「愛はお金で買えない」のはなぜですか?

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  • 1人2回まで
  • 登録:2007/07/25 17:02:44
  • 終了:2007/08/01 16:50:41

ベストアンサー

id:h-arun-a No.27

h-arun-a回答回数5ベストアンサー獲得回数12007/07/26 14:42:11

ポイント70pt

お金は、万人にとって同じ価値を持つツールです。


お金持ちも、貧乏人も、同じ金額のお金を使えば、一部例外を除いて基本的には同じ物を買えます。

満たされているお金持ちも、お腹を空かせた貧乏人も、百円出せば同じパンが買えます。

ただし、お金を使って手に入れたものは、人それぞれ違う価値を持ちます。


何が言いたいかというと、

①お金は万人にとって同等の価値を持つものである。


→その事から、とても安易な物である。


考える必要なく、100万というお金は、高くない自動車が買える位の価値を持つものである。

そこに個人は必要ありません。万人にとって同じ価値があるものです。



②お金を使って手に入れたものは、人によって違う価値を持つ。手に入れたものの価値は、必ずしもお金に比例しない。


→物・事の価値は、個人によって違います。


それは、お金に換算できないことがあります。

それは、時間だったり、脳の容量のどのくらいを自分に使って貰えるかなど。


お金に置き換えられないものが沢山ありますし、個人によって違います。

多くの人は、誰が使っても、誰に貰っても同じ価値のある普遍的なお金よりも、

お金に換算できない物も、できる物も含めて、自分が何をされれば喜ぶか分かってくれる人を望むのではないでしょうか?


ドライな言い方をすれば、お金には価値はあっても希少価値はありません。

自分が何を求めているか分かってくれる人間は、この上なく高い希少価値があります。


ただし、中にはお金に換算する事のできるものもあるので、

お金はあったにこした事はないと思います。

ただし、そのお金を何に使えば相手は喜ぶかをきちんと判断できないとちぐはぐな事になってしまいます。


もう一つ言えば、高級なお店、例えば銀座のクラブとか芸妓さんのいるお茶屋さんなどは、

お金を払っても紹介がないと入れて貰えないですよね?

何故入れてもらえないのか、理由は色々あるかもしれないですが、

一番平たい理由は「信用のない人間を相手にしたくない」ではないでしょうか?


お金=信用 ではないのです。

個人間でも、信用がなければ愛情は成り立たないと思います。

id:ymd-y

たいへんおもしろいです。とくに、

>お金には価値はあっても希少価値はありません。

というのは、なるほど、と思いました。むしろ、希少価値がないことこそがお金特有の価値なのかもしれません。

ただ、たんに希少価値が高いだけなら、そのモノの値段は高くなるのであって、値段がつけられなくなるのとは違いますよね。それとも、高いを通り越して「値段がつけられない」になるのでしょうか。

2007/08/01 14:34:05

その他の回答(30件)

id:aside No.1

aside回答回数339ベストアンサー獲得回数312007/07/25 17:16:42

ポイント15pt

お金が余っている人はお金でなびかないという例外があるからだとおもいます

id:ymd-y

「例外」以外なら買えますか。

2007/07/25 18:04:09
id:taknt No.2

きゃづみぃ回答回数13481ベストアンサー獲得回数11982007/07/25 17:18:52

ポイント20pt

抽象的なものだからでしょう。

つまり、どれをもって 「愛」とし 売るのでしょうか?

愛情をもって思うのも 愛でしょう。

それを お金を 出して 買った場合

「一日中 思って あげますよ」

で、取引は 成立するのでしょうか?

思っていたという証拠は 出せるのでしょうか?

そんな証拠は 出せないでしょう。

証拠は いらないから 買いたい というのならば 売りますが、

そんなこと言って買う人もいないでしょう。

id:ymd-y

「お金で買った」のではない愛は、証拠があって信じているのではありませんよね。

お金が介在すると信じられなくなるのはどうしてでしょう?

