未だに連座制がある野蛮な日本は啓蒙されるべきでしょうか?


日本で犯罪が起こると犯人の家族が不利益を受けるわけだが、
そういう野蛮人的な悪習は廃絶すべきじゃないですか?

事件や事故が起こると、犯人の家族が被害者や家族に謝るらしいですが、
それは野蛮の極地なので今すぐ止めるべきだ。

また、被害者らの犯人の家族に対する批判・謝罪請求・賠償請求は弾劾され、非難されるべき。
今でもこれらは『不法行為』であるはずだが、守られていないし認識されていない。

もういっそ新しい法律を作って、連座責任的行為・本人以外の家族に不利益を与える行為をする者を訴追すべきだ。


おれはこんな野蛮な国に住むのはつらすぎる。

議論してください。

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  • 登録:2008/02/14 14:18:42
  • 終了:2008/02/17 14:33:13

回答(62件)

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集団の怖さ Im_Me2008/02/15 13:32:42ポイント1pt

一度、ある集団提訴に注目した事がありますが、被害者や被害者に同情する部外者の、被告家族に対する姿勢には、ぞっとする物がありました。

被害内容と、被告に対する感情的な部分は仕方ないと思いますが、その家族にも矛先を向け、完全に個人を中傷する行為を平気で行っていました。

時折、「被害内容と感情論、被告とその家族は別にすべき」という声が出ましたが、冷静になれない被害感情を殊更煽るだけになっていたようです。

私個人としては、「加害者」であった以上、家族は謝るのが「人間の感情として」当然あると思っています。

むしろ、野蛮な感覚の方が「家族であっても他人」と切捨てられるのではないでしょうか。

家族だからこそ、自分が止められなかった、気付けなかったという後悔の念があるはずです。

それは親が子を育て、教育するから、という理由だけではありません。

それは夫婦でも、兄弟でも、同じではないでしょうか?

ただし、それはあくまで加害側の家族の意思が主体となって行うべきであり、被害側やましてや社会がそれを強制する、あるいはその姿勢を批難するのはお門違いだと思います。

ただでさえ、マスコミやインターネットが煽り立てる現在では、家族に被害・加害関わらず、事件の当事者が出れば、生活は脅かされます。

顔や声を出す事でそれが大きくなる危険は捨て切れません。

現実に謝罪の声を出している家族は、そのリスクを負って、それでも行っているのでしょう。

それらを野蛮と切り捨てるのは、あまりにも人間らしくありません。


野蛮という観点には賛同できませんが、そろそろマスコミの過剰報道や、野放しに中傷ができるインターネット環境を取り締まる必要があるとは思います。

これは加害者・被害者どちらに対してもです。

ただこれは報道規制・言論規制にも繋がってしまう為、とても扱いは難しいと思います。

「常識的に言って、これはまずいだろう」と言う簡単な事でも、法律で定義するのは難しいですからね。

Baku777さんの回答の親御さんも、自殺であっても世間に殺された、と言えるかもしれません。

これも個人の意見ですが、どんなに謝罪の気持ちがあったとしても、「謝罪を理由とした自殺」を「良い事」だとして持ち上げるような社会は避けるべきだと思っています。


インターネット事件簿「ぼったくり」「氏ね」はどこまでが表現の自由?

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