「第二ボタン」を好きな男性からもらうっていう習慣はいつから始まったのか教えてください。

誰?時代は?

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  • 登録:2007/10/05 01:14:17
  • 終了:2007/10/12 01:15:03

回答(6件)

id:sin3364 No.1

sin3364回答回数967ベストアンサー獲得回数492007/10/05 01:18:19

ポイント19pt

http://dreamgoon.blog27.fc2.com/blog-entry-129.html

第二ボタンの風習はいつから始まったのかちょっと調べてみました。「学徒出陣の学生が、心臓に一番近いボタンを自分のかわりにと女性にあげたこと」

http://www.ffortune.net/calen/kinenbi/11/button.htm

この風習がいったいいつから始まったかなのですが、どうにもハッキリしません。一説では柏原芳恵の「春なのに」(1983)で、歌詞の中にボタンをねだるくだりがあるから、ともいうのですが、この歌詞を調べてみたのですが確かにボタンを下さいとは言っていますが、第二ボタンとは言っていません。

id:nikonikoman

有難うございます。

そうですね。。。これが始まりかは?ですね。。。

2007/10/05 01:46:49
id:MEI-ZA-YU No.2

MEI-ZA-YU回答回数4707ベストアンサー獲得回数7472007/10/05 01:19:42

ポイント19pt

昭和の戦争時が始まりのようです

http://www.1101.com/sensha/2006-03-14.html

>卒業式における制服の第二ボタン授受の始まりは

「学徒出陣の学生が、心臓に一番近いボタンを

 自分のかわりにと女性にあげたこと」

id:nikonikoman

書籍で何かあればうれしいです。

2007/10/05 01:47:38
id:minkpa No.3

minkpa回答回数4178ベストアンサー獲得回数552007/10/05 01:22:16

id:nikonikoman

どうもです。

ただいつからかはっきりしないですね。。。

2007/10/05 01:49:43
id:kanan5100 No.4

kanan5100回答回数1469ベストアンサー獲得回数2752007/10/05 02:11:03

ポイント18pt

http://ozaki.jp/comoso/060227.html

【説1】

 詰衿学生服にはボタンが5つ付いていて一番上は自分、二番目は一番大切な人、三番目は友人、四番目は家族、五番目はナゾ…とそれぞれ意味を持っているといわれています。ですから二番目=(イコール)一番大切な人からもらいたいという説。

【説2】

 第二ボタンは一番心臓に近いところにあるので、ハートをつかむということで第二ボタンを好きな男の子にもらう…という説。

【説3】

 詰衿学生服のはじまりは軍服からだといわれています。戦時中に若者たちも強制的に戦争に行かなければならない状況にありました。もう二度と帰ってくることができないかもしれない旅立ちの日に、一番大切な人に思いを伝え形見として軍服の第二ボタンを渡していました。物資もない時代に軍服は国から支給されていました。一番上のボタンを取るとだらしなくなり、叱られるけれど、第二ボタンだとわかりにくく、敬礼(左手を胸の前に当てる)の時には手で隠れるため、第二ボタンが選ばれた…という説。

諸説あるようです。

また、武田泰淳氏の小説から広まったという説もあるようですが、この小説が何なのかは不明です。

武田泰淳氏の小説から始まっているといわれているようです。しかし、戦死した兄の後を追って自分も特攻隊として戦地に赴く弟が、兄嫁のことが好きで、自分の形見として心臓に一番近い詰め襟の第2ボタンを渡しました。これを学校の先生が生徒に話し、広がったということのようです。

http://www.okayama-ap.or.jp/study/school.html#dai2

id:KUROX No.5

KUROX回答回数3542ベストアンサー獲得回数1402007/10/05 02:58:22

ポイント18pt

太平洋戦争時点であったこの話が発端ではないかと思います

http://www.kcat.zaq.ne.jp/aaacr007/dainibotann.html

id:db3010ss No.6

db3010ss回答回数599ベストアンサー獲得回数112007/10/05 03:13:42

ポイント18pt

この風習の起源は戦時中に由来するという説がいくつか見られますね。武田泰淳氏の小説というのはもっともらしいのですが、原典がみつかりません。

http://www.kcat.zaq.ne.jp/aaacr007/dainibotann.html

http://ameblo.jp/antonov/entry-10027727433.html

http://www.okayama-ap.or.jp/study/school.html

次のブログに実際の風習としては30年ほど前にも行われていたとのコメントがあります。

http://minkara.carview.co.jp/userid/243276/blog/4312539/

この風習を歌った歌には、柏原よしえ「春なのに」(1983年)、斉藤由貴「卒業」(1985年)等がありますね。

http://www.kyoto.zaq.ne.jp/suetsugu/kayouken/backmumber/m-uta050...

http://ongakukan.music.coocan.jp/musicstudio/5-naha/mharunanoni....

http://plaza.rakuten.co.jp/oyakoala/diary/200702090002/

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