2007/07/25 18:14:35
id:TNIOP No.3

TNIOP回答回数2344ベストアンサー獲得回数582007/07/25 17:48:26

ポイント15pt

愛が不確定要素の強いものだからではないでしょうか。

愛とか夢とか希望とか、人によってそれぞれ形が違うので提供しようがないのでしょう。

id:ymd-y

人によって形が違うだけなら、それぞれに合わせて形をつくってしまえば、売れますか?

2007/07/25 18:19:47
id:ohsan1453 No.4

ohsan1453回答回数26ベストアンサー獲得回数12007/07/25 17:49:20

ポイント15pt

偽物の愛はお金で買えるけれど、

本物の愛はお金では買えないと思います。

愛をお金で買えたと思っても、それは偽物の

可能性があります。

お金が無くなった時にしか、

本物か偽物か解らないと思います。

id:ymd-y

永遠に変わらない愛だけが「本物の愛」でしょうか。どんなものでも変化するのが当然だと思います。

2007/07/25 18:35:04
id:minkpa No.5

minkpa回答回数4178ベストアンサー獲得回数552007/07/25 17:52:10

ポイント15pt

買えると思いますよ。高いですけど。

年収2000万円以上ならブサイクでもだいたい結婚出来ます。

「特定の人の愛」ならなかなか買えないでしょうけどね。

id:ymd-y

……高いかなあ?

結婚に愛は必須じゃないですよね。結婚したことないので想像ですが。

2007/07/25 18:38:19
id:Sag_Chicken No.6

Sag_Chicken回答回数211ベストアンサー獲得回数42007/07/25 18:01:33

ポイント15pt

愛はお金じゃ買えない ではなく

お金で買えないのが愛 だから。

「愛」の定義が「お金」を介在しない(とおもわれる)ので

お金が介在したとたん「愛」ではなくなる。

id:ymd-y

そういう定義にすると……世界には愛が少なすぎます。

2007/07/25 19:02:37
id:some1 No.7

some1回答回数842ベストアンサー獲得回数372007/07/25 18:40:33

ポイント15pt

見返りを求めないものが「愛」だからでしょう。


そして、例えいくら出されても、相手が権力を持った独裁者でも、

「嫌なものは嫌」だから。


そういうのの取り巻きはその人を愛してるのではなく、

金銭や権力に靡いてるだけで、それは「無償の愛」とは無関係。

id:ymd-y

たしかに、愛は見返りを求めない、けれど、くれるっていってきたら拒否しなければならない、ってものでもないですよね。ああ、「見返り」を差し出されると、こころを疑われたみたいに感じて、かなしくなるか……。

2007/07/25 19:50:11
id:KUROX No.8

KUROX回答回数3542ベストアンサー獲得回数1402007/07/25 18:51:59

ポイント15pt

愛はお金で買えると思いますけど、

そういう価値観の人は、心が貧しい人が多い傾向にあるかと。

普通の人は、心が貧しい人間だと思われたくないから、

「愛はお金で買える」と言わないんでしょうか?

心の貧しい人間は、愛情を感じにくいし、相手にも与えにくい

とは思います。

「愛」の言葉の定義によると思いますが(^^;

id:ymd-y

まあ、ふつうは「買える」とは公言しませんね。でも、たいていの人は「買える」とは思っていないから言わないだけだと思いますが。心が貧しいと思われたくないというよりも。

2007/07/25 20:29:26
id:hissssa No.9

hissssa回答回数418ベストアンサー獲得回数1232007/07/25 18:53:20

ポイント15pt

あなたの「本物の愛」はお金で買えるんですか?幾らくらい出せば売ってくれますか?w

あなたが自分の「愛」を売ることが出来るなら、きっと同じようにそれを売ってくれる人も世の中にはいることでしょう。少なくとも、あなたにとっての「愛」とは、お金で取引が可能なものですから。ただしそれは世間一般の意味での「愛」とは異なるものかも知れませんが。

逆にあなたが自分の「愛」が売れないと思うなら、それが即ち質問の答えでしょう。それはつまり、あなたにとっての「愛」とはお金に換えられないものだということですから。

id:ymd-y

訊いているのは理由です。

たぶん、回答に反問するから誤解されたのだと思いますが、私は「愛がお金で買える」とは思っていません。たんなる思考実験です。他の回答者の方も気になさらないでください。

2007/07/25 20:42:33
id:preshu No.10

preshu回答回数8ベストアンサー獲得回数02007/07/25 19:02:08

ポイント50pt

お金を出して愛を変えない理由としては、

愛の対象がその都度変化し、

対価に対して固定化できないからではないでしょうか?

