甲子園で負けた高校球児が、甲子園の土を持ち帰るという風習は、いつ・誰が始めたのか教えてください。

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  • 登録:2008/05/30 16:02:13
  • 終了:2008/06/06 16:05:02

回答(4件)

id:navy_fia No.1

navy_fia回答回数242ベストアンサー獲得回数112008/05/30 16:08:42

ポイント23pt

>最初の持ち帰りとそれからの話

1937年の夏の大会で、熊本工(熊本)は決勝戦で敗れて準優勝に終わった。決勝戦終了後に、熊本工の投手であった川上哲治は甲子園の土をユニフォームのポケットに入れた。その後、1949年の夏の大会で、小倉(福岡)が準々決勝で倉敷工(岡山)に負けた後、小倉の投手であった福島一雄が甲子園の土を拾って地元に持ち帰った。これが甲子園の土第一号とされている。 以降、高校球児たちの憧れである甲子園球場への出場の記念として、戦いに敗れた高校球児が試合後に甲子園の土を拾って持ち帰るようになった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%8...

id:atsu11

打撃の神様は、元々ピッチャーだったんですね。

2008/05/31 17:36:49
id:MEI-ZA-YU No.2

MEI-ZA-YU回答回数4734ベストアンサー獲得回数7512008/05/30 16:10:01

ポイント23pt

http://www.encount.net/naruhodo/14_2892.php

>おそらくそうだろうと言われているのが巨人で活躍した川上哲治選手。

1937年に熊本県立工業高校のエース投手だった川上さんが

中央商業との決勝戦に敗れたさいに甲子園の土をユニホームのポケットに入れて持ち帰り、

その土を母校のグラウンドに撒いたことが最初だったと言われています。


>実はもう一つ説があり、小倉北(福岡県)のエース投手だった福島一雄選手だったんじゃないかという人もいます。

1949年に彼が2連覇をかけた準々決勝で敗れた際にマウンドの土を持ち帰ってから

土を持って帰る伝統が生まれたという話もあるそうです。

id:atsu11

やっぱり諸説あるんですね。

2008/05/31 17:37:46
id:star-platinum_001 No.3

star-platinum_001回答回数169ベストアンサー獲得回数22008/05/30 16:12:43

ポイント22pt

回答がオープンになっていないので、他の方とかぶっていたらごめんなさい。

川上哲治選手らしいです。

詳しくは以下をご参照ください。

http://www.encount.net/naruhodo/14_2892.php

id:star-platinum_001 No.4

star-platinum_001回答回数169ベストアンサー獲得回数22008/05/30 16:13:54

ポイント22pt

連続回答すいません。

こちらのほうが参考になりそうなので記載いたします。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1315087...

id:atsu11

とんでもないです、ありがとうございました。

2008/05/31 17:38:23

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