【内モンゴルのオルドス地区】の、


▼年間の気候情報(気温・降水量など)
▼カシミアとの関わり・歴史
▼地域情報(生活習慣・環境など)

を調べております。
これらについて詳しく書いてあるページを出来るだけたくさんみたいので教えて下さい。

なお英語などのページは日本語ページにはないような情報がある場合があり、とても見たいのですが、
私は外国語が堪能ではないので、出来れば要点の日本語訳をつけて頂けると嬉しいです。
よくある情報までわざわざ英語で読みたくないので、ここだけ読めということで、要点を抜き出して頂いても構いません。

宜しくお願い致します。

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  • 登録:2008/07/18 05:25:28
  • 終了:2008/07/25 04:36:10

ベストアンサー

id:MEI-ZA-YU No.2

MEI-ZA-YU回答回数4740ベストアンサー獲得回数7552008/07/19 01:39:28

ポイント100pt

★まず、オルドスの語源から

「宮殿のテント」「宮廷」「公のテント」

http://www10.ocn.ne.jp/~okamiya/tosuitaidan.html

>チンギス・ハーンの詣り墓

・・・・・

元朝の一族はあまり勢力が強くなかったので、

彼らはチンギス・ハーンの詣り墓を持って逃げて、黄河の湾曲地帯の中に入ったんです。

それでそこをオルドスと言うようになった。

オルドというのはモンゴル帝国時代「宮殿のテント」のことで、帳殿と言ったりもします。

オルドを守っていた人々のことを複数形でオルドスと呼びましたので、

かれらが移住した黄河の湾曲した中をオルドスというようになったんです。



ここの下のほうに載っています ↓ (見るのはしんどいです)

http://7ten.boy.jp/kogan0503/kogan0503.html

>オルドスとは、モンゴル語で、「公のテント」という意味だとか


★★★ここは語源だけでなくオルドスについて詳しいです ↓

http://72.14.235.104/search?q=cache:9MLmcOdQZo4J:ksgeo.kj.yamaga...

>オルドスの名は、モンゴル語・テュルク語で「宮廷」を意味する「オルド」を語源・・・


★オルドスのカシミヤの歴史、降水量激減は日本(企業)が大きく関わっているようです

http://www.minamishinshu.co.jp/corner/china2/4.htm

>この旅第二の目的が、内蒙古自治区・鄂尓多斯(オルドス)市・鄂托克旗(オトクチ)、

モウス砂漠への植林だ。

・・・・

>30年ほど前、村の近くに日本資本のカシミヤ工場ができると、

羊毛の値が急激につりあがり、遊牧民たちの羊の飼育数が急増。

砂地に生える牧草が減り始めた。

一方、森林利用のためか地元外の中国人が入り込み、森林を根こそぎ伐採したのだという。

・・・・ 

>山村長は「1年間の降水量は、15年ほど前の1日分だった」と語り、・・・


★その他

http://www.toyoumo.co.jp/lineup/cashmere/cashmere.html

>世界のカシミア原料の20%以上を占める中国内蒙古自治区。

中でもオルドス高原は、カシミアの生育環境としてふさわしく、

世界最高クラスのカシミア原料が採れる産地として知られています。

年間の温度差はなんと70℃。

オルドス高原のカシミアは30℃に達する暑い夏を乗り切るために、無駄な脂肪を貯えず、

マイナス40℃にもなる厳寒の冬を極細で密生したうぶ毛のある毛並みで耐え抜きます。

この過酷な環境が、抜群の保温性を持つ最高クラスのカシミアを育てます。


http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/06kenkyukaikiroku.htm

>まず第一報告は、ナランビリゲさんによる内蒙古オルドス地方の

伝統的な祭りに関しての民俗学的報告。概要次の通り。

 「白いスィルデ祭祀」は、内モンゴルの西部に属するオルドス地域に残存している五つの祭祀の一つ。

白いスィルデのあらゆる祭祀は1944年に停止され、58年ぶりに2002年8月13日に復活した。

2006年、当地は観光地として盛大な祭りになった。祭りに参加した人は約2万人。

 今回の白いスィルデ祭祀は、順序としていわゆる「日祭」「季祭」「大祭」という三つの祭祀を合わせて行った。

祭り日は元々決まっている陰暦7月5日(オルドス暦の8月3日)、西暦の8月6日に当たった。

 現在、白いスィルデ祭祀は地域社会の祭りとなり、政治的目的を持たず、

ウーシン旗の百姓に祭られている民間信仰として取り扱われる性質を帯び、

地域的でモンゴル民族のアイデンティティに深く関連している。




「オルドス地方の草原」の写真など↓

http://webnews.asahi.co.jp/column/2006/c_041.html

id:ryota11

返信遅くなり申し訳ありません。

激しく参考にさせて頂きました。

そのあまりにコメントを返すのを忘れていました。

本当にありがとうございます!

2008/07/25 04:35:52

その他の回答(1件)

id:giant-panda-kun No.1

giant-panda-kun回答回数36ベストアンサー獲得回数02008/07/18 14:09:48

ポイント50pt

気候情報

気候:夏の最高気温は30度前後。乾燥していて割りと快適に過ごせる。冬は-25度以下に下がることもある。

風が強い。特に春は砂嵐が起こり、舞い上がる砂は日本の「黄沙」の一因になっていると思われる。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~ordos-banben/contents4.html




このページはオルドスについて詳しいです。

既にご覧になりましたか。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~ordos-banben/

id:ryota11

気候に関して参考になりました。

ありがとうございます。

2008/07/19 20:41:59
id:MEI-ZA-YU No.2

MEI-ZA-YU回答回数4740ベストアンサー獲得回数7552008/07/19 01:39:28ここでベストアンサー

ポイント100pt

★まず、オルドスの語源から

「宮殿のテント」「宮廷」「公のテント」

http://www10.ocn.ne.jp/~okamiya/tosuitaidan.html

>チンギス・ハーンの詣り墓

・・・・・

元朝の一族はあまり勢力が強くなかったので、

彼らはチンギス・ハーンの詣り墓を持って逃げて、黄河の湾曲地帯の中に入ったんです。

それでそこをオルドスと言うようになった。

オルドというのはモンゴル帝国時代「宮殿のテント」のことで、帳殿と言ったりもします。

オルドを守っていた人々のことを複数形でオルドスと呼びましたので、

かれらが移住した黄河の湾曲した中をオルドスというようになったんです。



ここの下のほうに載っています ↓ (見るのはしんどいです)

http://7ten.boy.jp/kogan0503/kogan0503.html

>オルドスとは、モンゴル語で、「公のテント」という意味だとか


★★★ここは語源だけでなくオルドスについて詳しいです ↓

http://72.14.235.104/search?q=cache:9MLmcOdQZo4J:ksgeo.kj.yamaga...

>オルドスの名は、モンゴル語・テュルク語で「宮廷」を意味する「オルド」を語源・・・


★オルドスのカシミヤの歴史、降水量激減は日本(企業)が大きく関わっているようです

http://www.minamishinshu.co.jp/corner/china2/4.htm

>この旅第二の目的が、内蒙古自治区・鄂尓多斯(オルドス)市・鄂托克旗(オトクチ)、

モウス砂漠への植林だ。

・・・・

>30年ほど前、村の近くに日本資本のカシミヤ工場ができると、

羊毛の値が急激につりあがり、遊牧民たちの羊の飼育数が急増。

砂地に生える牧草が減り始めた。

一方、森林利用のためか地元外の中国人が入り込み、森林を根こそぎ伐採したのだという。

・・・・ 

>山村長は「1年間の降水量は、15年ほど前の1日分だった」と語り、・・・


★その他

http://www.toyoumo.co.jp/lineup/cashmere/cashmere.html

>世界のカシミア原料の20%以上を占める中国内蒙古自治区。

中でもオルドス高原は、カシミアの生育環境としてふさわしく、

世界最高クラスのカシミア原料が採れる産地として知られています。

年間の温度差はなんと70℃。

オルドス高原のカシミアは30℃に達する暑い夏を乗り切るために、無駄な脂肪を貯えず、

マイナス40℃にもなる厳寒の冬を極細で密生したうぶ毛のある毛並みで耐え抜きます。

この過酷な環境が、抜群の保温性を持つ最高クラスのカシミアを育てます。


http://www004.upp.so-net.ne.jp/fumi-k/06kenkyukaikiroku.htm

>まず第一報告は、ナランビリゲさんによる内蒙古オルドス地方の

伝統的な祭りに関しての民俗学的報告。概要次の通り。

 「白いスィルデ祭祀」は、内モンゴルの西部に属するオルドス地域に残存している五つの祭祀の一つ。

白いスィルデのあらゆる祭祀は1944年に停止され、58年ぶりに2002年8月13日に復活した。

2006年、当地は観光地として盛大な祭りになった。祭りに参加した人は約2万人。

 今回の白いスィルデ祭祀は、順序としていわゆる「日祭」「季祭」「大祭」という三つの祭祀を合わせて行った。

祭り日は元々決まっている陰暦7月5日(オルドス暦の8月3日)、西暦の8月6日に当たった。

 現在、白いスィルデ祭祀は地域社会の祭りとなり、政治的目的を持たず、

ウーシン旗の百姓に祭られている民間信仰として取り扱われる性質を帯び、

地域的でモンゴル民族のアイデンティティに深く関連している。




「オルドス地方の草原」の写真など↓

http://webnews.asahi.co.jp/column/2006/c_041.html

id:ryota11

返信遅くなり申し訳ありません。

激しく参考にさせて頂きました。

そのあまりにコメントを返すのを忘れていました。

本当にありがとうございます!

2008/07/25 04:35:52

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