愛を与える行為は、

対象により対価も異なるでしょうし、

複数の対象に対して同時に愛を与えることもあれば、

愛の中には、家族愛や、兄弟愛、恋愛等

様々な感情が存在する為、定義が困難だと思います。

まぁある意味、お金に対する執着も「愛」のひとつの形かもしれません。

いずれにせよ、

愛というものを一般的な価値観に置き換えられないことと、

愛を確認するすべがないことも大きいと思います。

前者は、愛を買うという行為とその対価の算定ができず、

双方の合意を取り図らいという問題を起こしますし、

後者については、その結果買われたという愛が

確かに所有者のもの、または購入されたという認識をもてるだけの

判断方法と判断材料が無い為、

結果として、愛を買うということの行為と確定ができないのだと思います。

つまり、愛を買おうとしても

結果的に買えないのだと思います。

逆に言えば、愛の定義とその価値観の算定方法さえ明確化できれば

その瞬間に愛を買うという行為も可能になると思います。

但し、その価値観が普遍的であるかどうかも問われますが。

参考になればと思います。

id:ymd-y

買ったモノが劣化するのはむしろふつうのことだと思いますが、「一般的な価値観に置き換えられない」というあたりはなるほどと思いました。わかりやすいです。

2007/07/26 12:17:21
id:cymneve No.11

cymneve回答回数261ベストアンサー獲得回数82007/07/25 19:15:24

ポイント15pt

買えますよ。

愛にホンモノも偽物もありません。

違う!とか言う人は錯覚しているだけです。そのような人が言うホンモノの愛はその人の錯覚に過ぎず、最後は「裏切られた」で終わります。

なんと言おうと、お金が無ければ結婚はおろか愛人もできません。

愛はお金じゃない!ということは「只ほど高いものはない」ということです。

「月50万円家賃光熱費と別にもらえればいいですよ」という人の方が

「愛はお金では買えない」と言う人よりも100万倍正直で誠実な人だと思います。

id:ymd-y

愛を売るのにそういう正直を言うのは、むしろ職業倫理に反するのではないですか。

2007/07/26 12:18:36
id:yamats No.12

yamats回答回数247ベストアンサー獲得回数92007/07/25 19:58:54

ポイント50pt

かなり昔、お金という硬貨や紙幣はなくて、物々交換がお金の始まりです。


しかし、物々交換だけでは不便を感じた人間が、お金というものを考えだしました。お金というのは、そのものの価値をいくらか考えて、その価値に見合ったモノを買うものとして市場の中でだんだんと確立されていったわけです。


ですので、現代でいうところのお給料というのは、その人の労働対価をお金に換算したものです。


人間の愛ではなく、その人そのものの価値をお金で換算すればその人そのものを買う事は出来ます。


例えば、結婚がその一番よい例でしょう。


しかし、愛はコメント欄にあるようにお金で買う事は出来ません。それは人間の心であり、誰もその心の量をはかることができません。


理由:目に見えないものは、価値が分からないのですね。


目に見えたり、何かの尺度ではかれるもの。

例えば、掃除がどこまで出来ているとか、料理が美味しいとか、学歴があるとか、そういうモノは誰の目にも見えて、価値観という尺度ではかれて、さらに、結婚してもいいかなという交換価値に相当するものだと考えてもよいです。


そういう意味でも、空気に値段がない事と、

愛に値段がつかないのは同じ原理だと思います。

id:ymd-y

空気は、宇宙空間とか海底なら売買できますので、ちょっと違うと思います。見えずともたしかに存在し、多くの人にとって(この場合はすべての人ですが)必要なもの、なので。通常、売買の対象にならないのは、供給が十分すぎるほど十分だからでしょう。まあ、空気清浄機には値段がつきますね。

