これだけクソミソにけなされているにも関わらず、文部科学省が日本の英語教育を抜本的に転換しない動機はなんなのでしょうか?

議論のための意見ではなく、分析/解説を求めます。

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 登録:2008/05/25 04:46:23
  • 終了:2008/06/01 04:50:02

回答(5件)

id:a2gi No.1

a2gi回答回数81ベストアンサー獲得回数32008/05/25 05:43:00

ポイント20pt

分析といえるかどうかわからないけど一応資料の添付ということで。

平成18年度小学校英語活動実施状況調査及び英語教育改善実施状況調査(中学校・高等学校)について−文部科学省

平成18年度小学校英語活動実施状況調査及び英語教育改善実施状況調査(中学校・高等学校)について 「英語教育改善実施状況調査(平成18年度)」主な結果概要(中学校)−文部科学省

中学校には3万に英語の教員がいて

実質的に「英語」を教えられる教員はあまりいないことが分かると思います。

「7英語教員の英語力について」で一概に「英語」の指導力とはいえないかもしれないですが

一応の指標として基準を見たいしている人が約25%、1/4です。

ということは3/4の英語教員は「抜本的な英語教育の改革」を行えば路頭に迷うことになります。

普通に考えれば異常な状態だけど「能力がないから首にします」というのは確かに正しいけど実行できないのでは?

また、仮に首にしないとするならば今いる人間をそのレベルまで持ち上げるしかありません。

そうなるとやっぱりそのための費用は英会話スクールの授業料を見ればどれほどかかるかは想像に難くないと思います。

まとめとして動機は「ふんぎりがつかない」だと思います。

じゃぁどうすんのというと新しい教員の採用の基準を上げていくしかない。

そうなると10年、20年かかりそうですね。

id:junmk2

おお説得力がある・・・

過去の教育施策の失敗を引きずっているという事ですかね。

しかし現状教員になるための競争率が高い中でも、水準を満たす人間は採用できないのでしょうか・・・。

2008/05/25 16:08:26
id:ubsp1977 No.2

ubsp1977回答回数34ベストアンサー獲得回数02008/05/25 07:42:26

ポイント20pt

官僚組織に限らず,規模の大きい組織は新しい政策を導入したり,今までの政策を中止するのが困難です.この組織の「慣性」が制度疲労をもたらして,世界中の企業や官僚組織で問題となっています.昨今「マネジメント」について議論が活発なのはそのためです.

 

ただ,企業の場合は制度疲労をおこして現実に適応できないと「倒産または買収」という形で組織が解体されます.しかし,官僚組織の場合,「倒産」することがないので,深刻なレベルまで突き進んでしまうという傾向があるのです.

 

さらに補足として私が日本の官僚について持つ印象です.日本の官僚組織の場合,最終責任者が明確でないことが組織のマネジメントの観点からみて致命的だと思います.「誰が」「いつまでに」「何を行うのか」という視点が全くないので,物事が進まないのです.特に問題を起こさず淡々と仕事をこなせば給料が上がる官僚にしてみれば,これらのことを明らかにするのは,達成できないリスクを取る,という意味で避けたいのが実情でしょう.英語教育など賛否両論が激しいトピックの場合,誰も火中の栗を拾おうとしません.問題が大きくなれば左遷されて昇進が望めない可能性があるからです.

 

結局,官僚はその組織の性格上,リーダーシップを発揮するのは不可能です.それは本来,政治家の仕事です.日本では政治家がリスクを取って必要な政策を実施させるより,「選挙の当選」という身の保身を優先させているのが問題の根源だと思います.

 

政策の追求よりも選挙の当選を優先させる政治家が多いのは,自分の専門分野で生きていけるような(大学の教員やビジネスマンとして)優秀な人材が政界にはいないからだと思います.

id:junmk2

必要な政策を実施する事と「選挙の当選」のというベクトルが一致しないのは国民のレベルの問題であるとも言えます。

しかし国民のレベルが高かったとしても政治へ参加するモチベーションが低くなるような構造がある事がより大きな問題であるとも認識しており、この構造をぶち壊す変化の一助になりたいと思っています。


ただそれはそれとして、ご意見が正しいとするならば、少なくとも官僚は既存の英語教育が間違っているという認識は持っているという事でしょうか?

本当かなあ・・・

2008/05/25 18:35:58
id:pahoo No.3

pahoo回答回数5960ベストアンサー獲得回数6332008/05/25 10:26:50

ポイント20pt

規制改革・民間開放会議におけるジェームス・P・ズムワルト経済担当公使の意見表明」(2004年11月22日)において、「日米投資イニシアティブの下、我々は日本の教育制度がより国際化されるよう教育分野における規制環境の開放に焦点をあてています」と述べていることが影響していると考えます。


こうした米国政府の要望は、「米国政府年次要望書」に盛り込まれ、毎年、米国政府から米国大使館を通じ日本政府に伝えられています。翻訳文は米国大使館公式サイトに掲載されています。


ちなみに、近所の小学校(公立・5年生)で今年から英語の授業が始まりました。担当教諭は米国籍ですが臨時教員扱い――ま、そういうことです(苦笑)。

id:junmk2

アメリカからの圧力に対する反発が、かえって停滞を生んでしまっているという事でしょうか?

