千葉にある和洋国府台中学校は昔は結構難しかったといううわさを聞きますが、最高でどれくらいの偏差値があったのでしょうか?九段の情報でもいいので教えてください。

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  • 登録:2008/02/20 22:53:14
  • 終了:2008/02/27 22:55:02

回答(3件)

id:dblue No.1

dblue回答回数65ベストアンサー獲得回数02008/02/20 23:22:34

ポイント27pt

http://home.a07.itscom.net/kazoo/juken/suii.htm

10年前の偏差値までしか見つかりませんでしたが最大で44と言う数字が見えました。

ちなみに表の一番下です。

id:dblue No.2

dblue回答回数65ベストアンサー獲得回数02008/02/20 23:27:23

ポイント27pt

失礼その後閲覧していたら国府台女子学院と言うところが中段やや上で発見し偏差値を見たら約7年前に56と言う数字を出していたのでそちらでは?

http://home.a07.itscom.net/kazoo/juken/suii.htm

id:nofrills No.3

nofrills回答回数874ベストアンサー獲得回数1592008/02/21 14:55:59

ポイント26pt

和洋国府台ではなく和洋九段ですが、90年代は安定して偏差値50~55だったと記憶しています。(1番と2番のご回答にあるURLで確認してみたら、やはりそうなっていますね。)その前のベビーブーム世代が受験したころにはもう少し数値が高かったかもしれません(確認ができないのですが。またそのころは和洋九段中・高から和洋女子大に進むのではなく、他の大学を受験して進学する人が多かったのではないかと思います)。


検索してみたら、2002年の学校説明会に行かれた方による下記の文章が見つかりました。(太字は引用者による。)

http://www.geocities.jp/nanahosonoda/wayo.html

確かに本校は、もうすこし公報に力を入れるべき学校ではないかと思います。というのは、中学受験の世界では有名な、記録的なほどの偏差値低下を起こしているからです。8年前の1995年には53あった四谷大塚の偏差値が、ことしはなんと35にまで低下しています(@@)

……(中略)……(その理由について)説明会に来る前に、わたしが以前通っていた塾の先生にお聞きしてみました。

現在のように名門校でも2回目試験、3回目試験がある時代には考えにくいことですが、10年以上前には入試が2月3日にある学校というのはたいへん少なかったそうです。そのころ、和洋九段は3日校として確固たる地位を持っていたそうでした。

2月1日に御三家を受ける子が3日は和洋九段という併願パターンもめずらしくなかったそうで、御三家レベルの子たちも受験していたということになります。

ところが、その3日に女子聖学院が2回目試験を設けて参入してきました。……(中略)……

その成功を見て、ぞくぞくと2月3日に参入してくる学校が増えました。その結果、競合校が増え、和洋九段はいままで安泰であった地位をおびやかされるようになったようです。

そして、偏差値低下の決定打となったのは、3日に押さえで受ける受験生を大量に確保していた時代の感覚のまま、定員をだいぶ越える合格者を出しつづけてきたことにあるのではないかとのことでした。……(中略)……

この仮説はあくまでもわたしの恩師の個人的なお考えですので、当たっているかどうかわかりません。ですが、本校は校舎もきれいですし、生徒たちのようすにもまったく問題が見られませんでしたので、こういった競合校の増加とか公報の不足のほかに原因が考えにくいような気もします。……(後略)……

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