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豊中市では昭和50年代前半からすべての市立小学校で
順位付けをしていないようです。
http://www5.plala.or.jp/ysk/kimigayo-toyonaka.htm
>徒競走にまったく順位をつけない小学校の運動会だ。
豊中では、ゴールインの順番を書いた「等旗」が、四十一の市立小学校すべてで使われていない。
・・・
市教委によると、小学校運動会での等旗は、昭和五十年代前半に消滅した。
「友人と競うことを避ける」「順位づけをしない」などが理由だったという。
>順位をつけない徒競走のような「平等」主義の人たちは、
高校野球やオリンピックで負けた人は可哀想だから順位をつけるなとか言わないのですか?
自分の子供と関係ないからそんなことは言わないと思います。
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幼稚園や小学校とかは、イジメの問題や親からのクレームがあるという背景があるからじゃないでしょうか。高校以上になるとある程度、親の手も離れて、運動会で自分の子が一番になれなかったなんてクレームも出ないでしょうし、そういったことがイジメになるきっかけもほとんどないからだと思います。
全員で一緒にゴールというソースは、ありませんが、それに近いものがあったので、ご参考までに。
100m走で差が出ないように事前にタイムを計り、その結果で組をわけるそうです。
■福岡市東区の市立千早小
http://www.nishinippon.co.jp/news/2005/sengo60/sengo7/07.html
年齢が上がれば変なクレームも減るということでしょうか。
リンク先は参考になります。
「差別につながる」と、運動会のかけっこで順位を付けない。手をつなぎみんなでゴールする―。
一九八〇年代から九〇年代にかけ、九州の小中学校でそんな現象が起きた。
「機会の平等は保障されても結果の平等はありえない」。形式的な平等主義は、そんな実社会の厳しさから目をそらしているとも揶(や)揄(ゆ)されてきた。
ちなみに私の小学校では事前タイム制はありませんでした。
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1)
どうも都市伝説という意見が多いですね。
http://d.hatena.ne.jp/debyu-bo/20060928/1159407413
http://blog.livedoor.jp/princip/archives/25585749.html
http://shiozaki.info/mt/archives/2005/08/post_362.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1217835...
2)
そんな人はまずいないでしょう。
ただし、小学校で徒競走に順位を付けることに反対しつつ、オリンピックや高校野球に文句を付けないのは必ずしも矛盾ではないかもしれません。
小学校段階で努力で簡単に埋めきれないことで、大勢の中で明確に順位を付けられてしまうのは可哀想だけど、もっと大きくなってからしかも選抜された中で(もっとも、選抜段階でも順位は生じますが)順位がついたとしてもそれほど可哀想ではない、という意見はおかしくはないでしょう。
また、中学高校からはテストの順位が張り出されるところもある(あった)ようですが(これはむしろ最近は平等ではなく個人情報保護という観点で減ってそうですが)、昔も今も小学校でテストの順位が貼りだされるというのはあまり耳にしません。
徒競走に限らず、小学校段階では順位を意識させない、という方針も完全に否定されるべきことではないでしょう。
これらの意見を読むと都市伝説に近いように思えてきました。
というわけで、「手をつないで一斉にゴール」という現象は、事実としてないわけではない。けれども「大流行」というほど広まっているわけではない。というか実数としてはかなり少ないのではないか
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1)私はそういった例は聞いたことはないですね・・・
2)それが「平等」であるといっている人はおそらく自分が上位にいけないが為の「順位をつけない」だと思います。
とすると、甲子園やオリンピックといった手の届かない範囲、自分とは無関係といえる範囲に関しては特に考えていないのではないでしょうか。
こういった「みんな同じ=平等」の典型的な例が社会主義であり、その成功例がみられないことから、この思想はあまり現実的とはいえないのかもしれないです。もっとも「努力した者はその努力に見合っただけの成果が得られる=平等」も現代をみれば必ずしも真ではないので現実的な「平等」が存在するかすら怪しい気がします。
乙武さんの公式サイトより「順位をつけない運動会」というページをみつけたのでそのURLを・・
http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/06/post_c7c4.html
一般的に「自分が上位にいけないが為の「順位をつけない」」というのはそのとおりだと思いますね。
しかし、豊中市の事例が産経の報じたとおりだとするなら、そのレベルを越えているような気もします。
やはり「機会の平等」はあっても「結果の平等」は無理、というところの認識が必要なんでしょうね。
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もしかしたらかもしれませんが、以前朝○新聞名古屋版の投稿にこんなのがあったようです。
(裏はとれてないので本当かはわかりません)
論より行動の高校生がいた
http://www.hi-ho.ne.jp/inverse/seino.htm
この話が本当なら約37年前(昭和45年頃)からあった話のようです。
生徒が自主的にやったことのようなので、今回の趣旨とは合わないようです。
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1)私の小学校5年生の時の徒競走は「順位をつけない徒競走」でした。ちなみに兵庫県です。
正確に言うと、当日の速かったチームではなく、当日までにタイムを一番縮めたチームがいいんだよというものでした。
なので、運動会前に一度タイムを計り、そのタイムをベースに運動会当日のタイムを比較します。
走り終わったときに順位はなく、数時間後、張り紙がはられ、縮まったタイムを確認しに行っていました。
足の速かった私はこの制度に疑問を持ち、先生に「そんなんやったら、運動会前のタイム計るときにわざと遅く走ったらええやんけ」と言いましたが、「みんなのことを信用してる」と言われあえなく却下されました。
保護者の中ではおかしいという意見も多かったようですが、「順位のつけない徒競走」は行われました。
紅白対抗リレーという各学年ごとのエース級が集まってリレー対決する競技もこの年から希望性(足が遅くても出たいと表明すればでれる)に変わりました。
2)彼らはそんなことまで考えていないと思います。教師である自分の権力が及ぶことには手を加えることはあっても、世の中のことまで考えていないと思います。
URLはダミーですhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313813...
日教○におかしなひとが多いせいのようなきもします。
体験談ありがとうございます。
他人との競争ではなく、自分の最高記録を更新することを目指すというのは一つの考え方でしょうけど、「信用してる」だけが担保となるシステムはどうかと思いますね。
というか、競争しなかったら徒「競」走やないやん。短距離走やん。
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都市伝説ではないようです。
これに反対の「教育オンブット豊中」も 設立されています。
http://onbutto3.hp.infoseek.co.jp/
http://onbutto3.hp.infoseek.co.jp/seturitu/seturitu.htm
>設立趣旨
豊中市立の小中学校では、これまで個人の人権を重視しすぎるあまり、
何事においても差をつけることは平等の考えにもとるとして、学習指導要領の形骸化、
通知表の二段階評価、運動会の等旗廃止などに象徴される「評価をしない」「順位付けをしない」などの
「行きすぎた平等教育」が当然のように行われてきました。・・・
http://onbutto3.hp.infoseek.co.jp/katu-hou/H17/H17-top.htm
活動は平成17年(18年?)3月16日「緑地小学校」の事で抗議面談
(校長、教頭 ) しているようです。
(学校新聞の校長談話「運動会で順位はつけない」について)
豊中市の「平等」教育については別の方からも情報をいただきました。
豊中では事実として存在したことは間違いないようですね。
ただ、この「教育オンブット豊中」も結構イタいですね。
2000年の段階で、豊中市ではまさに実例があったのですね。「ソースは産経」ですが……。
どうやらオリンピックを否定する人はいないようですね。