言わんとするところはわかります。

2007/07/26 12:36:21
id:tachibana26 No.13

tachibana26回答回数277ベストアンサー獲得回数42007/07/25 20:01:17

ポイント15pt

愛はお金で買えないものであるという見方があるからです。

でも、人によって愛の定義は違うと思うので、買える人もいると思います。

id:ymd-y

買えないという見方があるから買えない、とは? 少し説明が足りないような……

2007/07/26 12:41:34
id:unison_com No.14

unison_com回答回数170ベストアンサー獲得回数22007/07/25 20:16:19

ポイント15pt

愛は相手を受け入れ、自分も相手に受け入れられて初めて成立するものだと思います。人の価値観によって、相互に金銭が人生において最重要項目であると考える場合は、愛はお金で買えるのではないでしょうか。

また、愛を表現する手段として、詩人のようにうまく言葉を操ることができる場合を除き、プレゼントなどを利用することもある場合が多いと思います。

愛とお金は100%の相関関係にはありませんが、お金はあった方が幸せな場合が多いよに思います。

id:ymd-y

受け入れられなきゃ愛じゃないですか。きびしい……。

2007/07/27 12:25:13
id:hissssa No.15

hissssa回答回数418ベストアンサー獲得回数1232007/07/25 21:02:12

ポイント15pt

単なる思考実験という話なら、「愛はお金で買えない」理由はただひとつ、「その主張をする人が、愛には金に換えられない価値があると信じている」というだけでしょう。

「愛はお金で買えない」と信じる人は、たとえ他人が「愛を売る」といっても「そんなものは愛じゃない、偽物だ」というだけです。愛の真贋を判定する客観的な手段が存在しない以上、本物かどうかは買う側の自己判断しかありません。そもそも愛とお金に等価関係を認めない人は、金で手に入るものを真実の愛とは決して認めないでしょう。

結局、「愛はお金で買えない」という命題は、より根本的な命題である「愛とは何か」を定義しない限り、証明も反証もできないということですね(いや、ためらわないことだとかそういう定義でなくw)。

id:ymd-y

やっぱり、買える人は買えるし買えない人は買えない、でしょうか。

2007/08/01 07:02:54
id:KUROX No.16

KUROX回答回数3542ベストアンサー獲得回数1402007/07/25 21:25:22

ポイント15pt

「愛はお金で買えない」と信じている人のほうが多いから。

道徳や倫理観からきている価値観だと思うので、

論理的説明はほぼ不可能だと思われる。

 

id:ymd-y

「買える」と信じる人のほうが多くなれば、買えますか。

2007/08/01 07:10:01
id:HISI No.17

pkb_wn回答回数40ベストアンサー獲得回数42007/07/25 21:34:42

ポイント30pt

「愛」の定義がたくさんありますから、難しい回答です。

有名な4分類を用いてみますと、相手の愛を買うには...

自己愛:

 相手が相手自身を愛していることを買うのは意味の上から難儀ですが、

 相手自身の興味をお金で惹くようなことができれば、奪うことができると思います。

友人愛・家族愛(ピリアー):

 お金によって、相手から信頼を得たり(たとえば相手がお金にどうしても困っている時に差し上げる、など)、

 あるいは家族サービスをしたりするためにお金を使うなどすれば、買うことが可能と思います。

性愛(エロス):

 相手がお金と性欲と連動する人であったり(そんな人がいるかわかりませんが...)、

 間接的ですが相手の性欲を満たしそうな物やサービスをお金で買って差し上げれば、

 性欲が湧いて愛をくれる可能性があります。

無償の愛(アガペー):

 定義によって、買うこと(お金とこの種の愛とを交換すること)ができません。

 ただし売買そのものではなく、相手があなたを哀れな人だと思って博愛行動してくれる可能性はあります。

id:ymd-y

どのケースでも、直接、お金で動いているわけではない、ような気もします。

2007/08/01 07:18:43
id:NAPORIN No.18

なぽりん回答回数4554ベストアンサー獲得回数8442007/07/25 21:57:59

ポイント60pt

*お金で買える愛もある

*お金で買えない愛もある

お金で買えない愛のほうが一般的(婚姻)と思われているとしたら、その理由は私が考えるに、お金が思うほど万能ではないからです。

1.法律はお金では曲げられない。

重婚や、未成年者との結婚などは法律(民法)で禁止されている。(法律のない場所に移住したら、お金の力も届かなくなる)

2.人の生物学的な寿命は、いくらお金があっても少ししか延ばせない。

死別した恋人とか、病気であまり会えない恋人同士の美しいドラマは多いです。

3.お金が多いと邪魔になることも多い。お金が多い方にもう一方が生活を依存してしまい、そのことが原因で依存した人のプライドが磨り減って、一般的にお互いが幸せになれる愛とは違う状態になってしまうことがある(愛人関係とかヒモとか)

お金というのは、自分の努力を貯蓄して、他人の努力と交換する仕組みでしかないので、無理な望みを叶えることはできません。(そもそも人が一生につかえるお金の額も、人類全員からみたらほんのちっぽけなものですし)身の回りの社会にちょっとだけ助け合いの便宜をはかってもらえる権利でしかないんです。

そして人類がまだ達成できないことは、お金がいくらあってもやはり達成できないままなのです。その達成できないことの中には「永遠の愛

」なども入っているのでしょう。

id:ymd-y

>お金というのは、自分の努力を貯蓄して、他人の努力と交換する仕組みでしかないので、無理な望みを叶えることはできません。

おもしろい観点です。

2007/08/01 07:23:50
id:sky-graph No.19

sky-graph回答回数52ベストアンサー獲得回数12007/07/25 21:59:11

ポイント20pt

愛は、必ずしも対価が必要ない、からだと思います。


例えば、ブランド物を買ってくれる人より、

自分を大切にしてくれる人に愛を感じる、ような。


"自分を大切にしてくれる"自体も対価かもしれませんが、

お金によって得られないものもあります。

"なんとなくノリが合う"とか。


------

愛が、いや恋愛かもしれませんが、

お金だけで決まるのもツマラナイです。

そんなふうにしたくないから!?

id:ymd-y

必ずしも必要ない、というと、必要なこともありますか?

まあ、欲しい物をもらえれば好意は抱くけれど、「愛」とは別、とも言えますね。

2007/08/01 12:10:42
id:rssi No.20

rssi回答回数11ベストアンサー獲得回数02007/07/25 22:04:27

ポイント15pt

お金を出して買った愛は愛ではないからです。

何万円払って愛してもらったとしても、相手を愛するほど、虚しくなります。

経験済みです。

id:ymd-y

経験済みですか……それは、愛されている実感がなかったのか、実感があってさえむなしかったのか。

2007/08/01 12:13:09
id:chapuchapu2525 No.21

chapuchapu2525回答回数1334ベストアンサー獲得回数92007/07/26 00:53:08

ポイント15pt

たぶんこの質問は、結婚や本当に好きな人ができたことのない人の質問だと思います。

上の方も言っておられるように見返りを求めないものが愛だからでしょうね。

id:ymd-y

む、まあ、そうですね。質問の動機は別のところにありますが。

2007/08/01 12:22:15
id:Sabao No.22

Sabao回答回数29ベストアンサー獲得回数12007/07/26 01:58:37

ポイント15pt

売っているものは買えます。理由は、売っていないからです。売りに出ているのは、お金に注がれる愛情だけです。

id:ymd-y

「お金に注がれる愛情」も、売っているのを見たことがありません。

2007/08/01 12:24:49
id:powdersnow No.23

powdersnow回答回数1301ベストアンサー獲得回数652007/07/26 02:10:09

ポイント30pt

人からの愛は、限りなくお金で買えると思います。

「お金ですべて」ではなくても、誰もが持っていないよりは持っていた方が良いと思うものがお金でしょう。それだけで、まずアドバンテージになり、不利には少なくともなりません。

また、服装や住いなど、さまざまな面において、自分を魅力的に見せることができますから、「お金で買う」のではなく、お金を有効に利用して、限りなく愛を得やすい状況にはできると思います。

ただ、「買えない」と言われるのは、相手の心をというより、自らがそう感じてしまう点にあるのではないでしょうか。

お金を使って魅力的に着飾った自分を愛してくれているだけ、お金があるから好いてくれているだけ、などと、相手がどうより自分が「お金で買った気になってしまう」という引け目の問題だと思いますね。

逆を言えば、お金がなくてもの、ありのままの自分を愛してほしい的な、我が儘だと思います。

id:ymd-y

「お金で買いたくない」、のですかね。自分の、容姿や能力や心や言葉は「自分(の一部)」だけど、自分で稼いだお金は「自分」じゃない、か。

2007/08/01 12:35:30
id:champclair No.24

champclair回答回数10ベストアンサー獲得回数02007/07/26 02:16:56

ポイント20pt

「売る」「買う」は等価交換の原則が基本となっていると思います。

「愛」に限らず人の気持ちは物ではありません。

「愛」に限らず人の気持ちの定義は曖昧です。

その中でも一番得体の知れない、

定義しきれないもの、誰かの数だけ多様に存在するかもしれない特異なもの、それが「愛」だと思います。

「感情」を買うことが難しいのに、

人の感情の中でも一番不可解な胡散臭く素晴らしいかもしれないもの。

それを金銭で交換することは難しいと考えます。

id:ymd-y

「計測不可能」、ですか。……不可能なのか、困難なのか。

2007/08/01 12:58:41
id:marumi No.25

marumi回答回数2608ベストアンサー獲得回数32007/07/26 09:08:38

ポイント20pt

私は、人の心はお金では買えないと思います。でも世の中いろんな人がいて、愛はお金で買えるという人もいるような気がします。生きていく上で大切なことを順位をつけるなら上位にお金がくるからです。

お金で人の自由を買うことはできてもその人の愛まで買えるかというと疑問です。もし自分がお金がありあまっていて、愛をお金で買えるとしたら、買いたいです。でも買えないのが現実ではないかなと思います。

id:ymd-y

買いたいですか。でも、お金がありあまっていれば、なんですね。……び、びみょう?

2007/08/01 13:01:48
id:heppocom No.26

heppocom回答回数94ベストアンサー獲得回数42007/07/26 13:38:38

ポイント15pt

愛をお金で売買できる人がいるとすれば、

それは「お金を愛している人」だけだと思います。

お金を愛せなかったら、愛をお金で売買する事が出来ません。

id:ymd-y

……わかるようなわからんよーな……。

売る側買う側双方が「お金を愛して」いれば、等価交換が成立する?

2007/08/01 13:07:53
id:h-arun-a No.27

h-arun-a回答回数5ベストアンサー獲得回数12007/07/26 14:42:11ここでベストアンサー

ポイント70pt

お金は、万人にとって同じ価値を持つツールです。


お金持ちも、貧乏人も、同じ金額のお金を使えば、一部例外を除いて基本的には同じ物を買えます。

満たされているお金持ちも、お腹を空かせた貧乏人も、百円出せば同じパンが買えます。

ただし、お金を使って手に入れたものは、人それぞれ違う価値を持ちます。


何が言いたいかというと、

①お金は万人にとって同等の価値を持つものである。


→その事から、とても安易な物である。


考える必要なく、100万というお金は、高くない自動車が買える位の価値を持つものである。

そこに個人は必要ありません。万人にとって同じ価値があるものです。



②お金を使って手に入れたものは、人によって違う価値を持つ。手に入れたものの価値は、必ずしもお金に比例しない。


→物・事の価値は、個人によって違います。


それは、お金に換算できないことがあります。

それは、時間だったり、脳の容量のどのくらいを自分に使って貰えるかなど。


お金に置き換えられないものが沢山ありますし、個人によって違います。

多くの人は、誰が使っても、誰に貰っても同じ価値のある普遍的なお金よりも、

お金に換算できない物も、できる物も含めて、自分が何をされれば喜ぶか分かってくれる人を望むのではないでしょうか?


ドライな言い方をすれば、お金には価値はあっても希少価値はありません。

自分が何を求めているか分かってくれる人間は、この上なく高い希少価値があります。


ただし、中にはお金に換算する事のできるものもあるので、

お金はあったにこした事はないと思います。

ただし、そのお金を何に使えば相手は喜ぶかをきちんと判断できないとちぐはぐな事になってしまいます。


もう一つ言えば、高級なお店、例えば銀座のクラブとか芸妓さんのいるお茶屋さんなどは、

お金を払っても紹介がないと入れて貰えないですよね?

何故入れてもらえないのか、理由は色々あるかもしれないですが、

一番平たい理由は「信用のない人間を相手にしたくない」ではないでしょうか?


お金=信用 ではないのです。

個人間でも、信用がなければ愛情は成り立たないと思います。

id:ymd-y

たいへんおもしろいです。とくに、

>お金には価値はあっても希少価値はありません。

というのは、なるほど、と思いました。むしろ、希少価値がないことこそがお金特有の価値なのかもしれません。

ただ、たんに希少価値が高いだけなら、そのモノの値段は高くなるのであって、値段がつけられなくなるのとは違いますよね。それとも、高いを通り越して「値段がつけられない」になるのでしょうか。

2007/08/01 14:34:05
id:corpvs No.28

corpvs回答回数4ベストアンサー獲得回数02007/07/26 15:24:52

ポイント40pt

ホスト・ホステスにお金を貢いでいる人は「買える」と思っているのでしょうか。


おそらく、思ってはいないでしょう。

彼・彼女らにとっては片思いであろうと、一緒の時間をすごせるだけで十分なのだと思います。

それを愛と呼べるなら、「買える」といえます。


そして、お金で愛を買えると言っても、お金がなくなればおしまいです。

その過程で「無償の」愛が芽生えることがあるかもしれませんが。


話はそれますが、生命保険会社のCMで

「愛情をお金であがなう事はできません。

でも、お金に愛情を込める事はできます。

生命を吹き込む事はできます」

と言っていました。


裏を返せば、「お金」というものが愛情のこもってないものの代表格といえるからかもしれません。

id:ymd-y

「いっしょに過ごす楽しい時間」を買っている、とするなら、お金がなくなっても思い出が残ります。……と考えれば、それほどむなしくない、か? もっとむなしいかな??

CMの解釈、おもしろいです。

2007/08/01 16:03:45
id:unknownmelodies No.29

unknownmelodies回答回数227ベストアンサー獲得回数42007/07/29 14:13:46

ポイント15pt

精神論は多く出てきたので、それ以外の視点から書きます。

単純に「売っているのを見たことが無い」からだと思います。

市場の軒先に吊るして売っていれば、

買うことも出来ると思います。

どんな形のものなのか私には想像もつきませんが。

id:ymd-y

「売っていない」のはなぜでしょう。

2007/08/01 16:08:28
id:solipsist No.30

Bretwalda回答回数71ベストアンサー獲得回数32007/07/30 10:25:33

ポイント15pt

人間の口は嘘をつけ、買えたかどうか判断がつかないからです。

口では何とでも言えるので買えたか買えなかったかの判断しようがなく、売買契約が成立したか、あるいはただ金を毟り取られただけか分かりません。

id:ymd-y

「計測不可能性」ですね。

2007/08/01 16:11:09
id:rssi No.31

rssi回答回数11ベストアンサー獲得回数02007/07/31 10:49:53

ポイント15pt

お金が無くても無くならないのが愛だから。

お金がある時はちやほやされて、お金が無くなると無くなってしまうのは愛ではないから。

相手が無一文でも犯罪者でも愛せる(母親が子供を愛するように)のが本当の無償の愛だから

有償の愛は愛ではない

id:ymd-y

子どもが無一文になったり犯罪者になったりするのはお母さんも嫌だと思いますよ(←そうゆうことではない)。

2007/08/01 16:38:39
  • id:aside
    お金で買った愛はお金が無くなったら消えるっぽいので買ったのは愛ではなく、自己満足の類になるのではないかとおもいます
    有償の愛は買えるけど、無償の愛は買えない?
    ホリエモンは「人の心はお金で買える」と発言したものの、没落してからも慕っている方の心はお金で買えないのかなぁ?
  • id:taknt
    >ホリエモンは「人の心はお金で買える」と発言したものの、没落してからも慕っている方の心はお金で買えないのかなぁ?

    100億円ぐらいで買ってくれたら、没落しても慕ってるよ。
    慕うだけね。
    お金は あげないけど。

    そして、子孫延々と語り継いであげよう。
  • id:yamats
    お金は物を買う為のものです。
    物というのは市場に流通している「モノ」をいいます。


    愛は心です。
    値段のつけようがありません。
    ですから、お金で人の心は買えません。


    もしお金で人の心が買えるのなら、それは心ではなく、その人そのものを指します。


    例 掃除機=モノ
      人間=掃除をしていくれる者


      労働=モノ
      人間=労働者=労働をしてくれる者
  • id:ROYGB
    「愛はお金で買えない」という質問の前提に反することなのでコメントに書きます。


    「ガラスの仮面」における紫のバラの人は、結果的に愛をお金で買っているといえるのではないでしょうか。「あしながおじさん」のあしながおじさんも同様です。どちらもフィクションですが、「あしながおじさん」は実話をもとにしているそうです。

    「賢者の贈り物」の二人は夫婦だしもともと愛情が存在する状態ですが、それでも何とかしてお金を工面してお互いへのプレゼントを購入しました。お金で買った物によって愛を得ようとしたと考えることもできます。


    「感動」そのものをお金で買うことは出来ないかもしれませんが、感動を得ることのできる映画や本のような「物」を買うことは出来るでしょう。「愛」についても似たようなことがいえるのかもしれません。


    「募金」というのは愛をお金に換える行為なのかもなんてことも考えました。それとも「感謝」を買っているのかな? 
    「買う」という表現には少し違和感があるけれど、お金を支払って「何を」得ているのかということです。
  • id:taknt
    売っていないから 買えない で オシマイ。
  • id:h-arun-a
    返信コメント読ませて頂きました。
    興味を持っていただけたようで嬉しかったです。
    有難うございます。

    時間が空いてしまいましたが、返信コメントにて疑問点を頂きましたので、
    もう少し私の考えを書かせていただきたいと思います。

    お金に価値はあっても希少価値はありません。
    この説明にもう一つ、私のお金の価値観を述べさせてもらいますと、
    お金の価値は、その物を手放すという事が前提です。
    お金は、手放す時にしか、その価値はうまれません。

    その事から、
    希少価値が上がると、値段が上がる。
    このように定義するために、一つの条件が加わります。

    その希少価値のある物を手放す、という条件です。

    どんなに価値がある物でも、持ち主に手放す気がなければ、
    希少価値が高ければ高いほど値段も上がる、という図式は成り立ちません。

    推定価格は上げられるかもしれませんが、それは予想でしかなく、現実にあまり意味はありません。
    希少価値が高くて手放す気はないけれど、自分の子供にならただで譲っても構わない、なんてことも良くあることだと思います。

    ここで私は、「愛はお金で買えないのは何故?」と似た疑問が起こります。
    「手放す事を前提にした愛ってあるの?」

    環境が許さず、お互い好きだけど離れるのとは違います。
    最初から、「一年間あなたを愛するけど、一年後はもう愛さないわ」と決めた関係です。

    肉体関係目的とかならありそうですね。
    でも、普通の恋人同士との関係とは違うし、まして親子だったりしたらありえないと思います。親に「大学出るまでは愛するけど、一人立ちしてからは愛さないわ」って言われた子供は、「大学出るまでは本物の愛で愛してくれた」と思うでしょうか?
    細かく説明するにはものすごく長くなってしまうので割愛しますが、恐らく思わないと思います。

    お金に換算した時の金額=その物を手放す時に発生する対価、です。
    金の切れ目は縁の切れ目、金の切れ目は愛の切れ目。
    切れ目が最初から設定されている愛は、本当の愛でしょうか?

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