ローゼン閣下こと麻生太郎さんのご母堂麻生和子さんの日本政治の中で果たした役割は?特に、日英関係に大きな役割を果たしたと聞いていますが。

麻生和子さんのこと、年老いた両親に聞くと、今の首相令嬢とは比較にならない程のスケールが大きくて、しかも「真の貴婦人」だったそうです。田中真紀子さん、小渕優子さん、野田聖子さん(首相令嬢ではありませんけど)などと比較したら、本当に雲泥の差と、両親は申しています。政治に対する感覚も抜群で、常に、お父さんの吉田茂首相の横にいたそうです。
又、麻生和子さんは、あの白洲正子さんの友人で、何か、戦前のエスタブリッシュメントは、本当にスケールが違うと思いました。麻生和子さんから、そこはかの「ノーブレスオブリッジ」を感じさせるのです。
その麻生和子さんは、1930年台の後半~1950年代の政治の重要局面で、必ず裏にいたとも聞いています。
ローゼン閣下のご母堂が、政治の裏側でどういう役割を担ってきたのか知りたいです。
それから、故秩父宮勢津子様の非公式な腹心でもあったみたいですね。

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  • 登録:2008/03/29 23:58:56
  • 終了:2008/04/06 00:00:03

回答(3件)

id:Hafiz No.1

Hafiz回答回数283ベストアンサー獲得回数92008/03/30 11:10:56

ポイント27pt

それは全く知りませんでしたが、ソンナ貴婦人からアノ品のナイ チョイ悪オヤジが生まれたとすると、ナントモ皮肉ですね!

http://nhk.or.jp

id:I11 No.2

ラージアイ・イレブン回答回数732ベストアンサー獲得回数552008/03/31 08:25:33

ポイント27pt

麻生和子氏の回顧録。

 

父吉田茂 麻生和子著

父 吉田茂 (光文社知恵の森文庫)

父 吉田茂 (光文社知恵の森文庫)

  • 作者: 麻生 和子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • メディア: 文庫

http://d.hatena.ne.jp/asin/4334784887

 

雑誌で一部出版社が麻生和子氏のことを記事にしていたりします。

 

二十世紀の女傑 麻生和子 (80人の心に残る鮮やかな日本人) / 寛仁親王

文芸春秋. 80(2) [2002.2] 262~264

吉田茂の娘「麻生和子」の思い出 (特集 今だから書ける「娘から母」への手紙) / 相馬雪子

新潮45. 19(11) (通号 223) [2000.11] 66~69

麻生和子の顔 / 斎藤次郎

人物往来. 2(10) [1953.10] 90~91

麻生和子論 / 神近市子

毎日情報. 6(10) [1951.10] 60~65

 

そういえば麻生和子氏は講和会議全権団のただ一人の女性でしたね。

 

麻生和子--全権団の紅一点 / 大井広介

文芸春秋. 29(13) [1951.10] 158~161

講和全権徳川宗敬

http://oshimamd.sakura.ne.jp/nagaoka/124.htm

 

児島襄氏の「講和条約(三)」(1966)という本によると、サンフランシンコ空港で吉田茂の後にいたのが麻生和子氏で、吉田茂の妻(当時故人)の代役を務め、ファーストレディの代役としての役を果たしていたとのことです。

 

id:victoria_elizabeth

回答していただいたl11様、ありがとうございました。

実を言うと、私が、麻生和子さんに「巡り合った」のが、今から約30年前でした。父の書庫を探していた所、吉田茂元首相の国葬を特集した「毎日グラフ」を見たのが最初でした。娘さんの信子さんが、まだ寛仁殿下と婚約される数年前だったのです。その雑誌を見ていたら、1930年代に、お父さんの茂さんとイギリスで、一緒に写っている写真があったのでした。あのエドワード8世の退位事件の頃の写真でした。そのことは、実は去年の総裁選挙があるまで忘れていたのです。

しかし、あの選挙があって、ローゼン閣下が立候補してから、急に思い出したのです。もしかして、麻生太郎さんは、その背にとんでもない歴史を背負っているのではないか、と思い始めたのです。戦後から政治に携わってきた岸家・安倍家・小泉家・福田家などとは、歴史観がまるで違う人ではないか、と感じ始めたのです。思えば、大久保忠通の子孫だし、そういう明治以前からの歴史を肌で感じながら育ってきたわけだし、もしかしたら、スケールの大きい首相になると確信したのでした。

そういうわけで、ご母堂の麻生和子さんの事も詳しく知りたいと思い、質問することにきめたのです。

麻生和子さん、日本の女傑にはいっているのですか?すごいですね!

ご紹介のあった記事。図書館で捜して読んでみます。

2008/03/31 21:49:39
id:korokorodo No.3

korokorodo回答回数4ベストアンサー獲得回数02008/04/04 04:35:26

ポイント26pt

麻生氏はともかくも、

吉田茂首相のお人柄を想像するとき・・

大平さんや角栄さんのとらわれのない温かさ・・日本の文化が育てた美徳を感じます

政治経済には疎いのですが

四国ご出身ということでも

大平さんを思い浮かべます・・ユーモアも含め。

牧野伸顕というと、小さい時から欧米に学べとスパルタ教育を受け、

吉田茂を娘婿に選んだのは

日本で育ったなら

本来当然持つことが出来てるはずの日本文化のアイデンティティが

牧野にはとても欲しかったものに思えます・・

また牧野が目してる巨大資本と協調していくという日本の方向性を

吉田茂が現役である限りは、

違う方向へもっていく力のある政治家でしたし

前もって

自分の監督下に置いたのかもしれません・・

和子夫人は吉田茂というとてもゆったりした大らかな父性の中で

欧米に背伸びして西洋文化を日本文化よりも身に着けた牧野の長女を母に、

精神的にものびのびと育たれたのではないでしょうか・・

多分、とても人間らしい心をもって愛された娘さんだったから

人の気持ちを汲み取り、

父の押しの強さを緩和する役割を果たされてこられたのではないでしょうか?!?

「ノーブレスオブリッジ」というラベリングは恐らく彼女にはあまりいい印象ではないように思えますし、

『真の貴婦人』という概念そのものが何だかとてもきな臭く感じてしまうのです・・

小渕優子さんは肝心の亡くなられたお父様よりも政治に情熱をもたれてるお母様が

政治家にしてる点で

本当の政治家とは言いかねるように感じますし

野田聖子さんはスポーツ界のあと有名人ということで政界入りなさった・・・

でも・・

田中真紀子さんはお父さんの秘書代わりにいつもそばにいて

とことん、人を信じ許すことにしてる角栄さんを父として

尊敬しつつも

時として分かりきった裏切りに歯がゆく悔しく思う娘として

和子さんとは違う政治家だと思います・・

また、

和子さんが貴婦人として社交したのは

夫の太賀吉氏のお仕事柄

お姑さんの兄の加納氏との関係が大切だったということに感じます・・

真紀子さんはお姑さんとは生活されてないように思えますし、

もしされてらしても

一介の政治家として独立した職業をお持ちですし

和子さんがどんなに多くの役職をお持ちだとしても

結局は、太賀吉氏の妻であり吉田茂の娘としての立場が優先されるということではないでしょうか・・

このことは、職業を持たないことを言ってるのではなく、

妻や娘としても十分に立派な仕事があるということを

今の時代は無視しすぎてるように思うのです。。

太賀吉氏のお仕事は加納氏通じて

しっかりと茂って行きましたし、

又、牧野のところへ銀行関係、台湾蒋介石の真意の見極めの相談があったようです・・

関東大震災後の台湾銀行による資金引き上げからくる恐慌・・

もう少し、吉田茂さんが政界の現場にいて下さったら

岸、安倍勢力にも違う方向性があったように思え、

残念に思います・・

そういう点でも・・義父の牧野氏を、忌み・・

人材を十分に使い切れない気の小ささを感じます・・

(牧野氏の頭には欧米から独立した日本像がなかったのでしょうか)



http://hatena

  • id:Hafiz
    回答にもなってないヨウナ私の回答に対して、ポイントをいただきまして、有難うございます。いたみいります。

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