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ビートルズを写真家の浅井慎平さんが見たときの話ですが、東京は厳戒態勢だったそうです。
1966年、世界を席巻したザ・ビートルズが来日し、厳戒態勢の中、計約5万人が東京・日本武道館で公演を見た。
http://doraku.asahi.com/special/beatles/index.html
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米国だけで1億5,150万枚、ダントツのビートルズ
■ビートルズの独壇場
ロック音楽の1960年代はビートルズの年だった。
何をいまさらそんなことと言われるだろうが彼らが残した記録を見ると、改めてビートルズの凄さがわかる。
全米レコード協会(RIAA)の売り上げ枚数の認定によると、’60年代に発表された作品の中で2000年11月までの米国での累計売り上げ枚数が最も多いのは、’68年発表の「ザ・ビートルズ」(通称:ホワイト・アルバム)で、実に1,800万枚を売っている。RIAAの認定では2枚組の場合は1セットで2枚売れたと見なしている(ディスクが2枚なので2枚売れたということ)。それゆえに2枚組のホワイト・アルバムは実質的に900万枚以上売れたことになるのだが、2枚組は1枚のものより価格が高いことを考えると堂々たる1位だ。
■レッド・ツェッペリンの抵抗
ビートルズはホワイト・アルバムのほかにも’67年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と’69年の『アビイ・ロード』をそれぞれ1,100万枚以上売っている。実のところを言うと’60年代に発売された作品で米国での売り上げ枚数が1,000万枚を超えているのは、このビートルズの3作品とレッド・ツェッペリンの『レッド・ツェッペリン Ⅱ』の4作品しかない。発売以来期間が長く、累計売り上げでは理論的には有利であっても、市場全体の規模や市場における占有率の点で、’60年代作品はどうしても不利になってしまう。歴史に残る名盤を数多く輩出した’60年代ロックでも、1,000万枚以上売るのは至難の技なのだ。
米国での累計売り上げ枚数をアーティスト別の集計で見てみると、もっとおそろしいことがわかる。音楽史上最も売れたのはビートルズで実に1億5,150万枚。2位はレッド・ツェッペリンの1億50万枚で、これは1位の3分の2の枚数でしかない。これをみたらビートルズがどれだけ群を抜いているのかお分かりになっただろう。ちなみに3位はカントリーのガース・ブルックスで丁度1億枚、また’50年代に売れたエルヴィス・プレスリーですら8,650万枚で史上4位。ビートルズと並び称される唯一の存在であるローリング・ストーンズでさえ史上14位の5,350万枚がやっとなのだ。エルヴィスやストーンズに比べると、ビートルズやツェッペリンはオリジナル作品が少ないのにこの数字。本当にとんでもないバンドなんだなと実感してしまう。
■20世紀最高のバンド、ビートルズが残した偉大な記録の数々
世界で一番有名なバンドはビートルズだろう。多分これには誰も否定しないはずだ。だってあれほど凄いバンドはいないぜ!っていうけど一体、どこが“凄い”のか?ということで今回はちょっとだけビートルズが残した偉大な記録を紹介しよう。
ビートルズの残した偉大な記録集↓
● ザ・ビートルズのオリジナル・アルバム12タイトルは、『Yellow Submarine』をのぞき、イギリスのチャートですべて1位を記録
● 英メロディー・メイカー誌シングル・チャートでは、「Please Please Me」から「Hello, Goodbye」まで15枚連続1位を記録。
● 1964年4月4日付米ビルボード・チャートのシングル・チャートで1位から5位を独占。1位「Can't Buy Me Love」、2位「Twist And Shout」、3位「She loves You」、4位「I Want To Hold Your Hand」、5位「Please Please Me」
● 「Hey Jude」はシングル・レコード売り上げ世界No.1(1996発行ギネス・ブック)
● 英国民による『ミュージック・オブ・ミレニアム』投票(1999年) “史上最高のバンド”部門 1位 ザ・ビートルズ(投票の20%以上を独占)
● 米エンターテイメント・ウィークリー誌による“過去50年間でもっともすばらしいエンターテイナー100”(1999年) 1位 ザ・ビートルズ
● 1964年2月9日、アメリカでのテレビ初出演となった「エド・サリヴァン・ショー」という番組に出演したときの視聴率は72%を記録。ビートルズが出演している間、ニューヨークでは、青少年の犯罪が1件も発生しなかった。」という奇跡的なエピソードまで生まれたほど。
● 2000年11月13日に世界同時発売されたベスト・アルバム『The Beatles 1』が、イギリス、アメリカ、日本、ドイツ、オーストリア、カナダ、イタリア、ニュージーランド、アイルランド、アイスランド、ノルウェイ、スウェーデン、コロンビア、オーストラリア、ポルトガル、フランス、スペイン、メキシコ、ヴェネズエラ、デンマーク、フィンランド、香港、ベルギー、韓国、イスラエル、オランダ、スイス、チリ、タイ、ギリシャ、南アフリカ、台湾、マレーシア、ポーランドの34カ国でNO.1を記録。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A...
素晴らしいです!ありがとうございます。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A...
英国での2回目のシングルレコードのプリーズ・プリーズ・ミーのNo,1ヒットから英国ナンバー1のグループになる。また、英国でのデビューアルバムのプリーズ・プリーズ・ミーもイギリスで30週間ナンバー1の記録を達成している。この記録は未だに誰からも破られてはいない。大ヒット曲の連発で、ポピュラー音楽の歴史が彼等によって塗り替えられて行く事となる。また、「抱きしめたい」のシングル盤は世界で1200万枚以上の売り上げがあり、歴代でも世界のトップクラスのセールスを記録した。
東京オリンピック開催時とほぼ同じ規模だったと言われるビートルズ日本公演の警備の模様を記録した『ビートルズのすべて』と題された記録映画が、警視庁によって製作されている。
ロック・ポピュラー音楽史の流れなど変えた事や、予約レコード枚数の世界最多記録など数え切れない。各国でも色々な記録が残っている。またカバーされる曲が最も多いアーティストとも呼ばれている。(彼等の名曲「イエスタディ」は世界中のアーティストから最もカバーされており、「ギネスブック」には3000曲以上のカバー曲があると認定されている。
ギネスブックによると1985年には世界でのビートルズのCD、レコードの総売り上げが10億枚以上と認定された。(現在は当然この数字を上まわっている。)
貴重な情報、ありがとうございます
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上のご回答とダブっている部分もありますが、英語版のウィキペディアにまとまった情報がありましたので、要点だけ日本語で。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Beatles#Achievements
■アルバム:
- ビートルズのレコード・CD類は、所属レーベルによると、全世界で10億枚を超える売り上げを記録。これは世界一である。
- 米国だけで13枚のプラチナ・ディスクを獲得している。
- 1,000万枚以上売れたアルバムが6点あり、これは世界記録。(6点の内訳:Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band, The Beatles, Abbey Road, The Beatles: 1962-1966, The Beatles: 1967-1970, and The Beatles 1 ←最後の3点は解散後の編集盤ですが)
- チャート1位になったアルバムの数が世界一(米国で19点、英国で15点)。
- アルバム・チャート1位最長記録(英国で174週、米国で132週)。
- 発売後1週間で最も売れた2枚組アルバムは、ビートルズの「アンソロジー1 (The Beatles Anthology Volume 1: 解散後の編集盤) である。(米国で1995年11月21日から28日までの間に、855,473枚を売り上げた。)
- The Beatles 1(解散後の編集盤)は、史上最もはやく売れたCDである(発売後4週間で130万枚)。
■シングル:
- チャート1位になったシングルが最多(オーストラリアとオランダで23曲、カナダで22曲、ノルウェイで21曲、米国で20曲、スウェーデンで18曲)。ただしビートルズのシングルは複数が重なるようにリリースされていたり、両面Aサイドだったりしたので、それさえなければひょっとしたらもっと多くの曲がチャート1位になっていたかもしれない。
- レノン&マッカートニーはチャート上の成績では史上最も優秀なソングライター(米国ではマッカートニーが32曲、レノンが26曲でうち23曲が共同で作詞作曲。英国ではレノンが29曲、マッカートニーが28曲でうち25曲が共同で作詞作曲)。
- 1964年4月4日の週の「ビルボード・ホット100」で、ビートルズは12曲をチャートインさせていた上に、トップ5はビートルズが独占していた(この記録は今でも破られていない)。この5曲は "Can't Buy Me Love", "Twist and Shout", "She Loves You", "I Want to Hold Your Hand", "Please Please Me" の5曲である。
- 1964年4月11日の週には、「ビルボード・ホット100」で14曲を同時チャートインさせた。ビートルズの前の記録は、エルヴィス・プレスリーの9曲(1946年12月19日)だった。
- "Yesterday" は史上最も多くカバーされた曲である(ギネスブックに掲載。レコーディングされているものだけで3,000曲以上)。
- "Yesterday" は国際ラジオで最も多くプレイされた曲。(※詳細についての記載がないので数字がわかりませんが。)
- "I Want to Hold Your Hand" は、史上最もはやく売れたシングル(米国では、発売後3日間で25万枚を売り上げ、2週間で100万枚に到達。ニューヨーク市だけで、発売後20日間、1時間につき1万枚売れた)。
- "Can't Buy Me Love" は、米国で最も先行予約が多かったシングルである(210万枚。このシングルは、リリース日に、米国だけで940,225枚を売り上げた)。
- 英国では、最も売れ行きのよいシングル100点のチャートに、5度入っている(ほかのバンドは多くて2回まで)。
■ライヴ:
- 1965年のShea Stadiumでの公演で、入場者数世界記録(55,600人)と収益世界記録。
- 劇場やコンサートホールでなく、スタジアムで公演を行なったのはビートルズが最初(1965年のShea Stadium)。
- 「エド・サリヴァン・ショー」に出演したときにテレビの視聴率記録を塗り替えた(700万人以上が視聴)。放送中の犯罪件数が3分の1減少したとまで言われた(この点については後に虚偽と判明)。
- 東京の日本武道館で公演を行なった最初の音楽グループ(1966年6月30日)。3日間で5回の公演を行ない、1公演につき1万人の観客を動員。
最後の、「日本武道館での公演」については、当時「不良の音楽」と見なされていた「エレキ・ギター、ロックンロール」のバンドが、武道のための施設で公演を行なうとはけしからん、という意見もあったそうです。
武道館始まって以来初めて音楽関係に貸す しかもビートルズと言うイギリスの不良グループに貸す事に大反対があった時代でした。
当時、ビートルズは不良で、神聖な日本武道館で演奏するなどもってのほか、という話で反対のデモ活動が活発化し、社会問題にもなったそうだ。
大変詳しくありがとうございます
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Dutch Account ~ ビートルズのワリカン経済 ~
── ビートルズ各人の年収は、1967年9月の『タイム』誌によると、
控え目に見て、ジョージとリンゴが各300万ドル、ジョンとポールは
作詞作曲料を加えて各400万ドル。作詞作曲料を除いて全収入を仲良
く4等分している。 ── 《世界をつくった人々の伝記・
自叙伝の名著総解説 19780301 自由国民社》P314
当時の1ドルは360円換算、高卒25歳の平均年収は30万円だった。
(360 * 4 000 000) / 30 = 48 000 000(倍)
約40年後の日本円では、約50億円に相当するとみられる。
── ビートルズの個人経済は或る公認会計士事務所が後見している。
事業活動はアップル社が管理している。ビートルズがどの位の財産を持
っているか正確に算定することは、どんな時でもまず事実上不可能だ。
自分たちにもわかっていないのである。彼らは雇っている公認会計士に
依存していて、頭に浮んだ気まぐれにはどしどし支払をする。その代り
会計士たちは毎月、彼らがいくら使ったかを報告する。
(付録A ビートルズの財政 P340-342)
── ハンター・デヴィス Davies,Hunter《The Beatles,1968》/
小笠原 豊樹・中田 耕治・訳《ビートルズ 19690825 草思社》
パロディQ&A
http://q.hatena.ne.jp/1107234542
ビートルズの四人が“再度の晩餐”に集まった。
ありがとうございます
早速の回答、ありがとうございます