初めて『船』で旅をした人を調べています。また、日本人では誰ですか?

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  • 登録:2007/11/20 16:50:21
  • 終了:2007/11/27 16:55:03

回答(3件)

id:yamadakouzi No.1

yamadakouzi回答回数296ベストアンサー獲得回数62007/11/20 17:19:55

ポイント35pt

大昔(紀元前遥か昔です)の人です。名前の無い時代だと思いますが?

設問が良くないのでは?

http://q.hatena.ne.jp/

id:KUROX No.2

KUROX回答回数3542ベストアンサー獲得回数1402007/11/20 22:19:18

ポイント35pt

どのあたりから「旅」という認識でよいかですけど。

平安時代ぐらいなら、OKそうに個人的には思えますが・・。

■奈良時代

http://www.saga-ed.jp/workshop/edq01454/rekishi.htm

■平安時代

平安時代の船旅の記録で有名なのは『土佐日記』

http://www.ni.bekkoame.ne.jp/potos/discs-tec.htm

■江戸時代前期

http://www.interq.or.jp/white/ishiyama/column2.htm

id:chinjuh No.3

chinjuh回答回数1599ベストアンサー獲得回数1842007/11/24 08:44:26

ポイント10pt

 日本で、なるべく古い時代で、歴史に残っていて(縄文以前の民俗の移動とかじゃなくて)、船の旅をした人、ということならば、日本にあった奴という国の王様の使者が中国の後漢に使者を送り、その金印(漢委奴國王印)を授かるという出来事がありますね。当時のことなので当然船の旅です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%A5%B4%E5%9B%BD%E7%8E%8...

『後漢書』「卷八五 列傳卷七五 東夷傳」に

「建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」という記述があり、後漢の光武帝が建武中元二年(57年)に奴国からの朝賀使へ(冊封のしるしとして)賜った印がこれに相当するとされる。

 建武中元二年(中国の元号)に、倭の奴国の使者で、大夫と自称する人が貢ぎ物をもってやってきた。それは倭国のごく南にある国である。光武帝は金印を授けた」とでも訳せばいいですかね。ただ、固有名詞が残ってるような人じゃないんですよね。大夫は役職名かなにかだと思うので。


 もっときちんと固有名が残っている例ならば、第二回の遣隋使の小野妹子あたりがかなり古いと思うんですけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E9%9A%8B%E4%BD%BF#.E7.AC....

第二回目は、『日本書紀』に記載されており、607年(推古15)に小野妹子が大唐国に国書を持って派遣されたと記されている。



 世界で、ということならば、かなり伝説的になりますが、箱船で大洪水を乗り切ったノアなどは古いです。また、一説によれば、メソポタミア神話がノアの伝説に影響を与えたと言われているので、ジウスドゥラうあウトゥナピシュティムのほうが古いかもしれません(どちらも大洪水を船で乗り切った人です)。洪水からの避難が旅と言えれば、ですが。いずれの場合でも、すでに船というものがこの世にあったのが前提ですから、それ以前にも船旅をしていた人はいるはずです。

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