世田谷にあった「東京朝顔園」について情報を集めています。


戦後、京王帝都電鉄によって開園されたことはわかりました。googleで"東京朝顔園"で検索できるサイトは一通り見ました。
井の頭線の写真集から、富士見ヶ丘駅から行ける場所にあったらしいこともわかりました。

しかし、
・いつからいつまで存在したのか
・どこに存在したのか(正確な住所または地図上のポイントで)
・どんなところだったのか(広さや規模の情報、写真なども)

などについて手がかりがありません。

情報をお持ちの方、ご回答お願いします。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:2007/08/11 23:17:26
  • 終了:2007/08/12 07:28:55

ベストアンサー

id:kanan5100 No.2

kanan5100回答回数1469ベストアンサー獲得回数2752007/08/11 23:58:34

ポイント50pt

『朝顔抄 花とともに六十年』尾崎哲之助 誠文堂新光社(昭46)

や、

世田谷区が発行している、

世田谷古地図(明治14年、昭和4年、昭和14年、昭和30年)

をみれば手がかりがつかめるでしょう。がんばってください。

前者は国会図書館で。後者は世田谷区の区政情報センターで入手できます。

id:sousenyaki

尾崎哲之助さんは本を書いてらしたのですね。これは手がかりになりそうです。

古地図は、昭和30年版が役立ちそうです。

また、情報へのアクセス手段までご呈示いただき、大変助かります。

ありがとうございました。

2007/08/12 00:20:43

その他の回答(3件)

id:hiramatsu_kg No.1

hiramatsu_kg回答回数424ベストアンサー獲得回数32007/08/11 23:50:26

ポイント20pt

開園は戦後間もなくです。

http://www.keio.co.jp/company/corporate/summary/history/history_...

この施設?と地理的に近いので、なにか関係があるか、知っているかもしれません。お問い合わせください。

http://blog.goo.ne.jp/tairinasagao/e/092170d20e585eea3e2ebfc91a2...

id:sousenyaki

京王のWebサイトは既にチェックしていました。

また、「永福あさがお園」も、朝顔園で検索して見せていただいていました。見事なアサガオですね。

富士見ヶ丘近くの世田谷区に引っ越してきたので関心を持った次第です。

ご回答ありがとうございます。

2007/08/12 00:04:39
id:kanan5100 No.2

kanan5100回答回数1469ベストアンサー獲得回数2752007/08/11 23:58:34ここでベストアンサー

ポイント50pt

『朝顔抄 花とともに六十年』尾崎哲之助 誠文堂新光社(昭46)

や、

世田谷区が発行している、

世田谷古地図(明治14年、昭和4年、昭和14年、昭和30年)

をみれば手がかりがつかめるでしょう。がんばってください。

前者は国会図書館で。後者は世田谷区の区政情報センターで入手できます。

id:sousenyaki

尾崎哲之助さんは本を書いてらしたのですね。これは手がかりになりそうです。

古地図は、昭和30年版が役立ちそうです。

また、情報へのアクセス手段までご呈示いただき、大変助かります。

ありがとうございました。

2007/08/12 00:20:43
id:hiramatsu_kg No.3

hiramatsu_kg回答回数424ベストアンサー獲得回数32007/08/12 00:08:12

ポイント10pt

1の2番目は個人の趣味らしいです。


コメントですが、こういう記述が。

http://kugayama05.exblog.jp/3934698

-------

「東京朝顔園」は尾崎哲之助という朝顔の専門家と関係があるらしく世田谷にあったらしい。杉並から歩いていくとちょっと大変だったかも。「東京朝顔園」はその後、京王百草園に引き継がれたらしい。・・・てここに書くんじゃ場所が違うか・・・まあいいや。だから・・・「東京朝顔園」は玉川上水ぞいじゃないよね。

Commented by NISHIMIYA OB at 2006-08-05 20:04 x

http://www.kosho.or.jp/servlet/bookselect.Kihon_result

http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/mg-files/retracted/index.html

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%9D%E9%A1%94%E6%8A%84-1971%E5%B9%B...


1の京王の記述もあわせますと、京王百花苑(閉園)か京王百草園が継承したようです。

http://www.jguide.net/city/tokyo/garden/mogusaen.php

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E7%8E%8B%E3%83%95%E3%83%A...

id:sousenyaki

1の2番目のサイトの方だと勘違いしてしまいました。他人のサイトへ「お問い合わせください」と振るのは不適切と考えます。

何はともあれ、時間を割いていろいろ調べていただきありがとうございます。

2007/08/12 00:30:47
id:amnis No.4

amnis回答回数59ベストアンサー獲得回数62007/08/12 00:30:29

ポイント30pt

所在地の見当がつきました。


・久我山病院の隣。

・京王百草園ができたときになくなった(移設?された)のかも。


ちょっと長くなりますが、順にご覧ください。


杉並在住の方のBlogから抜粋です。

http://kugayama05.exblog.jp/3934698

朝顔園か懐かしい!?40年前の話ですね?


「東京朝顔園」は尾崎哲之助という朝顔の専門家と関係があるらしく世田谷にあったらしい。杉並から歩いていくとちょっと大変だったかも。「東京朝顔園」はその後、京王百草園に引き継がれたらしい。、


「東京朝顔苑」そこだと思う、久我山病院の並びなので世田谷区だもの。百草園の出来た時期と「朝顔苑」が消えた時期もなんだか合うし・・「世田谷」とわかり、ちょっとスッキリ!!


久我山病院・地図

http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&geocode=&tim...


久我山病院・沿革/設立以来半世紀

http://kugayama.hospital-tokyo.jp/OJSP200210170001.html


京王百草園/特に朝顔苑への言及は無いようです。

http://www.keio.co.jp/ensen/mogusaen/index.htm

江戸時代の亨保年間(1716年~)、小田原城主大久保候の室、寿昌院殿慈覚元長尼が徳川家康の長男・岡崎三郎信康追悼のために松連寺を再建し、それに伴ってつくられた庭園が百草園です。また、園内の有名な寿昌梅は寿昌院殿慈覚元長尼がこの時自ら植樹したと伝えられています。明治初期に廃寺となり、地元出身の生糸商人が所有し、昭和32年に京王電鉄に移管され、現在に至っています。

昭和32年は西暦1957年にあたり、今から50年前のことになります。


時期的なタイミングが微妙にずれているようにも思えますが、こういった話題でこの程度のズレならば整合していると言ってもいいかもしれません。


朝顔の研究者の方とか、ここにはいないだろうなぁ・・・

id:sousenyaki

このブログはチェックしていたのですが、引用いただいた部分は見つけられていませんでした。

久我山病院の並びですか。確かに世田谷かつ富士見ヶ丘駅圏ですね。ヒントにしてみます。

なるほど、閉園時期を京王百草園としての開園時期と絡めて考える手もありますね。

いろいろありがとうございました。

2007/08/12 07:20:32
  • id:kanan5100
    追加情報です。こういうたぐいの調査はやっぱりネットだけでは限界があります。紙の文献を当たったり、実際に関わった人に尋ねてみたりすれば、案外すんなりと解決したりするものです。

    実際の朝顔園の様子については、この方に尋ねてみればわかるかもしれません。
    http://www.ongakumura.net/2006-6tuki19-29.html
    朝の散歩で、いつもの川のほとりで大きな朝顔が咲いているのを見つけた。
    小学生のとき、世田谷の自宅の隣に朝顔園というのがあって、
    そこのおじさん達といろいろ話したことが想いだされる。

    http://taxa.soken.ac.jp/Asagao/J/Introduction/htmls/48.html
    http://www.nhk-book.co.jp/engei/news/asagao_2007.html
    また、明治40年以来の伝統を持つ東京朝顔研究会に連絡をとってみればさらに情報が得られるでしょう。

    日比谷図書館に所蔵されている『武蔵野』という記録映画には、朝顔園の様子が収録されているようです。
    http://www.library.metro.tokyo.jp/13/13av/f290.html
    武蔵野 3巻 カラー
    多くの人に愛され親しまれている武蔵野も、うつりゆく時代の波に追われて次第にその美しい姿を消してゆく。日を追って伸びる宅地造成、工場建設。その中で今もなお昔の姿を残している府中大国魂神社高幡不動、深大寺、ダルマ市で賑う元三大師、烏山ろ花公園、明治記念館、東京菖蒲園、朝顔園など武蔵野特有の四季の移り変りをみる。
  • id:sousenyaki
    様々な情報ありがとうございます。
    「朝顔園」だけだと昔は各所にあったようで、ここまで探し切れていませんでした。
    「岩通所蔵」とされるイラストマップには、やはり久我山病院への道沿いにあったように書かれていました。
    お勧めいただいたとおり、足も使って情報収集しようと思います。
    本当にありがとうございました。
  • id:sousenyaki
    現地で聞き取り調査してきました。
    猛暑であまり人もいませんでしたが...
    当時は久我山病院の隣だったかも知れませんが、いくらか距離は離れていました。
    東名高速の高井戸トンネルの南側付近のようです。
    現在、この付近に京王ストアがありますが、朝顔園が京王のものであったことを考えると、現在のストアの場所も朝顔園の一角なのかも知れません。
    とりあえず、誤差100mくらいまでの範囲でわかってきました。
    情報頂いた方へのお礼まで。

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  • yoshitaka-03-16の日記 2008-03-03 14:46:14
    question:1186841843 「朝顔園」は私の会社の東隣にありました。確か昭和35年か36年位かと記憶しています。当時は私のところも父が農家を営んでおりました。東京オリンピックの前と思います
  • yoshitaka-03-16の日記 2008-03-14 11:41:25
    question:1186841843「朝顔園」は私の会社の東隣にありました。確か昭和35年か36年位かと記憶しています。当時は私のところも父が農家を営んでおりました。東京オリンピックの前と思いますが
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