2008/05/25 16:14:51
id:tomohisa_kato No.4

tomohisa_kato回答回数7ベストアンサー獲得回数12008/05/26 00:43:30

ポイント20pt

> これだけクソミソにけなされているにも関わらず、

> 文部科学省が日本の英語教育を抜本的に転換しない動機は

> なんなのでしょうか

転換するに値する有効な代案がないからだと思います。

より正確には、教育方法が問題なのではなく、学習時間が問題です。


例えば、中高で6年間英語をやったのに全然しゃべれないとよく言われますが、

ただ単に英語を学ぶ時間量が足りないからだと思います。

大卒までの学校英語教育の2.5倍の時間が必要、というデータもあります


非英語圏出身で英語ペラペラの友人もいますが、

学校教育だけで話せるようになった、という人を知りません。


私は、今の学校英語教育は基礎を固めるという意味で、素晴らしいと考えています。

ただし、英会話や英作文の機会を自分から他に求めれば、という条件つきですが。

id:junmk2

おお、すごいです。

この視点はなかった・・・

2008/05/28 14:35:45
id:tera-p No.5

tera-p回答回数92ベストアンサー獲得回数212008/05/27 02:05:38

ポイント20pt

学習指導要領(http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603/009....)を読み直してみました.

私のころはもっと文法(というか受験用の単語と慣用句の暗記)が重視されていたと思うのですが,オーラルコミュニケーションだのジェスチャーなどの非言語的手段だの,指導要領を読む限りではずいぶんと「転換」されたようにも見えます(といっても受験用の暗記は変わらず重視されているのでしょうが).

つまり,官僚のレベルでは方針は転換されている(英語文書の正確な理解⇒コミュニケーション手段)のではないでしょうか(それが学校教育として良い方向かどうかはともかくとして).

転換しているのになぜ相変わらずクソミソかということですが,回答1の方も指摘されているように教員の質の問題もさることながら,外国語学習を多人数で行うことの非効率さ(が予算的な点から放置されていること)によるところも大きいのだと考えます(私の感覚では,「非言語的手段を効率的に活用したコミュニケーション」を教室で何十人も相手にして教えるなんて,どこの誰がそんなことまともにできるんだろうと思うのですが).ただ,他教科とのバランスからなかなか英語だけ特別扱いすることも難しいのでしょうが.あとは,実際問題として「受験英語」という,これこそ役に立たないもののために(指導要領のお題目にかかわらず)指導時間の多くを割く必要があることも,教育効率を悪くしている要因だと思います.

というわけで,私の見解ですが,

  • 英語教育の目的は,お役所レベルでは(かなり本質的に)転換されている.善し悪しはともかく.
  • 英語教育の効率があいかわらず悪いのは,教員の質の問題のほか,カネの問題で効率的な指導体制がとれないことによるところが大きい.これは,上記の「転換」によって以前より悪化していると予想される.
  • 受験英語の存在が,さらに教育効率を悪くしている.

のではないかな,と考えます.

なんだかなあ,とは思いますが,カネをかけずに英語教育の効率を飛躍的に上昇させる方法は,私には思いつきません.少なくとも「コミュニケーション手段」なんて現状では効率的に教育しようもないものを目的に掲げるのはやめたほうがよいとは思いますが.

id:junmk2

>英語教育の目的は,お役所レベルでは(かなり本質的に)転換されている.善し悪しはともかく.

そ、そうだったのか!

お蔭様でなんとなく問題の本質が見えてきました。

2008/05/28 14:38:39
  • id:pahoo
    #3のコメント:
    > アメリカからの圧力に対する反発が、かえって停滞を生んでしまっているという事でしょうか?

    以下は個人的観測なので、コメント欄にて――。

    「命じられたこと/決まったことを忠実に実行する」という、官僚の行動規範が悪い方向に作用しているように思います。英語教育については米国が「命じた」わけでもありませんし、「決めた」わけでもないわけですが、それを安直に実行フェーズに移行してしまいました。そこには、「何を目指すのか」という目的が欠けています。
    「停滞」というよりも、そもそも「始まり」(準備)も「終わり」(目標)もない状態に陥っているのでしょう。

    結局、近所の小学校では、小学校5年にもなって英語でゲームをやっている体たらく――「何のための英語教育」なのか理解に苦しむ状況です。
  • id:a2gi
    教員はもちろん「教える」ことが一番の仕事ですが、それだけが仕事ではないのも事実です。
    私が行った10年、20年というのは年功序列が激しい世界だと思いますから。
    仮に能力のある人が今教員になってもその人が実際に力を持って指導(生活を含めた包括的な指導)
    ができないと思うのです。
  • id:junmk2
    >pahooさん

    分からないのは高級官僚には教育のグランドデザインに対する影響力もあるはずなのに、事態が好転しない理由なんです。

    >「命じられたこと/決まったことを忠実に実行する」という、官僚の行動規範

    があるのはその通りだと思うのですが、事務次官に近いクラスにまで出世した官僚は、「決める」作業をするわけですよね。
    その彼らが現状のような英語教育を選択する理由ってなんなんでしょうか。



    >a2giさん

    おっしゃる通りだと思います。
    逆にいえば、そのような環境に適応できる(本来教師としての素養を持っていない)人を教師にするフィルターが現行制度には働いているのかなぁ、とも思います。
    で、それは今誰の、どのような利益になっているのか、がこの質問の趣旨なんです。
  • id:pahoo
    > 高級官僚には教育のグランドデザインに対する影響力もあるはず
    > 事務次官に近いクラスにまで出世した官僚は、「決める」作業

    これらは政治家の仕事だと考えます。

    まあ、政治家にできないから高級官僚がやらざるを得ないというのが現実なんですが、#3に示したように外交が絡んでいるとしたら、霞ヶ関では役不足です。なんとしても政治家にやってもらわなければなりません。
    社会保障にしても教育にしても、国会でちゃんと議論して、ちゃんと国民に発信してくれないのが、「事態が好転しない理由」なのではないかと思います。
    結局、こういう政治家を選んじゃったのは、われわれ大人の責任なんで、とても心が痛みます――子供が生まれてから、遅ればせながら、欠かさず選挙に行くようになりました。
  • id:miharaseihyou
    なるほど。現場教員の再教育となれば、少なくとも1割増の人員と再教育施設が全国各地に必要になる。
    少なくとも「ありもの」を活用する方が予算が少なくて済むし、新規採用した優秀な人材がいつまでも優秀である保証は無い。
    しかも、英語だけでは収まりそうも無い。「全教科やった方が良い」のはお約束の成り行き。
    しかし、お足が無い。借金ならなんぼでもあるけどね。
  • id:filinion
    くそみそにけなす人はいっぱいいるけど、
    「じゃあどうすりゃいいの?」
    と尋ねると、みんな違うことを言うから、じゃないでしょうかね?

    支持率が低くても内閣が替わらないのと一緒。
    (それ以上の支持率を持つ対抗勢力がない)

    「くそみそにけなす人」
    の中には、

    「ヒアリング・リスニングを重視すべきだ」
    「いや、ネットで英語のサイトを読み、外国人と文章で討論できる力が重要」
    「英語の科学論文を原語のまま理解できる方が、科学立国を目指す上では重要」
    「子どもに英語なんかやらせる必要はない。日本の歴史と文化を学ばせるべき」

    ……といった意見が混在しており、結局、現在の英語教育方針の支持者が最大多数を占めている、というのが実状なのでは。
  • id:junmk2
    >filinionさん

    ちゃぶ台返し的な鋭いつっこみですね。
    そりゃそうだなぁ・・・
  • id:tera-p
    filinionさんの突っ込みはもっともだとおもいます.

    そもそも,親は学校の英語教育に何を期待しているのでしょうね.それがぶれている,というか「良い学校に行く」手段以外の観点で何かを(漠然とした希望以上に)期待している人が少ないのが,文科省がふらふらしている根本にある気がします.

    ゆとり教育以前の指導要領では fillion さんのコメントの三番目を重視していて,それは一定の成功を収めていたと思います.科学論文や技術文書の英語は平易ですが,きちんと文法を押さえずにフィーリングだけで読んでしまうと,全然別の意味に解釈したりしてしまいます.その意味では,高度な文法まで叩き込む英語教育は論文・技術文書の正確な把握にかなり有効ですし,実際に役に立っていると思っています.

    ただ,海外の人とやりとりする際には一番目と二番目も重要になってくるのですが,一番目については学校教育というより,(文法さえ押さえておけば)自習と実践のほうが効率が良いと考えています.その意味で,今の指導要領は迷走気味だなあ,と感じています.

    二番目は自習とか実践の前に,やっぱり論理の組立てとか修辞法とかを学校で教育したほうが良いのだと思いますが,英語に限らず文科省は伝統的にこの分野をなぜか軽視しているような気がします.たとえば,国語の授業でも日本の学校ではここらへんをまともにやっていませんよね.「起承転結」なんて,実用上役に立たない文書構成法をいつまでも教えてたりして(おかげで大学に行ってからレポートや論文で苦しむ).

    というわけで,英語教育の目的は転換されている(私の主観では迷走している)とは思うのですが,この「(文系教育における)論理的思考法・表現法の軽視」は,いつまでたっても変わらないところだなあ,と思っています(ひょっとして,親も教師も子供がこういうところで「知恵をつける」のを嫌がっていて,それを忠実に反映しているだけなのかもしれませんが).

この質問への反応(ブックマークコメント)

トラックバック

  • なぜ日本人は英語が下手なのか 戦略コンサル辞めて起業している日記 2008-05-30 02:05:39
    中・高・大と勉強しているはずなのに、 なぜ日本人は英語が下手なのか。 日本の学校英語教育の何が間違っているのか。 このような問いについての、面白い記事 をはてなで発見した
「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません