仮定1.中学校や高校などの英語教師の英語レベル (総合的な意味で) は低いと仮定する (≒低い人が多いと仮定する)。
仮定2.これからの時代、生徒 (and 児童も) は、もっと質の高い英語教育を受けて、英語レベル (総合的な意味で) を向上させる必要があると仮定する。
上記の 2 つの仮定を前提とするならば、
これからの日本の英語教育はどのようにしていくべきでしょうか?
現実にそったあなたの意見/アイデアを募集します。
また、上記の 2 つは必ずしも正しくないのでは?と思う方は、
別途コメント欄にその理由を書いていただければ幸いです。
(いわしツリーにはご遠慮ください)
例えば中学では教科書に載ってる「現実離れした優等生的会話」を中学生がどう思っているか。入り口があれでは、「英語に興味を持て」っていっても無理があります。「アメリカ人ってWowばっかり言ってるし」みたいなくだらないことだけ印象に残ってしまう、というケースもあります。
中学では、必修語彙のほかに、個別の生徒が和英辞典を引きながら、自分が書きたいことが書ける(言いたいことが言える)語彙を調べて、その日に習った「文法項目」を使って、2~3文の「英作文」をし、教員がそれを添削する、っていうことをやるだけでも、学校の授業の効果は全然違ってくると思うのですが。
その際、教員側も辞書を参照できることがマスト(その時間があること、「辞書を見る」ことが「無知」と解釈されないこと)。生徒がサッカーに興味があり、教員が興味がなくても、教員が予習してなくてもOKなように。「単語を知らない」などということは、よほど基本的な語彙であれば別ですが、別に恥じることでもないのですから。
なお、教員の「英語レベル (総合的な意味で) は低い」という前提ですが、それが何を指すのかが不明確なので、上記ではその点は特に前提としていません。少なくとも中学の教員であれば、基本時制、単文・複文・重文、形容詞節(関係代名詞)、句と節、代名詞のitといった中学校でやる文法項目は、何も手元になくても説明ができ(その説明の上手・下手はあるにせよ)、「文法的間違い」を修正することができると前提しています。