元禄赤穂事件で、殺されたとされる「吉良上野介」について、実は事件では偽者が身代わりとなり、

本人は生き延びて・・という説があるようです。

その説自体が歴史的事実に合致しているのかしていないのかは別にして、
「吉良は事件では死んでいない。生き延びて実は・・」という説が紹介されているページを
教えてください。

出来れば詳しく紹介してあるページだと嬉しいです。

私が見たところ、「生き延びて仏門に入って・・」みたいなことが書いてあるページが
あったのですが・・・

仏門に入ったのかどうかも確かかどうかはよく分からないのですが、
とにかく、「吉良が生き延びて・・」と書いてあるページであればどんな内容でも結構です。

よろしく御願いします。

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  • 登録:2008/08/20 00:17:31
  • 終了:2008/08/23 14:41:53

回答(3件)

id:powdersnow No.1

powdersnow回答回数1301ベストアンサー獲得回数652008/08/20 01:46:47

ポイント36pt

吉良上野介は偽者だった

http://www.geocities.jp/toshio2003jp/kira.html


妖説忠臣蔵(?)に「生きている上野介」という話が載っているみたいですね。

http://homepage2.nifty.com/st_reguls/reguls/futaro/f_jedi7.html

id:shoma22

妖説忠臣蔵の話はちょっと気になります。

ありがとうございます!

2008/08/20 10:55:48
id:slapshock No.2

slapshock回答回数264ベストアンサー獲得回数152008/08/20 04:04:25

ポイント20pt

こちらは、どうでしょう?

どうして生き残れたかが、ある程度の根拠を持って示されています。

http://www.geocities.jp/toshio2003jp/kira.html

id:shoma22

上の方と同じURLですね。

このページ以外って無いんですかね?

2008/08/20 10:56:06
id:adlib No.3

adlib回答回数1916ベストアンサー獲得回数1142008/08/21 17:52:31

ポイント24pt

 

 くびあらためず ~ 現代法医学では証拠不十分 ~

 

── 白むくの小袖を着た六十ぐらいの老人である。苦痛に顔をゆがめ、

まぶたはとじているが口をすこしあけて力のない息をついている。その

顔をむさぼるように見詰めていた人々は、急にお互いにさぐり合うよう

な目付きで顔を見合わした。「上野介どのではないかな?」(略)

 内蔵助は、老人の額に亡君の遺恨の刀痕を探していて見付からなかっ

た。(略)老人の肩をはいだ。そこには背骨をすこし外れて、歴々と、

黒い線をひいた刀痕が認められた。これこそ松の廊下で亡君が、逃げる

上野介にあびせかけた無念の一刀の名残りであった。(略)

「亡君の意趣をつぎ、たゞ今、御首級を申し受けまする」

 動いている人々にかこまれて、内蔵助は佩刀をすらりと引き抜いた。

── 大仏 次郎《赤穂浪士 大衆文学代表作全集 2 19541220 河出書房》P406-407

 

 このように、忠臣蔵の定本も、断定を避けているように読みとれる。

 しかしもし、彼が偽者だったら、敵味方とも面目まるつぶれであろう。

 現代人なら、つぎの諸点をチェックしたにちがいない。

 

1.高貴な身分であれば、肌色・頭髪・爪先の手入れが違う。

2.白小袖が、身の丈に合っていれば、身のこなしで分かる。

3.ひとこと語らせれば、声色・声音・発音の違いが分かる。

 

── 【首実検】1 昔、討ち取った敵の首を持ち帰り、首の主を大将

が検分したこと。また、面識者に首の主を確かめさせたこと。また、

その儀式。2 実際に見せたり会わせたりして、当人であるかどうかを

確かめること。── 大辞泉 Yahoo! 辞書

 

── 泉岳寺の記念館に吉良上野介の首の受け渡しの受領書が展示され

ていた。── nutrocker 東京駅ぐるっと一回り

http://mickey-mo.mo-blog.jp/nutrocker/2007/06/index.html

 

── 栗崎道有は幕府の御外科医師であったが、刃傷事件で吉良上野介

義央の負傷の手当をしたことが奇縁で吉良家の医師として仕え、また計

入りの役にも吉良上野介義央の首と胴を縫合している。

http://books.google.co.jp/books?id=fqx3h8alE_YC

── 柏原 新《赤穂義士の歩いた道 200405‥ 文芸社》

 

── 田中 徳三・監督《忠臣蔵異聞 ~ 生きていた吉良上野介 ~ 19870917 東映 テレビ朝日》

http://agua.jpn.org/film/c346.html

http://junjuns.akira.ne.jp/junjunland/99120001tyusingura.html

 tyusingura

 

── 梅沢 富美男《大笑い忠臣蔵・生きていた吉良上野介 20070521 足立朝日》

http://www.adachi-asahi.jp/1010/07-04-20index.htm

 梅沢武生劇団 シアター1010ストーリー

 

 吉良 上野介義央 16411006 江戸 17030131 62 /寛永18.0902~元禄15.1214“赤穂事件討入”

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030131

 忠臣蔵300年 ~ 元禄15.1214(17030130)~

 

 最古の浮世絵“吉良邸討ち入り”立命大、古書店から購入

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031214

 屈服と屈従 ~ 共通する態度 ~

 

id:shoma22

それぞれ詳しく見させていただきます。

ありがとうございます。

2008/08/23 14:41:39

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