自分の日本語能力を向上させようと思っているのですが、その為に単語を深く理解しようと思っています。

で、私の日本語力が高くなく、上手く表現できないので以下の文章を読んでください。

鈴木孝夫「ことばと文化」より引用

「ことばを氷山にたとえてみよう。氷山の水面に表れている部分は全体積の約7分の1の由である。7分の6は水面下に沈んで見えないのだ。ことばによって概念化される現実の部分は、正に水面より表れている部分とみなすことができる。ところが、ある概念を自ら作り出した人々には、この表れている部分が、水面下にかくれている部分の上部構造であることは、いわば暗黙の前提なのである。この見えない部分は明示的な部分としての概念に、固有の価値を与える基盤と考えてもよい。」

「この見えない部分」、つまり言語化されていない部分を深く理解することによって、私の日本語力が向上するのではないかと考えています。そういった個別の単語の言語化されていない部分の概念を説明している書籍や、Webはないでしょうか? ありましたら教えてください。

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  • 登録:2008/06/02 22:54:24
  • 終了:2008/06/09 01:40:01

ベストアンサー

id:pahoo No.1

pahoo回答回数5960ベストアンサー獲得回数6332008/06/02 23:52:24

ポイント30pt

BLOG15さんは学生さんでしょうか。「ことばと文化」は、最近、現代文の受験問題にも出題されるそうですね。

結論を先に書くと、「そういった個別の単語の言語化されていない部分の概念を説明している書籍や、Web」はありません。


鈴木孝夫が言うところの「ことば」を「単語」と捉えているとしたら、「日本語能力を向上」させることはできません。

鈴木孝夫が、あえて「ことば」と呼んだものは、「単語」という記号では示すことができない意味/背景を水面下に隠しているということを言いたかったからです。それは口伝されるものであったり、経験や情緒でしか理解できないものであったりします。

いずれにせよ、実体験に比べて情報量が少ない書籍や、さらに情報が乏しいWebで獲得することは難しい性質のものです。そして、それこそが「文化」というものでしょう。


たとえば、グループ・ディスカッションの中で互いが認識している単語の意味が違うことが明らかになったり、辞書通りに翻訳したはずなのに外国人に誤解されたり――そういった経験が、日本語能力を向上させていく原動力になり、ひいては文化を伝えていく行為そのものだと、私は考えます。


ことばと文化 (岩波新書)

ことばと文化 (岩波新書)

  • 作者: 鈴木 孝夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • メディア: 新書

id:BLOG15

回答ありがとうございます。


>BLOG15さんは学生さんでしょうか。

はい、今は大学に通っています。現代文の受験の参考書で勉強していた時にこの文章に出会い、その時かなり印象に残っていて、最近たまたまこの文章のことを思い出して質問しました。


>実体験に比べて情報量が少ない書籍や、さらに情報が乏しいWebで獲得することは難しい性質のものです。

なるほど。確かに実際に経験を通していって感覚を磨いていくことは重要なのだと思います。ご意見ありがとうございます。

2008/06/09 01:37:10

その他の回答(4件)

id:pahoo No.1

pahoo回答回数5960ベストアンサー獲得回数6332008/06/02 23:52:24ここでベストアンサー

ポイント30pt

BLOG15さんは学生さんでしょうか。「ことばと文化」は、最近、現代文の受験問題にも出題されるそうですね。

結論を先に書くと、「そういった個別の単語の言語化されていない部分の概念を説明している書籍や、Web」はありません。


鈴木孝夫が言うところの「ことば」を「単語」と捉えているとしたら、「日本語能力を向上」させることはできません。

鈴木孝夫が、あえて「ことば」と呼んだものは、「単語」という記号では示すことができない意味/背景を水面下に隠しているということを言いたかったからです。それは口伝されるものであったり、経験や情緒でしか理解できないものであったりします。

いずれにせよ、実体験に比べて情報量が少ない書籍や、さらに情報が乏しいWebで獲得することは難しい性質のものです。そして、それこそが「文化」というものでしょう。


たとえば、グループ・ディスカッションの中で互いが認識している単語の意味が違うことが明らかになったり、辞書通りに翻訳したはずなのに外国人に誤解されたり――そういった経験が、日本語能力を向上させていく原動力になり、ひいては文化を伝えていく行為そのものだと、私は考えます。


ことばと文化 (岩波新書)

ことばと文化 (岩波新書)

  • 作者: 鈴木 孝夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • メディア: 新書

id:BLOG15

回答ありがとうございます。


>BLOG15さんは学生さんでしょうか。

はい、今は大学に通っています。現代文の受験の参考書で勉強していた時にこの文章に出会い、その時かなり印象に残っていて、最近たまたまこの文章のことを思い出して質問しました。


>実体験に比べて情報量が少ない書籍や、さらに情報が乏しいWebで獲得することは難しい性質のものです。

なるほど。確かに実際に経験を通していって感覚を磨いていくことは重要なのだと思います。ご意見ありがとうございます。

2008/06/09 01:37:10
id:melon10 No.2

melon10回答回数162ベストアンサー獲得回数32008/06/03 00:07:44

ポイント20pt

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%8C%E3%...

