【人がいる/ものがある】

両者の違いはいつ生まれたのでしょうか?
昔の文章を見ていると、「人がある」という表現に数多く出くわします。
文学作品などでも見受けられますが、現代の日本語では、

人 → いる
もの → ある

上記のようになってますよね?
この明確な区切りはいつごろ生まれたのですか?

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  • 登録:2008/04/15 00:22:59
  • 終了:2008/04/21 14:50:23

回答(1件)

id:natumi0128 No.1

natumi0128回答回数94ベストアンサー獲得回数32008/04/15 19:13:54

http://skinsui.cocolog-nifty.com/linguistics/2006/09/post_a635.h...

http://skinsui.cocolog-nifty.com/linguistics/2006/06/post_d82f.h...

はっきりとは分からないのですが、上の記述を見ると、「いる」はもともと「座る」意味だったのが、平安期ごろに存在の意味の動詞として使われるようになったようです。

その後、すぐにはっきりした使い分けが起こったのかは、ちょっと分かりませんが…。

というか、おそらくこの本を読めば書いてあるんでしょうけど…。

id:Nigitama

ご苦労様でした。

ちょっと求められているレベルまでは達せず・・・というかんじですね。

いつごろなぜ使い分けが起こったのか・・・

目撃者を引き続き求めます。

2008/04/15 23:52:07
  • id:kappagold
    人 → いる→居る
    もの → ある→有る(所有の意味強し)
    人 → ある→在る(存在の意味強し)

    最近は、在るを使わなくなった所為で、ある=有る というように考えられることが多くなったような気がします。
    そのため、人が有るだと文章がおかしいので、在るが段々使われなくなってくると同時に人があるという言い方をしなくなってきたような気がします。

  • id:Nigitama
    お久しぶりです。

    > 最近は、在るを使わなくなった所為で、
    あー、使わないですね。使っても意味は分かるけど、どことなく古めかしい印象を受けますね。

    しかしまぁ、なぜ「在る」を使わなくなったんでしょうね?
  • id:kappagold
    学校であまり見なくなった所為かも知れませんね。

    小学校の教科書で、人が在りました。
    というような文章を見たことが無い気がします。

    また、漢文の地位も下がったという事が有るのでしょう。
    昔は漢文で、在り、などという表現をよく見たような気がします。

    親の世代などは、平仮名より、漢文に由来する漢字とカタカナで書かれた文章がかなりあったようですから、その当時は、在りという言葉がよく使われていたのでしょうね。

    而シテ、も見ないですね。
  • id:Nigitama
    確かに見ませんね。

    するってぇとアレですよね?
    文部科学省だかなんだか知りませんが、あそこらへんが、
    「ある」じゃなくて「いる」だ!
    といっているんでしょうか?

    それとも単に
    新しい教材 (物語、文章、論説、小説、エッセイなどなど) では
    「在る」を使わないだけなんでしょうか?

    前者だとしたら、
    なぜ?それはいつごろ?
    という謎がありますし、

    後者だとしたら、
    いつごろそういう風潮 (?) が生まれたのだろうか?
    きっかけになることはあったのだろうか?
    という疑問が生まれます。

    >みなさん
    今のところコメント欄でいろいろとやりとりしてますが、
    回答欄にも記入して良いですよ。
  • id:Nigitama
    勝手な仮説1
    「人が在る」は昔から「文語体」であった。
    つまり、今も昔も一般ピーポーは、「人がいるよ」と話していた。
    最近 (戦後か?) になって、「口語」つまり話し言葉でも文章を書くようになったため、文語体の「人が在る」よりも「人がいる」のほうが使われるようになった。

    うーん。
    何一つ調べていないのに勝手に仮説を立てました。
  • id:kappagold
    某新聞社のせいか或いは旧文部省の指導のせいかは定かではないが、ずいぶんと前から平仮名に開く表記が一般化している。
     「及び」「且つ」「特に」「更に」「若しくは」「尚」「従って」「殆ど」といった接続詞や副詞などは基本的に平仮名で書くように朝日や日経はガイドラインを作っていて、翻訳を含めてそれに倣っているところも多い。
     ライター業と翻訳業のお蔭でこういった表記法がすっかりと身に付いてしまった(苦笑:と書くべきか?)。
     やっかいなのは「ある」だ。「在る」も「有る」も「或る」も、すべて「ある」と表記することになっている。

    http://www.sekitechnologies.com/blog2008/0804060000.html


    犯人が、新聞社か旧文部省かというところまで絞れて来ました!?
    (新聞社が勝手にやるとも思えないので、旧文部省の犯人説が濃厚か?)

    犯人、犯行日時が特定できた方、もしくは目撃者の方、是非回答欄に回答を入れてください。
  • id:Nigitama
    たしかに接続詞や副詞はひらがなで書くガイドラインが多いですね。
    それから補助動詞もひらがなにする傾向が強いですね。

    増えていく (×増えて行く)
    用意しておく (×用意して置く)

    リンク先の「やっかい」は、
    「才能を持ったある若手社員が、とある要職に就いている」
    ってことになる。
    ちょっとご意見:「とある」という表現はよほどの理由がない限り日本語ではあまり重要ではない気がする。むしろ英語から翻訳する際にご丁寧に訳出しているだけではないかな。「a ~」

    犯人がだれかはまだまだ全然絞れてないですよ。
    ただ、新聞社も勝手にやるんじゃないでしょうか?
    戦後に口語が普及 (?) したのは NHK の放送用語ではないかと踏んでいます。
  • id:kappagold
    失礼しました。
    方向性を絞って調べてもらったら見つかるかも・・・。という事で、変なことをつい。
    まぁ、目撃者がいるわけは無いんですが。

     現在の文部科学省国語審議会による「表記基準」や新聞社表記基準によると、名詞としての実体を有している単語は漢字で表記するが、文のなかで、単語としての独自性を持たない(自立語ではない)語については、ひらがな表記をする、という方向がしめされています。
    http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/kanji0608a.htm

    在るは自立語ですが、この辺のことやこの前後の審議会が関係していないですかね。
  • id:Nigitama
    ありがとうございます。
    GS! (グッドソース!)

    「在る」が自立語なら漢字で表記することになりますね。
    音の問題か、漢字の問題か、品詞の問題か・・・

    目撃者求ム。
  • id:YUUH32
    いつからか、という質問には答えられないのでコメントにします。

    「NHK知るを楽しむ」の[http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=61891712007:title=日本語のカタチとココロ]という番組で、金田一秀穂先生がこのテーマを論じていたのを記憶しています。

    [http://tangoya.blog95.fc2.com/blog-entry-132.html:title=バスは「いる」のか「ある」のか]によると、
    >>
    「クマのぬいぐるみがある」というのに「ぬいぐるみのクマがいる」というのはなぜか。金田一秀穂さんは、「心をもった存在と感じられるかどうかが、『ある』と『いる』を分ける判断の基準だろう」とおっしゃっている。
    <<
    人が「いる」のは対象が心を持つと主体が感じているから。
    物が「ある」のは対象が心を持っていないと主体が感じているから。
    物でも感情移入ができればそれは「いる」になります。ぬいぐるみの例でもそうですが、たとえば愛車を駐車場で見つけたときも「あ、ここにいた!」と言ったりします。

    というようなことだったと思います。
  • id:Nigitama
    申し訳ありません。
    質問をキャンセルさせていただきました。

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