「百害有って一利無し」と言われる物になぜ手を染めるのでしょう。自己の崩壊に繋がる事をなぜするのでしょう?喫煙は自己にいろいろな健康の害を与えるだけでなく、周りの人や環境を汚染します。また、火災の原因ともなっています。(タバコの火は本人が認識していない・・つまり火を持っている意識が無い)
私は、相手がどんな偉い学者や経済人でも喫煙中の話は信用しません。つまり正常な判断下での発言と取れないのです。飲酒運転と全く同様と考えています。喫煙習慣自体が世の中に有るべきでないと思っています。
私の考えに何か意見がありましたら回答ください。
「煙草」を「ネット徘徊」や「テレビゲーム」に置き換えてみると、
同じ程度に百害あって一利なし、と感じます(例えば、テトリスを何時間も続ける等の行動。)
本当に、中毒は怖いです。
ネットにつながっていれば、駄目だと思いつつ、他のページに遊びにいったりしてしまいます。
私は中毒の怖さに気づく前に、ネットやゲームにハマっていました。
煙草もきっと、そうなんだろうと思います。
幸い、自分は煙草を吸う人が周囲に全くいない環境で育ちました。
喫煙習慣もテトリス(一例です)もこの世にない方が人は生産的に過ごせると思います。
しかし、この世にあるものはしょうがないので、お互い仲良くできる仕組みを探っていくしかないだろうと思います。
それから、飲酒の次に意識が怪しいのは寝不足だと思います。
この回答が正常な判断下での発言かどうかわかりませんが、私は多少眠いです。
煙草が切れてイライラするような精神状態は、確かに怪しいと思います。