言葉のちょっとしたニュアンスの違いを深く理解することが必要だと思います。

id:BLOG15

回答ありがとうございます。

確かに言葉のニュアンスの違いを深く理解することが日本語力の向上の一助になるのだろうと思います。

2008/06/09 00:44:07
id:tera-p No.3

tera-p回答回数92ベストアンサー獲得回数212008/06/03 03:44:26

ポイント20pt

日本語能力,とは何を指すのでしょう.

言語というのはコミュニケーションの手段ですので(思考の手段,という側面もありますが,とりあえず置いておきます),自分が伝えたいことを相手に理解してもらう(書く・話す),相手が伝えようとすることを適切に理解する(読む・聞く),という能力になると思います.

で,言語が暗黙に意味する部分をどう理解するか,ということに興味をもたれるということは,後者のほうの能力を向上させたい,ということなのだと理解しますが…

まず,ことばが持つ意味のうち,「ある程度のコンセンサスが得られ」かつ「言葉ないし図表で表わせる」範囲のものは,(専門用語などを除き)国語辞書に載っています.コンセンサスが得られてない部分の意味をいくら知っても「日本語能力」は向上しないでしょうし,言葉ないし図表で表わせないものは書籍や Web では伝えようがありません.ですので,論理的には「ご期待のものは国語辞書以外にはありえない」ことになると思います.

それでは「日本語能力」を向上させるためにどうすべきか,についてですが,

私は,質問にあるような神秘主義の世界(言葉の文化の中での位置づけ,という氷山の水面下のよくわからない世界)に足を突っ込むより先に,言葉を正しく使う方法(氷山の水面上の部分を駆使して,正確なコミュニケーションを行う方法)を習得することが,「日本語能力」を向上させる鍵だと思います.言葉がどのように定義されているか,論理の構造がどうなっているかなど.

#日本の国語教育は「文章に込められた作者の気持ちを答えなさい」とか,オカルト的なことばかり教えたがりますが….

たとえば,ご質問の「日本語能力を向上させたい」という言葉それ自体が,どのような解釈をすべきものか,(厳しい書き方をしてしまうと)曖昧でよくわかりません.それは読み手(私)が「日本語能力」ということばの背景にある文化を共有してないからだろう,という解釈も成り立ちますが,言語によるコミュニケーションというものは,第一義的には「正確に伝えたいことを理解してもらう」ことが目的ですので,されているかどうかもわからない「暗黙知の共有」に依存するべきではなく,曖昧さを廃した,(辞書に書かれているような)陽に伝わる概念を用いて,かつそれらの言葉を明確な論理で結びつけることによって行われるべきと考えます.また,受け手のほうも,言葉の定義と論理構造を正しく解釈し,可能な限り正確に相手が伝えようとすることを理解するべきだとも思います.ここらへんの考え方やテクニックについて書かれた本は数ありますが,その中で一冊挙げるとしたら「理科系の作文技術(isbn:4121006240)」が定番になると思います.

まとめますと,「日本語能力」を向上させるためには,言葉の定義と,文章の論理構造に細心の注意を払うことがまず必要なことであり,また,個々の「ことば」が持つ暗黙的な文化的な背景に頼らないコミュニケーションを「しない」ように心がけるべきと,私は考えます(俳句など,「ことば」が持つを風情自体を嗜む場合はまた別になるでしょうが).

#えらそうなこと書いている割に論旨がぐだぐだ….論理構造が大事,と書くのは簡単なのですが実践するのは難しいですよね.私も修行中です.

id:BLOG15

回答ありがとうございます。


>言葉を正しく使う方法(氷山の水面上の部分を駆使して,正確なコミュニケーションを行う方法)を習得することが,「日本語能力」を向上させる鍵だと思います.

確かにそうだと思うのですが、言外の意味というのはやはり大きいのではないかと思います。

例えば、日本語の「妻」という単語は、英語では「wife」という単語に訳されますが、両者は全く同じものでしょうか。表面的には同じように見えるかもしれませんが、文化的背景などから言って意味していることや感覚の相違というのはあるのではないかと思います。

日本人には分かりにくい文法規則に冠詞というものがあると思います。私の英文法の教科書には定冠詞の用法として以下のような記述があります。


1 すでに話題にのぼった名詞につける

2 状況から何を指すかわかる名詞につける

3 「唯一のもの」を表す名詞につける

4 形容詞・句・節などによって、特定されているものにつける


こういう記述があります。この規則に従っていれば、ある程度は読み書きそのものはできるかもしれません。しかし、これらの冠詞の使い方の規則だけで冠詞を深く理解することはできないのではないかと私は思います。冠詞というものを英語圏の人は、どういう概念で捉えているのかということがわからなければこういった規則だけで冠詞を理解することはできないのではないかと思います。


外国語の学習だけの話ではなく日本語でも同じなのではないかと思っています。例えば若者言葉として批判されている「全然いい」というような言葉があると思います。「問題な日本語」という本によると、この言葉には「あなたはダメだと思っているかもしれないけど、そんなことはないよ」という意味があると書かれています。


例 

髪を切ったばかりで周りの反応が気になる女の子のセリフ 「この髪型へんかな?」

男のセリフ 「(あなたは自分で似合っていないと思ってるかもしれないけど)、全然いいよ」



確かに、言葉の定義と論理構造をまず注意すべきなのだとは思いますが、やはり言語化されていないけれども意外と多くの人に共有されている言外の意味というのはあるのではないかと私は思います。回答ありがとうございました。

2008/06/09 01:20:43
id:NazeNani No.4

なぜなに回答回数1615ベストアンサー獲得回数2762008/06/03 11:24:01

ポイント20pt

これは言語力というよりも、心理学でいう深層心理下でのコミュニケーション力に近いのではないでしょうか。例えば、「場の空気を読む」能力などです。

人間は言語表現以外の所でもコミュニケーションをしており、それを私たちは「言語化されていない」雰囲気や空気の流れとして感じられる時があります。

会話であれば、声のトーンや表情などとの組み合わせ。文章であれば、その書き方。(四文字熟語など言い回しの多い文体だと知的で複雑な感じがしますし、女性の文体でひらがなが多様されていればあどけなさや優しい感じが伝われます)

思いやりや、その場の空気を読むというのは、言語能力というよりも、ダニエル・ゴールマンらの提唱した"EI"(Emotional Intelligence)の概念に近いと思います。

この本は日本ではIQに対する心の知能指数EQ(原書及び欧米ではEI)として紹介され、一部企業では新社会人の入社テストの一部にも採用されています。


「EQ―こころの知能指数」

ダニエル・ゴールマン 著/土屋 京子 訳(1996年発行 講談社)

http://www.amazon.co.jp/EQ%E2%80%95%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E...

id:BLOG15

回答ありがとうございます。


>これは言語力というよりも、心理学でいう深層心理下でのコミュニケーション力に近いのではないでしょうか。

確かに最終的な目的はコミュニケーション力の向上です。ただ、今回はとりあえず読書などにおける「読解力の向上」というような意味での質問でした。コミュニケーション力のベースとなっているものは文章における読解力ではないかと思っていますので、それが向上することによって、ひいてはリアルでのコミュニケーション力も挙がるのではないかとは思っています。


とはいえ、もちろん言語以外のノンバーバルなコミュニケーション力も挙げたいと思っています。EQを参考にしたいと思います。回答ありがとうございました。

2008/06/09 01:28:37
id:tedmans No.5

tedmans回答回数114ベストアンサー獲得回数32008/06/03 13:30:12

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単に言葉を単語に分解して掘り下げて理解しようというのは無駄なことが多い気がする

もっと言葉を取り囲んでいる世界を知ることで言葉についての理解も深まると思う

つまりマクロに文化を理解することでミクロな言葉に力が与えられているということを感じることができる

例えば、欧米人がごく普通に使っている言葉でも我々日本人とは異なったニュアンスや感情がこもっている事が多い

その多くはキリスト教からきている

だから聖書を読んで理解すると多くのことがひとつの言葉に込められているということが理解できるだろう

日本語の能力にしても同じ

個々の言葉を調べて理解してもそれは一個一個のレンガを積み上げていく作業になる

それに対して幅広い読書は日本語能力を基礎からまとめて一気に高めてくれる

新約聖書入門―心の糧を求める人へ (知恵の森文庫)

新約聖書入門―心の糧を求める人へ (知恵の森文庫)

  • 作者: 三浦 綾子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • メディア: 文庫

id:BLOG15

回答ありがとうございます。教養・知識を身につけろ、というところでしょうか。確かに自分には教養や知識が全然無いと日々実感しています。もっと教養のある人になりたいですね。

2008/06/09 01:34:28

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