、そんなふうに私は思います。
  • id:castiron
    曖昧になってるのは投票率が低いせいだよw
    (ここで言う投票率とは日本にいる人間に対する割合ね)
    結局なめられてるんだよ国民は。
    民主主義の基本である多数決の投票を放棄してるんだから民主主義が狂ってくるのは当たり前。
    危機感を持つなら投票率が低いことに危機感を持つべき。
    日本人の50%はどうなっても良いと思ってるんだから。
    私は損得勘定で投票に行くけどそれはあくまで私の意思表示です。
    全く悪いことだと私は思いません。
    なぜか、それは私が投票に行くことで私の考えを主張しているからです。
  • id:masahia
    たぶん、TomCatさんやcastironさんのお考えは正しくて立派な事だと思います。
    でもね、窮屈で退屈でもあるのではないでしょうか。
    世界や世の中はもっと広くて奥が深いですよ。
    私がそんな事を言わなくてもご存知でしょうが(笑)、
    考えをそこで止めてしまうと詰まらなくはないですか。


  • id:TomCat
    そう思われますか? 私は、私達の世界を自分達で作ろうって考える方がずっとエキサイティングで楽しいと思うんですけどね。世の中がもっともっと大きく広がります。

    私達がこれまでに述べてきたことは、考え方の土台と考えてください。そこから大きく話が広がって、前に進んでいくんです。

    土台は不動でなくちゃ困ります。それは考えが止まっていることとは違います。その土台の上にどれだけのものを積み重ねていけるか。そこを一緒に考えていきませんか?
  • id:nmori
    「権利を行使しない」ということと「権利を放棄する」ことを区別せずに語っておられる方がいらっしゃるような気がするんですが…。

    投票に行く必要を感じなければいく必要はない。行かなかったからといって権利が失われるわけではないし、権利が失われていないのだから責任(≒投票しなかったことによる結果)もそれに伴う。ただ、それだけのことじゃないんでしょうか?
  • id:TomCat
    いや、私はgaryoさんが書かれているように、手に入れた権利はしっかり行使しておかないと、いつか奪われる時がこないとも限らないと思いますよ。それは一回放棄したからといって明日そうなるという問題ではありませんが、長い間には、何がどうなっていくか分かりません。

    もっとも「打倒ブルジョア議会」みたいなアナキズム的投票拒否などは、それもひとつの思想としてあっていいと思いますが、そんなことは考えていない、ただめんどくさいから行かないだけ、という人にとっては、そうした繰り返しの結果として大切な選挙権が奪われる時が来たら、こりゃ大ショックだと思います。

    既に小選挙区制の実施などで、少数政党の支持者などにとっては、実質的に自分達の投ずる票は存在しないに等しい状態に追い込まれていますからね。権利というものは、そうやって少しずつ、真綿で首を絞めるみたいにじわじわと奪われていくんです。
  • id:nmori
    確かに、長い間には、何がどうなっていくか分かりません。それはその通りだと思います。

    しかし、だから「必ず投票へ行かなければならない」というのであれば少々極端な話ではないでしょうか。長い間のお話ということであれば、別に「1回おき」とかでも十分そうに思えますが。

    会社に例える話が面白かったので乗らせてもらいますが、「判断に困ったときはどの会社の株も買わないで様子を見るのが投資で失敗しないコツ」という話を聞いたことがあります。経済ニュースや株価の動向などを押さえた上のことというお話だと思うので、この例えをもって政治への無関心を勧めようというつもりもないですが。

    え~と、つまり何が言いたいのかというと、自分でいろいろと情報収集し考えた上で「当面問題なさそう」「状況が混乱していて判断つかない」という結論ならば、1回パスして様子を見るってのも一つの投票行動なのではないでしょうか。
  • id:TomCat
    今ちょうどラジオで、ウィーン在住の声楽家、鮫島有美子さんのインタビューをやっていました。鮫島さんが言うには、ドイツやオーストリアでは、投票率90%なんて当たり前なのだそうです。直近のウイーンの市長選なんて92%くらいだったんじゃないかと言っていました。

    どうもあのへんの人達は政治を日常の話題として話し合うのが当たり前らしく、その結果として自然に投票所に足が向く、ということらしいんですね。

    これに対して日本人はあまりに選挙に行かなさすぎる。それはきっと、日本は戦争が終わるまでずっと国民は政治に参加できなかったから。自分の意見を口にすることもはばかられる時代をずっと過ごした来たから。その影響がまだ残っているんでしょうねえ、みたいな話を、インタビュアーの人としていました。

    >「判断に困ったときはどの会社の株も買わないで様子を見るのが投資で失敗しないコツ」

    これはちょっと話が違いますよね。私達が既に持っている「日本株式会社」の議決権を行使するのが選挙であって、政治家の株を買う、という話ではありません。

    ま、日常あまりに政治を語らなさすぎた。自分から話を振ったこともないし他人の意見も満足に聞いたことがない、これじゃ選ぶに選べないという場合は、まず試しに選挙に行ってみる、それを政治に関心を持っていく切っ掛けにしよう、でもいいと思うんです。

    でも、パスしたら次回の選挙もまた同じ。きっとそういうことになってくると思います。自分自身の社会人としての成長のためにも、選挙はいい節目を与えてくれると思います。
  • id:HISI
    欧州諸国の人たちにとっては王政や魔女狩りで有名な教会・修道院と命をかけて勝ち取った制度ですけど、
    日本国にとっては、所詮貰いものの選挙制度ですから、
    外国がそうだから日本も真似を、とはいかないでしょう。
    都議選の某候補者のTV演説いわく「所詮多数派のためのお祭りに過ぎないではないか!」です。

    日本国では、本来仲間に対しては寄り合いで
    アタマ数ではなく中身まで議論して決めてきた歴史があります。
    ところで有名かもしれませんが、同じ欧州でも古代ギリシャでは選挙などなくて、議論で都市の政治を決めていたようです。
    その当時から言われていたのが、
    「最善の街の人口規模は民衆がお互いに知り合うことを可能にする数であり、ひと目で全体を見渡すことが出来る程度の大きさである」ということで
    所詮国政に1億ちょいの人口をかかえる国政にきめ細かい要求は
    厳しいでしょう。
    この辺を理解している政党や候補者に投票したいな、と個人的に思っています。
    「無知の知」(「(自分が)知らない」ということを知っている)あるいは「無用の用」みたいな、
    制度の限界を知っている感じですかね。。
  • id:nmori
    >>これはちょっと話が違いますよね。私達が既に持っている「日本株式会社」の議決権を行使するのが選挙であって、政治家の株を買う、という話ではありません。
     なるほど、そうですね。でも株を買う話でも会社の議決権でも話は同じではないですか。総会に出席しない者は株主として未熟であるという考え方が例えば欧米等にはあるのでしょうか?


    >>でも、パスしたら次回の選挙もまた同じ。きっとそういうことになってくると思います。
     それは私自身の経験とは異なっているのですが。私が例外なだけで、一般的にはそういうものなのですか?
  • id:miharaseihyou
    みなさんこんばんわ。こんばんわと言って挨拶する、スタンダードな会話の導入だと思います。しかし、世間一般の常識としては当たり前なことが通用しない世界もあります。じゃあ、どうやって挨拶するのか? 挨拶はしません。会話もしません。面倒だから人との付き合いは極力避けて通ります。でも収入は必要ですしストレスも溜まるので、何をしましょうか。
    今夜も突っ張りアンちゃんの単独暴走バイクが深夜の住宅街を蛇行運転を交えながら駆け抜けていきます。噂ではシャブで捕まるかもしれないそうです。ゲーム感覚で人生をなめきっているそうです。彼は投票には行かないでしょう。それでも日本は民主主義国家です。
    電子投票は今回も実施されませんでした。投票場まで足を運ぶという行為にも意味があるのかもしれません。おかげで投票場まで行ってきました。
    国民としての連帯感が全く無くなれば国家の存在意義は利害関係だけになります。これは民主主義ではありえません。他国や宗教や人迷惑な集団などからお互いを守る拠りしろが今の民主主義国家である日本だと思います。期待し協力する。それでも存在自体当たり前になりすぎて意識しにくくなっているのかもしれません。想像力の欠如した人にとっては何の意味も持たない存在でしょう。無くして初めて有り難さが分かる・・・それも自然な現象でしょう。安部総理が「美しい国」と言い出すのは損な言動だし、意味が分かりませんでしたが、国家としての求心力の衰退を考えると危機意識が理解できます。彼は今日、大敗を喫しました。この事が結果として良かったのか悪かったのかは歴史が判断してくれるでしょう。
  • id:I11
    なぜ選挙で投票することが大事か。それは、全国民に法によって秩序を強制することの正当性の根拠は、投票というかたちで国民が政治に参加することでしか作りえないからです。
    これは、選挙による投票以外の方法、つまり政治家の暗殺やテロなどの暴力によって全国民に秩序を強制することを考えてみればすぐわかるでしょう。
    悪い政治家が現れたときに、その政治家を投票以外のどんな方法で政治権力から降ろすことができますか?
    ひとつだけあります。殺してしまうことです。それ以外に方法がありますか? 無い。実力行使あるのみです。
    昔は、日本でもそういう時代がありました。明治、大正、昭和の時代、いったい何人の政治家が殺害されたかご存知でしょうか? 平成時代でも民主党の国会議員が殺害されました。そうやって殺して、どれほど政治は変わりましたか? 変わりません。
    暴力による政変は、とても不効率ですし、失うものが大きすぎます。
    投票による政変なら、時間やコストはかかりますが、長期的に考えると暴力による政変よりも効率的で安定的です。
    政治家が閣僚になったことに怒った人が悪い政治家を殺害すればそれで政治がクリーンになるかというとそれは逆で、逆に民衆に対する弾圧が始まり政治は荒廃し、内戦へと向かいます。そういう恐怖政治の実例が世界中の歴史にあって、その経験の上に、投票制度が作られ、承認されたのです。
    投票が機能しなくなったとき、テロや内戦が始まります。それも社会を変えるひとつの方法です。生存できないほど極限状況に置かれた場合は別ですが、多くの人はそんな野蛮な方法で社会を変えようとは思っていません。投票することの大切さ=非暴力の価値、を理解しているからです。
  • id:masahia
    どうも、この社会をどう見るのか捉えるのかというところの根底から違っちゃっていた様ですね。はっきり言って、みなさんがすごく保守的で頑なななのに驚きました。同じように私も頑なななのかもしれませんが。今の社会の在りようをそのまま受け止めて選挙へ行く。という行為がなぜ恥ずかしくないのか理解に苦しみます。たぶん、私に見えているセカイがすごく歪んで耐えられないものに見えているのに対して、少しはましなセカイに見えているのでしょう。そして、それは大多数の人の見かたなのかなとも思います。でも、「考える事」その行為自体にはもう少し自由になってもいいのではないでしょうか。あまりにも公式的で教科書的な考え様にはちょっと昔の「はてな」が懐かしくもなります。民主的とはそおいう事でもあるのですね。
  • id:nmori
    >>私に見えているセカイがすごく歪んで耐えられないものに見えているのに対して、少しはましなセカイに見えているのでしょう。
     う~ん、そもそもセカイを投票でどうこうしたいとは思わないですね。投票で解決したいのは、市のゴミ処理とかもっとミクロな問題です。
     実際にやったことはないですが「陳情」というもっと直接的な方法もあるので、投票が民主主義の唯一の手段とも思いません。

     権利が奪われる云々という議論もありましたが、スターウォーズにおけるパルパタインのような存在が見えてくるまでは実際の投票行動に結びつけようとか思いませんし…。あ~、でも、多選している首長を嫌うくらいはするかな。

     「みんな、そんなに『投票』に期待してたのか…」というのが、この質問に対する私の感想です。
  • id:masahia
    やっぱり、ちょっとおおげさ過ぎたかなー。
    物事もっと等身大で考えないとね。
    投票くらいで、主義やらどうやら言う事もないっか。
    本当に、こんな適当な質問にまじめに回答・コメント戴いたみなさん、ありがとうございました。では、
  • id:sdjh73a
    (はてなにより削除しました)

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません