戦後レジュームとよく耳にしますが、


具体的には、どういうことを指してるのでしょうか?

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  • 登録:2007/09/09 14:31:18
  • 終了:2007/09/16 14:35:03

回答(5件)

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レジュームで引いても出てこないが くまっぷす2007/09/09 14:41:52ポイント2pt
レジームで引けば http://dic.yahoo.co.jp/newword?category=&pagenum=1&ref=1&index=2007000304 一発。 http://eow.alc.co.jp/regime/UTF-8/ regime
つまり、、日本史を太平洋戦争で切る見方・・?!? takokuro2007/09/09 19:14:24
クマプスさん、ありがとうございます・・ その視点は、 開戦者(松岡外相=岸首相の伯父さん)の政治的人脈で、政治家にたってきた立場としてズルだし、 太平洋戦争は・・・ A:経済的理由 幕末の戊辰戦争の負債 ...
何が言いたいのかさっぱりわからない くまっぷす2007/09/10 18:06:51ポイント1pt
クーデターが起こしたいでOK?
戦後レジームとは ラージアイ・イレブン2007/09/10 16:25:59ポイント1pt
キーワード執筆者として回答します   >> 戦後レジームとは - はてなダイアリー >> 第90代内閣総理大臣となった安倍晋三により「脱却すべき体制」*1としてネガティブに提示されているもの。第二次世界大戦後の「民主化 ...
戦後の「体制」と言う意味? to-ching2007/09/09 19:39:57ポイント1pt
 日本は大戦に破れ、憲法等アメリカに支配された、その意志を継続してきた自由民主党の支配も続いてきた。それがだんだん疲弊してきて、戦後の体制が崩壊に近くなってきた、自由民主党が他党政権を渡したことは短期 ...
  • id:takokuro
    11さん、ご回答ありがとうございます。

    でも、、
    戦後レジームというのは、戦後で区切ってますが、

    A)ロスチャイルド、ウォーバーグら巨大ユダヤ政商資本のもとでの
    子分たち、BとCとの日本陣取り合戦の攻防だったのではないでしょうか?

    もちろん!
    親分にとっては、
    BCどちらが勝っても、
    要は世界征服さえできればいいわけでしょうが・・・??

    B)香港上海アヘンマフィア銀行
      B-1:英ジャーディン・マセソン商会と
      B-2:印サッスーン商会
    VS

    C)シッフ系ロックフェラー・ウォール街(シティ・グループ)ユダヤ政商

    Bは、遡れば、、足利幕府より、
    元の時代に朝貢をきずいていますが、
    その元自体が、
    そもそもジンギス・ハーンの時に、
    中東から来た“色目人”のコンサルタントで
    領土拡大し、財政政策をし、
    帝国主義を開始している・・
    と同時に・・英仏欧州皇帝皇室であったのと同じように・・
    政治的信頼を勝ち得て、
    同時に侵食していく・・
    やがて・・・親族争いを元の時代になってさせ、
    そのことで、皇帝の姻戚が発言権を持ち出し、
    それを抑えるために、
    明の時代には、カルトを流布させ、寺院を建てさせ、
    宦官を多用させ、
    ますます、問題は複雑化して、
    政治は紛糾する・・
    また、他方で、もと元の残存者をかくまい、保護し、
    明政権に攻撃を仕掛けさせる・・・
    その一派が、足利義昭将軍の時代に、やってきて、
    朝貢関係を持つこと自体に
    国の乱れを入れてはならじと、正式の国交を断つ、
    明時代から来た、もと、元の海賊?密貿易商人?たちは、
    その豊かな資金で倭寇をやとい、
    明へ攻撃に出ていく(日本の船として行くが、実際は
    元が9割、日本人は1割だったそうです)
    日本の島や九州に住み着き、
    信長に鉄砲を融通し、生き馬の目を抜く勢いで
    天下を目指させ、
    光秀は、鎌倉幕府最後の将軍義昭を助けるために、
    信長との仲介をする・・
    信長は、すっかり!”色目人”の文明におぼれ、
    日本人としての価値観を捨て去り、
    彼らの洗脳に従い、
    戦いの亡者となる・・
    光秀は、義昭から中国大陸での“色目人”による政治社会宗教の混乱を聞いていたので、
    ユダヤ政商らに日本を取られてはならじと、
    信長を本能寺の変で討つ・・
    自分がすぐ捕まることが分かっていても・・
    亡国の為に、敢えて、命をすてる・・??

    秀吉は、目先のおいしい話をこのもと元人たちに聞かされ、
    彼らが明国に追われて李氏朝鮮に逃げ込んでいた
    10万人近いもと元人(陶工師技術者や学者含め・・)を
    朝鮮遠征で連れ帰る

    関ヶ原で、石田三成ら小姓らとは別に、
    島津義弘は、足利義昭とも交流があり、
    秀吉の到来文化への絶対的信服に
    国の統治者としては危うさを感じ、
    結局は・・家康を主人に選んぶ??
    1600年関ヶ原の戦いをしてるときには、
    すでに英、インドネシアに東インド会社を設立し、
    家康に英ウィリアム・アダムスが渡来し、
    家康と接見してしている・・
    家康は、彼の造船技術で、
    1601年、安南(ハノイ)に正式でも、
       幕末まで以後47回も渡航している
       当時そこの統治者・鄭氏は、北ベトナムの黎氏を従えてたが、
       そことも交易し、
       交趾(フエ)の阮氏政権(当時実質的に中部ベトナムを領有=広南国)
    とも、交易港:ホイアン(会安)及びダナンに、73回も渡航しているし、
    タイ(シャム)のアユタヤ王朝には大きな日本人町が形成され、
         山田長政が活躍し、  
         アユタヤからも交易船が長崎に来た
         渡航先集計によると暹羅(55回)
         柬埔寨:メコン河流域プノンペンを首府のカンボジア王国
         太泥:マレー半島中部東海岸のマレー系パタニ王国。
            当時は女王が支配し、南シナ海交易の要港
         呂宋:スペインの植民地ルソン島。
            首府マニラが新大陸とのガレオン貿易の要港、
            中国船の来航も多い
           渡航先集計によると、呂宋(54回)
         高砂:台湾、ゼーランディア城を拠点に
            オランダ人が支配
            台湾も中国商船との出会いの場で、
            明と鎖国していても明の情報はチャンと!キャッチしている・・
         また、明国からは日本への渡航禁止となってる明国商人11人(もと、元の残存兵?海賊?密貿易商?)にも、
        朱印状が与えられてる・・
     これが・・
    多分?!?江戸初の華僑??
     福建の海賊・李旦:? - 1625年、英名:Andrea Dittisということはユダヤ政商の支配下にあった?!?)
      福建省泉州の海商。
      もともと、マニラを拠点としてたが、
      日本の平戸に移住
      幕府から朱印状を得て朱印船貿易に携わった。
      平戸における中国人商人の首領で、
       平戸イギリス商館は、彼の屋敷が使われたり、
       英ユダヤ政商の指示の元で動いていた
      李旦の死後その勢力は武将・鄭芝龍が継承し、
      1621年、江戸時代来日し、
       台湾や東南アジアと朱印船貿易・中国商人の李旦の傘下に加わり、
       日本の平戸に住み、
      1624年、日本人田川氏の娘マツと結婚。
          一族で台湾へ渡り、オランダ商館の通訳を務める。
          李旦、顔思斉らの死後に
          船団を引き継いで首領となり、南海貿易を行う。
         1千隻もの船の海賊でもあった。
      1626年からは福建沿海などへ遠征し、
      1628年には厦門を占領すると、
          明の都督として、今度は海賊討伐に従事し、
      1635年には劉香を討つ
      1644年、李自成の乱などにより明が滅亡する
      1645年、亡命政権である南明の福王から南安伯に封じられ、
          福州の唐王隆武帝に従い、
          平虜侯、太師平国公となり、朱姓を授けられる
      1646年、父の勢力を引き継いだ子の鄭成功(日本育ちのハーフ)は
           父と別れ、台湾に拠り、
          今度は、亡き明の復興活動をユダヤ政商に吹き込まれ・・
          清に抵抗・・・
          父・鄭芝龍は、黄道周との対立などで
          南明政権から離れ、勃興した清朝に降伏するが。
          芝竜は、息子の成功懐柔のため招愉を命じられるが、
          日本育ちの筋を通す成功は一向に応じず、
          寧古塔へ流罪になり、謀反律を問われて処刑される・・
        幕府は、限られた英蘭人とポルトガル人12名にも朱印状を発行・・
        しっかりと、管理下の元で、不安定?不穏な隣国との交易をおこなっている・・
         
    幕末、大御所政治になってきたころ、
    その用心深さや緊張感が他人任せとなり、
    結果・・・
    幕末には、シーボルトが帰国後、日本に仕掛けてきた蘭学生ら工作員ネットワークを各国帝国皇帝に紹介し、
    英ビクトリア女王のユダヤ政商:アヘン商人の一つである
    ジャーディン・マセソン商会のロビー活動により
    本国の議会の
    野党・ウィリアム・グラッドストン(後の首相)を中心に
     清に対する出兵に関する予算案は
            賛:271票、
            反対:262票の僅差で承認され、
     イギリス東洋艦隊が清に向アヘン戦争を許可する
     香港で印サッスーンとアヘンを清国に送り続け、
     清国を略奪状態にしていた英ジャーディン・マセソン商会香港支店から使わされた
    トーマス・グラバーが長崎代理店(グラバー商会)を設立し、

    長州留学生(志道聞多(井上馨)、
    伊藤俊輔(博文)
    野村弥吉(井上勝)⇒初代鉄道局長官
    遠藤謹助⇒洋式の新貨幣を鋳造し
    現在の造幣局のきそをつくる
    山尾庸三⇒工部大臣)ら5人は、密航させ、
    英国のヒュー・マセソン(ロンドンのマセソン商会社長・ジャーディン・マセソン商会の創業者の一人であるジェームス・マセソンの甥)の紹介で、
    イングランド銀行視察し、(明治政府以降の日銀の目標に)
    アレキサンダー・ウィリアム・ウィリアムソン博士
    (ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ化学教授
    英国学士院会員、ロンドン化学協会会長などの要職
    世界制覇的な視野で
      思想的には、ジョン・S・ミル(功利主義)や
      オーギュスト・コント(実証哲学)の信奉者)の講義を受ける
    途中で、井上と伊藤は、ジャーディン・マセソン商会が長州を攻め落とすといううわさを聞き、
    急きょ帰国している・・(このことが明治維新での両者の視点が
    他の長州藩士らの手放しのユダヤ政商迎え入れとは違ってくる??)
    同年、、「8月18日の政変」の政治混乱に乗じて、
    今度は薩摩の学生・・・
     五代友厚・森有礼・寺島宗則、長沢鼎も、
    グラバーの船で、英国へ送り、長州学生とともに、
    明治政府計画を指示している
    費用は、香港のジャーディン・マセソン商会の信用状で
    ロンドンのマセソン商会本社が薩摩藩の手形を割り引く形で、
    薩摩に起債し、
    艦船、大砲など武器の利益は折半している・・
    中古船の斡旋でなく新艦建造の時は、
    グラバー・ブラザーズ社(グラバーの長兄とマセソン社のジェムズの船舶保険会社)を仲介させ、
    価格に乗せている・・
    薩英戦争の武器も、彼らが輸出し、
    薩摩学生が、当地英国からアームストロング砲100門を
    グラバー商会に注文し、
    この話を耳にした外務大臣ラッセルが
    1863年2月20日に販売を禁じる指示を出している・・
    面白いのは・・・
    勝海舟を英国へ呼ばなかったこと・・
    彼を工作員の仲間にしようとしなかったのは・・
    自分たちの思惑が見透かされるから??
    グラバーは亀山社中(のちの海援隊)で、仲の悪い
    岩崎弥太郎(のちの三菱)と坂本竜馬を協力するよう、
    なだめ、
    (ギムナジウム卒の彼は、人心を扱う術を学んできている??)
    薩摩に起債した債券を引き出すのをあきらめ、
    大阪で薩摩の散財の回収をしようと、
    大阪土佐商会をつくっている・・★!
    (シーボルト時代、お家騒動まで起こさせた
      島津の蘭キチ?藩主のもとで、
      大阪商人をだまさせて、
      貿易赤字を埋めさせるが、大阪商人が
      他藩の商人は生き馬の目を抜くエゲツなさと言ってきたのは、
      その精神がユダヤ政商哲学にあったから・・??mmm納得!)
    そうなると・・・
    生麦事件も、示現流門弟奈良原喜左衛門の「切り捨てご免」がもとで、
    薩英戦争に持ち込み、
    腕に覚えのある裏切り者・奈良原至?が公武合体の島津久光の元で、
    工作員活動をして、
    自分の仲間を長州藩士に打ち滅ぼさせ、
    自分だけが生き残り、
    最後まで、見方の振りをして、
    諜報活動をしている・・
    奈良原繁、
    内務権大書記官に就任し、、
    同じように特高の役割をしたり、
    静岡県知事になり、
    自治体をユダヤ政商のもとへ日本を手渡すように、
    散財し、
    沖縄知事時代には、ユダヤ政商そのものの占領政治をして
    彼に日本人を見るところがないように思えます・・

    どうしてここまでユダヤ政商にとり憑かれるのか・・??

    香港ニュースで見る香港上海系ユダヤ政商らは、犬歯をむき出して英語をしゃべるし、
    どう見ても・・
    ギラギラしていて人間として
    魅力ある人物とは言い難い・・・

    中国の企業家たちはまだ気が付かないのか・・
    気づいていても、
    自分だけは、運よくずっと嫌な経験をせずに
    資本主義競争で勝ち残れると思ってるのか・・・?!?

    HSBCのユダヤ政商らを見てると、
    裏切りどころか殺人も厭わない、
    裏世界を背中に見え隠れしているようには感じなのだろうか??!?
    ブッシュさえも蹴散らした、
    暴力的な手法を許容できるのでしょうか・・???

    チョッと??鈍感過ぎ・・・

    必ず、資本主義システムが進み、
    街づくりで、
    個人商店等小さな資本が商売を始められない、
    街づくりに変えてしまってから、、
    急転直下、バブルの急激な崩壊があるはず・・・

    急激なほど効果があるので・・・

    そこからの勝負は早い・・どんどん淘汰されていく。。。

    今のうちに気付くべきに思うのですが・・・??    
  • id:takokuro
    to-chingさん、ありがとうございます。。

    戦後できる意味は
    無いと思われません?

    日本国民として、
    あってはならない
    歴史視点に思えます・・

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