石川啄木の黄金向日葵の大体の意味を教えてください


 「黄金向日葵」

   我が恋は黄金向日葵(こがねひぐるま)、
   曙いだす鐘にさめ、
   夕の風に眠るまで、
   日を趁(お)ひ光あこがれ、まろらかに
   眩(まば)ゆくめぐる豊熱(ほうねつ)の
   彩(あや)どり饒(おお)きこがねの花なれや。

   これ夢ならば、とこしへの
   さめたる夢よ、こがねひぐるま。
   これ影ならば、あたたかき   
   瑞雲(みずくも)まとふ照日(てるひ)の生(い)ける影。

   円(まろ)らかなれば、天蓋(てんがい)の
   遮(さへぎ)りもなき光の宮の如。
   まばゆければぞ、王者(おうじゃ)にすなる如、
   百花(ももはな)、見よや芝生(しばふ)にぬかづくよ。

   今はた、似たり、かなたの日輪(にちりん)も、
   わが恋の日にあこがれて
   ひねもすめぐるみ空の向日葵(ひぐるま)に。

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  • 登録:2008/07/10 11:06:53
  • 終了:2008/07/12 16:37:32

ベストアンサー

id:junjuns7 No.1

junjuns7回答回数24ベストアンサー獲得回数42008/07/11 15:08:28

ポイント100pt

自分の恋を、光にあこがれて1日めぐるひまわり(向日葵)のようであると言い、

その向日葵(恋)自体がまるくまぶしくそびえ立つ様子をたたえ、

日輪でさえその向日葵に似ているというような詩です。


恋をして幸福になにか光が差したような、そしてその心を気高いものだと感じている、そういう感じの詩だと思います。


****

以下、自分流に解釈してみましたが、参考文献とかを見たわけでもないので、あまりうのみにしないでください。


私の恋は 黄金向日葵(ひまわり) (のようである)


朝の鐘にめざめてから、夕方の風に眠るまで

太陽を追って 光にあこがれて

まるく眩しく回る あたたかさにあふれる いろどりのゆたかな 黄金の花であろうかや


これが夢だといえば 永遠の

目覚めた現実の夢よ こがねひぐるま


これが影だといえば

あたたかい

瑞雲(吉兆の雲)をまとう、照る太陽の 生きている影


まろらかなので、天蓋(天のおおい)が遮ることもない光の宮殿のようである

まばゆいので、王者にするように、あらゆる花が、見なさいよ、芝生にぬかずく(ひれ伏し従う)よ


いま、はっと、彼方にある日輪(太陽の光の輪)も似ている。

私の恋の日にあこがれて一日中めぐる空の向日葵に。


※まろらか、のような語感は訳すのは難しいです。

 まるい形と、かどかどしくない質感、まろやかな印象を総合して言っているように思います。


URLは関連のありそうなサイトです。直接のお答えではありません。

http://www.asahi-net.or.jp/~HM9K-AJM/musasinobunngakusannpo/isik...

id:suuui

ありがとうございます!完璧です

2008/07/12 16:34:51

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